0028:言い掛かり。
2022.03.12投稿 1/3回目
沢で血を落としてから暫く経つと行軍訓練が終わり、森の中の広場へと戻ってきた。周囲のみんなは緊張していたのか疲れを見せているけれど、これから夜ご飯の準備や寝床の確保などやることは沢山ある。
「とりあえず、水の確保か」
「うん。さっきの沢がこっちに流れているはずだけれど……」
訓練の最中に森に自生していた果物やきのこに食べられる野草なんかもゲットしている。学園から支給されるものは麦と塩のみだから、水を確保しなければ調理もなかなか難しいものになる。
味のしない麦粥でも作ろうかと三人で決めていたのだけれど、肉を手に入れているので少しはまともな食事になりそう。
「ナイ、俺たちは水場を探してくる。一人で平気か?」
とりあえず寝床を作る場所は確保した私たち。面倒な人は寝袋や毛布で凌ぐみたいだけれど、教会から借りてきた大きな布とロープがあるので、かなり簡易的ではあるけれどテントを張ることにしている。まだ作業には取り掛かれていないけれど、やるべきことをやった後でその作業に移る予定だ。
「うん。この辺りウロついて枝を拾って火を熾しておくよ。――二人とも気を付けてね」
火の確保は野宿において重要なものなので、大事な仕事である。
「ああ。――無理するなよ、戻ったら手伝う」
「行ってくるね」
革の水筒を腰からぶら下げているジークとリンが踵を返し森の中へと消えていった。おそらく先程教えて貰った沢の延長線上にこの場所があるから、そう時間は掛からないだろう。
「よし、私も枝を拾いますかね」
そうひとりごちて作業を開始するのだけれど、周りの人たちも目的は似たようなもので行動を開始していた。これは早い者勝ちになるのだろう。出遅れれば今の場所より遠くまで足を運ばなければならなくなる。水の確保をお願いした二人には申し訳ないので、気張らなければと歩き始める。
「勝手に遠くへ行くなよー。行くなら一言告げていけー」
あまりやる気のなさそうな特進科担任教諭の声が聞こえてきた。とりあえず広場からあまり離れず枝を拾いに行く。薪の前に焚き付けしやすい、ようするに火が最初につきやすい材料を集める必要があるので細い小枝を探す。
スギの枯れ葉や松ぼっくりがあればいいのだけれど、残念ながらこの森には自生していないようだ。地面に落ちている木枝で乾いたものを選び折ってみて『パキッ』と音がするものが極上の焚き付けに適しているので、いくつか折って確かめる。
あとは薪となる太い枝だ。硬くて重い木は火が点きにくいけれど一度燃えれば火持ちが良いので、そういうものを選んだ。そうして何度か拠点を往復する。体がちんまいので他の人より回数が多くなってしまうのはご愛敬。
「あ」
「……」
そうこうしていると、何故だかヒロインちゃんと殿下方ご一行とばったりと出くわしてしまった。こうして面と顔を突き合わせるのは、学院で貴族の人となりを彼女に話したとき以来だし、殿下方ともその翌日に詰め寄られて以来になる。基本的に関わることはないのだけれど、どうしてこうなってしまうのだろうか。
「――何か?」
殿下とヒロインちゃんを守るように、側近候補の緑髪くんと他三人が前に出た。どうにも彼らからの印象が地に落ちてしまったようで、良く思われていないようだ。目の前の人たちはヒロインちゃん至上主義のようなので仕方ないけれど、その行動で周囲にどのような影響を与えているのかを考えたことはあるのだろうか。
「いえ、殿下の行く手を阻んでしまい申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。彼らと鉢合わせになったのは本当に偶然だ。薪拾いの為に下を向いて歩いていたことが、仇となってしまった。
「……以前は邪魔が入ってしまい伝えられませんでしたが、卑しい者が我々に近づくべきではありません」
「ああ、貴様の経歴を調べさせたが貧民街出身だそうだな。素性も分からない者が俺たちに近づくなっ!」
側近の緑くんと偉丈夫な赤髪くんが、私に詰め寄る。
素性はある程度調べればすぐに分かるので、私が孤児だったことを知っている人がいても不思議ではない。
ただ、私が聖女であることを吹聴しないで欲しいと周囲の人たちにお願いしているだけなので、素性は調べたのなら直ぐに分かりそうだけれども。軍や騎士団の人たちにも知られているのだけれど、誰が調査したのだろうか。
というか彼らから見れば『卑しい者』という言葉にはヒロインちゃんも含まれてしまうような……。その言葉にはいろいろな意味があるけれど、今回の場合は身分や社会的地位が乏しいという意味が適当なはず。いいのかな、お気に入りの子を蔑む言葉を簡単に口にしてしまうなんて。
「ですね。教会で信者たちからの寄付で生活をしているというのに、身を弁えず……聖女の仕事もしているようですが、どうせ碌な働きではないでしょう」
あ、流石に知ってたのか。
私が聖女だと言ったのは、教会の枢機卿子息の紫髪くんだった。教会の宿舎は確かに信者の方からの寄付で賄ってはいる。いるんだけれど、全てを無償で行っている訳ではない。
食費やら光熱費やらを毎月寄付という形で納めている。私だけじゃなくてジークやリンに宿舎に住んでる人たちは全員だ。もちろん事情のある人は免除されるけれど。
最近は学院があり勉学の方に力を入れ、聖女としてお勤め回数は減っているが為に根回しは済ませてる。私がやるはずの仕事を誰かが肩代わりしてくれているのは明らかなので、他の聖女の人たちや治癒を施せるシスターたち。そして遠征に同行する軍や騎士団の人たちにも。
「それに魔術の授業でも貴方は碌に発動できていない。そんな者が聖女としての務めを果たすことなど出来るはずがありません」
魔術師団長子息の青髪くんだった。確かに広域殲滅魔術をぶっ放す聖女さまも居るけれど……。『聖女』というのは称号であって、個々人の能力にかなり左右される為に適材適所で配置される。この辺りのことは王国や教会は黙っているので、知らなくてもしかたない。
なんでもできる万能型ではないし、学院の魔術の授業は基礎をすっ飛ばした応用編。普通科に進む予定だったのに特進科へと転科になってしまったので、攻撃魔術に関してはおろそかにしており基礎や初歩しか使えなかったから仕方ないのだけれど。
反論したらしたで恐らくまた『卑しい者』と言われてしまいそうなので黙っておく。
沈黙は金なり。――よく言ったものだ。
「――反論する気もおきぬのか……アリスに詰め寄ったことを謝っていないそうだな、貴様はっ!」
彼女と話したかったけれども、貴方たちがしっかりとガードしてて近づけなかったのです。彼女の家を知らないし、家に行ってまで話すことでもないしなあ。どうしたものかと考えていると、意外な所から助け船がやって来た。
「みんな、止めようっ! ――私にはみんなが居るけれど、彼女はクラスにお友達がいないから寂しいんだよっ! きっと!!」
五人と私の間に入り、両手を広げてヒロインちゃんは叫んだ。ぐさり、と胸に刺さる言葉を彼女は口にした。いやだって特進科はお貴族さまと平民二人しかいないのだから、交友関係は随分と限定される。
で、唯一友人になる可能性があった彼女は殿下たちと仲良くなっているのだから、原因の一端は彼女のような……。
いや、人のせいにするのは良くないなあと頭を振ると『アリスは優しいな』とか『目の前の女とは大違いだ』とか好き勝手言っている。
早くこの状況から逃げられないものか……と頭を抱えるのだった。