0412:どうしようか。
2022.08.15投稿 2/2回目
――どうしようか。
茂みの中から姿を現した子フェンリルを見る。前足に古傷のある子フェンリルはどうやら私たちに興味があるみたい。
で、私たちの中で一番興味を示しているのが副団長さまなのだけれど、彼が子フェンリルに近づこうとすると唸るんだよね。私はこちらに被害がないのならば放置で良いと考えているので、この場を早く去ってくれないかなあと言うのが本音。ギルド支部へ戻って、換金作業がある。袋の中に詰め込んだ素材がどのくらいの値段が付くのか気になる所。
「無視して戻ります?」
「僕たちに興味を示しています。もう少し観察させて頂きたいのですが……」
まあ、穏やかな魔獣と遭遇するのは珍しいとのことなので、副団長さまが興味を示すのは仕方ないのか。護衛役の魔術師さんたちも気になっているようだし、ここは待つしかないかと諦める。毛並みはつやつやだし毛量も多く長いから、撫でたい欲求もある。
クロは鱗で覆われているし、ロゼさんはスライムさんなのでツルツル。エルとジョセにルカは短毛である。猫又さまも黒色の短毛。ようするに長毛が居ない訳で、撫でたい欲求が発生するのは仕方のないこと。モフ成分は心の癒し。
「諦めてどこかに行ってくれると良いけれど」
子フェンリルのつぶらな瞳が野良犬みたいに見えて仕方ないけれど、自然の中で生きるのが一番だ。拾って帰るのは簡単だけれど、大きくなって凶暴になる可能性だって捨てられないんだし。気軽に引き取るものじゃない。
『ボクが話を聞いてこようか?』
「分かるものなの?」
クロの声に反射的に答えてしまう。でもこれで連れて行って欲しいと請われたらどうするべきなのか。クロに頼んで、ここを住処にするようにお願いするしかないのかな。
『うん、魔力の感じ方で大体は分かるから。ナイ、どうする?』
「決定権は私じゃないかな……副団長さま、どうされます?」
今回の責任者は副団長さまなので彼に聞いてみると悩ましそうな顔をしている。
「出来ることならば魔獣や魔物の発生理由を知りたいですが……」
『小さいからまだそういう知識は持っていないと思うよ。ボクが出来るのは、あの子がどうしたいか聞くだけかなあ』
「それは残念です。せめて以前のように倒してしまう事態に陥らないように済めば僕は満足でしょうか」
『?』
「そっか、クロは知らないものね」
以前、足を怪我したフェンリルが痛みに耐えかねて狂化して副団長さまが消し炭にしてしまった話をクロに伝える。
『ナイも規格外だけれど、君も規格外だねえ』
「褒めて頂き感謝いたします。幼竜さま」
クロの言葉に凄く嬉しそうな顔を浮かべる副団長さま。
『あ、ボクのことはクロで良いよ。畏まられるのは苦手だから気楽に接してほしいなあ』
「! ――ありがとうございます。ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。ハインツとお呼びください」
クロの言葉に珍しく副団長さまが驚いたあと、直ぐになりを潜めさせ自己紹介をしている。変わり身が早いなと感心しつつ、一頭と一人のやり取りを見守る。
『うん。挨拶が遅くなっちゃったけれど、これからよろしくね』
「よろしくお願いいたします、クロさま」
副団長さまの言葉遣いは基本的に丁寧だから、あまり変わった気がしない。クロの交友関係が少しづつ広がっているようで嬉しい限りだ。ただ副団長さまが暴走しなければ良いけれどと願うのみ。
陛下の目もあるから妙な事態にはならないだろうけれど、副団長さまだしなあ。機会があるならクロの血が欲しいとか言い出しかねない。代表さまの血も研究で使っているようだし、頂けるチャンスがあるなら逃さないだろう。世の為人の為に使って欲しいけど。
「あ、で。副団長さま、どうしましょう?」
「このまま自然の中で生きるのが一番ですが、子フェンリルの意志もありますしね。クロさま、お願いしてもよろしいですか?」
『うん、大丈夫だよ。もし何か希望があるなら叶えて欲しいし』
クロは敵意のない生き物には優しい。少し前までミミズや尺取虫に負けていたとは思えないのだけれど。あれは遊びの範疇だったのだろうなあ。私の肩から飛んで行ったクロは子フェンリルの前に降り立つ。クロが近づいたら逃げるかなと考えていたのだけれど、予想が外れた。
くーんと鳴いている子フェンリルと、首を傾げている幼竜。セレスティアさまが居たら、鼻血を噴出しそうな光景である。
良かった本人が居なくて。というか副団長さまが狂化したフェンリルを倒した時、彼女の心の中は複雑だったのかも。人間に脅威を振りまくから仕方ない処置だったとはいえ、幻想種系が好きみたいだしフェンリルも魔獣とはいえそれに近い存在だし。
『ナイと一緒に行きたいって』
何故、そうなるかな。また私の魔力に惹かれてしまったのだろうか。微妙な気持ちになりつつ、クロに向き直る。
「……これ以上子爵邸に生き物を持ち込むと、本気でソフィーアさまの雷が落ちると思う」
彼女なら魔術で雷を放てそうだし。実際、雷系の攻撃魔術は存在するし。家に野良犬や野良猫を拾って帰る子供の気分である。子爵邸の主なので決定権は私にあるけれど、ソフィーアさまは頭を抱えるだろう。
『ソフィーアが怒るかな?』
「本気で怒りはしないし認めてくれるけれど、頭は抱えるかなって」
最後には認めてくれるだろうけれど、お小言は頂くだろうなあ。お猫さまの件を手紙で伝えた時も呆れつつ、子猫の引き取り手となってくれたけど。
『あー……ボクたちの感覚では良い事なんだけれどねえ』
「大きくなって暴れない保証もないしね」
人間と共存するか、敵対するか、無視するかは個体によりけりのようだから。王都の貴族街でなにかあったら大問題である。
『それならナイがあの子に名前を付ければ良いよ。言ったでしょ、古代人は彼らを使役していたって』
「!」
なんだか約一名喜んでいる人が居るけれど、話がややこしくなりそうなので無視を決め込む。
「……良いのかなあ。それに使役なんて考えていないけど」
『無理矢理に使役する訳じゃないならボクはお勧めするよ。そもそもあの子がナイと一緒に行きたいって言っているんだし』
放っておくと悪い子になる可能性もあるしねえとクロが言葉を付け足した。一緒に来たいのならば来れば良いのだけれど、食べ物とか住環境とかどんなものが良いのだろうか。
このままじゃあ話が進まないし、クロを介して子フェンリルに話を聞くしかないなと子フェンリルに近づくのだった。






