0430:果樹。
2022.08.24投稿 1/2回目
時間が取れたので、新たに名前をミナーヴァ子爵領へと変えた領地へ顔を出していた。王都から手紙で指示を出すだけでは出来ないことも今日の予定に組み込まれている。
領主館を建てる場所の選定に、名主の皆さまへの顔見せ。手入れが行き届いていない場所を探して、整備をお願いしたり。放置されている畑を借りて……領主なのに借りるってどうなのか分からないけれど、ちょっとやりたいことを始める用意をするつもり。で、その計画の発案というか、希望したのがクロである。
『ナイ。ボク、これが良い』
子爵領の片隅でみんなで集まっていた。私の肩から降りて、数ある苗木の前で悩んだ末にクロが一つを選んだ。残りの木も近くの畑に植えて果樹園にしようと計画中。量産するかしないかは、様子見してから考える。美味しい実が生るなら希望者を募って、生計を立てようと考えている。
「この苗木って?」
『オレンジだよ。甘くて美味しい実が生る木になってくれると良いけれど』
苗木屋さんで同じ種類の若木を買ってきてくださいと頼んで、種類はお任せしますとお願いしていた。で、お使いの人が選んだのはオレンジかあ。オレンジも良いけれど、ミカンが食べたいなあ。時期的にも冬だし、こたつでミカンは正義。食べ過ぎるとお手洗いにすぐ行きたくなるのは難点だけれど、それでも食べてしまうのだから魔の食べ物である。まあ、品種がないので諦めるほかないけれど。オレンジも十分美味しいし。
苗木屋さんでは他にもいろいろなものが売っていたそうだ。林檎や葡萄、桃に洋梨。温暖な気候のアルバトロスなので育つのかと不思議だったけれど、品種改良が施されて比較的暖かい場所でも育つらしい。
とりあえずはクロが選んだオレンジの苗を植える。ブドウも考えていたけれど、ワインにするなら加工場も必要となる。資金も知識も必要だし、そこまでの規模は考えていないので諦めた。
「ね。私も食べたい」
『採れるまでには数年掛かるから、まだ少し先だね』
確かに植えて直ぐに食べられるようにはならないと聞いたことがある。クロの言う通り、私たちの口に入るにはまだ時間が掛かるけれど、植えなきゃ始まらない。お世話は領の方に任せることになるけれど、お給金は出すので問題にはならないはず。
「食い気が先行されているな。まあ、構わんが……」
「ナイらしいですわ。休耕されている場所を使いますし、軌道に乗れば領が潤う可能性がありますもの。……クロさまお可愛らしい」
ソフィーアさまが呆れているものの、いつものことだと諦めている様子。セレスティアさまは果樹を植えることに問題はないみたい。むしろクロが主導しているから、様子を見るのが楽しいのかも。コッソリ写真の魔術具も持参しているようだし。
「ジークとリンも選んで植えよう」
それぞれが選んで植えた木が一番美味しい実を付けたら勝ちという、クロと私で他愛のない競争をしている。植え方は苗木屋さんから聞いている。お世話に関しては紙に書いて任せてしまう。本当はきちんとお世話をしたいけれど、王都暮らしで度々こちらへ顔を出せる訳もないし。
転移魔術を少しづつ覚えて身についてはいるものの、長距離移動や誰かと一緒に転移できるようになるのはまだ先の話。護衛の人たちやソフィーアさまとセレスティアさま方も同行していなきゃ問題になってしまうから。
「俺もか?」
「私も?」
ジークとリン二人が同じ方向へ同じ角度で首を傾げた。流石双子と感心しつつ口を開く。
「クロと美味しい実を付けた方が勝ちって勝負をしてて。それなら、勝負する人増えた方が楽しいかなって」
私の肩に乗っていたクロがジークとリンの方へ飛んで行き、ジークが腕を差し出したのでその上にちょこんと乗った。
『ジークとリンもひとつ苗を選んで。ソフィーアとセレスティアもやらない?』
ジークの腕から飛び立って、今度はセレスティアさまの腕の中へ。へにゃりと顔を緩ませている方が居るけれど、何も言わないのが優しさであろう。
