0393:種籾。
2022.08.07投稿 3/4回目
帝国の使者の方たちが帰って行った。割とあっさりと戻って行ったので拍子抜けであるが、数日後には事後処理が始まっていた。
そう小麦畑のあの惨状である。飛空艇が着陸する為に小麦畑が随分と駄目になった。大国らしく補填費用は払ってくれるけれど、お金を払うだけで知らぬ存ぜぬである。小麦畑の持ち主の人たちは涙目だろう。収穫量が減る=収入が減る、なのだから。
食べ物は大事に精神の私はコレを痛く問題視した訳である。
飛空艇に潰された青い小麦の芽が悲鳴を上げているように見えてしまったし。まずは抉られた土を元に戻すことが真っ先にやることだなあと、王城の外へ出ていた。
人手は軍の皆さまが駆り出されたらしく、上半身裸の人たちが一生懸命小麦畑の土を均していた。公爵さまが統括している軍の方たちは、騎士の方たちに負けず劣らず筋肉が付いている。
訓練で身についた筋肉なので、自然な筋肉の発達の仕方だった。これが見せる筋肉ならば、あんなに美しくは仕上がらないだろうなあと妙な事を考えていた。
「ナイさま! 凄い人手ですねえ」
アリアさまが感心したように私に語り掛けた。
「アリアさま。そうですね、軍の方々のお力で随分と元へ戻っておりますから」
まだまだ先は長そうであるが。私の隣でロザリンデさまも、この光景を眺めているのだけれど随分と熱心なご様子。箱入りのお貴族さまだから、こういう景色は珍しいのだろう。
『では私たちも手伝いましょうか。ジョセはあまり無理をせずに』
エルがジョセの方へ向いて話しかけている。ルカはまだ幼いので子爵邸でお留守番だ。ここ最近、畑の妖精さんたちと戯れることを覚えて、楽しそうに庭を駆けまわっている。
妖精さんたちは命の危機を感じているのか、必死になって逃げていた。そしてその姿をお婆さまが指を指して大笑いしている。まさしく子爵邸の庭は混沌とした雰囲気。突っ込むのも面倒になって放置しているのが現状だけれど。みんな慣れたのか何も言わないし。
『ええ。でも子爵邸で過ごしているからでしょうか、回復は随分と早いのですよエル』
天馬さまのエルとジョセが事情を聞くと協力を申し出てくれたのだ。農機具を牛や馬の代わりに引いてくれるそうで。通常の馬や牛よりも力があるし、なにより言葉が通じるのである。的確な場所を耕してくれるに違いない。
アリアさまやロザリンデさまも、天馬さまが農機具を使って人間の手伝いを名乗り出たことに驚いているようだ。が、しかし。一番ショックを受けているのはセレスティアさまだったりする。農機具を天馬さまが引くという光景が見るに堪えないものらしい。ソフィーアさまの隣でブツブツと呪詛を吐いていた。
『聖女さま~!』
「どうして、貴方たちが。訓練は良いの?」
何故か王城の片隅の位置からワイバーンたちが飛んできて静かに降り立った。その数、二十頭。代表さま、もといディアンさまからワイバーンは成長が早いと聞いていたけれれど、早すぎではなかろうか。
『今日の訓練はお休みなんだ。幼竜さまからお話を聞いていたから、暇だし手伝おうってみんなで決めたよ』
私の身体に顔を擦り付けてくるワイバーン。ふと、この光景に感じるものがありクロを見るけれど拗ねてない。あの拗ねはロゼさん限定のようだから、やはりロゼさんは特別なのかも。まだまだ力を身につけそうだし、恐るべきスライムさんである。
『手伝う~!』
『何をすれば良い?』
何故か私の周りに集まってすり寄って来るワイバーンのみんな。本当に人懐っこいし、賢いからこうしてお手伝いまでお願いできる。彼らが何を担うのかは、陣頭指揮を執っている軍の方に相談しないと。私が勝手に判断する訳にはいかない。
「そっか、ありがとう」
『みんな協力ありがとう』
