0398:暇なようで暇でない。
2022.08.09投稿 2/2回目
お猫さまたちの引っ越しと共に別館の作業も随分と進んでいた。新しく建てる訳ではないので、そう時間は掛からないそうだ。職人技だよなあと自室の部屋から別館を見つめる。
『主よ、暇なのか?』
二又のお猫さまは猫らしく気ままに屋敷の中へと侵入するようになっていた。暇なのは貴女ではと問い返したくなるが、ここは我慢。子猫は放っておいても良いのかと疑問になるが、エルとジョセが面倒をみているらしい。母親業を放棄していないかなあと、目を細めながら二又のお猫さまをジト目で見つめる。
『なんだ、我は雌ぞ。そのような熱視線を向けられても応えることは出来ぬ』
それは重々承知しているし、そもそもそんな趣味は私にはない。子爵邸で働く方たちに子猫は大人気である。まだ小さくみーみー鳴いている姿が胸にクリティカルヒットしたようで。
王都の街で買ってきたであろう猫じゃらし等の遊び道具が一式揃っており、ご当主さまも如何ですかと割と強引に置き土産されてしまった。
窓の桟を器用に歩きながらお猫さまが私の部屋へと入り、お気に入りの場所であるクロの寝床の籠の中に入り込む。ぺたんと座って毛繕いをしながら、時折視線を私へ向けてくる。
『主の魔力は凄いな。まあだからこそ我が二又になったのだが』
前足をぺろぺろ、顔をなでなで、器用に後ろ足を上げて股間の辺りを丁寧に舐めるお猫さま。定位置である籠を奪われたクロは、机の上にちょこんと鎮座している。怒らないので、何も感じてはいないようだ。
匂いが移るからちょっと苦手かもと、こっそり教えてもらったけれど。なので最近、部屋の中では私の肩の上やベッドの上に机の上が定位置。もう一つ籠を用意して貰おうかと相談したけれど、問題ないのでこのままで良いらしい。クロ自身がそう言うなら良いかと、籠問題は放置状態だ。
「みたいだね。でもちゃんと使いこなせていないし、魔術師や聖女としてなら未熟かも」
魔術よりも、古代魔術や魔法の方が使いやすいのは如何なものだろう。攻撃の手段が得られたのは良い事だけれど、古代魔術や魔法って魔力量に任せた力技だからなあ。威力や追加効果は凄いけれど、その分魔力の消費が激しい。
『まだ若いのだ。ゆっくり覚えていけばよかろうに』
毛繕いを終えたお猫さまが、一度立ち上がり背伸びをして籠の上に座り直した。
『そうだね。ボクたちは、ナイの魔力の恩恵を受けているからこのままでも問題はないけれど……』
うーんと考えるしぐさを見せながら私を見上げるクロに、料理長さまから頂いた果物を差し出すと口をぱかっと開ける。ぽいと軽く放り込むと、閉じて咀嚼を始めた。ごっくんと呑み込んでいるのだけれど、食べるの早くないかな。詰まらせなきゃ良いけれど、竜だしそういうことは気にしないのかも。
「ないけれど?」
『畑が凄い事になるよ?』
クロの言葉に宇宙が広がる。だって勝手に畑の妖精さんたちが一生懸命、お野菜たちを育てている。時折、薬草や正体不明の植物が収穫されるとお城の薬師さまや副団長さまを召喚。調べると大概、貴重な魔術の触媒だったり効果の高い薬草だったり。
少し前に取れたモーリュと呼ばれる薬草は毒や魔術を無効化するというとんでもない物で。陛下方には有難がられているそうだけれど、魔術師の方にとっては脅威だろうなあ。
「うっ……それはちょっと頂けないかも」
『だよね。妖精たちが消えない程度の魔力を制御できる魔術具か魔法具を作って貰えば良いよ』
畑は凄い事になっているけれど、畑の妖精さんに罪はない。一生懸命育てたものを私たちに差し出すという、何とも言えない存在だ。せめて消えないように魔力や魔素を潰えないようにはしたいんだよねえ。美味しいとうもろこしさんも食べられたんだし。
