0019:諭すのは難しい。
2022.03.07投稿 2/2回目
物陰になっている所為なのか、階段横は少し薄暗い。
「こんな所で、なにを?」
警戒したように私に問いかけるヒロインちゃん。この場所は死角になっているし、密談をするには丁度良いスポットになる。逆に相手を問いただしたり締め上げたりする時も、好都合な場所になってしまうので彼女の警戒は理解できる。
「んー……聞きたいことがあって。ごめん、あまり人に聞かれたくはないからこんな場所になった」
同い年だし、彼女は貴族ではないのだから、タメ口でも構わないだろう。口調が上から目線になるのは良くはないだろうけれど。
「そっか。それで、なにかな?」
中庭で貴族の女子に囲まれたことがある所為なのか、随分と警戒している。その様子は子猫が逆毛を立てているみたいで微笑ましくはあるけれど、私が今から問いただす内容が内容だった。私が彼女を本気でボコるならばジークとリンを連れている。武力に関してなら二人の方が、圧倒的に強い。
「婚約者のいる人と、どうして仲良くしているの?」
仲良くなるのは悪いことじゃない。ただ貴族と平民である以上、節度や距離感は大事な訳で。
「え、どうしてって。――仲良くなっちゃ駄目なの?」
ああ、問題は彼女が貴族のルールを認知してないことがそもそもの発端なのか。彼女に詰め寄った人たちは、婚約者のいる人、というより異性と安易に触れないのが当たり前で、目の前の彼女も知っていると勘違いしていたのだろう。
そりゃ諭す人がいないならば仕方ないけれども、彼女が侍らしている男子たちも注意しないのはどうだろうと疑問を呈してしまうが。
思春期真っただ中の男の子が可愛い女の子に無邪気に言い寄られたらほだされるのも仕方ないけれど、ハニートラップの可能性を導き出せないのは貴族としてどうなのだろう。ワザと引っ掛かっているかもしれないけれど、周囲に根回ししている様子はないから、演技や彼女を騙しているということはなさそうだった。
「学院だからダメってことはないだろうけど、相手は貴族の人たちだよ。住む世界が違うから、常識やルールも違ってくるのは分るよね」
王立学院じゃなくて、普通の……王都にある他の教育機関であれば良かっただろうね。彼女自身もこの学院に通うより、そっちに通った方が良かったのかも知れない。
「え?」
え、って……。自然に口から漏れた彼女の言葉に頭を抱えそうになるけれど、ぐっと我慢する。私が呆れた様子をみせれば、彼女も不快に感じてしまう。出来れば穏便に諭したいのだから。
「貴族の女子の子たちがメッサリナさんに怒ってる理由って、異性にみだりに触れてはいけないってルールがあるからだよ。婚約者が居る人や既婚者なら特に敏感になる問題だから」
街中で無邪気にじゃれ合う子供じゃないし、平民同士ならばああして男の人を連れまわしても大丈夫だろう。何人も男の人をキープしても問題はあまりない。彼女、可愛いし。まあ常識的には周囲から冷めた視線でみられるだろうけれども。
「でも私は貴族じゃあないよ」
「確かに。でも相手の人は貴族だよ。この学院に居るほとんどの人がそう。その人たちには立場や義務があるからね」
どう伝えれば、彼女が納得して正確に理解してくれるのだろうか。私には社会人としての経験があるし、時間は短いけれど公爵さまとの付き合いもあってその時にいろいろ学べることがあったから、ある程度は貴族というものを知っているけれど。
「学生なのに?」
「学生でも、だよ。言葉はすごく悪くなるけれど、領地の人たちから税金を取って、そのお金で暮らしている人たちだ。もちろんお金を取るだけじゃなくて、有事の際は命を懸けて領民の為に戦わなきゃいけないこともあるけれどね」
「命を懸ける……?」
王都育ちだからその危機感は薄いのだろう。魔物や魔獣の脅威は辺境領の方が高いし、隣国が攻めてくるのも辺境からだ。仮に王都が火の海に包まれてしまえば、王国は終わりといっても過言ではない。だからこそ国境沿いや、地政学的に危ない場所は爵位の高い軍事に長けた家が領地を護っている。
「魔物や魔獣の被害から領地を護らなきゃいけないし、隣国が攻めてくれば指揮官として現場に立たなきゃいけないよ」
この場合は爵位持ちの人や嫡子の人だろうけれど、領地が危機となれば親族一同呼び戻されるだろうから、危険な場所へ向かわなければならないのは一緒である。
「カッコいいんだね……!」
ズッコケそうになった。
確かに騎士服や鎧を纏っている人たちはカッコいいけれども……! 彼女のズレた感覚に頭を悩ませこれ以上は無理なのだろうかと諦めそうになるけれど、もとよりこういうタイプの子に言葉が伝わり辛いのは経験済みである。頭にお花を咲かせている場合じゃあないんだよと心の中で愚痴りながら、もう一度気合を入れなおした。
「そうだね。――覚悟を決めてる人はカッコいい。ならその人たちの顔に泥を塗る訳にはいかないよね?」
「泥なんて私は塗ってないよ! それにみんな私に優しくしてくれるものっ! 笑顔が可愛いねって、無邪気な君が好きだよって! 家でもパパとママはそう言ってくれるよっ!!」
パパとママときたか。十五歳ってこれくらいの幼さだっけ。反抗期を迎えて、糞親父とか糞婆とか口にしそうだけれども。
擦れた子供時代を過ごしたものだから、どうにも一般的な十五歳がよく分からなくなってきた。
「家ならそれでいいけれど、学院だからね。人目もあるし十分に気を付けた方がいい。実際、クラスの子たちに詰め寄られて嫌な思いしてるでしょ?」
「でもっ、詰め寄られたからって優しくしてくれるお友達を突き放したくないよっ!!」
「気持ちはわかるつもりだよ。でもその友達の立場を悪くしてるって考えたことはある?」
理解したならゆっくり彼らからフェードアウトすることもできる。今ならまだ間に合うんだよ。長くなるほど、目の前の少女と殿下を始めとする男子生徒の立場がどんどん悪くなっていく。
「え?」
思ってもいなかった言葉が彼女に刺さったのか、目を丸く見開いた。
「メッサリナさんはそれでいいかも知れないけれど、相手の人は立場を悪くする時だってあるから」
この国の王太子は既に決まっており第一王子殿下だから、第二王子であるヘルベルトさまが立太子する可能性は天変地異でも起こらない限り低い。貴族だから派閥があって第一王子殿下を引きずり降ろそうと企んでいる人も居るかもしれないが、こちらも成功する可能性は低いだろう。
それに第二王子殿下にも政に関しての仕事はあるだろうに。その為に今現在、乳兄弟である側近や将来の重役に就くであろう年の近い人が彼の周りを固めて、予行演習をしているのだろうし。
「…………そう、なんだ」
「少しクラスでの立ち回り方を頭を冷やして考えた方が良いよ」
「うん、考えてみる」
下を向いてスカートの裾を力強く握りこんでいた。本当は家同士の確執や女子特有の派閥やらも伝えるべきだろうけど、考えることが出来るのならば全てを説明する必要はないだろう。
「説教臭くなってごめん。でも、このまま続けてもお互いに良いことなんてないだろうから。――それじゃあ」
頭を軽く下げて踵を返すのだった。