1498:将来の心配。
エーリヒさまとジークの領地視察を終え、アストライアー侯爵領領主邸へと戻っている。
これまで大きな領を見て回っていたから、同じ規模の場所はフライハイト男爵領以来だった。ベナンター準男爵領もロウ男爵領も寂れていた頃のフライハイト男爵領と違って活気があった。もちろん領地の規模は小さくて発展する余地は少ないのかもしれないが、領主さまの方針ややり方次第だろう。
どちらの領もどう変わっていくのか楽しみだ。そしてヴァルトルーデさまは二つの領地からパンを手に入れ、食べ比べをするようである。大事そうにパンを抱える大陸を創造した女神さまという絵面に妙な感覚を覚えるものの、興味を持っていろいろと動いている姿を見るのは面白い。
「美味しいと嬉しい」
「どうでしょうか?」
「ナイの家のパンに敵うとは思えねえがなあ」
馬車から降りる直前にヴァルトルーデさまがにんまりと笑って呟いた言葉に、私とジルケさまは苦笑いを浮かべる。同乗していたソフィーアさまとセレスティアさまは『女神さまが平民の食べ物を口にするとは。しかし……』『ヴァルトルーデさまですものねえ』と言いたげな表情で沈黙を貫いていた。
私は私でロウ男爵領の方たちから熊肉と猪肉を頂いているため、近々で食事として提供して欲しいと料理長さまにお願いする予定だ。個人的にパンより熊肉と猪肉の方が興味があるかもしれない。
元いた場所ではジビエとして提供されており、結構な値段で売り出されていた。私は高いと判断して口にすることはなかったため興味がある。ガル男爵領の人たちにとって貴重なタンパク源であるが、私たちがくると知りわざわざ森に入って獲ってくれたそうだから美味しく頂かねば失礼だろう。
しかし私が食に対しての好奇心が強いことで、調理部の皆さまには大変な苦労を掛けている。
二柱の女神さまがご滞在していることや、神の島で料理番を担っているディオさまが研修に訪れたことも結構負担になっているのではなかろうか。ボーナスを上乗せした方が良さそうだなと馬車の扉を潜れば、ジークが手を差し伸べてくれていた。
いつもの侯爵家の騎士の格好で。領主姿も良かったけれど、やはり見て落ち着くのは彼の騎士服姿だよなと目を細める。ふと、リンの領主姿も見たかったと思うものの、本人は領地運営に興味がないのだから仕方ない。背が高くジークにそっくりだから似合いそうなのに勿体ない。それにリンのドレス姿も見てみたい気もする。赤髪に紫色の瞳だから、割と濃い目の色のドレスが似合いそうである。ひらひらしたものよりも、身体のラインを見せる衣装の方が映えそうだ。
ジークのエスコートを受けたあと、馬車回りから玄関先へと向かっていればリンが私の顔を覗き込む。
「ナイ?」
彼女に私が『ん?』と返せば、小さく首を右へ傾げた。
「なにか考えてる」
「ふと、リンのドレス姿を見てみたいって思いついて、どんな衣装が似合うかなって考えてた」
リンが私が考え込んでいるとこうして問いかけることが多い。黙っていることでもないからと私は正直に打ち明ければ、彼女は一瞬だけ考える素振りを見せて小さく笑う。
「ナイの護衛を担っているから、ドレスは着ないね」
「リンならどんな服でも着こなせるでしょ。機会があれば見てみたいな」
それこそバニーみたいな衣装でも。凄く不機嫌な顔で纏っている姿しか思い浮かばないけれど、ばっちり似合うはずである。ヴァルトルーデさまも似合いそうだが、滅茶苦茶不機嫌になりそうだ。ジルケさまは、まあ……私と似た背格好のためお察しである。他にも似合いそうな面子がいるなと考えていれば、私の後ろを歩いていた方たちがきょろきょろと顔を動かした。
「なんだか寒気がする」
「嫌な感じがしたな。なんだこれ」
ヴァルトルーデさまとジルケさまがなにかを感じ取ったようだけれど、理由までは分からなかったようである。私の内心が露見すると皆さまから白い目で見られそうだ。
もう考えるのは止めようと小さく頭を振って、玄関前で出迎えてくれている家宰さまと屋敷のお偉いさん方に私は『ただいま戻りました』と声を上げた。そのまま執務室へ向かい急ぎの仕事を捌き、ユーリの寝顔を眺めてその日は就寝するのだった。
――翌日。
執務室でちょっとした相談事を家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまに聞いて貰っていた。まあ本当に些細なことであるが、ユーリを南の島へ連れて行こうかと悩んでいることを打ち明けただけである。家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまは『まだ早い』という結論を直ぐに出し、私も私で『やはりか』と苦笑いを浮かべるしかない。
「社交性を身に着けて欲しいのですが、まだまだ早いですかねえ」
そろそろ二歳を迎えるため、個人的にユーリには少しづつ外の空気に触れて欲しい。ユーリは初めて会う方に警戒心を持っているから、もう少し子供らしく無邪気に絡んでも良いのでは、なんて思ってしまうのだ。
「貴族の幼い子供は屋敷から出さないことが基本だからな。あるとすれば領地と王都のタウンハウスくらいだろう」
「あまり聞きませんわねえ。五、六歳くらいまでは屋敷で過ごし、七、八歳くらいで同年代の子と交流を持つのが一般的ですわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまの声にあと四年近くユーリは外に出られないのかと私は目を細めてしまう。侯爵邸は随分と広いし子供にとっては広い世界かもしれない。でも限られた人たちと会うだけでは、いろいろと情緒の成長に制限が生まれてしまうのではという心配がある。
