0383:禍々しいなにか。
2022.08.04投稿 1/2回目
――大聖女さまからの手紙が届いてから数日。
助けて欲しそうな雰囲気を醸し出している内容だったけれど、遠く離れた他国の地で出来ることなんて無い訳で。頑張ってください、そう含んだ内容の返信を送ったのが昨日の朝。少し送料は高くなってしまうが転移魔術を利用して送っておいたから、今頃大聖女さまは目を通している最中だろうか。
机の上に置かれた魔石をみんなで覗き込む。
「……禍々しい気が放たれているような気がするが」
「何となくではありますが、嫌な雰囲気は感じ取れますわね」
ソフィーアさまとセレスティアさまがそんな言葉を零し。
「ナイ、嫌な感じがする。切って良い?」
「止めておけ、リン。ヴァレンシュタイン副団長がもう直ぐこちらへ来る。それまでは我慢だ」
リンが腰に佩いた剣に手を掛けながら物騒な事を言い放ち、ジークがそれを止める。彼の言葉通り、副団長さまは机の上に置かれた魔石鑑定の為に子爵邸へ急遽呼ばれたのだ。
魔石を発見したのは、辺境伯領の大木の下で卵から孵った小竜さまだそうだ。少し離れた場所にどっしりと構えた姿の巨木の洞から、嫌な雰囲気を感じてご両親へ報告する。
ご両親も気になって巨木の下へと行くと、確かに淀んだ魔力を感じ取ったそうで。ただ、小竜さまもご両親さまも竜なので、洞の中へ入る方法がなかった。どうしたものかと考え、辺境伯領の大木の下で警備を担っている騎士の方に知らせ洞の中を調べて貰う。
――で、出て来たのが目の前にある魔石で。
本来であれば、見つけた魔石は辺境伯領主である辺境伯さまへ提出するものだけれど、小竜さまが隙を見て口の中へ咥えたまま子爵邸に行くと聞かなかった。
魔石に内包されている魔力と小竜さまの魔力を比べると、小竜さまの方が断然上。ならば問題はなかろうと、辺境伯さまの了解を得てこちらへと飛んできた次第で。
いつもの様に遊びに来たのかと思えば、子爵邸へと降りてきて早々に辺境伯さまからの手紙を咥えたまま私に差し出す。少し涎でよれている手紙を開封して読んでみると、そっちでどうにかしてくれ――もちろん意訳――と記されていた。
「父が無茶を申し、なんと詫びて良いのやら」
「辺境伯閣下も自領で解決するよりも、王都で専門家に視て貰った方が良いと判断したのではないか?」
セレスティアさまが珍しく眉を八の字にして困ったように呟くと、ソフィーアさまがフォローに入っていた。
「気になさらないで下さい。王都には副団長さまがいらっしゃいますから、適切な判断だったかと」
ソフィーアさまの言葉を補強するように、私が言葉を紡いだ。妙な人に視てもらうよりは副団長さまの方が確実である。魔術関連に変態的執着心を持っていたとしても、やることはやってのける人なのだから。
王都には魔術師団のみなさまが在籍している為、こういった魔術のことであれば右に出る者はいないから。副団長さまがその筆頭になるけれど、以前に副団長さま以外にも魔術師団には変わり者が多くいるとご本人が零していた。
「確かにお師匠さまならば信ずるに値しますが……」
む、と何やら考える素振りをしているセレスティアさま。自領で解決して竜のみなさまに良い所を見せたかったのだろう。だって彼女は無類の竜狂いなのだから。天馬さまにもにやにやしているけれど、やはり一番は竜らしい。
露骨に態度に出ているので分かり易く、今もクロと小竜さまが一生懸命爪や牙で器用に果物の皮を剥いている姿をチラチラ見ているし。床が果汁で大変なことになるので、防水加工されている布を敷いている上であーでもないこーでもないと格闘している。
部屋の机の上に観賞用として置いていた果物を小竜さまが見つけ、じっと見ているのをみんなで微笑ましく見守っていると、クロが食べて良いかと聞いてきた。
観賞用だけれど食べるのも問題はない。皮を剥いて出そうかと尋ねると、僕たちには牙も爪もあるから大丈夫と言われ断られたのである。勇ましく言い切った割には、難儀しているような気が。まだ小さいのだから仕方ない。
「――ご当主さま。ヴァレンシュタイン卿がいらっしゃいました」
家宰さまの声に扉へ視線を向けると、副団長さまが立っていた。私が礼を執ると副団長さまも丁寧に返礼。中へどうぞと招いて、机の上の魔石をしげしげと覗き込んだ副団長さまは何やら考える素振りを見せている。
「どこかでこの魔力を感じた気がしますが……はて……」
右手の指を顎に添えて首を傾げながら、前を向き目を見開く。
「ああ! もう存在を忘れておりました。あの時の流れ者の魔術師の魔力ですね」
あまりに小物だったようで副団長さまの頭の中には残っていなかったようだ。記憶を掘り返して、どうにかこうにか見つけてきたのだろう。
顎に当てていた手を放して、左手と右手をぶつけて腑に落ちたようだった。流れの魔術師ということは、ヴァンディリアの第四王子殿下を誑かして、側妃さまに死者蘇生の儀式魔術を施そうとした人か。
「どうして魔石からその方の魔力が?」
疑問に感じて副団長さまへ問うてみる。
「推測ですが、自身の魔力を注ぎ込んで要らぬことを企んでいたのでしょうねえ」
副団長さまなのにはっきりと推測が付いていないのか。珍しいこともあるものだと少し首を傾げる。
もしかして私たちが知らなくとも良いことを、流れの魔術師はやってしまったのだろうか。禁術とかなら吹聴するのはあまりよろしくはないだろうし。私も知りたいとは思わないから、別に良いけれど。
「本当に魔術の淵を覗き込みたい気持ちは理解出来ますが、そこに落ちてしまっては魔術師として終わりでしょうにねえ」
確かに、落ちてしまえば這い上がることは難しいだろう。気を付けなければならないなと、頭の片隅に置いておく。
「ああ、聖女さま」
「この魔石ですが、僕に預けて頂いても?」
「勿論です。お手間を取らせて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
「はい。僕の方からも陛下方には報告を致しますが、みなさんもご協力を」
副団長さまの言葉に一同が頷く。私たちも上層部への報告をよろしくということだ。いつものついでに書き記すことが少し増えるだけだ。副団長さまの方が魔石の解析結果やらを報告しなければならないだろうし、嫌だとは言えない。
流れの魔術師はアルバトロスでの取り調べを終えて、ヴァンディリアへと送られている。罪状がまた増えたし、違法性の高い魔術師である。同業者からは嫌われるだろうし、副団長さまからの嫌がらせを受けるに違いないと、心の中で両手を合わせるのだった。