0394:強く育て。
2022.08.07投稿 4/4回目
手作業で種籾を撒くって、こんなに大変なのか。
田舎の小学校だったので授業で田植えを行ったことがあるけれど、その時は直ぐに終わったことと物珍しさできゃっきゃっと騒ぎながら苗を植え付けたから。
トラクターのような機械で畑を均した訳でもないから、足元が余計に悪いというか。靴も確りとしたものじゃないし、この国の農家さんたちの大変さの一端を味わった気がする。機械工学が発展するのはもっと後の時代だろうし、まだまだこうした手作業で行うのだろう。知識さえあれば農機具の開発をすれば一儲け出来そうだけど、私の残念なおつむでは無理なことで。
「ちゃんと芽吹いてくれると良いのですが……」
「ええ。まさか聖女として種籾を撒くことになるだなんて夢にも思いませんでしたわ」
種蒔きを終えたアリアさまとロザリンデさまが、畑の畔に座り込んで言葉を交わしている。他の聖女さまたちも種蒔きが終わったことで各々休憩をとっていた。最初は言い出しっぺの私が一人で行うつもりだったけれど、実験ついでに他の聖女さまたちも巻き込んでしまえと王国上層部と教会は決めたようだ。
思い切ったことを敢行したなあ。お給金が支払われるから、聖女さまたちが参加すればするだけ、費用が嵩むのだけれど。小麦畑の惨状を見て帝国の使者の方が補填費用を払うと言っていたから、公爵さまたちとの話の付け方次第で全額帝国持ちなんて話になっていれば愉快だけれど。
『聖女さま、お疲れさまでした』
『お疲れさまです。――きっと良い小麦が収穫出来ますよ』
「エルとジョセもお疲れさま。種を撒く時期がズレてるからどうなるか分からないけれどね。元の収穫量を確保できていれば、一先ずの問題は解決かな」
エルとジョセがこちらへやって来た。畑仕事の後の白い馬体は、土の汚れが目立ってる。
「屋敷に戻ったら、土を落とそうね」
彼らの身体に付いている土を手で軽く払い落していると、エルとジョセが更に近寄ってくる。このまま過ごすのは気持ち悪いだろうし、せっかくの白い馬体が残念なことになるだろう。セレスティアさまも二頭の姿を見て、八十年代頃の漫画のショックを受けたヒロイン見たいな顔になっていたから、彼女の尊厳を守る為にも落とさないと。
『申し訳ありません。どこか水場があれば良いのですが、この辺りには見受けられず』
『聖女さま手ずからなど』
「気にしないで。私がやりたくてやってるだけだから」
割と憧れていた所があるし、楽しいのだから何の問題もないのだけれどね。馬車引き用に子爵邸で飼っているお馬さんの手入れをやりたいと伝えると渋い顔をされるけれど、天馬さまであるエルとジョセの世話ならば誰も文句は言わないし。
「聖女さま方、この度は誠にお世話になりました」
身形の良い方が聖女さまたちの下へしずしずとやってきて頭を下げた。恐らく領主さまか名主の方かな。手元とかチラ見すると、綺麗な手をしているから。農家の方の手じゃないことは確かだった。
「いえ。試験的な取り組みですので何の効果もない可能性もありますから」
聖女の代表者は私らしいので対応を余儀なくされた。言い出しっぺだから甘んじて受けるけれど、こういう挨拶はロザリンデさまの方が適任じゃないかなあ。
侯爵家のお嬢さまなのだから、目の前の方のような地位のある人と話すなら爵位の低い人より……あ、私、子爵家の当主だった。なんだか微妙な気持ちになりながら、やり取りを進める。
「それでも、あの惨状をこのような短時間でお戻しして頂けるとは夢にも思いませんでした」
その辺りは軍の方たちのお陰である。隊長さんが言うには、平時の暇な時は工作部隊として街道の整備に従事しているから、こういう作業は慣れているらしい。
