0379:【後】サフィールのお仕事。
2022.08.01投稿 2/2回目
――子爵邸の家庭菜園が……また大変な事になっているのかな?
常識を超えて生い茂る芋にも驚いたし、叫びながら走る人参にも驚いたけれど、家庭菜園だというのにどうして花が咲いているのだろうか。
「ケシがなんで咲いているの……」
ナイがぶつぶつと『剛毛が生えていない』とか『葉が茎を巻いてるじゃん』とか『葉の切れ込みが浅いし!』と言いながら、どんどん顔色を悪くしている。
彼女の知識は何処からくるものなのだろう。王立学院の特進科に通っているのだから、頭が良いのは間違いないけれど。小さい頃から彼女の知識は豊富で、僕たちが考え付かないことを簡単に口にする。
当時は賢いのだろうと単純に考えていたけれど、貧民街に住む子供がああも頭を回せるものなのだろうか。出会ってもうすぐ十年弱、ナイは変わっていない。もちろん身体は成長しているけれど、心の成長があまり感じられない。出会った当時から心の幼さは全くなかった。まるで心だけは大人のように。
でも、そのお陰で僕たちが生きているのは事実で。
「ナイ、駄目なの?」
僕には知識がなくてナイに聞くと、使い方次第で毒にも薬にもなる物だからと言った。じゃあ問題ないのではと聞き返すと、勝手に栽培すると国から怒られる可能性があるそうだ。そりゃナイが頭を抱えても仕方ない。仕方ないけれど畑の妖精たちが違法なものを育てるもの……あ、妖精さんだから分からないか。
「……また怒られるのかなあ」
しょぼんとしたナイにクロが顔を寄せてぐにぐにと擦り付けていた。仲が良いなあとその光景を見つつ、畑の一角で花を咲かせている『ケシ』に視線を向けた。ナイが口にしたことのどこに問題があるのかわからないけれど、駄目なものらしい。
他の場所にはナイが力を入れて育てているとうもろこしに、リーム王国の王子から譲り受けた芋の何世代目かが植えられている。
えっさほいさと妖精たちが手入れをしていたり、土の中から出て来たミミズを違う場所に移していれば、害虫である虫は畑の外へとぽいと投げている。生き物を殺すことは駄目なのか、害虫に止めはささないから時折畑を見にきて、虫を拾って持ち帰っている。僕が生活している部屋の外に、バードウォッチング用の水場と餌場を作っているので、要らない野菜の葉を頂いて餌場に置くと勝手に食べてくれている。
『ナイ~、大丈夫? 怒られるの?』
その時はボク一緒に怒られるよとクロがナイに伝えている。子供の竜だから『怒る人には僕が怒り返してあげる』と言わない辺り、かなり賢いのだろう。
「どうだろう。アルバトロスの事情次第かな。――というか亜人連合国は大丈夫なの?」
『確かエルフのみんなが薬草として育てていたと思う。痛みが緩和するって言ってたなあ』
ナイの言葉にクロが答えた。そんな便利なものをどうして栽培してはいけないのだろうと疑問に思うけれど、僕の知識不足からくるものだから後で自分で調べてみよう。分からなければナイに聞けば良いのだし。さて、このまま小さいみんなを引き連れたままこの場に留まる訳にはいかない。
「少し早いけれど、戻ろうか」
部屋の中に籠っているだけじゃつまらないと、気分転換に外に出ただけだ。直ぐに戻っても問題はない。僕の手を握ったままの姉弟に顔を向けて、もどろうねと声を掛ける。弟の方はうんと確りと頷いてくれたけれど、姉の方がまだ緊張しているみたいで固まったままだ。
心を解きほぐすにはまだ時間が掛かるかな。でも、美味しいご飯と温かい寝床があるだけで、随分と気持ちは違う。あとは託児所で預かっている子たちと打ち解けてくれれば良いけれど。
「ナイ、戻るね」
「あ、うん。折角こっちに来たのにごめん。――みんなもまた畑の様子を見にきてね」
「聖女さま、またね!」
「うん。またね」
子供たちと視線を合わせてながら言葉を交わして、手を振るナイを背に託児所へと戻っていく。
周りの人たちはナイの子分とか、黒髪の聖女のおこぼれに預かっているとか考えているかもしれない。孤児院で働いていた頃、おつかいに出ていた時に実際言われたこともある。
ナイが知ると、激怒するから言っていない。事実だし、もし僕がその人と同じ立場なら、羨ましくて言っている可能性だってあるから責められない。
