0017:昼休み。
2022.03.06投稿 3/3回目
――ついに……この時がきてしまった。
各派閥に別れている女子だけれど、この時ばかりは共闘戦線を選び手を組んだようだ。我慢のならなかった女子たちがヒロインちゃんを取り囲んで、責め立てている。滑稽なのは婚約者本人ではなく、その取り巻きをしている子たちであり家格の低い人が多かった。
「あなたっ! 殿下や他の殿方の周りをうろちょろして一体どういうつもりですかっ!! しかもその中には婚約者がいらっしゃる方も居るというのに!」
「?」
首を傾げると同時、ゆるいウェーブの掛かったピンクブロンドの髪が揺れ、瞳はきょとんとなっている。状況がつかめていないのだと片手で顔を覆う。参ったなあ。教諭たちが居る職員棟までには距離があるし、今から走っても間に合いそうにない。
「平民だからといって許されるとお思いになっていらっしゃるのかしら? でしたら甘いとしか言いようがありませんわねっ!!」
「あの、どういうことでしょうか? わたし、なにかしちゃいましたか?」
昼休みの人目に付き辛い中庭の一角。たまには一緒にお弁当をと幼馴染三人が集まって食べ終え、日向ぼっこも兼ねて図書棟から本を借りていたので読書に勤しんでいたというのに、中庭の死角になっている場所で締め上げ行為が始まっていた。
「……正直関わりたくはない、というか関わらない方がいいな」
「……」
ジークがぼそりと呟き、リンは目を細めて状況を見ている。
「だねえ。――とはいえ、口までならいいけれど手が出そうなら止めないと」
一応学院内だ。貴族の人が平民を下にみているのは周知の事実なので、こういう時の為の学則が存在する。
魔術なんてものが存在するし、魔力さえ備わっているのならば基礎や初歩魔術であるなら割と簡単に使えてしまうのだ。手を出せば貴族の少女たちは負けになるから自制は効いているはずだけれど、頭に血が上っているようなのでどんな行動に出るのかが分からない。危なそうなら、止めに入った方がいいだろう。
「ナイ、行くなよ」
「いや、見ちゃったし不味いでしょうこの状況。お互いに得がないよ」
ヒロインちゃんは貴族のご令嬢たちに囲まれている理由も理解していないようだから、彼女たちが去った後にひっ捕まえて理由と対策を教えないと、まともに学園生活が出来なくなる。
今のところただの弱い者いじめにしか見えないし。理解していないなら学べば良いだけである。学院内だけで問題が留まるならまだいいけれど、各家に報告でもされたらどんな処遇になるのか想像したくはない。舌打ちをしたくなるのを我慢しながら、状況を見守ってタイミングを見計らう。
「――何をしている!」
唐突に落ち着いた澄んだ、でも少しばかり怒気を含んだ声が中庭の片隅に響く。
「で、殿下っ!」
取り囲んでいた貴族の子たちが、彼を視認した瞬間にばっと頭を下げた。ヒロインちゃんだけ状況を理解できていないのか、またしてもきょとんとしていたが頬が紅潮していたからヒーローがやって来たとでも考えているのだろうか。
「一人を多数で取り囲み、口々に罵るなど貴族としての品格に欠ける。今回は一度目だ、見逃してやろう。理解したならば去れ」
右手で彼女らを追い払うようなしぐさをとった殿下。言ってることは的確なんだけれど、殿下のやってることは結構彼女たちと同じでは、と訝しむ。婚約者がいるのにヒロインちゃんとの距離感がバグっているのだから。
頭を悩ませていると、蜘蛛の子を散らすように彼女を取り囲んでいたご令嬢たちが去っていく。流石に一年生で一番権力を持っているであろう殿下には、文句は言えなかったようだ。気が強ければヒロインちゃんの駄目な所を殿下に諭して、悔い改めてもらうのが本来の行動のような気もするけれど、そこまでの胆力はなかったみたいで。
「ありがとうございますっ! ヘルベルトさま!」
ばっと両手を前で揃えて頭を勢いよく下げるヒロインちゃんに、目を細めて微笑む殿下。いや、名前で呼ぶことをいつの間に許可したのだろうか。というか目を合わせて見つめ合うな! 視線を合わせるな! と心の中で叫ぶのだけれど届くわけはなく。
「いや、気にするな。大勢でよってたかって君を責めているのが見えたからな」
見たのは良いけれど取り囲んだ経緯も聞かないまま一方を悪者にして追い払ってしまったし、状況を彼女から聞くしかないのだけれどその雰囲気が一向になさそう。
殿下は女の機微というか、女子特有の社会システムに疎いのだろう。男の人だから仕方ないけれど、今回のことは遺恨を残してしまうだろうに。彼が下手な勘違いを起こさなければいいなあと横目で見守りつつ、流石にこれ以上は出歯亀になりそうだし、なんか甘い空気を二人で醸し出している。
若い人が恋に燃えるのは構わないけれど、身分や権力を持っている人がその分を弁えないと痛い目を見るのは、古今東西老若男女、どの世界でも一緒だろうに。
彼が公爵令嬢さまを正妻に置き、彼女が愛妾――身分的に側室ポジションすら無理――という立場で満足できるのかは謎。まあいろいろと抜け道もあるけれどね。外面だけでも整えて、内面はぐちゃぐちゃのどろどろでも問題は表面化することはないのだし。
「リン、見ちゃ駄目だよ。――行こうか」
教育上よろしくありません。あんなものは見ない方がいい。
「だな。これ以上は見ていられん」
そう言って午後の授業を受けるために移動を開始する。しばらく並んで歩いていると、はあとジークと私が長い溜息を吐いた。本当に最近は溜息が多いよなあと、ジークと顔を見合わせて苦笑したのだった。