0161:飛翔。
2022.05.08投稿 2/4回目
――そう言えば。
結局のところ卵さまは誰の管理となるのだろう。代表さまは卵さまに触れることが出来たし、彼に預けてしまっても……というか亜人連合側で管理をお願いしたい。いまだ私の手の中にある卵さまから視線を外し、エルフの街の広場に立っている代表さまを見る為に前を向く。
「代表さま」
「どうした、聖女殿」
先程まで怒りを顕わにしていた方とは思えない、優しい声色だった。
「その……ご意見番さまの卵の扱いについてです」
「君で良いだろう。――何せ君の魔力で育っているようだからな」
「確かに私が魔力を練る度に大きくなっていきましたが……」
半ギレして暴走させた結果の末に卵が育ったという、恥ずかしい過去もあるけれど。言わなきゃセーフ。知らなきゃセーフ。
「何が不満だ?」
私の顔をじっと見降ろす代表さま。首が痛そうなのでチビでごめんなさいと心の中で謝っておく。
「不満……不満、なのかもしれません。――自然に生きて自然に還ると仰られていました。ならば彼の住処であったこの地で過ごすのがご意見番さまの卵にとって、一番良い道ではと」
王国に持ち帰っても盗難とか紛失とかすれば悲鳴もの。そうなれば亜人連合側が激怒する案件だ。またアルバトロス王国の上層部を騒がせる羽目になる。
「仮にご意見番さまの卵が孵ったとして、私たち人間に竜を育てる知識は皆無。この国では竜が住むと聞き及んでおります。ご意見番さまの卵の世話は同族である方々が適任かと」
「確かにな。だが……――まあ、いいだろう卵を寄越してくれ」
「はい」
よかった。ようやく正しい場所へと戻ったのだ。私が卵さまを所持したまま孵ったとしても、扱いきれないだろう。幼いだろうから、知識もない可能性もあるのだ。自然が溢れているこの場所ならば、何をしても問題はない。餌はどんなものか分からないけれど、狩りは同族が教えてくれるだろうし。
約四日間だけだけれど、扱いを悪くして申し訳ないと謝りながら代表さまの手へ丁寧に返した。
「君は欲がないな。人間ならば欲しがるのが普通だと考えていたが」
「私には竜の餌や住処を用意できるほどのお金を持ち合わせておりませんし、ご意見番さま程の竜を私が世話をする訳にもいきません」
可愛い可愛いで飼えるなら、飼うけれど。現実は世話に明け暮れ、暴れたら飼い主として責任を取らないとだし。糞尿の処理も大変だろう。病気になったら治すことになるけれど、私の魔力で足りるのやら。
兎にも角にも卵さまは代表さまの手へ渡ったのだ。これで肩の荷が下りた。
「さて、この国の代表としての仕事は終えた。ここから先は個人的な願いを聖女殿に伝える」
ということは断っても構わないという、代表さまなりの気遣いのようだ。エルフのお姉さんたちは、こちらのやり取りを面白おかしそうに見ているし。個人から個人、というわけではなく個人から聖女へのお願いのようだけど、一体何を言われるのか。少し身構えて代表さまと向き直る。
「――彼の方の想いを汲み取り空へ魂を還したこと、竜族を統べる者として感謝する。出来れば、同胞たちとの面会を頼みたい」
また頭を下げられる。個人って言ったけれど、その個人が一国を背負う代表さま。規模が大きすぎる。だが彼にも面子がある。受け取らないと失礼だろう。
「感謝、受け取りました。――面会は構いませんが、時間の確認だけさせて頂いてもよろしいでしょうか」
タイムスケジュールがどうなっているのか、良くわかっていないので一度確認しておきたい。どのくらいの交渉時間が取れるか分からないと言っていたので、余裕はある程度確保しているはずだけど。
「ならば私から確認しよう」
そう告げて殿下たちの下へと行く代表さま。歩幅が広いので歩く速度が早い。というか、代表さまが殿下と話を付けるなら、殿下は彼の言葉を飲むしかないような。代表さまの優しさなのかなと思ったのだけれど、案外強制的なものだったりするのかも。このお願いは。
「承諾は貰えたぞ。時間も余裕があるそうだ、行こう」
「あ、私が一人で行動するのは禁止されているので、護衛を二人同行させても……」
王国に戻ったら事細かく報告書にまとめなきゃならないから、私が一人で行動したことがバレると不味いもの。ジークとリンの同行は最低限必須事項。
「……赤毛の双子か?」
「はい」
「仕方ない、分かった。――あと少し待っていてくれ」
代表さまが持っていた卵さまを手渡され、そう言って彼は街の外縁、誰も居ない木の後ろへ隠れて暫くすると、竜の姿で現れた。
――でかっ、でっか!!