私とクロがワイバーンのみんなにお礼を伝えると、集まっていたワイバーンが目を細め、順番に私の身体に顔を擦り付けた後、クロと鼻先をちょんと触れ合っていた。
『気にしないで。聖女さまの家で採れたお野菜とか貰っているし、一番嬉しいのはワイバーンの数が順調に増えているしね。そのお礼』
畑の妖精さんが頑張る為にお野菜さんは飽和状態となっている。エルやジョセにルカが食べる分、子爵邸で働く人たちが持って帰る分や子爵邸で使う分、公爵さまや辺境伯さまへのお裾分けのものを確保しても余っている。
ならば有効活用しようと、間引きしたお野菜さんや不格好なお野菜さんはワイバーンのみんなの下へ届けていたのだ。世話係の方が、食欲が随分とあるから助かると喜んでいた姿が記憶に新しい。
副団長さまもこの話を聞きつけて分けて欲しいと零していたが、薬草は率先して渡しているというのにお野菜にまで興味を示すのかと笑った所だ。余っているから問題ないけれど。
子爵邸で採れた野菜の種を男爵領でも育て始めている。報告によると普通の物より生育が早いらしい。収穫が楽しみだし、男爵領の人たちの腹を満たせることが出来るならそれで良いし、副収入と考えているならばそうすればいい。
代官さまに任せてお金だけを出している状態だけれど、名主の方に農業系の本を送って技術を高めるようにと伝えてある。あとは男爵領民のやる気次第で、化ける可能性があると期待してる。
「お嬢ちゃん、あっちの整備が終わったぞ」
なんだか久方振りに隊長さんに会った気がする。前に会ったのは大規模遠征の時だけれど、教会の枢機卿さまにお金を取られた際に協力をお願いした一人でもある。私はその時顔を合わせていないけれど、随分と力となってくれたらしい。
「隊長さんもお疲れさまです。――今行きますね」
「おう。しかし、面白い事を思いついたなお嬢ちゃんも。ま、悪いことに使うよりは断然良いんだが、やり過ぎるなよ」
なんで隊長さんにまでそんな心配をされているのやら。しかも周りの視線が痛いのだけれども。好きでやらかしている訳じゃないやいと心の中で叫びつつ、今回は目的があるので突込みは無し。指定された場所へ、アリアさまとロザリンデさまに魔力量が高いと言われている聖女さまたちと歩いて行く。
今回の事を重くみた上層部や教会に話を付けて、魔力を込めながら種籾を撒いてみるのはどうだろうかと提案していた。協議の後に私の意見は採用され、今に至る。
「聖女さま方、ウチの小麦畑にわざわざご足労頂き申し訳ありません」
「いえ。何の効果もない可能性もありますから、あまり期待はせずに……」
畑の持ち主――領主さまが居るから意味合いは違うかもしれない――に頭を下げられるけれど、試験的な取り組みなのであまり期待しないで欲しい。教会の統括が農家出身だからか、小麦の種籾の撒き方をレクチャーしてくれた後、種籾が入った籠を渡されてた。
――よし、気合入れないと。
折角丹精込めて種を撒き息吹き始めていた小麦の芽が無残な姿を晒していたのを見た、農家の方々の思いはいかばかりだろう。
魔力を込めながら撒けば生育が早くなるかもしれないという、短絡的な考えだけれど効果があると良いなあ。昔話の花咲じいさんではないけれど、ちゃんと芽吹いてくれればそれでいい。
「ナイさま」
アリアさまに声を掛けられ、ロザリンデさまを始めとした聖女さま方の顔を見渡し。最近、王族の傷跡を綺麗さっぱりと治したアリアさまの評価がうなぎ登りらしい。傷を負っても治るという安堵感がお貴族さまの中であるようだ。ただ面倒なことになるかもしれないので、王国上層部は対応策を考えているそうな。
「じゃあ、みなさん。――よろしくお願いいたします!」
元気よく声を出して魔力を練りながら籾撒きをみんなで始めるのだった。