「そもそも誰かと馴染むより、ユーリの遊び相手を務められる者はたくさんいるではないか」
「ええ。ヴァナルさんにフソウの神獣さま。カエデとツバキとサクラ、ガブリエルとジョセフィーヌにルカとジアと生まれた仔、他の天馬さま方にジャドさまにおばあとグリフォンの皆さまがいらっしゃいます」
情緒を育むのであれば十分な環境下だとソフィーアさまとセレスティアさまが首をうんうんと縦に動かす。そして家宰さまが苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「女神さまに抱き抱えられる赤子もアストライアー侯爵邸に住まう者だけでしょうし」
家宰さまの声に私が無言で考え込んでいると、ソフィーアさまとセレスティアさまが真剣な表情を浮かべている。一体なんだろうと私が視線を向けると、お二方は意を決したかのように言葉を紡ぐ。
「ナイ。ユーリの心配をするのは構わないが」
「一番心配すべきは、ユーリが世間の常識を身に着けられるかどうかでは?」
至極真っ当な突っ込みに私はなにも言えなくなる。確かにユーリや託児所の子供たちは時折、ヴァルトルーデさまとジルケさまが遊び相手になっているからトンデモな事態であるが……二柱さまが子供たちに遊んで貰っているような気がしてならない。
それを口にすれば『不謹慎だ』と言われそうだから、私はあえて言葉にしないけれど。たしかにアストライアー侯爵邸であれば情緒を育むのに十分な環境であるが、外へと出たユーリが『魔獣や幻獣がいない?』と不思議がらないだろうか。ましてや女神さまの存在が身近過ぎて、他家にも女神さまが住まわれていると勘違いしないだろうか。
私は前世の記憶持ちで貧民街出身の孤児だから、アルバトロス王国の常識に疎いところがある。ジークとリンもその点は苦手だろう。クレイグとサフィールの方が常識ならば私たちより詳しいかもしれない。
ソフィーアさまとセレスティアさまは生粋のお貴族さまだから、貴族の常識はきちんと身に付いている。この辺りはユーリの貴族教育はお二人にお願いしても良いかもしれないと考えてはいるが……常識、常識ねえ。
ユーリの乳母さんたちにお願いすべきであろうか。側仕え候補のアンファンも貧民街出身だし、他国出身だからアルバトロス王国の常識となれば得意ではないはず。
『ナイが凄く考え込んでる……大丈夫だよ。小さい子はね、周りを見ながら大きくなっていく。だから周りがしっかりとした考えを持っていれば気にしなくて良いんだよ~』
えっへんと肩の上で胸を張るクロに私は目を細めた。
「喋る竜が近くにいる環境なんて早々ないんだよ、クロ。それが当たり前になるなんて、どうしよう……」
そう。普通、喋る竜が側にいる環境なんてあり得ないから、ユーリの常識をどう身に着けさせれば良いのだろう。屋敷で過ごす限り、女神さまも幻獣や魔獣がいる環境だ。ぐぎぎと歯噛みしているとクロがこてんと首を傾げて驚いた顔になる。
『え、今更なの?』
「今更だな」
「今更ですわねえ」
「なるようになるかと」
驚いているクロに追随してソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまも声を上げる。護衛として控えているそっくり兄妹は沈黙を守り、床で寝そべっているヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。
「常識より良識を身に着けて貰おう」
ユーリが世間の常識を身に着けるのは至難の業であるような気がしてきた。それならば人としての良識を学んでいれば、友人関係等でトラブルにはならないはず。
私の呟きを聞いたソフィーアさまが『諦めたぞ』と口にして、セレスティアさまも『諦めたようですわね』と口にしている。家宰さまは苦笑いを浮かべ、私の様子を見守っているだけだ。ジークとリンも特になにも言わないから、他愛のない会話だと認識しているようだ。
もしユーリに世間的な良識が身に付かなければ、亜人連合国に向かわせてみるのもアリだろうか。豊富な魔力を持っていればダリア姉さんとアイリス姉さんが魔法を仕込んでくれそうだ。
はたまたたくさんの竜の皆さまから気に入られ、屋敷に戻ってくる姿を思い描いてしまった。どれもあり得そうなことだから、ちょっと亜人連合国は預け先や留学先としてナシであろうか。ボルドー男爵さまに預けると『ヒャッハー!』思考になりそうだし……ヴァイセンベルク辺境伯家に向かえば大樹の下で過ごしている竜の方たちが、ユーリの面倒を見てくれそうである。
いっそアルバトロスの陛下に預けるのもアリだろうか。王家であれば凄く真っ当な教育を施してくれそうである。お金は凄くかかるかもしれないが。
それはそれで良い方法かもしれないと納得して、仕事を再開させるのだった。
あけましておめでとうございます! 今年も頑張って投稿を続けたいなあと考えておりますが、商業化の作品に取り掛かるため、魔力量歴代最強~の投稿を止めることがあるかと思います。その時はまたどうぞ、よろしくお願いいたします~!┏○))ペコ
魔力量~コミカライズは順調に動いております。公表して良い時期になれば、また皆さまにお伝えいたしますねー!!(発表できるのが楽しみ!)