苗木は二十本ほどある。苗木屋さんにお使いへ行った方の話によると、治癒院で私の魔術を受けたことがあり感謝しているのだとか。で、買った本数は十五本だったのだけれど、五本はオマケで付けてくれた。申し訳ないから感謝状を送るとして、二十本植えられるスペースが確保できるのかどうか。
「私たちもですか?」
「よろしいのでしょうか?」
『うん。みんなで植えて、みんなで採って、みんなで食べよう。余ったら、持って帰ってソフィーアとセレスティアのご家族に』
数年先だろうけれど、鈴生りに実ったオレンジを一人で平らげるのは大変だろう。お二人は生粋のお貴族さまなので、野良仕事なんてしないかもしれないが、苗を選ぶだけでも良いんだし。
私もすべて食べきれる訳はないので、クレイグとサフィールの分を確保したら、子爵邸の皆さまにお裾分けするつもりだ。それでも余るなら領の人たちにもだなあ。一本の木からどれだけ採れるのか詳しくはないけれど、それなりに実るはず。ソフィーアさまとセレスティアさまが顔を見合わせて、少し考えたのちに確りと頷いてくれた。
『マスター、ロゼも選ぶ!』
『!』
私の影から勢いよくロゼさんが飛び出してきた。私の身長を軽く超えて飛び出してきたのだけれど、そんなに選びたいのか。クロと勝負したいだけかもしれないけれど、楽しそうだからいいか。ヴァナルもロゼさんと一緒に出てきて、足を綺麗にそろえ座れをして私を見ている。
「じゃあロゼさん、苗木を選んで。ヴァナルも選ぶの?」
『ヴァナルも選ぶって。美味しいの匂いで分かるらしい』
ぽよんと体を揺らしたロゼさんが、ヴァナルの気持ちを通訳してくれた。
「そっか。ヴァナルも選ぼうね」
わんと一鳴きするヴァナルの顔の横、首のあたりを撫でると気持ち良さそうに目を細める。これ以上やると地面に寝転がって腹を撫でろとなるので、いい加減なところで止めておいた。
「ナイ、魔力を込めるのか?」
「どうしましょうか……」
ソフィーアさまが私に問いかけた言葉に少し詰まる。少し前、他の聖女さま方と小麦畑に種籾を蒔いた。思いつきで発案したけれど、どうやらちゃんと効果があったようで、順調に……というか後から私たちが蒔いた種籾の成長が、元から蒔いていた小麦に追いついたそうだ。
そしてもう一つ、魔力を込めた聖女さまたちの特性が出たみたい。通常の種籾よりも発芽量が多かったり、踏まれてもすぐに元気を取り戻したり。……これ、他の植物でも効果があるのではと、アルバトロス上層部の面々がどうしようかと悩んでいるそうだ。
自然に従うべき派と魔力に頼って生産量を上げるべき派に、困った時だけ聖女さまや魔力持ちの人間を頼ろう派。あまりやり過ぎるとリーム王国の二の舞になりそうだから、慎重にならざるを得ないのかも。
私たち聖女は国や教会から命が下れば従うしかないが、自領となると話は別となる。領主に裁量が任されてあるから、勝手が出来る。
「……込めると問題に、込めなければ何事もなく平穏。口に入るまでに時間が掛かるけれど……ぬぅ……」
食べ物に関してはどうしても食い意地が張るから、迷ってしまう。私の周りに居る人たちは、私をじっと見ている。どうやら私の一存で決めて良いようだ。
「早く食べたいけれど……止めておきます」
気持ち的には全力で魔力を放出して、不可思議現象に掛けて美味しいオレンジさんが食べられれば幸せだけれど。それをやると周辺の畑にも問題が起こりそうだし、畑の妖精さんが誕生するとまた大変なことになる。
「そうか。――穴を掘って苗木を植えよう。皆でな」
ぼそぼそと呟いていたのが聞こえていたのかソフィーアさまが苦笑を浮かべたのちに、良い顔になってみんなで植えようと音頭を取ってくれた。
「はい」
『ボクも自分で掘るね』
ソフィーアさまの言葉に答える私に、クロは自分の脚で穴を掘るようだ。収穫は数年後だろうけれど、きっと美味しいオレンジが実るに違いないとスコップを手に取って穴を掘るのだった。






