0414:邸に戻ったら。
2022.08.16投稿 2/2回目
強い魔物がでる場所で偶然に出くわした白い毛並みの子フェンリルが私に懐いたので連れて帰った件。良いのかなあと考えつつ、副団長さまはウッキウキだしクロは否定しない……というか賛成派。
ジークとリンは私に危害がなければそれで良いというスタンス。ロゼさんは興味があるようなので、じっと子フェンリルを見ている始末。以前の約束を忘れている訳ではないだろうけれど、微妙なところだしなあ。副団長さまたち魔術師組は、よければ魔術師団へ連れてきてくださいねと言い残して帰っていった。
子爵邸の皆さまに子フェンリルを連れて帰ることになったと伝えると、私だし仕方ないと何故か直ぐに事情を理解してくれた。あとはソフィーアさまとセレスティアさまに経緯を伝えることと、私の側に居るだろうからクレイグとサフィールに説明もしないと……なんて考えていると意外なお方が一番反応を見せた。
『何故、犬畜生がこの屋敷に住まうのだ!』
ふしゃーと逆毛を立ててお猫さまが、子フェンリルに向かって文句を言っていた。文句を言ってももう決まったことなので、私の部屋でくつろぎたいのならば我慢して頂くしかない。
犬や猫が一緒に仲良くしている姿はよく見るし、問題ないだろうと軽く考えていたのだが、まさかお猫さまが嫌がるとは。
外が随分と寒くなっているので子猫は私の部屋で過ごすこともあり、今もまさにお猫さまと一緒に居るのだけれど、子フェンリルは普通に子猫と接している。どこかに子猫が行こうとすると、首元を軽く咥えて元の場所に戻している。微笑ましいその光景は、子フェンリルの方がお猫さまより子猫たちの親っぽく見えて仕方ない。
「嫌なら出ていくしかなくなるんだけれどなあ」
私の部屋でクロの籠の中で怒りを露わにしているお猫さまに言葉を投げる。私たちが出かけている間は、外で子猫たちの面倒を見ていたようだ。子フェンリルは子猫の面倒を見つつ、私の足元へやって来て足にマーキングを何度か施すとまた子猫の下へと去っていく。
『ぐぅ! 致し方ないのか……しかし、何故犬畜生が主に懐くのだ!』
怒りで逆毛を立てていたけれど少し元に戻っていた。お猫さまは意外そうに言っているけれど、接点はあるんだよねえ。
子フェンリルが怪我をしている前足は完全に古傷だ。軽く見せてもらったけれど治りきっているので、私が魔術を施しても無意味。アリアさまならば傷を綺麗に治すことができるけれど、それはまあ子フェンリルの意志を聞いた上で決めるべきだから追々で良い話。
「まあ、話すと長くなるけれど……――」
子フェンリルは一学期の合同訓練で副団長さまが綺麗さっぱり消滅させた、あの狂化したフェンリルだった。魔力感知に長けている副団長さまが、子フェンリルからあのフェンリルの魔力を感じ取ったことと前足の傷が決定打。
大陸で生きている者や植物にその他もろもろが死ぬと、体内や物質に残っている魔力や魔素を放出させるという文献があるそうな。本来ならば魔石を残す所が、副団長さまが高威力の魔術で霧散させてしまった為、フェンリルの体内にあった魔力が空気中に放出された。
空気中の魔素濃度が高いと不可思議なことが起こりやすいので、あの森の中でもう一度復活したのだろうというのが副団長さまの見解。それならば森の中に居ついて過ごしていそうだけれど、どうして子フェンリルは遠く離れた場所に居たのかはクロの通訳で解決した。
王都近くの森に居ると、王都から嫌な気配を感じるので移動したと子フェンリルは主張しているらしい。その嫌な雰囲気って副団長さまの魔力なのではと、私や護衛の魔術師さんたちの考え。
それを副団長さまに伝えると、何故かしょんぼりしていたけれど、実際に子フェンリルは副団長さまを苦手としているから、あのフェンリルの生まれ変わりと納得できる材料の一つだった。私に懐いているのは単純に魔力が心地良いからだそうで。側に居ると強くなれるから、側に居たいという単純なものだった。
『なるほどのう。そんなこともあるのか』
『偶然だろうけれど、自然の中で起ることだからねえ。こういうことがあってもおかしくはないかな』
