0409:【アガレス帝国側】一方その頃。
2022.08.14投稿 1/2回目
――黒髪黒目の少女を我が帝国が手に入れるには?
どうすれば良いのか。一番簡単な方法は、本人自らがアガレス帝国へ向かいたいという意思を持って頂くことだが……。
一度目の接触は、赴かせた使者が失敗している。人選を誤ってしまったことが悔やまれるが、東大陸では強大な軍事力のお陰で、力押しの外交が出来ていた。それを忘れ、自身は有能であると勘違いした外務大臣が初手を失敗したのである。
「では、第一回黒髪黒目の少女さまを帝国へ迎え入れる会を始めましょう」
なんて阿呆な議題だと嘆きたくなるが仕方ない。偉大なる帝国宰相の身でありながら、こんな議題を口にする日が来るとは。事の発端は第一皇子殿下による発言だった。
飛行用の巨大魔石も貴重であり無暗に消費すればいずれは帝国の飛空艇も飛ばなくなる。何度もアルバトロスへの行き来は無駄遣いは出来ぬし、ここは穏便に少女を手に入れられる方法を模索しようではないかと言い出した。だが、初手や二度目の書状で喧嘩腰で手に入れようとしたのだから、向こうも警戒するだろうに。
陛下に望まれ代筆したが、何故あんな強気でいられるのか分からない。黒髪黒目の者には奇跡を起こす力があると言われている、我々帝国ではなくアルバトロスに齎しているとしたら……。アガレス帝国は滅んでしまうのではないか、という疑問が湧く。
ふうと軽く息を吐いて会議室に集まった面々を見る。
皇帝陛下は自室でゆっくりと過ごされている。この件を話すと『お前たちで決めて良い』と仰られた。陛下は少々、いや随分と政に無関心な部分がある。
アルバトロスから外務大臣が戻った際に彼から聴取した事実を捻じ曲げ、アルバトロスとの友好関係を望めぬ事態に陥らせたのだから。忠告はしたものの聞き入れて頂けなかったのは、帝国を支える者として残念でならない。時間をかけて帝国の素晴らしさを黒髪黒目の少女に伝えれば、こちらへ来て頂けたかもしれないというのに。
この場に居るのは、皇太子殿下を始めとする皇子殿下方に帝国の政に関する者たちだ。
皇帝陛下は政には無関心であるが、女性には関心を持ちすぎていた。正妃さまが男児をお産みになられると、側妃さまや愛妾との間にも子を儲けた。
その数、皇子だけで十五名。ちなみに皇女は四名となる。……正直、作りすぎだ。今は周囲にこれ以上増やすなと止められて、避妊しておられるが。黒髪黒目の少女についての報告の際、陛下は容姿について言及された。外務大臣は、十五歳と聞いているが背が低く胸もない幼児体型と話すと、陛下は直ぐに興味を失っておられた。黒髪黒目の少女を必ず迎え入れると申され、私に代筆させたのは帝国の面子を保つ為であろう。
英雄色を好むと言われて久しいが、皇帝陛下が英雄とは評しづらい所がある。歴代の陛下方が素晴らしい方たち故か、彼の評価は二段か三段は落ちる。だが我々が陛下を支えれば良いことであるし、皇宮で日夜帝国に尽くす為に働いているのだから。
「皇子の誰かと婚姻するか?」
王道であるが、他国の者だということを失念しておられる気がする。発言された第一皇子殿下は既に正妃さまを据えられておられ、側妃もほどなく宛がわれる予定だ。
だから彼の下の十四人兄弟のどなたかにということだろう。しかしそれだと婚約を破棄せねばならなくなる。仮に決まってしまえば仕事が増えるが、仕方ないと自分を納得させた。帝国の繁栄の為ならば、身を粉にしてでも働かねばならぬ。
「妙案だが、アルバトロスが認めるのか謎だな。一度失敗しているのだろう?」
第二皇子殿下が私に視線を向けたので、確りと頷いておく。噓を吐いても仕方ないし、嘘を吐いてアルバトロスが弱腰だと勘違いすれば強硬手段に出かねない。
頭に筋肉しか纏っていない殿下もいらっしゃる。言葉は慎重に選ばねばならぬ。戦費を捻出するのも大変であるし、税を増やせば臣民に苦労を掛ける。仮に戦になったとして、戦果が黒髪黒目の少女一人では帳尻が合わない。
