0420:お名前何にしようか。
2022.08.19投稿 2/2回目
子爵領の領主邸が新たに建てられていると報告が入った。
どこから聞きつけたのか分からないけれど、竜の方もお手伝いに参加してくれているので重量物の運搬が随分と楽なのだそうだ。時間をかけて建てるそうなので、あっちで過ごすようになるのは随分と先。完成の暁には警備の関係もあるのでお姉さんズや副団長さま特製の魔術障壁も施すし、転移魔術を習って王都から子爵領へ移動できるようにご教授頂けるとのこと。
どんどん自分の周りが変化しているので目まぐるしくあるが、王都のタウンハウスも手狭なのは事実だし受け入れるしかないんだろう。貯めたお金が飛んでいくけれど、家宰さま曰く広がった領地の取り分と今までの収入で十分回収可能なのだとか。
「うーん。明日から三学期だけれど、もう問題は起こらないよね」
言葉にすると現実になりそうなので怖いけれど、言わずにはいられない。それに今は自室でジークとリンと私にクロとロゼさんと子フェンリルしか居ないから。
一学期は婚約破棄騒動、夏の長期休暇は大規模討伐遠征、二学期はリームのギド殿下とヴァンディリアの第四王子殿下が留学生としてやってきた。三学期もどこかしらの国から留学生が来てもおかしくはない状況だし、東大陸の帝国の動向も気になる。
物理的距離があるし海も隔てているから、こちらの国へ来るのは随分とお金と労力が必要だ。アルバトロスから帝国へ赴くことはないだろうが、帝国からアルバトロスへ来る可能性は十分にあり得るから気を付けないといけないけど。
帝国の皇子さまたちが留学するには陛下方の許可が必要となるから、その線は薄いだろう。やはり黒髪黒目を手に入れるなら、攻めてくるしかない。国も私も帝国に行くことは拒否しているんだし。
「流石にこれ以上は起こらない……はずだが」
「ナイだからね。兄さん」
「二人とも酷い!」
リン、私が何か起こすみたいじゃない。いや、まあ強く否定できないのが悲しい所だけれど。というか私が何か起こすんじゃなくて、私の周りで何かしらが起って何故か私の身に降りかかってくるのだ。でも降りかかった火の粉は振り払うしかないし、立場もあるから上手に立ち回らないといけない。
「……お前を襲う魔物や人間なら、俺たちが振り払えるがな」
「それ以外だと何もできなくなるから……」
それぞれがそれぞれの立場で私を守ってくれているのは理解している。
「ジーク、リン。側に居てくれるだけで心強いよ」
もちろんその場に居ないであろうクレイグとサフィールも。ここ最近、私の侍女兼護衛として控えてくれているソフィーアさまとセレスティアさまも。みんなに守られている自覚は持っている。アルバトロス王国上層部の方々も亜人連合国のみんなも。
聖王国の大聖女さまも心配して私に大陸の奴隷問題を知らせてくれ、黒髪黒目信仰があると教えてくれた。人間だからすべての人が受け入れてくれるなんてあり得ないし、逆にすべての人を私が受け入れられる訳もなく。
『ボクも居るよ』
「クロももちろん」
ぐりぐりと顔を擦り付けてきたクロに、足元に居るロゼさんがぬっと体を私の足の甲に乗せ、子フェンリルが反対側の足に体を擦り付けてマーキングしている。
「みんなもね」
懐かれたなあと苦笑いしつつ、右腕を差し出すとジークとリンも腕を差し出して拳を合わせるのだった。
――名前がない!
ジークとリンと私が部屋で話していた数時間後。執務室で家宰さまから、子フェンリルに名前がないのは困ると侍女の方や屋敷で働く方たちの苦情が届いた。ロゼさんと一緒に子爵邸内をウロウロしているようで、ロゼさんのあとを一生懸命付いて行く子フェンリルの姿が可愛いらしく人気になっているらしい。
「ご当主さま。如何なさいますか?」
家宰さまに問いただされるので、彼と目線を合わす。嫌われたり遠巻きに見守られるよりも、そうやって可愛いとおっしゃってくれるのは有難いけれど。
「……どうしましょうか。せめて喋れるようになって、フェンリルの子の意見を聞いてからと考えていたのですが……」
家宰さまが私の言葉に微妙な顔となる。当主である私と家宰さまの部下からの板挟み状態で、彼の状況は中間管理職そのもの。
名前を付けるのって大変なんだよね。犬や猫じゃないから気軽につけられない上に、何故か魔力を取られるし。こうなればいっそみんなで一斉に名を叫ぶとかすれば、子フェンリルとみんなの繋がりが出来るのではないだろうか。
『ボク、あの子に聞いたけれどナイが名前を付けても大丈夫って言っていたよ』
付けてあげないのとクロが首を小さく傾げながら私の顔をのぞき込む。
「うーん。名前付けると何かしらの魔力的な繋がりが出来ていない?」
『スライムのロゼみたいに魔石から創造したモノじゃないから出来ないはずだよ。ナイの魔力はボクたちと相性が良いから、吸い取りやすいんだよね』
だから魔力的な繋がりだって思っちゃったのかなとクロが言うけれど。確かにお婆さまやクロは遠慮なく私の魔力を吸い取ってくれる。彼らが言うには魔力の余っている分らしく、漏れ出てきそうなものを頂いているだけなのだそうだ。それだと子爵邸の畑の妖精さんが消えてしまうのではと心配になったけれど、その辺りはうまく調整しているらしい。
新たに賜った子爵領の領館に住むことになれば、向こうの魔素濃度も上がるんじゃないのかなあとクロが言っていた。
エルとジョセにルカはこちらのタウンハウスよりも、新たに建設予定である領館の方が広いので移り住むのもアリ。何年先になるか分からないけれど子フェンリルも大きくなるのだろうし、タウンハウスで生活するには狭いだろう。
「やっぱり名前は必要なのかな……分かりました。あの子の名前を付けますが、もう少し考える時間が欲しいと皆さまにお伝えください」
「承知いたしました。良き名前を賜れるよう願っております」
家宰さまが柔和な声でそう告げる。プレッシャーを掛けられたなあと苦笑いを返しつつ、どうしたものかなあと腕を組んでうんうん考え始める私だった。
明日(2022.08.20)は仕事なので、二回投稿とさせてください。