0410:小狼。
2022.08.14投稿 2/2回目
強い魔物が出る場所にたどり着いて数時間。最初に火蜥蜴と遭遇した後も、結構な数の魔物を倒していた。今までの討伐遠征時によく相対していたゴブリンや狼とは違った上位種とでも表現すれば良いのか。確かに強い魔物との遭遇が多くある。で、今も魔物と対峙している所で。
『ナイ、ボクも良いかな?』
「ん、クロも参加するの?」
珍しい。ミミズや尺取虫に負けていたクロが魔物と対峙することになるだなんて。成長を見守ってきた身としては感慨深いものがあるけれど、本当に良いのだろうか。
『一度も試したことがないから、念の為に使ってみたいなって』
爪や牙でも良いけれど、ブレスは一度も使ったことがないし試したいそうだ。逃げる魔物に放つのは忍びないけれど、襲ってくる魔物であれば遠慮は要らないとのことで。普段のクロは周りとの調和を大事にしているけれど、やはりこの辺りは竜なのか向かってくる敵に容赦をする気はないようで。
「じゃあ、次の魔物に出会った時はクロが先手だね」
『ありがとう』
素材の取り分に関しては、副団長さまたち魔術師チームとジークとリンと私のチームで明確な線引きをしている。不満が出るのもアレだし、副団長さまもストレス発散の為に赴いているようだから交代で魔物に対処しようと決めた。
魔術師チームの分配は山分けではなく倒した人が素材を総取りな理由は、新入りが勝手に行動を起こしてチームに面倒を掛ける人物の選別の為と単純に実力社会だから。
それだと副団長さまが全部取ってしまうけど、その辺りは気を使っているそうだ。本気でストレス発散をしたいなら、一人で赴くとも仰っているし。効率で言えば一人の方が気楽なのだろう。でも今回は私が攻撃系の魔術行使に慣れる為だし、自重中らしい。対処できない魔物や魔獣が出れば副団長さまの出番という訳。
「強い魔物が現れる場所だけはあるね」
何度か魔物と遭遇して魔術を行使したり、ジークとリンが試し切りをしていた。拾った素材もそれなりの量になっていた。
「実際、遭遇頻度が多いからな」
「ね」
副団長さまと護衛の魔術師の方しか居ないので、気楽なものである。お貴族さま出身の方も居るのだけれど、あまり身分に捉われていない。彼らが大事にしているのは、貴族としてよりも魔術師の実力に価値を置いている気がする。
「この場所はアルバトロス王国内で最も魔物が出やすい場所と言われていますから」
そんな場所を陛下から任されているのだから、魔術師の方たちの実力が伺える。偶に腕試しと称して許可を取り、私用で軍や騎士の方もこの場へ訪れるそうだ。
「ん?」
なにか視線を感じたような。立ち止まって違和感を感じた場所へと視線を向けるけれど、何か居る気配はない。
『何も居ないかな』
『マスター、大丈夫?』
私の肩の上に乗っているクロが視線を向けた方向へ同じように顔を向け、ロゼさんは私の足元でまん丸な体を縦に伸ばしたり横に伸ばしたりしながら教えてくれた。一頭と一匹が言うなら間違いはないのだろう。感知に関しては人間よりも彼らの方が優れているのだから。
「気になるのか?」
ジークが私の横に並んで問いかけてきた。
「ううん。私の勘違いだと思う」
「気を付けながら先に進もう」
ジークの反対側の横に立ったリンが、大丈夫というように声を掛ける。副団長さまが進みましょうと促し、再度足を動かし始めて暫く。茂みの奥から犬、ではなく狼が数匹私たちに狙いを定めて膠着状態となった。
「狂化はしていませんので魔物とは判断しませんが、襲われるようならば対処しなくてはなりませんねえ」
副団長さまの呑気な声。一学期の合同訓練で対峙した時も狼を遠慮なく切り倒した。今回は襲ってくるようなら倒して、逃げるなら見逃すようで。お肉として食べるのも良いけれど、あの頃よりは飢えていないので逃げて欲しい気も。人間って勝手だよねえとしみじみ感じつつ、うーんと悩みながら魔力を練る。
「おや」
「逃げちゃった」