黒光りしている巨大な竜。地響きが起こってもおかしくはなさそうだけれど、それがない。魔術的な措置でも取っているのだろうか。生で竜を見る羽目に……あ、この国竜が住む国だった。でもこんなに近くでお目にかかれるとは。
『待たせた、乗れ』
竜の姿でも喋れるんだ……。乗れと言われても、巨体を這いあがるには随分と苦労する気が。それに土足で代表さまの背に乗るのもなあ。地面に身体を付けて伏せているけれど、それでも高低差が結構あるわけで。
『どうした、遠慮はいらんぞ』
急かしてくるけど代表さま……足場がないしどう乗ればいいのやら。
「いやあ、女の子によじ登れは無理なんじゃない、代表」
「そうだよ~デリカシーなさすぎだね。代表は~」
私たちのやり取りを眺めていたエルフのお姉さんたちが、軽い調子で口を出してくれた。
『む。――しかしな……』
「騎士の二人に先に乗って貰えばいいんじゃないかしら?」
「ああ、そだね~。出来るかな~?」
そう言ってお姉さんBがジークへ顔を向けた。
「はい。しかし、我らも代表さまの背へ乗ることになりますが……」
『構わない、同行を許可したのは私だ、気にすることはないぞ』
「了解いたしました」
どうやら代表さまの背に乗ることは決定したようだ。けれど土足というのは頂けない。
「ジーク、リン。靴、脱ごう」
いくら気にしないと言われても気になるのだから仕方ない。なので最低限の礼儀というか、そういうものを見せておかないと。土足で他人の身体に乗るのはちょっと。土足で家の中に入るようなものだし。文化だから仕方ないと割り切っているけれど、いまだに慣れないことのひとつにあげられる。
「わかった」
「うん」
「そんなに気にしなくても」
「ね~」
『余計に気を使わせてしまったな、すまない』
いそいそと靴を脱ぎ始める三人に、両腕を組んで苦笑いをしているお姉さんズ。代表さまの顔は良く分からないけれど、なんだかしょぼくれているような……。
「失礼致します!」
『ああ。気にせず登れ』
「リン、俺が先に行くから、ナイを支えてくれ」
そう言い残してジークが代表さまの身体の取っ掛かりを見つけて、するする登って行った。鍛えている人は違うなあと眺めていたら、登り切ってしゃがみ込む。
「ん。――ナイ、お尻支えるね」
「うん。お願いします」
ジークと比べると随分と不格好な登り方となってしまったけれど、どうにか代表さまの背へ登ることが出来た。下でお姉さんズやアルバトロス王国の面々が笑っているけれど、一切無視。リンがジークの手を掴んで、背に乗った。
『では、飛ぶぞ。振り落とされることはないだろうが、適当に掴んでいろ』
代表さまが言葉を発した直後、背中から生えている巨大な羽が広がって何度か羽ばたく。静かに地面から身体が浮き、次第に高度が上がっていく。エルフの森を抜けると、そこは山々が連なる肥沃とは言い難い大地が一面に広がっている。
よくこんな場所に住めたものだと感慨を抱くけれど、彼らを追い出したのは人間だ。その事実に目を細めて、人生で初めて大空を飛ぶという体験をしたのだった。