0403:【前】冒険者登録をしよう。
2022.08.11投稿 3/4回目
冬休み中盤。子爵邸の玄関ロビーでニッコニコの笑顔を浮かべた副団長さまに、彼の足元にはぷるんと丸いスライム特有の丸い形をしたロゼさんが。
「さて、行きましょうか聖女さま」
行くといっても何処へ行くというのだろうか。貴族位なので、外へ出るならばそれなりの護衛やお供の方たちが付く。王都の街に買い物に行きたいなんて漏らした日には、大勢の人たちの日程が調整された上に、街中の人たちにも迷惑を被ることになる。
こっそりと脱走しようものなら、そちらも問題になってしまうのだ。私の護衛を務めてくれている方たちや、身の回りの世話を担ってくれている人たちが、何故見逃したと責められる。
「えっと……冬休みなのですが……」
副団長さまが護衛を務めてくれるならば、誰も文句は言わないだろう。だって彼はアルバトロス最強の魔術師。多量の魔力持ちを有するアルバトロス王国の中でも、特に魔力量が多いお方な上に魔術の知識や技術もトップである。
そんな方故に、陛下方からの信頼も厚く重宝されているお方だけれど、こと魔術関連になると知能が低下するからなあ。
「大丈夫ですよ。陛下方の許可は得ていますから。ねえ、ロゼさん」
足元に居るロゼさんを腰を曲げつつ、見下ろす副団長さま。アルバトロス王国の刻印が押された書面を簡単に訳すと『副団長と例の場所に行ってきてね』だそうだ。
聖女としてではなくアルバトロス王国に仕える貴族としての命令のようで。副団長さま、陛下方に無茶を言って承諾させたのではと心配になる。とはいえ命令書は下り、副団長さまが持参して目の前でにっこり笑っているのだ。
『うん、ハインツ頑張った。だからマスターも頑張ろう?』
一人と一匹で何やら裏で画策していたらしい。陛下方の許可を無理矢理取ってきた可能性が跳ね上がってしまった。ソフィーアさまとセレスティアさまという常識人――最近はセレスティアさまが常識人の枠から外れつつある気もする――が居ない状況で、副団長さまの言葉に逆らえる筈もなく。
そろそろ私が依頼していた写真や動画を撮る魔術具が開発完了手前だし、魔力を制御する魔術具も依頼予定。副団長さまのお願いを、無下に出来ない事情がある。
「ロゼさん、一体何を頑張るの?」
どうもはっちゃけている所為なのか、説明が足りていない。何処に行くかも告げられていないし、何をするかも説明もない。
『えっと……ハインツ?』
「一先ず、冒険者登録をしましょう。それから王家が管理している土地に赴いて、魔物討伐を聖女さまと共に行います」
歴代の魔術師団副団長さまか団長さまが王家から預かる領がある。その領地は不思議なことに強い魔獣や魔物がよく現われるそうで、魔術師団の皆さまで腕試しと称して良く狩りに出掛けるそうだ。
冒険者登録を済ませ、ギルドで素材や魔石を換金して研究費に当てたり、みんなで飲み食いするお金になったりと割と自由だそうで。最近、忙しくてサボっていた所為か魔物が増えているようなので、間引きを敢行したいそうで。
冒険者登録をするのは、倒した魔物から回収した魔石や素材を換金する為。その地に赴けば爵位や地位は関係なく強い者が正義で、魔物を倒した者が取り分を得るそうで。うーん、魔術師団の管轄になるから自由裁量で決定できるという訳か。
ちなみに優秀な魔術師が居なければ、騎士や軍の方たちがその地を賜るらしい。
若かりし頃の公爵さまが部下を引き連れて数年担っていたそうだ。軍人としての胆力は其処で身につけたのかも。なんでそんな土地があるのだろうと不思議になるけれど、魔素量が高いのだろうなで説明がついてしまう。
「ジーク、リン。お休みだったけれど、良いかな?」
私の後ろに控えていたジークとリンへ振り返り、確認を取る。
「俺は大丈夫だ。むしろ腕試しが出来るなら有難い」
「私も兄さんと同じかな。頂いた剣をまともに試したことはないからね」
そうだった。割とこの兄妹は好戦的な部分を持つのだった。二学期の騎士科での模擬戦で負けたことが悔しかったようだし、良い機会なのだろう。私も副団長さまやお姉さんズから教わった、魔術や魔法を試すいい機会である。この話を後で知ったソフィーアさまが渋い顔をしそうだけれど、後の祭りか。
「恐らくこのメンバーであればそう時間は掛からないはずです。領地へは僕の転移魔術で一瞬ですから、今日中に戻ります」
確かにどんな魔物や魔獣が出ても負ける気はしないけれど。同行者に副団長さまが選び抜いた護衛の魔術師さんたちが数名同行するとか。戦力過剰じゃないかなと訝しみつつ、クロへと顔を向けた私。
「クロはどうする? お隣さんに遊びに行く?」
危ないかもしれないから、クロはお留守番の方が良いのだろうか。本人の意思が一番大事だなと聞いてみる。
『スライムが居るのは癪だけれど、興味があるから僕も行きたい』
「そっか」
私の顔に顔をすりすりしながらクロがそう言った。暫く外に出ていないし、良い機会だろう。魔物討伐の延長線みたいなものだけれど、集まったメンツが最強過ぎて緊張感が全然わかないなあ。
副団長さまはもちろんロゼさんもかなりの高威力の魔術を使いこなすし、ジークとリンなら接近戦で右に出る者は少ないし。
魔物相手だから遠慮は必要ないからなあ。魔術師団の練習場では気が引けていたので、全力を出していなかった。自然破壊をしないなら全力を出すのもアリなのだろうか。限界まで試してみたい気持ちは、どこかしらにあるからなあ。
『何もできない竜は留守番していろ』
『失礼だな、ブレスくらい吐けるよボク』
ピシリと火花が散る。喧嘩するほど仲が良いというし、いつもの事だから放っておこう。
「共同作業ですね」
にっこりと笑って副団長さまが妙なことを口走ると、クロと火花を散らしていたロゼさんが身体をぷるんと揺らして私を見ている気配を感じとる。
『ロゼもマスターと共同作業したい。ハインツ、どうやるのか教えて?』
私から副団長さまへと視線を変えたロゼさん。にゅっと縦に身体を伸ばして、妙な形になっていた。何とも言えない表現の仕方だなと苦笑いしつつ、副団長さまが魔術で連携を取るのは楽しいですよ、とロゼさんに伝えていた。
『マスター、ロゼと一緒に魔術使おう』
「周りに迷惑が掛からない程度でね」
一番迷惑を掛ける可能性が高いのは私だけれど、この際棚の上である。ロゼさんは何の遠慮もなく高威力の魔術を放つ傾向があるから、その時は障壁を張らないと。共同作業になるかわからないけれど、楽しい時間にはなりそうだなと子爵邸から転移を行うのだった。