0405:道すがら小話。
2022.08.12投稿 1/2回目
冒険者ギルドを出て歩くことしばらく。領境はすぐにあり、ここを一歩またげば副団長さまが王国から預かり管理している土地になるそうだ。強い魔物が出るという話なので、領地だというのに人っ子一人居ない。ただ鬱蒼と茂る森と視界の奥に高い山が聳え立っている。
『ねえ、ハインツ。強いヤツ居るの?』
「どうでしょうねえ。ロゼさんや聖女さま、ジークフリードさんにジークリンデさんには少し物足りないのかもしれませんよ」
それだと副団長さまも物足りないだろうに。ロゼさんはちょっと残念そうにぽよーんぽよーんと跳ねながら、私たちと一緒に並んでついてきている。クロは私の肩の上で大人しくしていた。きょろきょろと興味深げに周囲を観察しているから、何か感じるところがあるのだろう。
腕試しは有難いけれど、アルバトロス側も思い切った決断をしたものだ。今まで私をあまり外に出そうとしなかったというのに、今回急に副団長さまと一緒に魔物の間引きに行ってこいだもんなあ。
「その辺りはハイゼンベルグ公爵閣下の一押しですねえ。周囲は渋っておりましたが、何かあった時に“殺せぬ”では、いくら訓練を積んだところで無駄にしかならないという閣下のお言葉が決め手でしたから」
副団長さまの言葉を聞きつつ、また心の中を読まれていると微妙な顔になる。一応、強い魔物が出やすい土地柄だけれど、副団長さまや護衛の魔術師さまたちにジークとリンの腕と、私の魔術師団での訓練光景が評価されたようで。
「腕試しの機会を頂けたことは幸いです。魔術師団の訓練場だとやはり気を使いますから」
壊すわけにはいかないものね。学院と同様に魔術師団の訓練場はお城の魔術陣から障壁の転用をしている。固い障壁だから遠慮はいらないと言われたけれど、障壁を突き破り建屋を壊してしまったのは記憶に新しい。
平謝りしつつどうしようとアワアワしていると、副団長さまが僕の責任なので僕がどうにかしますねと男前な言葉を発していた。なんだか凄くカッコいいなあと心の中で褒めていると、何のことはない国からの命令だったので、修繕費はアルバトロス王国持ちだったのである。
「ですよねえ。僕も魔術師団の訓練場での演習は物足りませんから。聖女さまがいらっしゃるなら障壁を張って頂くことが出来れば全力を出せます」
副団長さまの声に、護衛の魔術師さまたちがざわめいた。フェンリルを消し炭に出来る人だから、期待があるのかもしれない。先ほどのざわめきは、ドン引きという雰囲気ではなく期待を込めているものだったから。
「加減、よろしくお願いします」
「おや、魔獣クラスが出現すればそうもいきません。その時はよろしくお願い致しますね、聖女さま」
学院の一年生全員参加した遠征訓練でフェンリルを倒した時の副団長さまの魔術の威力は凄かった。必死こいて何節も詠唱していたのが懐かしい。あの頃よりも上手く魔力を使いこなしているので、一節くらいは減るかもしれないけれど、大変なのは同じである。
あと私の実力を見定めているだろうし、絶対ギリギリ対応できる所を攻めてくるはずだ。副団長さまという人ならば。ロゼさんも戦闘狂の気質があるかもしれないから、気が抜けない。
然う然う、魔獣なんて出てこない筈だけれど。というか頻繁に出てきてたまるかと叫びたい。魔獣は一生に一度出会うかどうかと言われているのだから、然う然う出会っても困るだけだし、向こうもまた副団長さまの手によって消し炭にされるのだから、出てこない方がお互いの為である。
「善処しますが、無理な時は逃げましょう。ロゼさんもジークもリンもね」