臣民たちの心を掴むことには十分に役立ってくれるだろうが、海を隔てた大陸の……内陸の国を手に入れたところで旨味など少なかろうし。植民地にして支配するにも人を遣わさなければならぬし、アルバトロス周辺国も良く思わないだろう。問題がありすぎる。
「認めさせるのだよ。帝国に不可能はない」
第三皇子の強気な発言だ。どうにも東大陸の覇権を握っている所為か、皇子殿下方は強気な性格な者が多いし、自分たちの思い通りに各国が動くと考えている節がある。
長い歴史の上で帝国万歳と崇める傾向が強く、帝国臣民も歴代の皇帝を称え神に近しい存在と認識している。それ故の奢りや傲慢なのだろうか。であれば、私は無信心ものなのだろうなあ。だが帝国へ向ける忠誠は本物である。
「兄上、確かに認めさせれば良いですが、一度失敗しているのです。交渉は難しいでしょう」
第五皇子殿下が無難な言葉で第三皇子殿下を諭すように語る。第四皇子殿下は手鏡を持参して、己の顔を見ているだけ。興味がないらしく前髪を整えておられるが、命令されれば動くお人であるのは知っている。
「では戦を持ち掛ければ良いだろう?」
やってしまってもかまわぬだろうという顔付きで第三皇子殿下が不敵な顔になる。遠く離れた異国の地へ赴くにはかなりの労力と金が必要になるのは、理解なされておられるのだろうか。
「費用が掛かりすぎましょう。帝国臣民を飢えさてしまえば本末転倒です」
もう一度第五皇子殿下が第三皇子殿下へ言葉を放った。
「誰か留学にでも赴くか?」
「隣の大陸の小国に我々帝国の者が?」
「しかし黒髪黒目の少女の機嫌を損なわず、穏便に手に入れるとなればそれしかないのでは?」
「確かに。――どうにかしてアルバトロスに許可を取らなければな」
「誰が頭を下げるのだ?」
皇子殿下方が口々に話し合っておられる。やはり大国の者が小国に頭を下げるのは抵抗があるようだ。
一番いいのは陛下の名代として第一皇子殿下がアルバトロスへ向かい、頭を下げてこれまでの非礼を詫びるのが良いのだが。陛下のお言葉を代筆した私では、向こうからの信頼など小麦粉ほどの大きさだろうし価値がない。
「あっ、ねえ。ここではないどこかから、黒髪黒目の者を召びだすのは?」
ようするに東大陸や隣の大陸のどこかにいるはずの黒髪黒目の者を探し出すよりは、女神さまが創造した世界以外から召喚するということか。
だがしかし、そのような技術は我々にはないはずだが、第六皇子殿下には秘策があるのだろう。公式の場で書記官も居るのだから、何かしらの算段があるとみた。上手くいけばアルバトロスとの戦をするよりも、安全で安く黒髪黒目の者を帝国が手に入れられる。
「俺、魔術師に聞いたんだけれど飛空艇を動かせる魔石があれば可能だってさ」
第六皇子殿下が背もたれに背を預け、両手を頭の後ろに組んで軽い調子で言い放った。そのことばにどよめく会議室。
「悪い話ではないな」
第一皇子殿下の言葉に、他の皇子殿下方や帝国上層部の者たちが頷き。
「――では、その魔術師を呼べ!」
「分かった。兄上たちやみんなはちょっと待ってて」
皇子殿下方への教育は皆同じように施されたというのに、第六皇子殿下の言動は軽い。まあ、要職に就くこともなく帝国内の貴族家の婿に入るのである。言動はああだが、頭は切れる方だ。でなければ、会議の流れを変える提案など出来やしまい。
確かに盲点ではある。ただ、ここではないどこかの場所から黒髪黒目の者を召びだすとなれば、結局隣の大陸の黒髪黒目の少女と同じ状況ではないか。
戻れないとなれば、祖国を捨てなければならない可能性が出てくるのだから。隣の大陸から連れてくるよりも質が悪い可能性もあるが……。だが仕方ないのか。帝国の繁栄を考えれば、たかが一人不幸になることを気に病んでいれば、前に進めなくなってしまう。
――どうか無事に済むように。
そしてアガレス帝国を気に入って頂き、黒髪黒目のお方が幸せで暮らせるように尽力せねばと心に誓う私だった。