0416:戻ってきたお二人。
2022.08.17投稿 2/2回目
三学期が始まる一週間前、ソフィーアさまとセレスティアさまがそれぞれの領地から王都へ戻ってきた。
「おかえりなさい、は変かもしれませんが……」
領地が実家なのだから、この言い方は間違っているかもしれない。でも王都へ戻ってきたのだし、間違っている気もしない。
何が正しいのか分からず、結局こういう言葉になってしまった。そんな私をソフィーアさまとセレスティアさまは笑いながら『ただいま』『ただいま戻りましたわ』と告げてくれ。子爵邸の応接室へ通してもらって、お二人はわざわざ領地の特産品を手土産にして子爵邸へと訪れてくれたのだ。
『ソフィーア、セレスティア、おかえり~』
クロもお二人に会うのは久しぶりなので嬉しい様子。ご機嫌でお二人の下へ飛んで行って挨拶をしている。護衛で部屋に一緒に居る、ジークとリンも軽く頭を下げソフィーアさまもセレスティアさまもそれに応えてくれていた。仲が良いようで何よりである。
「王都暮らしが長いからな。間違いではないさ」
「子供の頃からこちらでしたものね。王都で過ごすよりも領地に居た時間の方が少ない気が致しますわ」
ソフィーアさまは王城で教育を受けていただろうし、セレスティアさまもセレスティアさまで未来の伯爵夫人としてこちらで教育を受けていたのだろう。侍女さんが用意してくれた紅茶へ手を伸ばしてカップへ口を付ける。――相変わらず最初は熱い。
「それで……猫又が増えたと聞いてはいたが……」
「何故、ナイの足元に犬がいらっしゃいますの?」
ソフィーアさまがジトーとした視線を、というよりも犬じゃないだろうコレみたいな視線を、私の足元でじっとしている子フェンリルに向け。ロゼさんもその横でじっとしている。セレスティアさまは鉄扇を広げ口元を隠し、子フェンリルを見下ろしている。お二人ともフェンリルとは考えていないようで、私がどこかしらで犬を拾ってきたという認識らしい。
猫又さまが子爵邸の仲間として加わったというのは手紙でお知らせしていたし、子猫たちの引き取り手になってくれたお二人だ。
ただフェンリルを拾って……いや、助けて……飼うことになったのは本当に偶然で。報告をしようと手紙を書こうとした矢先、お二人は王都に戻ってこられた。正体がフェンリルと知ればソフィーアさまは頭を抱え、セレスティアさまはまた顔面崩壊させるのだろう。ちょっと正体を告げるのが怖くなってきたなあと、子フェンリルに視線を落とす。
『この子はね、フェンリルなんだよ。ナイに懐いて一緒に来たいって、ね?』
クロが私の肩から降りて、子フェンリルの横に立つ。クロも子フェンリルも同じタイミングで、ソフィーアさまとセレスティアさまを見上げながら小さく右側に首を傾げシンクロしていた。異種族なのに気が合うなあと、クロと子フェンリルからソフィーアさまとセレスティアさまの方へと視線を変える。
「フェンリルっ、フェンリルなのか!?」
子フェンリルの正体に驚きつつ犬にしか見えんがと零すソフィーアさま。
「……!」
セレスティアさまは無言で固まっているのだけれど、息しているかな。まあ生きているのでその内苦しくなって再開するだろう。竜の方たちや天馬さまたちに悶絶していた彼女だから、フェンリルに興味を示しても不思議じゃないし。
『あ、そうだ。ナイたちから聞いた話だと、ソフィーアもセレスティアもこのフェンリルを知っているはずだよ』
まあ話しておいた方が良いよね。後から子フェンリルの言葉から聞くよりも、先に知っておいた方が良いだろう。
「それは一体? ――そろそろ戻って来い!」
戻ってこないセレスティアさまの肩を、ソフィーアさまが軽く小突いた。
「……! ――失礼いたしました。それでわたくしたちが知っているというのは?」
あ、話は聞こえていたのか。もしかしてクロの言葉だったから聞こえていたというオチは無いよね。でもセレスティアさまだし可能性は高そう。
『ナイ、話してあげて』
「うん。――」
お二人は現場を見ているので話しは通じやすい。合同訓練の際に現れたあのフェンリルの生まれ変わりというと、右前足の古傷に視線を向けて納得していた。
「しかし、先生が倒したフェンリルがこうして目の前にいるとは不思議な気分だな」
「ええ、本当に。――大きくなれば一緒に寝ることは出来ますでしょうか?」
小高い丘の上で大きくなった子フェンリルとセレスティアさまが一緒に寝転がっている姿を浮かべてしまった。おそらく彼女も同じようなことを考えているに違いない。
『出来ると思うよ。大人しいし賢いから、対等に扱ってくれているって理解すればナイ以外にも心を開いてくれる』
「本当ですか、クロさま!」
私の肩から飛び立って、セレスティアさまの腕の中にすっぽり収まって彼女の顔を見上げるクロ。営業、上手いなクロは。
『うん。だからセレスティアもこの子を大事にしてくれるとボクは嬉しいな』
「はい、必ずや。そして一緒に添い寝を成し遂げてみせますわ!」
添い寝なら直ぐに達成できそうだけれど。夜はベッドの上、私の足元で子フェンリルは丸くなって寝てる。子フェンリルに懐いているロゼさんも一緒に寝始めた。クロはクロで私の枕元で寝ているし、時折お猫さまが寒いと言って部屋に入ってベッドの中へ侵入しているし。お猫さまは時々私のお腹の上で寝て、その重みで悪夢にうなされることがあったので、私のお腹の上で寝るのを禁止したけれど。
『ソフィーアも、仲良くしてあげてね?』
「はい」
クロの言葉に返事をするソフィーアさまだけれど、あまり嬉しそうでない表情だ。
『あれ、迷惑かな?』
「いえ、そういう訳では。ただまたアルバトロス上層部の方々が頭を抱えるなと……」
クロはソフィーアさまが言い終わるなり、セレスティアさまの腕から抜け出してソフィーアさまの下へと飛んでいく。真面目なソフィーアさまだから、王国上層部の面々が頭を抱える所を想像できるのだろう。
『ボクがアルバトロスの人たちに説明しようか?』
「そのような手間を取らせる訳には参りません。それにクロさまが説明に赴けば、城の中は騒ぎになってしまいます」
まあ陛下たち驚くだろうねえ、クロが直々に説明する為に登城したとなれば。
『そうなの? ボク、そんな力はないと思うけれど』
いやいやいや。ブレスという名の荷電粒子砲を放ったご本人の台詞ではない。あ、このことも報告にあげなきゃなあ。陛下方、大丈夫かなあと目を細める。でも書かないまま後で知られれば怒られるのは私である。報告書は正直ベースで書いた方が無難。
ソフィーアさまとセレスティアさまにもクロが凄い威力のブレスを放ったと伝えたいけれど、話せる雰囲気ではない。仕方ない、諦めてチャンスを伺おうと考え直す私だった。