0413:換金。
2022.08.16投稿 1/2回目
ぺたんと地面にお尻を付け腰を下ろしている子フェンリル。副団長さまが近づくと子フェンリルが身構える為に、少し遠くで待機していただいている。クロと会話を交わしていることもあるのか、私が近づいても逃げる様子はなく、ちょこんと前足を揃えて座っている姿は可愛らしい。
ジークとリンも一緒にこちらに居るけれど、気にしている様子は伺えない。やはり副団長さまが苦手なんだなと苦笑い。確か伝承でのフェンリルって悪魔に属していたはずなのだけれど、大陸では魔獣にカテゴライズするんだなと頭の片隅で考えていた。
「こんにちは」
じっとしているフェンリルに近づいて、しゃがみ込む。興味があるのかロゼさんも私の横に付いていた。へへへ、と舌を出して息をしている子フェンリルは私をじっと見上げている。
『分かるかな?』
『!』
鳴きはしないけれど、一瞬目を細めたあと前足も地面にぺったりと付けて伏せの体勢をとる。野性味が皆無だなあと苦笑いをしつつ、何やらクロと子フェンリルはやり取りを繰り広げているようで。
私は待つしかないので、見守っているだけ。ロゼさんも私の横で丸い体をぷるんと揺らしながら、じっとしている。
『もう一回聞いてみたけれど、やっぱり一緒に行きたいって言ってるよ』
「いいのかなあ。でも来るって言うなら追い払ったりできないよね」
『その判断はナイがすべきかなあ……ボクはさっきも言った通りこの子のお願いを叶えて欲しい立場だから』
クロがそう言うなら問題はないのかな。ご飯とかどうなるのかが一番のネックだろうか。
「一緒に来る?」
子フェンリルの前に手の甲を向けて手を差し出す。私の匂いを何度か嗅いだ後に、手に顔を擦り付けてきた。そのまま撫でていると気持ちよかったのか、伏せの体勢から横に体を倒しお腹を見せたので、ついでにわしゃわしゃと撫でる。
『気に入られたねえ、ナイ』
肩に乗っているクロが首を傾げながら、私に喋りかける。
「野生はどこに行ったんだろうね?」
本当に、どこへ行ってしまったのやら。
『相手がナイだから、仕方ない気もする』
受け入れてくれたようだと安堵しながら、子フェンリルの顎下を撫でると目を細めている。気持ち良さそうに受け入れているし、人馴れするのは早いかも。後は子爵邸の皆さまが子フェンリルを受け入れてくれるかが問題。ただ、既に竜であるクロに天馬さまと猫又さまが居るのだから今更な気もする。
今日の報告書には魔物をたくさん倒して素材を手に入れ、クロがレーザービーム級のブレスを放つことに、子フェンリルが新な子爵邸の仲間となったことを記さなきゃ。時折、抜け落ちることがあって聞いていないと言われることもあるから、纏めることを先に考えておかないと。
『名前は付けないの?』
「望まれない限りはこのままかなあ。私の側が飽きて何処かに行くこともあるだろうしね」
名付けをしてしまうと使役するようになるみたいだし、悪さや人に危害を与えない限りはこのままが一番な気がする。子フェンリルに望まれれば考えなきゃいけないけれど、今の所の望みは一緒に付いて来たいだけみたいだし。
お腹を撫でるのを止めると、気持ち良さそうに閉じていた目を開けて体勢を変えて起き上がり、地面に四肢をしっかりと付けて体をぶるると払った。ふさふさの毛並みに付いていた泥や枯れ葉が落ちるけれど、完全に取り切れていない。手で簡単に払っているとクロがまた何かを言い始めた。
『うーん。――まあ良いのかな』
遅かれ早かれ名付けることになりそうだけれどねえ、と小さい声で囁くけれど聞こえないフリをしておく。立ち上がって子フェンリルへと視線を下げる。
「行こうか」
私の言葉に、ぱっと顔を輝かせながら尻尾をブンブン降りながら私の後ろに付いた。ロゼさんが驚いたのかびくんと体を縦に一度伸ばして元に戻る。
大丈夫かなと少し心配しつつ、副団長さまたちと合流。副団長さまが子フェンリルに熱視線を向けているけれど、子フェンリルはロゼさんを壁にして隠れている。――丸見えだけれど。護衛の魔術師さんたちも感嘆の声を漏らしながら、副団長さまと同じように熱視線を送っていた。同業者なので、気になる所は同じなのだろう。
「さて、戻りましょうか」
「はい」
