1494:街歩きの影響。
六月中旬。白いんげん豆を方々に配ってそれぞれから反応を頂いているのだが、ほとんどの方が貰って良いのかと困惑していた。とはいえヴァルトルーデさまがお植えになられためでたいお豆さんである。
食べずにはいられなかったようできちんと食してくれていた。やはりなにかしらの効果が表れるのは西大陸の人に顕著であった。ヤーバン王は『力が増した気がする!』と教えてくれ、アルバトロス王は『最近、腹の調子が良い』と教えてくれ、ボルドー男爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまは『飲み過ぎても二日酔いになり辛い』と喜んでいた。
フィーネさまたち聖王国組もエーリヒさまに手料理を作って貰い食べたところ、なんとなく魔力量が上がっているとのこと。教皇猊下とシュヴァインシュタイガー元猊下は恐れ多いと口にしつつも凄く有難そうに頂いていたとか。
リーム王にもギド殿下経由で贈り、王太子妃殿下にお願いして母国であるマグデレーベン王家に贈って貰えば、お返しにたくさんの野菜とお肉と乳製品を頂くことができた。申し訳ない気持ちに苛まれるが、白いんげん豆を植えたヴァルトルーデさまが喜んでいたから構わないだろう。冷凍技術がしっかりしていれば夏の南の島へバーベキューの材料として持っていくのだが、残念ながら技術が確立していない。魔術具でどうにかできそうな気もするが、副団長さまに頼んでみようか考え中である。
ちなみに副団長さまと猫背さんにも白いんげん豆を贈ったのだが、生のまま食べれば効果が上がるかもしれないと予測を立て『青くさかった』と教えてくれた。そりゃ生はお勧めできない。ヴァルトルーデさまは副団長さまたちの奇行が面白かったようで『楽しいことしてるね。確かにどんな味がするんだろう……――美味しくない』と零していた。
そしてお昼過ぎ。良く晴れた侯爵領の領主邸の上空に小型の竜の方たちが旋回してゆっくりと庭に降りてきた。おばあの『ピョエー!』と鳴く声が届けば、横でジャドさんがなにやら説明をしている。私は自室のベランダから移動をしようとジークとリンに声を掛け、中庭に降り立った小型の竜の皆さまの下へと急ぐ。
おばあが『ピョエーピョエー』と鳴きながら、降り立った小型の竜の方に一生懸命なにかを語り掛けている。相変わらずおばあは物怖じしないなと目を細めていれば、小型の竜の方たちが声を上げていた。
『グリフォンたくさんいる~珍しい~』
『大きいねえ。僕たちより飛ぶの早いのかなあ~?』
小型の竜の方二頭がこてんこてんと首を傾げれば、おばあも一緒にこてんこてんと首を傾げていた。どちらも尻尾をふりふりしているから機嫌は悪くないようだ。
肩の上のクロが『あれ?』と声を上げて目を細めながら小型の竜の方を見ている。以前、どこかで見かけた仔たちのような気がするのだが、似た個体が多いため判別は難しい。どこかで見たことあるよなあと記憶を掘り返していると、なんとなく名前が出てきた。そして丁度、私たちは彼らの下に立った。
「もしかしてポチとタマ?」
私が声を上げれば小型の竜の方二頭はこてんこてんと動かしていた首を止めて、ぬっと首を伸ばしてくる。おばあは相手の興味が私に移ったと理解したようで、大人しく彼らの隣に並び『ピョエー』と小さく声を上げていた。
『聖女さま~女神さまのお豆さん、ありがとー!』
『みんな喜んでるよー』
小型の竜の方二頭はポチとタマなのか答えてくれないまま、目を細めながら亜人連合国の代表から手紙を預かってきたと首元に掲げていた筒を取って欲しいと口にした。
「どういたしまして。喜んでくれて良かったよ。よければ西の女神さまにもお礼を伝えてあげて欲しいな」
私は彼らの首元から筒の中身を取り出しつつ、せっかくなら植えたご本人さまにも知らせておいた方が良いだろうと提案をした。
『女神さま、どこにいるの~?』
「いつもなら図書館にいるんだけれど。ちょっと待っていてもらって構わない?」
『いいよ~ボクたち暇だから~だからお使いにきたの~!』
えっへんと胸を張る小型の竜の方二頭にジャドさんが『まあ、我々は基本時間を持て余していますよねえ』と呟けば、一緒にきていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも同意していた。毛玉ちゃんたち三頭は小型の竜の方二頭に『構え!』と言いたそうにウズウズしている。私との話が終わるまでは邪魔をしてはいけないと分かってきたようだ。
私は近くにいた屋敷の人にお願いして、ヴァルトルーデさまを呼んできて貰う。女神さまが屋敷で生活する時間が長くなるほどに、使用人の皆さまも女神さまに慣れてきたようだ。初期の頃より確実に恐れたり、過剰に敬ってはいない。時々、慣れていない方が驚くこともあるけれど、ヴァルトルーデさまとジルケさまが『あまり気にしないで欲しい』と伝えているため徐々に改善している。
『代表がね~聖女さまに遊びにきて欲しい~って独り言呟いてたよ~』
『忙しいだろうから、声を掛け辛いって~白竜に愚痴ってた~』
どうやらディアンさまは向こうで悩んでいるそうである。私が領地に籠るようになってしまったため、以前の王都住まいの時のようなお隣づきあいはなくなっている。たしかにディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんと顔を合わせる機会はめっきり減っていた。ただ亜人連合国の皆さまとは南の島で再会することができる。夏に向かっていろいろ準備している――食材とか食材とか――から、私たちが亜人連合国に向かっても忙しさが増すだけではなかろうか。
