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1496/1515

1496:準男爵家のとある従者。

 新たに当主となったエーリヒ・ベナンターさまはまだ歳若いお方である。そして生粋の貴族出身の成り上がりというのに随分と腰が低い。もし自分が彼と同じ状況で生きてきたならば、もっとこう高圧的に育っているはず。

 領地を治めているのはご当主さまではなく代官であるが、そのうち領地はきちんとご自身で運営されると仰られている。アルバトロス王国の外交官を務める人であるから忙しく、今はまだ領地運営に携われないそうだ。数日前、そんなご当主さまが急に領地へと戻ってきて代官殿と家宰殿と相談していた。そして数時間後、屋敷の者たち全員を集めてアストライアー侯爵閣下が領地の視察に訪れ一泊されるという発表があった。


 ご当主さまがかの有名なアストライアー侯爵閣下とご学友であったと聞いている。夏の時期にどこか遠くの島に向かいバカンスに向かうことも知っている。

 そして……アストライアー侯爵閣下の屋敷では女神さまがお過ごしになられているという噂も当然知っていた。本当であれば貴族が見栄を張るために流した嘘ではないかと疑うのだが、侯爵閣下は創星神さまの夢にも出ていた。だから嘘ではないと笑い飛ばすことができないし、嘘だと笑い飛ばせば下手をすれば首が飛ぶことになる。

 

 貴族の屋敷に勤める者として迂闊なことは言えないと、ベナンター準男爵家で働く者たちと一緒にうんうんと頷いていた。


 ――当日。


 ベナンター準男爵家における自分の役目は料理である。父親が料理人だった故に俺も目指すことになった。そして父親の伝手でベナンター準男爵家の料理長となることができたのだ。

 まあ、自分の経歴などどうでも良い。目下の問題は女神さまにお食事を提供する可能性があるということだ。ご当主さま曰く、アストライアー侯爵閣下はなんでも食されるとのこと。辛い物が少し苦手なため避けて欲しいと注意されたが、アルバトロス王国の貴族が好む料理に辛味の強い品はないから、その点は心配しなくて良かった。


 だが他に胃が痛くなるほどの心配事がある。そう。自分の作った料理を女神さまが食される可能性があるのだ。念のためご当主さまに確認したところ、女神さまが屋敷で食事を摂る可能性は凄く高いとのこと。

 そしてアストライアー侯爵閣下と同じく食べ物の好き嫌いはない方たちである、と。ご当主さまの『方たち』という言葉尻に引っ掛かりを覚えるものの、確認を取る暇はなかった。ご当主さまから提供された数々のレシピの中から、お客さまに提供する品を厳選しなければならないし、新たにパンのレシピとボルドー男爵さまから譲り受けたというワインの澱を預かったのだ。


 これは失敗できないと数日間、ほとんど寝ずに当日を迎えたのだ。


 晩餐会は立食形式にすると言われ少しは楽ができるかと思いきや、調理場は戦場の如く苛烈を極めていた。侯爵家という規模の大きい家の方がくるため人数が多い。

 好みも把握できていないために、量と品数で勝負することになった。ご当主さまも仕込みを手伝ってくれたのは本当に助かった。何故、貴族のお方が包丁を扱えると疑問に思うが、本当に綺麗な包丁捌きで手伝いを拒否できるわけがない。

 

 そんな修羅場を超えた深夜。食堂に残されている皿や寸胴を自分は見渡して息を吐いた。


 「女神さまに食事が提供されると聞いて戦慄していたが……この様子だと満足なされたようだな。流石、ご当主さまのレシピを再現しただけある」


 「本当にあの量を食べ切られるとは驚きです」


 自分と部下が食堂で佇みながら声を上げた。もちろん余った料理はベナンター家の者たちも食しているものの、本当に信じられないくらいの量を提供したのだ。それが綺麗に食べてくれているのは、料理人冥利に尽きる。

 

 「どうにか自分とみんなの首が繋がったな」


 「妙なこと言わないでくださいよ、料理長」


 「いや、侯爵閣下が不味いなんて口にした日には自分たち全員解雇されるからな」


 本当に貴族の世界は厳しいものであると、少し暗い屋敷の食堂で部下と苦笑いを浮かべていれば窓からグリフォンが顔を出す。ぬっと窓の外から大きなグリフォンが顔を傾げて自分たちを見ている。


 「ぎゃあ!」


 部下が目を見開いて声を上げ、自分は喰われてしまうのかと身構えるものの、そう言えばと大事なことを思い出した。


 「落ち着け、アストライアー侯爵閣下の従魔だ!」


 そう。侯爵閣下の従魔だから驚く必要はないと自分と部下に言い聞かせていれば、さらに大きなグリフォンがぬっと窓へ顔を寄せている。グリフォンが二頭いる状況に頭が追いつかなくなりそうだ。


 『驚かせて申し訳ありません。おばあはこの場所で皆さまが楽しそうに食事をなさっているのが気になったようで』


 頭が追いつかなくなりそうだというのに、大きい方のグリフォンは人間の言葉を操っていた。本当に信じられないと息を呑みながら、自分が窓を開ければ小さい方のグリフォンが窓から首を突っ込んで小さく『ピョエー』と鳴く。


 『おばあは匂いだけでも楽しみたいようです。お仕事の邪魔をして申し訳ないのですが、少しだけ居させてください』


 大きい方のグリフォンが目を細めながら自分たちに謝りつつ、小さいグリフォンの願いを叶えようとしている。微笑ましい光景ではあるが、一瞬で人間の命を奪える魔獣が二頭、いや庭に八頭過ごしているなんて。流石、侯爵閣下だと感心するとともに、自分のご当主さまは準男爵で終われる方なのかと頭を傾げながら片付けを開始するのだった。


