0422:共和国からの使者。
2022.08.20投稿 2/2回目
アルバトロス王国の謁見場で、見慣れない珍しい衣装を纏った者たちを少し離れた場所から観察している。おそらく邪な気持ちなど持っておらぬのだろう。甥、アルバトロス王へ平伏している彼らの表情は真剣なものがあった。
彼らは我々に横柄な態度をとる訳でもなく、東大陸から海を渡ってこちらの大陸へと入り、アルバトロス王国を目指す為、ルート上にある国々の機嫌も損なわぬ形を取りながらようやくこちらの国へたどり着いた。
「この度は我々遠い異国の地の者を受け入れてくださり感謝いたします、アルバトロス王よ」
「長の旅、苦労であった。貴公らの苦難は推して知る」
陛下が玉座から東大陸からの使者を労う。彼らがアガレス帝国の使者ならば門前払いされていただろうが、目の前で頭を垂れている者たちは共和国からの使者である。お互いの大陸には不干渉を長い時間を貫いていたというのに、黒髪黒目の者が居ると知られ問題がどんどん大きくなっているな。
甥やナイは頭を抱えるであろうが、ワシとしては愉快である。老い先短い人生であるし、楽しまねば損だ。もちろん国益を損なうようなことはせぬが、向こうからやって来るというのであれば別の話。
ただ今回は少々事情が違う様子。東大陸のアガレス帝国の連中はいけ好かぬ。これで共和国までまともな者ではないなら頭を抱えるしかないが。さて、彼らの本心を覗いてみようではないかと目を細める。
「今回、我々共和国使節団が貴国との接触を図った理由は、アガレス帝国が黒髪黒目の者を見つけそのお方が所属している国へ旅立ったと知り、急いでこちらへと参った次第」
アガレス帝国は空路、共和国は海路を経てこちらの大陸へと辿り着き陸路を使いアルバトロス王国へとはるばるやって来た。
少々頬が瘦せているのは、長旅故の疲労の現れであろう。アルバトロス王家と接触した目的は帝国の目的を情報共有する為なのだそうだ。こちらの大陸各国との連携も願い出ている。
アガレス帝国や共和国、もとい東大陸の情報はこちらの大陸では手に入れ辛い。確かに情報が欲しい所ではあるが、なにせアガレス帝国の所業がアレだった。共和国の者たちも帝国の者と変わらぬのではと訝しむのは致し方ない。ワシ以外の者も懐疑的な様子であり、彼らに向ける視線は厳しい。
だが共和国の者たちは、その視線を意に介す様子はなく甥に向かい堂々とした姿を見せている。この場で縮こまった姿勢であれば、小物と切り捨てるのだがなかなかに肝が据わっておるようだ。油断はならないし、警戒をすべきであろう。全幅の信用を得るなど、かなりの時間が必要である。
「長き間、我々共和国や小国は帝国に対して苦汁を舐めておりました。その思いを西大陸の方々にまで味合わせる訳にはと参った次第です」
我々に対しての心配だけではないだろう。出来ることならば西大陸――彼らがそう称したので使わせて頂く――の者たちとも手を組みたいという打算があろうて。国を預かる者が優しさだけではやって行けぬことは、この場に居る者たちであれば誰でも知っている。
帝国は帝国と名乗ることだけあり随分と野心的な侵略をしたようだ。占領地は帝国本土よりも重い税が課せられており、随分と苦しんでいるそうだ。それならば何故やり返さないと不思議であるが、どうやら飛空艇の存在を随分と彼らは恐れているようだ。
飛空艇の動力の要である巨大魔石が帝国本土でしか掘り起こせないらしく、他国が飛空艇を所持していようとも無用の長物。なるほど、彼らの態度が横柄な理由はソレか。
くく、と勝手に喉が鳴る。
武力で土地を奪い、住人たちを帝国人として教育を施し洗脳する。教育に騙されて帝国万歳となる者も居るようだが、教養の高い者や元の国への忠誠心が高い者たちはそう簡単にいかない。そういう者たちから共和国は情報を受け、黒髪黒目の者がアルバトロスに居ると情報を掴んだようだ。
「もともと褐色の肌は東大陸の南半分の者たちが有する特徴です。――帝国との攻防の末に北半分にも数を増やして現在の状況となります」
確かに共和国の者たちは褐色肌に銀髪や茶髪である。おそらく白い肌よりも褐色の肌の方が血に影響しやすいのだろう。
なるほど、帝国の使者たちの護衛に褐色肌が多かったのはそういう理由か。高官の者にもその特徴が表れている者も居たが、割合が少なかった。もしや混血化を進めているのは、褐色肌の者たちが長い時間の間で何かしらを企んでいるのだろうか。
そうであるならば随分と気の長い話であるが、ワシは嫌いではない。即効性はないが、ゆっくりと帝国を蝕んでいき露見し辛いことであろう。帝国に支配された土地の者が共和国へ逃げ込んだ可能性もあるのだから、この話を共和国が知っているのは何もおかしくはない。
「アルバトロス王、無理を承知で願い出ます。突然現れた我々を信じろというのは理解しております。しかしアガレス帝国の横暴をこれ以上広めぬ為、情報共有を願い出たく!」
使者の代表が深々と頭を下げると、陛下が我々に視線を向けたので、深く頷く。情報共有だけというならば悪い話ではない。
向こうはナイを狙っているであろうし、機会があればここぞとばかりに飛空艇を差し向けてくるであろう。とはいえ報告書で知ったアレを思いだせば、笑いしか込み上げてこないが。
「情報共有のみというのならば構わぬ」
我々が帝国の動向を共和国に差し出せぬと陛下が渋い顔をする。この場は外交である。ある程度の利益をお互いに齎すべきだと考えたのだろう。
「一つ、お聞かせ下さい。情報提供の見返りはそれだけで構いませぬ。――黒髪黒目のお方がこの国にいらっしゃるというのは真実なのでしょうか?」
「真実だ。我が国には黒髪の聖女の二つ名を持ったものが居る」
今更嘘を吐いても仕方ない。情報はもう知られているのだから、価値のない情報である。陛下もアガレス帝国の情報を天秤に掛けて判断したのだ。
「誠でございますか。――ではアルバトロス王国の繁栄は約束されたも同然でございましょう」
東大陸では黒髪黒目の者は繁栄を齎すものとして崇められると。もちろん天災や飢饉等の事案にも、彼ら彼女らはどこからともなく現れ困っている者たちを助けるのだとか。
随分と大仰なことをしてくれるな。その辺りは国が確りとしていれば、局所的な問題ならば国が解決出来る。これが大陸全土で起ったというならば手の施しようもないが。大昔の伝承なのだそうだが、未だに信じている者が多いと。
「では我々は本国へ戻りましょう」
遠き地故に出来ることは帝国の情報を流すことしか出来ないがと使者が告げ、謁見場を後にする。
「なんと! お目に掛かることが出来ようとは!」
偶然、遠目から見つけることが出来た共和国の使者たちは、城の魔術陣へ補填を終えたナイを見て泣いて喜んでいる。……東大陸の信仰を蔑ろにするつもりはないが、少々大袈裟なのではと呆れてしまうのは、彼らが拝んでいる黒髪黒目の少女の実態を良く知っている所為であろうと溜息を吐いた。