0356:公爵さまのお誕生日。
2022.07.23投稿 4/4回目
子爵邸へ遊びに来た小竜さまを、お婆さまが無事に親元へ送り返してくれてから数日。
――間に合った。
私室の机の上に置かれている、収納ケースを開けて一人でニヤニヤしていた。流石ドワーフさんの作品だ。納品前に確認を取ったのだけれど、見事に仕上がっている。装飾も華美なものではなくいぶし銀だし、贈る相手である公爵さまの年齢や外見も考えるとぴったりである。
『マスター、嬉しい?』
足元に居たロゼさんが声を掛けてくれた。今は図書室ではなく私の部屋で一緒に過ごしている。図書室の本は読破してしまったようで、言葉が確りしていた。本当にロゼさんの成長が早い。そっかとロゼさんが机の脚を這って上がって、ドワーフさんたちの力作を眺めてる。興味があるのかロゼさんはじっと見つめていた。アクロアイトさまは、机の上にあがったロゼさんを不思議そうに見ている。あれ、いつもなら鳴くのだけれど、どうしたのだろうかと不思議に思いつつ、ロゼさんの言葉に返事をしようと口を開く。
「もちろんだよ、ドワーフさんたちは良い物を作ってくれたから」
良い物には対価が必要である。それなりの大枚を払ったつもりだ。だからこそ今目の前にあるソレは、輝きを放ちケースの中で存在感を放っている。
公爵さまと出会って後ろ盾になって頂いてから、年に一度の誕生日には贈り物を届けている。初めての時は、孤児院の庭で咲いている雑草を切り取って、枯れないようにボロ布に水を染み込ませて適当な紙で包んで渡した記憶がある。
しかも誕生日当日ではなく、かなり遅れて。保護してくれた五人全員からと理由を付けて渡したのだけれど、今思えば失礼極まりない。でも当時の精一杯だった。それは公爵さまも理解していて、驚いた顔をしつつしゃがみ込んで視線を合わせてから受け取ってくれたのだ。
それから聖女として働き始めたので、渡す品物のグレードが年々上がっていった。今年は一番良い物を渡せると自負している。ただ来年からどうしようという悩みが増えてしまう。
「ナイ、そろそろ時間ですわ」
開けたままにしている部屋のドアをノックして、セレスティアさまが顔を出した。昼ご飯を終えて時間になるまで自室で時間を潰していたのだけれど、そろそろ支度を開始しなければならないらしい。
今日の夜は公爵さまのお誕生会である。私の後ろ盾だし、贈り物は送っていたけれどお誕生会に参加するのは初めてだ。面倒なことに巻き込んで済まないなと、公爵さまが手紙を寄越してきたけれど、いろいろと事情があるのは理解しているし、世話になっている方のお願いなのだから問題はない。ただ参加するにあたってのいくつかのお願いは飲んで頂いたけれど。
「はい」
セレスティアさまの言葉に短く告げると、入ってもと聞かれたのでどうぞと答えた。いちいち許可を取られるのが面倒なので最近は部屋の扉を開けていることが多い。勉強の時間や見られたくないことをしている時は、当然閉めている。
「ドレスでなくてもよろしいので?」
「ドレスを着ると貴族としての参加となってしまうので」
報告会で夜会や茶会への参加の手紙が多く届いているのだ。ドレス姿で参加すれば、そういう意思があるとみなされてもっと増えるだろう。公爵さまにお願いしたことのひとつが、聖女の格好で参加することを許して欲しいというものだった。
聖女という役職に就いているので正装だけれど、いちゃもんを付けたい人はつけるだろうし。先に主催者に断っておけば問題がなくなる。聖女の衣装で参加するのは、夜会やお茶会になんて興味ないよという主張の一環。
「確かにそうですが。――ドレスに憧れはないので?」
セレスティアさまが質問を投げた。ソフィーアさまは公爵家で準備に追われている筈である。前々から今日はお休みさせて欲しいと申請されていたから。無理をいう気はないし、お爺さまの誕生日なのだから当然だろう。
