0433:進級できた。
2022.08.25投稿 2/2回目
――ようこそ、アガレス帝国へ!
声高に叫んだ男性の声が耳に届いた。
時間は遡る。
進級試験の結果が発表され、無事に二年生へとなれることが決まり、春休みが訪れた。鈴生りになったオレンジを収穫しようと子爵領へみんなで足を運び、さっそく採って食べると凄く美味しかった。
酸味と甘みのバランスが凄く良かったし、果汁も十分にある。今回は試験的にということなので、販売はせず個人で消費する予定。苗木も小さいし、鈴生りといっても収穫量に限界があったので丁度良い。また次も沢山実るようにと、オレンジ畑周辺で魔力を放出しておいた。制御していても漏れ出ているし、願ってしまえばある程度叶ってしまうようなので、もうどうにでもなーれ状態である。ようするに、ヤケクソだ。
『楽しみだね』
クロはオレンジの味を甚く気に入ったようで、機嫌が凄くよかった。なんだろう、腹ペコレベルが私に似てきた気がする。割と頻繁に私の魔力を吸い取っているし、果物や野菜を好んで食べている。健啖なことは凄く良い事なので、文句はないがおデブちゃんにだけはならないで欲しい。
「クロも栄養は魔力になる口なの?」
私は食べた先から魔力へ変換されて太らないようだけれど、クロもそうなのだろうか。疑問ならば考えるよりも、本人に聞いて答えてもらった方が早い。肩に乗っているクロはこてんと首を傾げて、少し考える素振りをする。
『多分ね。魔石が卵になった影響もあるんじゃないかなあ』
魔石が卵に代わって生まれた竜なので、魔力をため込みやすい上に生産力も高いそうだ。あのレーザービームもどきのブレスを放てたのも、体内にため込んでいる魔力が凄く多いからだって。連発は出来ないから、全力全開は最後の手段だねとクロが。全力全開の文字が全力全壊に感じたのはきっと気のせい。あれは大陸一つくらいなら簡単に落とせそうな代物だ。今のクロは体が小さいから、あの威力で済んでいたけれど、大きくなったらどうなるのか。
亜人連合国の代表であるディアンさまより大きくなるということだから、大陸どころか星も軽くぶっ飛ばせそう。いやはや、クロの成長が楽しみだなあと遠い目になりながら、王都へと戻る子爵家の馬車の中で春特有の暖かさに包まれた昼下がり。当然襲ってくるのは睡魔である。
『寝ても良いよ。着いたら起こしてあげるから』
軽く鼻を鳴らしたクロが私の顔に顔を擦り付けて、優しい言葉を掛けてくれる。
「ごめん、ちょっと眠いかも」
『謝らなくていいよ。この陽気だから眠くなるのは仕方ない。おやすみ、ナイ』
襲ってくる睡魔に耐えられず、がたごと揺れる馬車の中で眠りに落ちてしまった。クロが起こしてくれるというし、外にはジークとリンも居る。後ろに付いている馬車には家宰さまもいらっしゃるし、何か起きたとしても対処は安易だろうと重い瞼が自然と落ちた。
『――ナイっ!!』
クロの凄く慌てた私を呼ぶ声が聞こえたけれど、きっと夢だろう。やけに気持ちが悪い上に、空気の匂いが慣れ親しんだものと違って、違和感を覚えて目を開く。ゆっくりと開いた目に映ったのは、どこかの建物の中で。随分と派手で豪華な造りである。アルバトロスの城や公爵邸も豪華であるけれど、今いる場所の方が金色成分が多いというべきか。
「え?」
「痛ったぁ……なあに?」
「は? オイ、どこだよ此処はっ!!」
「な、んで……?」
「どこだ此処?」
最初に漏れた声は私だけれど、他にも隣に誰か居たようだと首を動かした。何故この人たちがこの場に居るのだという考えは中断させて、違う気配を感じて前を見る。
「ようこそ、アガレス帝国へっ! 黒髪黒目の少女よっ!」
一段高い場所で金色のフルプレート鎧を身に纏い真っ赤な外套を靡かせた、金髪紅眼の青年が両手を広げて声高に告げた。彼の周りには下は十歳から上は三十歳手前まで、金色の鎧を着た男性にどことなく似ている人たちが笑みを浮かべて立っていた。
ステージの端には美人でばんきゅぼんな女性が五人。おそらくこの場で偉い人たちなのであろう。衣装の質が一段か二段良いものを纏っている。
ステージを降りた場所には警備の兵士が居る。騎士と表現するよりも兵士という言葉の方が適当だと思う。帯剣し警棒を所持していることと服装が、アルバトロスや東大陸の国々よりも近代的なので余計にそう感じたのだ。
「余計な者まで召喚したようだが、まあ、良いだろう……。――これでアガレス帝国の繁栄は約束されたも同然! 皆、喜べ! アガレスの栄光は此処に在りっ!」
寝言なのだろうか。眠りに落ちるまではアルバトロスに居たというのに、一瞬にしてアガレス帝国へ足を踏み入れているなんて。転移魔術ではなく、強制転移の類となるのだろうか。頭がくらくらして気分が優れないのは、他人の魔力で強制的に長距離を移動したことが原因だろう。
「アガレス帝国、万歳!」
「アガレス帝国、万歳!」
「アガレス帝国、万歳!」
万歳三唱の声に戸惑いつつ、私たちのことはまるっきり放置なのだけれども。まあいいか。少しばかり考える時間があると捉えれば好都合だ。
――状況を整理しよう。
私の左隣には何故か大聖女さまとアルバトロス王立学院特進科一年生の伯爵家のご子息さま。確か、エーリヒ・メンガーさまだったか。
右隣には一学期にハーレムを築き上げて幽閉された魔眼持ちのアリス・メッサリナ。そしてもう一人は、長期休暇の討伐遠征で出会った銀髪くんである。何故、彼らがこの場に居るのかは謎だ。フルプレートの鎧を纏った青年は私以外を余計な者と称していた。
不味いかも。
帝国は黒髪黒目である私以外に価値を見出していないのだ。邪魔と判断されれば、即首を落とされても仕方ないといえよう。
この場はアルバトロスではなくアガレス帝国であり、この国に戸籍もなにもない、ある意味で不法侵入者――向こうが勝手に転移させたのでおかしな話だが――なのだから。大人しくしてくれれば、私が彼らの保護を求めればどうにかなる可能性があるけれど、右隣に呆けてじっとしている二人がこのまま大人しくしてくれるのか。
転移の所為でくらくらしている頭をどうにか働かせて、帝国がとる行動をいくつか考え始める私だった。