0423:見守る者。
2022.08.21投稿 1/4回目
――冬と言うのに、その日は暖かだった。
ハイゼンベルク公爵邸から馬車に乗りとある場所へと辿り着く。こじんまりとした屋敷の正門を通り抜け本邸前にある馬車停へたどり着く。
御者の手により降りたワシを迎えに来た屋敷の家宰によって庭の東屋へと通された。冬だというのに今日は暖かい。確かによい選択であると一人で納得し、車椅子に乗った老女と椅子に座る老女へと顔を向け、席にどっかりとワシも座る。
「久方ぶりだな、筆頭に元筆頭候補よ」
車椅子に乗っている老女が現筆頭聖女であり、もう一人の者は若かりし頃に彼女と筆頭聖女の座を争い最後の最後で負けた。
だが遺恨などあろうはずもない。現にこうして茶会を開くほどの仲なのだ。ワシは彼女らの体の良い茶飲み友達という訳である。まあワシの立場を理解している彼女らは無茶も無理も言わんが、偶にこうして茶会という体で現状報告を行っているのだ。
「あら、公爵。――わたくしのことなど忘れ去り、楽しい日々を過ごしておられたのかと」
筆頭が多くなった顔の皴を深めて綺麗に笑う。流石、見目も判断基準にされているだけはある、年を重ねても変わらぬ美しさがある。だがワシは妻一筋なので欠片も靡かんし、靡くならば若い者の方が良い。
「忘れてなどおらんよ。まあ確かに充実しておるぞ。アレの周りでは何かしら騒ぎが起こっておる」
筆頭が持つ異能『先見』によって貧民街に住んでいたナイを見つけた。彼女曰く、アルバトロス王国始まって以来の最大魔力の持ち主であり、最も国に貢献する人間であると先見によって知ったそうだ。当時、筆頭の言葉に懐疑的な者が多かったが、教会で魔力測定器を破壊したことによって、筆頭の先見の一つが当たった。
疑っていた者も納得するしかなくなる。筆頭聖女の言葉を信じていた教会は、性能が良い魔力測定器を用意していたのだ。それを壊したとなれば、教会の浮かれ具合はかなりのもので。歴代最大の者が現れた、まだ子供ならばもっと成長の余地があると大騒ぎだ。浮かれている教会の人間を諫めたのは、誰であろう目の前の車椅子に座る筆頭なのだが。
「閣下。あのような小さな子供に貴方の道楽で過度の期待をするのは如何でございましょう?」
筆頭よりも感性がまともな元筆頭候補が苦言を呈すが、お前さんもナイにあったのだから簡単に折れるような者ではないと知っておろうに。
「アレがワシの道楽で潰れるようなら疾うの昔に潰れておるさ。雑草どころか、間違えて植えてしまったミントのようなものだよアレは」
本当に。潰れているなら既に潰されている。ワシらが手をまわしていたのもあるが、重圧に潰されていないのは彼女生来の鈍さと立ち回りの上手さであろう。筆頭聖女を目指す貴族出身の聖女は欲深い。平民出身の有能な聖女を虎視眈々と潰そうと狙う者が居るからな。
それに目の前の筆頭の在位が長い所為で、余計にそういう者が多くなってしまったのだ。在位が長くなった理由に、彼女以上に有能な筆頭候補が現れなかったという仕方のない理由もあるし、とんでもない魔力量の持ち主が現れたことで代替わりを留めていたのも一つ。一番の理由が現筆頭がナイに筆頭の座を譲りたいと言い出したことだが、当の本人は知らない上に筆頭と直接会ったことがないという。
ナイよ、ワシより筆頭や元筆頭に振り回されておるからな。
目の前の二人を敵に回したくはない。俗にいう女狐という奴である。狸のワシが狐に敵う訳がないし。若かりし頃、聖女であった彼女らと共に戦場へ立つこともあった。魔力量の高い彼女たちは高威力の魔術を駆使して、敵兵を薙ぎ払う。
ワシももちろん殺し合いをしていたし、彼女らに負けたとも思ってはおらんが敵兵には一切の容赦がなかった。
無論、降伏した者には捕虜として丁重に扱い治癒を施していたが。数刻前に味方を殺した連中に、微笑みを浮かべながら施術を行う彼女たちの二面性に驚いたものだ。おそらくそういう部分の切り替えは男よりも女の方が早いのかもしれぬ。
夜会で敵対する貴族の追い落としも、国に無能は要らぬと言い切って扇子で口元を隠し笑いながら、あの手この手で落としていったからな。まあワシも若い頃と違い、今は楽しむようになったから二人のことは余り言えんが。
――話がずれた。
貧民街の子供がどこから知識を手に入れてきたのか、人間関係にはかなり敏い部分があった。だからこそワシとの初対面の時に取引を持ち出し、見事公爵という後ろ盾を勝ち取った。
おそらく筆頭はこのことさえ先見で知っていたのだろう。一体彼女はどこまで先の未来を見ているのか気になるが、その異能はもう振るえない。単純に年をとってしまったのだ。本人は若い頃に無茶をし過ぎたと笑っていたが、国の為に尽くしてそうなったのだ。ナイを筆頭聖女にと願う彼女には報いたい。
おそらく元筆頭候補もワシと同じなのであろう。でなければ無茶が効かぬ体でナイと教会で接触など図らなかったはずだ。他愛のない話をしただけと言っているし、ナイからの報告で話の内容を知っている。
ワシと話を付けたのは彼女と話したそうだが、実際は筆頭が、お転婆娘の面倒を見てくれとワシに声を掛けたのだがな。まあ些末なことなどどうでも良いのだ。筆頭の先見でナイの存在は知っていたし、遅かれ早かれ後ろ盾になったであろう。
「年頃の少女に向ける言葉ではありませんわね」
「ええ、本当に」
ワシを見てくすくすと笑う筆頭と元筆頭候補は、本当に楽しそうである。老い先短いというのに悲壮感やらは欠片もない。
「お前さんたちは……」
本当に強い二人である。
「それで公爵、あの子はまた何か仕出かしたの?」
筆頭が目を輝かせてワシに聞く。貴族出身の聖女で若い頃から国の為と尽くし、異能の為にいろいろと苦しむこともあった。年齢によりその力を失ってはいるが、見えない故にナイが仕出かすことが楽しくて仕方ないらしい。
彼女が先見の力で見たナイに関する事柄は魔力量が多いことと、国に益を齎すことのみ。それを見たあとで彼女は先見の力を失った。
魔力量の多さから未来を何度も何度も見た筆頭は大体のことを知っていたが、ナイが竜を従える姿も、聖王国へ乗り込むことも先見の力で見ることはなかった。だからこそこうしてワシに語り部を頼み、楽しそうに余生を過ごしている。
「今度は東大陸の帝国を引きずり出した挙句に、フェンリルを連れて帰ってきたな」
「まあ!」
「!」
筆頭が声を出し、元筆頭候補は驚きで声が出なかったようだ。
「ナイは屋敷を幻獣だらけにするつもりらしい」
本当に。竜に天馬に猫又にフェンリルときた。次は何を連れてくるかと軍の者たちは賭けをしているのだが……果たして勝者は居るのだろうか。この場に酒があれば美酒に酔いしれ乾杯でもしていたところだが、残念なことに陽はまだ高い。夜の楽しみに取っておこうと、ワシは二人にナイの近況を語るのだった。