 ◇


 エーリヒさまの家の料理は美味しかったと、ヴァルトルーデさまとジルケさまが甚く気に入っていた。侯爵家の珍しい料理の出どころはエーリヒさまのため当然の結果なのかもしれない。

 私もエーリヒさまの家の料理は美味しかったと言える。味付けが確りと施されており、好みの料理が多かった。立食形式だったこともあり、好きな料理を好きなだけ取れるのは有難い。独り占めは問題だからきちんと加減をしたはず。またベナンター準男爵邸のご飯が食べられると良いなと惜しみつつ食事会を終え。


 こじんまりとした客室で一泊したのだが、侯爵家の自室よりこれくらいの部屋の方が私の性格的に過ごしやすいな、なんて。陽が昇り、朝がきてベッドから起き上がれば『部屋が狭い』と呟きそうになったのは秘密である。

 着替えを終えれば、廊下に出ていたみんなが戻ってくる。私の肩の上に乗ったクロはいつもと違う環境だというのに、よく眠れたようでなによりだ。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも問題ないようだし、おばあと一緒に寝ると言った毛玉ちゃんたち三頭も外で元気にしているはず。


 『今日はジークの領地を見に行くんだよね~楽しみ~』


 肩の上のクロが声を上げる。そう。今日はエーリヒさまの所領からそのままジークの領へと向かうことになっている。今いる場所からほど近いため、ついでに見学させて貰おうとなったのだ。ヴァルトルーデさまもジークの領地がどんなものか興味があるので、期待していると仰っていた。ジルケさまはヴァルトルーデさまのお守りだと口にしていたが、美味しい物があれば目を輝かせるはず。

 

 借りた客室に侯爵家の面々が集まり、行こうかと私が声を上げる。


 朝ご飯をベナンター準男爵家で頂いていると時間を潰してしまうため、移動の馬車の中で済ませる手筈になっていた。そのため出発の時間は随分と早い。ベナンター準男爵家の馬車回りでエーリヒさまもお出掛けの格好で私たちを迎えてくれる。ジークも領主として立ち回るため、護衛の衣装ではなくかっちりとした貴族の服を身に纏っていた。ジークの手足は長く様になっている姿にほへーと私は感心していると、エーリヒさまとジークが口を開いた。


 「では、私もご一緒させて頂きます」


 「行きましょうか。面白いものや目新しいものはないかもしれませんが」


 エーリヒさまとジークはお互いに肩を竦めていた。こういうところは男性同士の気安さのようである。私が馬車に乗り込めば、ヴァルトルーデさまとジルケさまとソフィーアさまとセレスティアさまも同乗する。後ろにはベナンター準男爵家の馬車も加わり車列が増えていた。ゆっくり進み始めた馬車の窓からは朝陽が射し込んでいる。眩しさに目を細めながらベナンター準男爵領からロウ男爵領まで二時間の道程を楽しむことになった。


 「似た光景が続くね」


 「共和国やアガレスだったか。そっちと比べると見劣りはしちまうな。まあ南大陸もアルバトロスと同じようなもんだし。北大陸は年中雪だからなあ」


 ヴァルトルーデさまとジルケさまが窓の外を眺めながら声を上げる。ソフィーアさまとセレスティアさまは二柱さまの声に苦笑いを浮かべるだけだ。私は王都の街並みも侯爵領の街並も、エーリヒさまとジークの領地の町並みや景色も楽しいけれど。小さなところに着目すれば結構面白い違いが見られるのだ。


 石積みの壁の積み方に特徴が出ていたり、道路の石畳にも特徴が出ていたり。領主の人のセンスが問われるため雑多な領地に碁盤の目のように整っている領地とか見ると歴史を感じられる。

 ベナンター領もロウ領も新しい領主になったばかりで二人の特徴は出ていないけれど、十年、二十年後には味のある姿になっているかもしれない。エーリヒさまであれば日本の町を目指すこともできるから、私は内心で楽しみにしている。

 

 「ジークの領地がどんなところなのか楽しみですね」


 私が声を上げれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが目を細めながら見ていた。


 「ベナンター準男爵の町を見るより楽しそうだな、ナイ」


 「ええ。ジークフリードさんの領地がどんなものか気になりますわよねえ」


 そんなつもりはなかったけれど、お二人は私がジークの領地視察を楽しみにしているように見えるようだ。ジークからロウ男爵領はどんなところか既に話を聞いているし、博打を打たなければ赤字運営になることはなく無難な領地だとも。むーと私が考え込んでいれば、窓の外を見ていたヴァルトルーデさまとジルケさまがいつの間にかこちらを見ている。


 「ジークフリードが領主を務めているのは不思議」


 「護衛のイメージが強いからなあ」


 確かにジークが領主を務めているなんて驚くものの、クルーガー伯爵さまの落胤だし、ありっちゃありな状況ではと馬車の中でロウ男爵領までの道程を楽しむのだった。

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― 新着の感想 ―
大聖女を迎えるなら伯爵位ぐらいは地位欲しいかねえ
そういやエーリヒの家に泊まった初めての女性客がナイだな、ついでに女性騎士やら女神やらグリフォンやらぞろぞろいるから某大聖女も嫉妬はしないか。教皇達は女神達を泊めたと嫉妬しそうだけど。
同じ指輪をすればワンチャン(苦笑) まぁそこは頑張ってとしか言えないのが(^_^;)
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