この事を知っているクレイグは『馬鹿じゃねーの。羨ましいならナイに直接話してみりゃ良い』と少し怒り気味に言っていた。学院の長期休暇前なら接触できる可能性はあったかもしれないけれど、今は無理だろう。
教会宿舎から、爵位を得てお貴族さまのお屋敷に移り住んでいるのだから、屋敷に入ること自体がかなり難しい。
僕はナイの祝福を受けているから、出入りに関しては自由。少し前にこれまた愚かな人が屋敷内に侵入しようとして、特製結界に阻まれて騎士たちに連行されていたのを見た。
ナイの功績に目を奪われて子爵邸侵入という無謀に挑戦したのだろうけれど、あっけなく潰えていたので、ああいう事を考えなしにするものじゃないという良い見本だった。
「二人はなにかやりたいことはあるの?」
手を繋いだ姉弟に聞いてみる。希望や未来の絵が心に宿っているのなら聞き出して、その道へ進むことの応援もできる。
「わからない。――ご主人さまの言うことを聞いていればご飯が貰える」
警戒心を解かないまま僕に答えてくれた姉の子。先はまだ長そうだと苦笑い。
姉弟を教会の孤児院へ預けることも考えていたけれどナイ自身が引き取った。少し前に貧民街から兄妹を孤児院へ預けたから無茶は出来ないよねえと言っていた。
教育を施して数年後にはナイが持っている男爵領で暮らせば良いだろうと話していた。迫害や差別を受けるようなら子爵邸で面倒をみるとも言っていたけれど、姉弟に何かしらの希望があれば叶えてしまうのだろう。ナイは出来る力を持っているんだし。
「そっか。なら、何か見つけないとね」
姉弟に何が合うのかなんて分からないけれど。まだまだ先は長いのだから気長にいかなきゃ。
『おや、みなさんでお散歩ですか』
最近産まれた仔天馬さまが空を飛び始めた為にエルとジョセは仔天馬さまのルカに付きっ切りで面倒をみていた。慣れてきたのか放っておいても大丈夫と判断されたみたいで、少しづつルカが一頭で居る時間を増やしている所らしい。
「エルだー!」
「エル、背中に乗せて~!」
こちらへとゆっくり歩いて来るエルに群がっていく子供たち。天馬さまのエルはみんなに紳士的で穏やかに接するので、子供たちに凄く人気だ。彼の番であるジョセも優しくて穏やかだけれど、最近はルカに手を掛けている為に会う時間が以前よりも少なくなっている。
「駄目だよ、エルも忙しいんだから」
『構いませんよ。あまり時間は取れませんが、この子たちの希望を叶えるくらいは容易いことですから。――この子たちは?』
「あ、うん。最近預かった子でね、隣の大陸出身なんだ。しばらくここで生活するからよろしくね」
『はい。――こんにちは、お二人さん。天馬のギャブリエルと申します。みなさんはエルと呼んで下さるので、お二人もそのように呼んで下さると嬉しいですね』
顔を下げて挨拶するエルに驚いて、僕の後ろに回った姉弟。ぎゅっとズボンの裾を握って、じっとエルを見ている。敵意があるのか、自分をどう見ているのか考えているのだろうと当たりをつけた。
「大丈夫だよ。君たちを傷つける人じゃない。怖くないって言っても分からないかもしれないけれど……」
難しいなあと苦笑い。でも言葉を尽くせば、難しい言い方でも案外感じ取ってくれるから、僕はこうして口に出す。エルは人じゃなくて天馬さまだけれど、僕の意図は理解してくれているようで静かに姉弟を見てる。
『いきなりは難しいのでしょうね。――私はこの子爵邸でお世話になっております。またお会いしましょう』
姉弟に挨拶をして、他の子供たちの下へ行った。まだ固まっている姉弟に顔を向けて大丈夫と聞いてみれば、興味があるのかエルの方へ視線を向けたままだ。
あと少し時間が取れれば打ち解けるのも時間の問題だろう。感情が死んでいなくて良かったと、自然と笑みが零れる。
「乗れないー!」
「誰か手伝ってー! サフィール兄ちゃん助けて!!」
補助する人が居ないから子供たちはエルの背に乗ることが出来なくて困っている。
「ちょっと待っててね」
繋いでいた手を放して姉弟を他の方へと預けて子供たちの下へと行く。二人に明るい未来の道が開きますようにと、空に向かって願うのだった。