「私がちゃんと制御できれば問題ないのだけれど……」
本当にそれに限るが、何故か下手くそで。シスター・リズにもまだ教えを乞うているけれど、中々上手くいくことがない。
『その強大な魔力を御するなど夢のまた夢だな。――というか竜殿と妖精に甘いのではないか?』
お猫さまが金色の眼でじっと私を見つめて、何故かクロとお婆さまを言及した。
「何が?」
『魔力を渡し過ぎということだ。――我も所望する!』
そんなに渡しているつもりはないけれど。クロやお婆さまは私が魔力を漏らした時に回収しているくらい。まさか私の知らないうちに奪っているとか。クロを一瞬見やると視線を逸らされたけれど、今はお猫さまの問題発言が先だ。
「え、まだ尻尾を増やすつもりなの!?」
猫としての格が上がったって、少し前にそう言ったはずだけれど、まだ格を上げたいのか。
『こうなれば行きつく所まで行きつくのだよ。何本でも生えてしまえば良い!』
「駄目だよ。化け猫になるつもり?」
その内に王都内で怪異、尻尾が沢山生えている猫とか噂されそうだけれども。お猫さまは開き直ってまだ尻尾を増やしたいようだけれど、どうなのだろう。
『二又になった時点で今更だろうが。お主は馬鹿なのか?』
馬鹿という言葉に速攻で反論できないのは如何なものか。まあお猫さまの世界のルールには疎いから仕方ないのかな。でもお猫さまに言われる筋合いは……。
「む。反論できないのが痛いけれど、我儘言うなら屋敷から追い出すよ!」
本当、子猫だけ預かってお猫さまだけ屋敷から追い出してしまおうか。今まで王都で野良猫生活を送っていたはずだし、生きていけるはずだ。でもなあ。餌が手に入らなくて腹ペコで困っている姿を想像すると、孤児時代を思い出してしまう。言い過ぎたかなと反省していると、お猫さまが慌てた様子で籠から飛び降りて、机の上に飛び乗った。クロが首を傾げながら、お猫さまを見てるけれど何も言わない。
『あ、嘘だ。冗談だ。我は王都で生まれ育った猫ぞ。外界に放たれて生きていける訳がなかろう?』
うわ、ぶっちゃけちゃったよ、お猫さま。なんだか温室育ちの野良猫だなあと目を細める。
「え、でも猫としての格は上がったんだよね?」
だったら外でも平気で過ごせそうだけれど。
『上がっただけだ。外での知識が圧倒的に足りぬ』
「人のこと言えないよね!?」
うーん、何故かお猫さま相手だと、私は突っ込みに回らなければならないようだ。何だか新鮮だなあと目を細めながら、お猫さまの額に私の親指を押し付けると、嫌そうな顔をして頭だけ後ろへ下げる。
「そうだ。子猫たちはどうするの? 屋敷に住むのは良いけれど、このままじゃあ勝手に増えちゃうだろうし」
他の野良と関係を持つかもしれないし、油断は大敵である。いつの間にか子猫が増えていたなんて大いにあり得るのだから。
『主の魔力の影響を受けておるからな。他の猫よりは賢いぞ』
「賢い、賢くないは別かな。これ以上増えても困るから、去勢や避妊は必須だよ」
本当に大事。不幸な犬猫を増やすくらいならば、人間の手で数を管理した方が正解だ。自然には逆らっているけれど、こういう考えはちゃんと持っておいた方が良い。ただ、私が過去を持つ人間だから、こういう考えを持っているのだけれど。
『それはならん。ならば引き取り手を探せ。主ならば貰い手も多かろう』
「人任せにしないでよ……」
本当に奔放なお猫さまである。しかも他人任せだし。
『我は王都育ちぞ。期待するな』
『ナイ、探してあげよう?』
「む……」
ぴしっと綺麗に籠の中で座っているお猫さまに、私の顔を覗き込んで首を傾げたクロ。今回だけだし、これ以上増えるなら子猫たちに去勢や避妊を施しますとお猫さまへ伝えるのだった。