0016:授業開始。
2022.03.06投稿 2/3回目
入学から二日目。
今日から授業が始まった。特進科となるので難しい内容のものも多いと聞いているのだけれど、流石は公爵さま。
私が転科することを知っていたらしく、すでに対策を取っていた。どこから情報を得たのか知らないけれど、本当に耳が早いというか。昨日の夜に届いた手紙には、予習本を送ってやろうと文字が躍ってたので、数日後には使いの人が教会の宿舎にやってくるのだろう。予習本を送ってもらうよりも普通科に留まることをお願いしたかったと昨晩は嘆いたものだ。
「あなたはどちらの方に付きますの?」
「もちろん寄り親であるハイゼンベルグ家のソフィーアさまですわね」
「あら、あなたはそちらへ。――私はセレスティアさまに従います」
昼休み食事を終えて教室へと戻った女子たちの間でこんな会話が繰り広げられているのである。もちろんこんな会話が聞こえてくるので男子生徒は居ない。部外者の私が聞いていいものかと冷や冷やするけれど、彼女たちは平民である私に聞かれても問題はないと判断したのだろう。
壁に耳あり障子に目あり、と言われて久しいのだから――もちろんこの国や世界ではないけれども、格言はどこでも通じるものがある――用心するに越したことはない。
脇が少々甘いのではと目を細めつつ、自身の机でぼーっと教室を眺めていたら昼休みが終わり、昼の授業が始まった。そこから先はつつがなく予定を終える。
そうして同じような日々を過ごすこと一週間が経った。
教室内は落ち着いた雰囲気ではあるものの、ある程度のグループ分けが済んでおり、私は見事に孤立してた。
もう一人の平民出身の彼女は上手く男子たちに取り入って、このクラスのマスコットキャラと化して女子からは顰蹙を買っているのだけれど、上手いこと立ち回って衝突する危機は回避している。手際の良さに感心しながら、いつまでも続くものではないと危ぶんでいるのだが。
「う~ん、難しいなあ……」
一限目の授業を終えた休み時間。教室のど真ん中で割と大きな独り言が響く。確か彼女はアリスさんといったか。
ほぼ貴族だけの特進科なので、こういう独り言ってあまり推奨はしないのだけれども。大丈夫かなあと心配していると、彼女の背後に近づく男子。
「分かりませんか?」
男性としては少し長い新緑色の髪を揺らしながら、にこやかな笑顔を浮かべて殿下の乳兄弟であり側近候補の緑髪くんが声を掛けている。
ズレた眼鏡の位置を直しながら彼女の肩にしれっと手を添えているのだけれど、これ大丈夫だっけ。彼に婚約者がいるのならば結構な問題のような気もする。
「!」
「!!」
教室内にいた約二名の女子が、とんでもない眼光で教室のど真ん中で繰り広げられる光景を見つめていた。
ソフィーアさまは第二王子殿下の婚約者だそうな。平民への告知は学院卒業後に発布するそうで、貴族の人たちの間では公然の秘密だそうだが。ドリル髪が特徴の辺境伯令嬢さまも近衛騎士団団長の息子であり伯爵家の嫡男であるクラスメイトと婚約関係にあるそうだ。彼女の持つ鉄扇がぎしりと異様な音を醸し出した。ちなみに緑髪の側近くんも、年下の婚約者さまが居るそうで。
数日前からこの風景は日常と化していた。
なぜか彼女を中心に男子生徒が集まっている。それも有名な貴族ばかりで殿下の側近四人を含み、あろうことか第二王子殿下も彼女との距離を突然詰めていた。
当然そうなると教室の女子の怒りを買ってしまうのは、ふたりが視線で射殺しそうなほどの眼光を向けている時点で察せるのだけれど、ピンクブロンドのヒロインちゃん――……ここ数日の出来事で心の中でこう呼ぶことにした――が気付く様子は全くない。
鈍いのか無視を決め込んでいるのか分からないのが怖い所だ。
女としての演技力が高ければ無自覚で男子を垂らし込んでいると思い込ませることができる。
そう判断するのはまだ早計だろうし、何かが起こると決まった訳ではない。
むしろこの状況ならば、彼女の暗殺計画あたりでも誰かが企てそうだけれど、学生の身分だし成人はまだなので爵位を持っている人は居ないので、まだそうなるには時間があると願いたいが。
ふうと深い溜息を吐いて、頭を抱えたくなるのを堪えるのだった。