これに限る。命あっての物種だし、リベンジは可能なのだから。副団長さまでも対応できない魔物や魔獣が出たとなれば大騒ぎだろうけれど、軍や騎士団のみなさまに、魔術師団所属の魔術師さんたち、そして教会所属の聖女さま方が駆り出されて討伐隊を編成するだろう。
アルバトロス王国の上層部の方たちが頭を抱えるかもしれないが仕方ない。自然に発生するもので、人間の管理下に置くことは出来ないのだから。
私の言葉に意味深な笑みを浮かべた副団長さまは、ひたすら歩いている。足元が悪く進み辛いのだが、彼は慣れているようだ。
『マスター、ハインツ。何か居る!』
ぴょーんぴょーんと跳ねていた歩みを止めて、進んでいる道から逸れている右側をロゼさんは見つめている。私には何もわからないけれど、しばらくそちらを見つめながら待っていると、副団長さまが反応を見せた。
「おや、ロゼさんに負けてしまいました。うーん、師弟関係は解消でしょうかねえ」
『ハインツはずっとロゼのお師匠さまだよ』
仲良きことは素晴らしきかな。でも副団長さまとロゼさんでは、混ぜるな危険状態である。硝酸と塩酸を一対三で混ぜて王水を作り、その中へ金属を放り込んで溶かすようなもの。
それか強酸性の液体と強アルカリ性の液体を混ぜ込むようなものだろうか。何にせよ思考がデストロイな方向性なので、危ない限りである。
ふふふ、えへへと笑いあっている成人男性とスライムさん。これから先、妙なことになりませんように。雑魚な魔物でありますようにと願っていると、茂みがガサゴソと怪しく揺れ始める。緊張感が一瞬で張られて、みんな戦闘態勢へと入った。
魔術師の方たちや私は魔力を練り、すぐに魔術を発動できるようにと準備。ジークとリンも抜刀しており、赤と黒の刀身が陽の光によって反射し、準備万端と言わんばかりに輝きを放っている。
『数が多いね』
「ですねえ。しかしこのメンバーであれば十分対応可能です」
ロゼさんと副団長さまが茂みの中から現れた魔物をしげしげと見やりつつ、そんな言葉を発し。
「クロ、後ろに下がっておく?」
私は私でクロをどうするかを聞く。
『ボクは見ているだけで良いかな。邪魔そうになったら飛んでおくから大丈夫』
クロも魔物に慌てる様子もなく、普段通り落ち着いた声色だから問題はないだろう。
「そっか。ジーク、リン、強化魔術は必要そう?」
「腕試しで訪れたんだ。状況が変われば頼む」
「うん。先ずは切れ味を試して、訓練の成果を確認しなきゃ」
二学期の騎士科主催の模擬戦で負けて、悔しい思いをして訓練に一層励んでいた二人。今日という日は、鍛錬の成果を試す良い機会なのだろう。
「ああ、聖女さま。護衛の魔術師のみなさんに、魔力増加系のものを掛けて頂いても?」
護衛の魔術師さまたちは、現れた魔物の姿に少し腰が引けている。副団長さまが居るから心配は必要ないだろうに。
「勿論です。あと私も倒してしまっても良いんですよね?」
状況はどう転ぶか分からないから保険は掛けておくべきもの。副団長さまに言われた通り、護衛の彼らに強化魔術を施すと『おお!』と声が上がってる。
「聖女さまの訓練の結果を試す為に訪れましたからねえ。存分にどうぞ」
自然破壊は自重して下さいと副団長さまが言葉を付け足した。一番ヤバそうな人に言われてしまったと、口元を引き延ばしながら私たちを見定める魔物に視線をやる。火蜥蜴が十匹。一人一匹がノルマだろうなあ。冒険者登録も果たしているし、素材交換でどんな金額となるのだろうか。
何にせよ、目の前に現れた火蜥蜴を真っ先に倒すべきだと、魔力を練る。
『ナイ、漏れてるよ』
『マスター、魔力漏れてる。ロゼが吸収しておくね』
腹ペコなのかどうかは知らないけれど、私から漏れた魔力をちゃっかりと吸い取る竜とスライムだった。