籠の中のお猫さまの横にちょこんと座っていたクロが、目を細めながら言ってのけたお猫さまの言葉に続いた。
『ロゼ、マスターの隣に居ると強くなってる! お前も強くなるのか?』
ロゼさん、一体どこまで強くなる気でいらっしゃるのかしら。高ランクの魔術を連発できるんだし十分に強いのだけれど、まだ高みを目指すらしい。私の足元で体をぷるんと揺らして、子フェンリルへ語り掛ける。
『!!』
ロゼさんの言葉に子フェンリルが何かを訴えているのだけれど一体何を伝えているのやら。まだ言葉は操れないようなので、ロゼさんやクロを介さないと私は分からない。多分、お猫さまにも通訳を頼めば出来そう。あとエルとジョセも。
『強くなってマスター守る? ロゼと一緒。でもお前、ロゼより弱い!』
フェンリルよりもスライムであるロゼさんの方が強いのか。その事実に驚きつつロゼさんと子フェンリルのやり取りを黙って眺めている私たち。
『……?』
ロゼさんの言葉を聞き、考える素振りを見せる子フェンリル。
『ねえマスター。コイツがロゼにいろいろと教えてって言ってる……どうすれば良いの?』
「ん? ロゼさんが嫌じゃなきゃ教えてあげて欲しいかな。私たちと一緒に居るなら知識は必要だし、ロゼさんの方が先任だしね」
『! 分かった、ロゼが教える!』
その言葉に子フェンリルが丸いスライムのロゼさんの体へすりすりしていた。どうやらどちらも受け入れてくれたようで何よりだと安心……安心できるのかなあ。副団長さま直伝の魔術とかあるんだし、ロゼさん子フェンリルに魔術を教え込まないよね。そもそもフェンリルの武器って爪と牙だろうし、大丈夫大丈夫。
「ロゼさん、他の人たちに迷惑をかけるようなことをしたり、この子に教えちゃ駄目だからね」
『うん、ハインツとも約束しているから、マスターの約束もちゃんと守る』
副団長さま、一応は人に迷惑をかけるようなことはしちゃ駄目とルールを決めていてくれたのか。有難いと感謝しつつ、人に迷惑を掛けなければなんでもして良いとも受け取れるような。
まさかと頭を振りながら、お屋敷のみんなに挨拶をしようとクロとロゼさんと子フェンリルと私は部屋を出る。お猫さまたちは寒いので部屋で待機するとのこと。丁度ジークとリンが私の部屋の前へとやって来ており、事情を説明すると二人も一緒に付いてくるそうだ。
「しかし賑やかになったな」
「だね。可愛いから良いけれど」
ジークとリンが、ぴょんぴょん跳ねながら先を行くロゼさんとその後を付いて行っている子フェンリルを眺めながら零した。
「だね。別館が完成すると聖女さまたちが何人か来るそうだし」
まだまだ賑やかになるのである。アリアさまが子爵邸の別館で過ごすことは確定しており、あと他にもう一人来る予定。誰かは聞いていないけれど、誰が来るのか楽しみである。別館の工事も冬休みが終わる頃には完了する。
工期が随分と短いのは王家が雇った職人さんが多いことと、資材運びを何故かワイバーンや竜のみなさまが買って出てくれた。お話が出来る竜の方がいらっしゃるので、職人さんたちと上手く連携が取れる為に助かるそうな。
『賑やかなのは良い事だよ。みんなで楽しく過ごせると良いね、ナイ』
「そうだね。でもこれ以上は無理かなあ。子爵邸の敷地が随分と狭くなっているからね」
一般的な子爵家のお屋敷程度の広さを王家から賜ったのだけれど、警備の関係や託児所に家庭菜園、エルやジョセが過ごしている小屋と新たに建っている別館で随分と庭が狭くなってしまった。手塩にかけて育てた庭の一部を潰すことになった為に、庭師の小父さまの背が煤けているのを見た。これ以上増やすことは無理だし、正門から覗く子爵邸の光景もちょっと頂けなくなっているし。
『ボクはその辺りはよく分からないけれど……』
クロは竜なのでお貴族さま的なことや人間の事情には疎くなるから仕方ない。
「まあ、これ以上増えることなんてあり得ないよね」
あははと軽く笑って、私の肩に乗っているクロの頭を撫でた。
「……」
「……」
私の後ろを歩いているジークとリンの雰囲気が『無理だろ』『また増える』と言っているように感じた私だった。