「夏に南の島でお世話になるから、今お邪魔しても大変じゃないかな?」
『どうだろー? エルフもドワーフも聖女さまのこと待ってるよ~』
『もちろん、僕たち竜も~!』
エルフの皆さまやドワーフの職人さんたちには、ディアンさまたちより顔を合わせていないなと目を細める。確かに彼ら二頭のいうように、顔を見せた方が良いだろうか。丁度お手紙を頂いているし、返事を書くついでに聞いてみよう。時期は南の島以降となりそうだけれど、前もって決めておいた方が予定を進めやすいはず。そうしようと決めた私の頭の中に、ふと思い描かれたことがある。
「そういえば南大陸のエルフの人たちとは交流は進んでいるの?」
亜人連合国のエルフの方たちと南大陸のエルフの方たちが接触してから時間が経っている。交流を持つと言っていたし、どうなっているのだろう。私の情報では交流が始まったとしか知らないのだ。小型の竜の方二頭が知っているか分からないが、聞いてみる価値はある。
『?』
『よく分かんなーい!』
小型の竜の方二頭がケタケタ笑う。その姿を見たクロは私の肩の上ではあと小さく肩を落としている。
『興味のないことは本当に覚える気がないよねえ』
クロが若いから仕方ないよねえと呟いているけれど、目の前の竜のお方の方が年上ではなかろうか。そりゃご意見番さまの記憶を持っているから、クロは老成しているように見えるけれども。
「楽しそうだね。なにを話しているの?」
ヴァルトルーデさまがゆっくり歩きながらこちらへと歩いてくる。ふいに風が吹き、ヴァルトルーデさまの長い髪を靡かせた。ほうと見惚れてしまうくらいには雰囲気のある方だなあと感心していれば、小型の竜の方二頭がヴァルトルーデさまの方を向き声を上げる。
『女神さまだー!』
『女神さま、女神さま。女神さまが植えたお豆さん、美味しかった! みんな喜んでる!』
彼らはヴァルトルーデさまの方へと走り出し、クルクル回りながら感謝を伝えている。竜の方たち、特に若いと言われている子――それでも百年くらいは生きているらしい――たちは女神さまに対して凄く懐っこい。十メートルくらいの大きさの個体になれば、落ち着きを身に着け女神さま方には敬意を払っている。ヴァルトルーデさまは小型の竜の方たちが可愛らしいようで、目を細めながら彼らの頬を撫でていた。
「それは良かった。でも君たちの下へ届けたのはナイだから。お礼はナイに言って?」
ヴァルトルーデさまの言葉に小型の竜の方たちは『えっとねー』『んっとねー』と考える素振りを見せながら再度言葉を紡いだ。
『言ったのー!』
『女神さまにもありがとーって言ってって~聖女さまが!』
「そう」
無邪気に語る小型の竜の方にヴァルトルーデさまは小さく頷いた。まだヴァルトルーデさまは小型の竜の方の顔を撫でているのだが、なんだか悩ましいを持っているような気がする。一体なんだという違和感は小型の竜の方たちも感じたようだ。
『女神さま、どうしたの?』
『なにか考えてる?』
小型の竜の方がヴァルトルーデさまに撫でられつつ、こてんこてんと顔を傾げる。聞き辛いことを小型の竜の方はさっくり言えているので少し羨ましいような。
とはいえヴァルトルーデさまが悩ましそうにしていたら私も『なにかありました?』とか『どうしましたか?』と聞いている気がする。いや、まさか、そんな軽々しく女神さまに問えるはずがないと私が頭を振れば、ヴァルトルーデさまが小さく口を開いた。
「街を散策してみたい」
ヴァルトルーデさまは私とジークが侯爵領の街を歩いたことで、自分も街歩きをしたいと考えたようである。ただヴァルトルーデさまが外に出れば、外見の美しさやオーラで確実に騒ぎになってしまう。だからこそ屋敷で過ごされていたのだが、そろそろ我慢の限界に達したようだ。ヴァルトルーデさまの望みを聞いた二頭の竜のお方は不思議そうな顔を浮かべた。
『行けば良い!』
『行こう、行こう!』
「でも騒ぎになるから」
無邪気に誘う小型の竜の方二頭にヴァルトルーデさまは目を細めた。
『なんで?』
『どうして?』
「私が女神だから?」
二頭と一柱さまが揃って首を傾げている。すると小型の竜の方二頭が私の方へと顔を向けた。
『聖女さま、女神さまとお出掛けするの~!』
『街の中をどっしんどっしん歩くー!』
「君たち一緒なら楽しそうだね」
あれ、何故か街を散策することになっているような。でもヴァルトルーデさまは街歩きをしてみたいと以前から望まれていたし、そろそろ我慢して貰うにも限界に達しているのだろう。私がジークとお出掛けしたこともヴァルトルーデさまの刺激になったようだし、ここはひとつどこかの領地を出歩かせて頂こう。ただ……――
「……――侯爵領は少し前にお触れを出したばかりなので。ジークの領かエーリヒさまの領地かミナーヴァ子爵領なら、どうにか?」
私がジークの方を見れば『本当に?』という表情になっていた。あと仲の良い人たちの中で領地持ちは限られているため、エーリヒさまの名を勝手に口走っていた。どうなるか分からないけれど、南の島へ向かう前の一大イベントになりそうだと私は目を細めるのだった。
◇
――聖王国・アルバトロス王国外務官執務室。
「へくち!」
「大丈夫ですか、エーリヒ?」
「ユルゲン、すまん。なんだろうな。鼻がムズムズして……」
「もうすぐ帰国しなければなりませんし、体調には気を付けてくださいね」