副団長さまの言葉に答えると、ジークとリンも数瞬遅れて頷いた。帰り道は間引きの成果が表れたのか、魔物との遭遇はなくあっさりと領境まで辿り着きギルド本部へと再度足を踏み入れる。暇なのかギルド長さまは本を読んでいたけれど、私たちの訪れを告げるカウベルの音でこちらへと顔を向けた。
「……なっ!」
私の後ろをとことこ付いてくる子フェンリルに視線を向け、目をひん剥いた支部長さま。私もこんなことになるだなんて全く考えていなかったので、何も言えない。
「ただいま戻りました。換金をよろしくお願いします」
副団長さまは何も聞こえなかったように、しれっと素材を詰め込んでいる袋をカウンターの上に置いた。私たちもそれに倣って、袋を置く。ギルド長さまははっとした顔をして、副団長さまの言葉に返事をすると袋の中の素材を確かめていた。
「やはり素材の質が良いですね。――申し訳ありません、少々お時間を頂くことになります」
結構な量があるので査定に時間が掛かるようだ。討伐数の申請もお願いしますねと告げられたので、メモしておいた紙を支部長さまに提出。ありがとうございますという声に頭を軽く下げて、待合所の椅子に腰を下ろす。
「あれは?」
ふと壁に貼られている紙が気になって、声に出してしまった。
「冒険者に出されている依頼ですね。興味があるのなら見てみるのも一興ですよ」
私の隣に腰を下ろしていた副団長さまが教えてくれた。冒険者にどんな依頼が出されているのだろうと、席を立ち掲示板の近くまで歩いていく。私が歩くと、ロゼさんと子フェンリルも後に続くし、ジークとリンも同時に私の後ろに付く。増えたなあと苦笑いをしつつ、掲示板へ視線を向ける。
アルバトロス国内と書かれた場所には紙が数枚張られており内容を確認すると、ゴブリン討伐や居なくなった猫を探して欲しいという内容。居なくなってしまった猫は仕方ないけれど、魔物は領主さまに嘆願すれば討伐の為に領軍を動員されるだろうし、領軍や警備隊を用意できないなら国へ願い出ると対処してくれる。公的機関が確りしていると安心できるよねえと、次に他国と書かれている掲示板へと目を向ける。
「結構あるんだね」
アルバトロス王国内よりも枚数が多く、討伐難易度も高いものが多かった。国の名前と場所が記され、討伐指定されている魔物も凶暴だと聞いている名が書かれてる。
報酬も結構高いし、高難易度の依頼を一度こなせば数か月は余裕で暮らせそうな額。でも命を差し出しているのだから、当然の報酬とも言える。強い人はがっぽがぽ儲けられるのだろうな。副団長さまが本気を出して冒険者になれば、凄くお金持ちになれそう。アルバトロスの魔術師団副団長という地位に就いているから、無理だけれど。
「だな」
「ね」
ジークとリンも掲示板の紙の内容が気になっていたのか目を通していたらしい。三人で倒せそうな魔物を探していると、Aランクくらいならどうにかなりそうという結論に。職を失えば他国に出て冒険者になれるねと冗談を言っていると、副団長さまがぬっと姿を現す。
「冒険者ランクを上げないと受けることが出来ませんよ。アルバトロスが貴方たちを手放す訳はないでしょうからねえ」
「個人でならば受けられるのでは?」
「国が許すと思いますか?」
思えないよねえ。それなら国と国がやり取りして、副団長さまや私を派遣すれば済む話である。冒険者登録をしたから指名依頼の可能性もあるけれど、私たちのランクは最低ランク。ランクを上げない限りは受けられないのだから、前提からして話にならないということで。
「みなさま、お待たせいたしました」
支部長さまの声に振り返ると、カウンターの上には袋が数個置かれ。それぞれに分けてくれたようで、その分袋の数があったという訳だ。
私たちの討伐数を確認した支部長さまは昇格試験を受けてみませんかと誘われたけれど、冒険者ランクを上げるつもりはない。換金の為の登録だし、試験もある程度まとまった時間が必要なので受ける暇がないと伝えると、それ以上支部長さまが何か言うことはなかった。
「結構な額だね」
「食い物か?」
「勿論」
頂いたお金を確かめながら、三人均等に山分けする。クロやロゼさんが倒した分も含まれているので、どうするのか聞いてみるとお金には興味がないらしい。それなら美味しい果物と興味がありそうな本でも買おうかと伝えると、クロとロゼさんは喜んでいた。
ジークとリンは貯金に回すと言ってた。私は美味しい食べ物を買ってみんなで食べようと、臨時収入にほくそ笑むのだった。