何もしていないのにきゃいんきゃいんと高い声を上げながら、狼たちは逃げて行った。いや、うん。有難いけれど、私の魔力を感知して逃げたようで複雑。気にしたら禿げるので止めようと、首を軽く左右に振り副団長さまの声で再度歩き始める。
随分と歩いたような気もするし、あまり歩いていない気もするけれど時間は確実に過ぎている。陽が昇って直ぐに子爵邸からギルド支部に転移で赴いたけれど、陽の位置が真ん中を過ぎているのだから。
「食事にしましょう」
副団長さまのその声で昼食となった。片手で頬張れる食べ物を各自持参していた。私たちは料理長さんが作ってくれたサンドイッチを食べる。副団長さまたちは携帯食料だった。固形の、いかにも堅そうな棒状の食べ物。美味しいのかなと、横目で食べている様子を観察するけれどみんな無表情。
干し肉も齧っているけれど、そちらもまた堅そうだし塩気が凄そうだ。お水代わりにアルコール度数の低いワインを革袋に入れていたようで、微かに香ってきた。クロには果物、ロゼさんには私の魔力を少し。ジークとリンも一緒に食べつつ周囲を警戒している。魔術師の皆さまも同じだった。
「わんっ!」
ご飯を食べている最中に犬の鳴き声が響いた。低いものではなく高い音。鳴き声が聞こえた方へ視線を向けると、小さな狼がこちらを見ながら警戒しつつ狙いを定めている。その視線の先は私たちというよりも食べ物に注がれているようだ。
「どうしましょうか?」
「野生の生き物ですからねえ。人間の食べ物を与えるのはあまりよろしくありません」
ですよねえ。これで慣れてしまうと自分で狩りを行わないで、人間に集ることを覚えてしまうだろうから。ここは心を鬼にして、追い払うのが一番か。
「あれ?」
もう一度、子狼に視線を向けると前足に傷がある。なんだか既視感を覚えるけれど、頭が鈍いのか記憶の引き出しは動かない。
「どうしました?」
「あの子供の狼……足に傷が」
「おや、本当ですね。しかし血が出ていないので古傷では?」
副団長さまとどうしたものかと話していると、クロが私の顔に一度だけ触れる。
『ねえ、ナイ』
「うん?」
副団長さまからクロへ視線を向けると、首を傾げつつ口を開いた。
『あの子、本当に狼なのかな?』
「どういうこと?」
『魔力の量が通常の狼より多いんだ。生まれたばかりの魔獣じゃないのかなあ』
まだ力をつける前で、本来の魔獣よりは劣るそうな。
「ということはフェンリルの子供なのかな?」
『多分ね』
「おや」
副団長さまが意外みたいな顔を浮かべた。あの子フェンリルが悪いフェンリルになるのか良いフェンリルになるかは、まだ分からない。
手を出す訳にはいかないし、これは放置が一番かなあと判断する。副団長さまや魔術師の方たちも同意見のようで、見守ろうというのが総意らしい。
『アレが、フェンリル!』
「ロゼさん、真似は駄目だよ」
『!』
ロゼさんがすごく興味を示しているので、先手を打っておく。前も駄目と言ったけれど、忘れている可能性もあるので念の為にもう一度ロゼさんに伝えておく。模倣に慣れて人間まで簡単に真似始めたら大変だし。
お貴族さまたちには影武者として有難がられそうだけれど、ロゼさんはそんな方たちの指示なんて聞かないだろうし。私の言葉にぺちょんとなってしまったロゼさん。カオスな未来を生み出さない為である。我慢してほしい。
「あれ、居なくなってる。――ほら、ご飯食べたし先に進もう?」
先ほどまで私たちを見つめていた子フェンリルはどこかへと消えていた。可愛かったので少し残念に思いつつ、ぺちょんとなったままのロゼさんを抱き上げ副団長さまの顔を見上げる。
「そうですね、行きましょうか。あと少し奥に進んで、戻ることにしましょう」
時間的にもそれが限界なのだそうだ。副団長さまが高威力の魔術を放つことはなかったけれど、大丈夫かな。まあ、一人でこの場所に訪れることもあるそうだし、ストレス発散方法は他にもあるかもしれないのだから。