0428:続・ジークと少年。
2022.08.22投稿 2/2回目
――学院がお休みの日。
礼拝に参加して治癒院へ聖女として顔を出したあとに孤児院へ来ていた。以前に保護した兄妹の兄テオは元気そのものなので、ジークが暇を見て孤児院に顔を出して面倒を見ている為に今日は様子見と称して顔を出してみた。
テオの妹のレナも回復してきて、今は体力作りに勤しんでいる。孤児院の院長先生によると、二人ともしっかり者で問題も起こさず日々を過ごしているとのこと。
その引き合いに私の話を持ち出されるのは勘弁して欲しい所だけれど、凄く懐かしそうに深く皴を寄せて笑う院長に何も言えない。保護した頃に問題を起こし過ぎて迷惑を掛けた身なので、強く出られない所があった。院長室で挨拶を済ませた後、リンと二人で移動する。
『子供は元気いっぱいだね』
クロが孤児院の子供たちを見ながら、肩の上で呟く。クロも子供にカテゴライズされそうだけれど、ご意見番さまの知識がある所為か、目の前の子供たちは可愛いらしい。
「本当に。どこからそんな体力が湧いてくるんだろうね」
経営状態は随分と良くなっているので、子供たちの表情は随分と明るい。私や子爵邸の面々が寄付した本や筆記用具を使って勉強している子も居れば、年長組の子は下の子の面倒を見ていたりと様々である。
まだ小さい男の子たちは徒党を組んで、プロレスもどきで取っ組み合いの力試しをしているし、女の子たちはそれを冷ややかに見ていて面白い。
「お、やってる。リンから見てテオの筋は良さそう?」
孤児院の庭先で軽快な音が鳴っている。木と木、ようするに木剣どうしがぶつかる音が不規則に鳴っている。軍人や騎士になりたい男の子たちが、ジークとテオの様子を体育座りをしてじっと見ていた。
「どうだろう……まだまだ時間が掛かると思う」
リンが手合わせしているジークとテオをじっと見ながら、私にそう教えてくれた。
「手厳しい。あのくらい動けていたら十分そうだけれど」
素人判断だけれどテオはジークが振り下ろす剣を巧みに避けて反撃の隙を狙っているけれど、リーチが違い過ぎて懐に潜れずにいる。仮に潜り込めたとしてもジークがソレを許す訳はないし、かなり難易度が高そうだけれども。
「ナイの護衛に就くなら、強くなきゃ」
テオが私たちがやって来たことに気が付いて、一瞬こちらを見た。その隙をジークが見逃す訳もなく、テオが握っている木剣を容赦なく振り落とした。
「痛ぇ……」
剣を振り払われた衝撃が手首を伝わったようで、テオは右手で左手首を握り痛みに耐えていた。ジークがその場に留まって、テオを見下ろしている。
「痛いくらいで止まるな。剣を落としたら次はどうする?」
ジークが誰かに助言をするのは珍しい。学院の騎士科で友人が出来たとは聞かないし、歳は五歳ほど離れているけれどテオと仲良くなれれば良いのだが。
「……拾う」
テオがそう告げ落ちた剣に右腕を伸ばしたと同時に、ジークがテオの右手首へ木剣の剣先を突き付けた。実戦ならば手首を切り落とされているなと目を細める。
「馬鹿を言え、その隙を狙われて死ぬぞ」
命のやり取りをしなければならないのだ。甘い考えを持って騎士や軍人になれば、真っ先に怪我をするか死ぬかのどちらかで。一人で死ぬならまだいいけれど、周囲を巻き込んでしまえば目も当てられない。
精神面が弱いお貴族さま出身の騎士が、討伐遠征で初陣を経験して錯乱したことがあった。死にたくないばかりに意味もなく暴れて、周囲にも被害を与えていたからなあ。死者がでなかったことが救いだけれど、その人は精神が弱ったと判断され実家に戻されていた。
「じゃあ、どうすれば……」
「テオ、お前の武器は剣だけか? 腕や足もあるだろう。頭も立派な武器だ。状況を見て一瞬で考えた選択をいくつも引き出し、最適を掴め」
次の一手はどうすると、何通りもパターンを瞬時に考えて最適解を導き出す。今はテオにとって難しいことかもしれないけれど、日常でも戦いの場でも大切なことだ。いろんなことを考えて物事をとらえる判断って大事。
「ん。ジーク兄、もう一回」
テオの目は諦めていない。ジークから一本取るのは至難の業だろうけれど、鍛えていれば可能性があるかもしれない。もう一度木剣を握ったテオはジークと相対し直す。
「――お願いします、だ。言葉遣いも騎士にとって大事だぞ」
「お願いします!」
教会騎士ならば、というか騎士になるなら言葉遣いも判断基準に含まれていたはずだ。位の低い騎士さまならばそう教養は求められないけれど、高くなるほど教養に所作や強さが求められるようになる。
その最上位に位置しているのが近衛騎士の皆さま方で。王族を守る方々なので、平民がその座に就くのはかなり厳しいと聞く。平の騎士を何年か務め上げ、上司の推薦状が必要とかなんとか。
「痛え!」
何度か打ち合いをした後でまた剣を離してしまったテオ。まだ握力が足りていないのかなあと、私の隣に控えているリンの顔を見上げる。
「……前途多難」
『手厳しいね、リンは』
ぼそりと呟いたリンの言葉にクロと私が苦笑していると、テオとジークの打ち合いを眺めていた男の子たちが痺れを切らしてジークの下へと駆け寄った。
何人もの少年に囲まれながら、順番に手合わせをするジーク。子供だからといって手加減をする様子は全く感じられない。容赦がないけれど、騎士や軍人として職に就くなら必要な事。ジークも身に染みて分かっているから、子供相手だろうと手加減はしない。
この子たちの将来がどんなものになるかは未知だけれど、どうか明るいものになりますようにと願うのだった。