王国内の領主さまから依頼があれば灌漑工事にも駆り出されているようで、軍隊だというのに仕事内容は多岐に渡る。単純な力仕事だし、指示する人に専門知識があればそれなりに事が運ぶとかなんとか言っていた。
「そちらに関しては軍の方々へ感謝の言葉を送って頂けると、彼らは喜びましょう。わたくしたちは種籾を撒いただけですので」
種籾を撒いただけだけど、人手は必要だからなあ。忙しい時期は過ぎて育っていく小麦を見届ける期間だというのに、帝国も無茶を仕出かしてくれたものだ。
飛空艇でやって来たのは、力の差を見せつける為なのかも知れないが悪手だろう。事後処理にみんなが駆り出されているのだから。
魔力を込めながらの種蒔き作業。結果がどうなるか分からないけれど、無事に発芽してくれることを願うばかりだ。
『聖女さま~』
空を飛びながらワイバーンのみんながこちらへ降りてきた。エルやジョセ、ワイバーンのみんなの力は人間よりも強大である。空を飛べる利点も生かして、作業性が上がったようだ。
「みんなもお疲れさま」
クロが私の肩から飛び立って、ワイバーンのみんなと鼻先をちょんと付けて挨拶をしている。可愛いなあと見守りつつ、私の一番近くに居るワイバーンの子に話しかけた。
『うん、僕たち頑張ったよ。あとね、あとね天馬がね僕たちの言葉をみんなに教えてくれたから、順調だったんだ』
「そっか。あとでお野菜送るよ。頑張ったお礼だから一杯食べてね」
沢山動いただろうからお腹も空くだろう。ワイバーンは雑食らしく、なんでも食べるらしい。お肉も喜ばれるけれど、子爵邸で採れたお野菜は普通のお野菜より魔力が多く宿っているらしく好まれているそうで。
『やった! ありがとう聖女さま!』
えへへと嬉しそうに顔を擦り付けてくるワイバーンを、驚いた顔で見ている方がいらっしゃった。
「わ、ワイバーンの言葉が分かるのですかっ!?」
あ、そっか。話の途中でワイバーンのみんなが戻って来たから、領主さま――多分――の驚きは仕方ないのか。
「何となくですが、彼らの気持ちは理解出来ます」
喋っているなんてバレたら面倒だし、何となく気持ちが伝わるんです位の説明に止める。
『あ、そっか。僕たちの声は聞こえてないんだった。まあ、いっか。聖女さまや届けたい人に分かれば良いんだし』
驚いている領主さまを一度見て、また私に顔をすりすりとしているワイバーン。割と淡白な考え方の持ち主なのだなあと、手ですりすりし返すと目を細めて気持ち良さそうにしている。
生き物のこういう顔って不思議と癒されるなあ。帝国の問題なんて忘れ去って、こうした日常をゆっくりと送りたい。
「お嬢ちゃ――失礼いたしました! 聖女さま、みなさま、我々軍は撤収作業に入ります!」
領主さまが居ることが分かって態度を改める隊長さん。私がいつも通りで良いとお願いしているから問題ないけれど、こういう時はもちろんそれなりのモノが必要な訳で。
「はい。お疲れさまでした。皆さまの働きぶりはハイゼンベルグ公爵閣下へお伝えしておきます」
「軍の皆さま方にもお礼を。あのままであれば我々は困り果てたまま途方に暮れていたでしょう。――感謝致します」
「我々は軍人です。そのお気持ちはアルバトロス王国へ向けて頂ければ、軍人として至上の喜びでございましょう。――では、失礼致します」
隊長さんはこんなリップサービスも言えるんだと感心。私たちに挨拶を終えた隊長さんは、軍式の敬礼をしてこの場を辞する。
「皆さま方のお力を借りたのです。良い小麦が育つでしょう」
「はい。収穫時期はズレてしまうかもしれませんが、きっと強く育ってくれます」
試しに魔力を込めたのだし、何かしらの恩恵はあるはずだ。少し高くなっている場所から小麦畑を見渡すと、緑色の場所と茶色の場所に綺麗に分かれている。そのうち芽吹いて、この差もなくなってしまうのだろう。
ぴゅーと吹く風がみんなの頬を撫で、肌寒いアルバトロス王都外を一瞬にして去っていくのだった。