お祝い事は大事だし、家族の時間も大事。ソフィーアさまの仕事は家宰さまであるギュンターさまが担うけど、有能な方なので苦にしていない。
「憧れはあるかも知れませんが、似合いませんしね。なら仕事着で参加した方が恰好は付きます」
黒髪黒目でチビで地味顔だ。派手なドレスなんて似合いません。似合ったとしてもお子ちゃまと認識されるのがオチだ。身長があとせめて十センチくらい高ければ、まともに着こなすことが出来たかも。今から十センチ身長アップは難しいし。
「貴女の意思を尊重しますが、ドレス姿も見てみたいと考えるのは我儘なのでしょうか……」
セレスティアさまが妙な表情を浮かべる。一体その顔にどういう意味があるのだろうか。
「ご当主さま、そろそろ準備を」
セレスティアさまの顔の意味を考えあぐねていると、侍女さんたちが私の部屋へ入って扉を静かに閉めた。クローゼットに仕舞い込んでいる聖女の服を取り出して、そそくさと私が着ている服を剥き、新たに聖女の服を着せてくれた。
エルフの方々と妖精さんたちが作ってくれた極上反物を仕立てたもので、最初は似合うのかどうか心配だったけれど、最近は慣れたものとなっている。教会にストールを何枚か送ったのだけれど、役に立っているだろうか。身に着けていると魔力の回復速度が上がるので、結構便利。ただお腹の空き具合が酷くなるのはご愛敬。
「わたくしも用意して参りますわ」
「はい。よろしくお願いします」
セレスティアさまは侍女兼護衛として、公爵さまのお誕生会に参加する。もちろんジークとリンも私の護衛として参加。
家宰さまも贈り物持ちとして参加し、終わると社交に勤しむとのこと。クレイグとサフィールは子爵邸でお留守番だ。一緒に来るかと伝えると、彼らはお貴族さまの中に混ざるなんてとんでもないと凄い勢いで断られた。
「素敵ですよ」
着替え終わったことが分かったのか、アクロアイトさまが私の肩へと飛び乗る。侍女さんたちがその光景を微笑ましそうに見ていた。
「ありがとうございます」
仕付けが終わると侍女さんからお褒めの言葉を頂くけれど、いつもと変りない。リップサービスも大変だなと苦笑をしつつ部屋を出ると、外の廊下に教会騎士服に身を包んだジークとリンが待っていた。二人がいつ来たのか分からないので、顔を見上げて待たせてごめんと言葉を口にした。
「俺たちも今来たところだ。気にするな」
「うん。――可愛いね、ナイ」
「ありがとう。ジークとリンも似合っててカッコ良いよ」
お互いにお互いを褒める。といってもジークは黙ってリンと私のやり取りを見ているだけだけれど。
「公爵さまへの贈り物は俺が持とう。入って良いか?」
とはいっても子爵邸の馬車止まりまでだろう。公爵邸に着けば、その役目はギュンターさまの役目である。
「うん。ジーク、お願いします――って、なんで二本あるの……」
机の上に置かれたままの公爵さまへの贈り物。ケースの中に鎮座しているモノと、机の上に鎮座しているモノ。部屋へ一緒に入ったジークとリンも驚いている。
『マスター、ロゼが真似した』
片方の贈り物から声が聞こえた。その声の主はロゼさんで。
「え?」
何をしているのという言葉は口にでなかった。どうやらずっと見つめていたロゼさんが、贈り物を真似たらしい。外見は寸分違わぬもので、完璧な模倣といえよう。
『出来るかどうか試したら、出来た』
「そっか。ロゼさん、そんなことまで出来るんだ」
何故試そうと思ったのかは謎だけれど。好奇心が旺盛過ぎやしませんかと言いたくなる。どんどん通常のスライムからかけ離れていくロゼさんに、目を細め。
『うん。ロゼ、出来るみたい』
「人間を真似ちゃ駄目だからね。あといろいろと……危なそうなものも駄目だよ?」
『よく分からないけど、マスターが言うならしない』
贈り物の形から普段のスライムさんの姿へと変わるロゼさん。ふうと息を吐いて安堵しつつ、この子は一体どういう道を目指そうとしているのだろうと謎に苛まれるのだった。