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1491:甘い香がする方へ。

 アストライアー侯爵領の領都にある広場を抜け石畳の道を歩いて行く。お知らせの効果がでているのか、私たちの姿を見ても街の方たちはスルーを決め込んでくれていた。護衛の人たちは距離取ってついてきてくれている。いつも気配を感じる距離にいるので妙な感じだ。私は苦笑いを浮かべ隣を歩くジークを見上げる。いつも通りにみえるけれど、どこか緊張しているようにも見えた。とはいえお互いに気を遣う必要はない相手だし、気負わずにいこうと私は彼を見上げながら口を開く。


 「ねえ、ジーク。どこが良いかな」


 「高級な店に興味がないなら、もう少し進んだ区域だな」


 ジークとは道すがら領の発展具合やジークが治めるガル男爵領の話をしたり、入りたい店はあるかと聞いていた。ジークは私が行きたいところに入ろうということで、遠慮なく私が行きたいお店に向かうつもりだ。

 しかし高級店にあまり興味がないことを察知されているのは如何なものだろう。一応、侯爵位だし、領主が平民の人たちが営む店に入れば騒ぎになる。とはいえせっかく『ご領主さまが向かうかもしれない』と領都の全店にお触れを出しているのだ。この機会を逃せば暫くは行けないだろうと私は前を向く。


 「じゃあ、そっちに行こう。久しぶりだから楽しみ」


 「そうか。なら、この道を奥に入った先だな」


 私が一般の人が利用するお店に向かおうとジークに伝えれば、彼は小さく笑って分かれ道の先を指差す。私はこの地を統べる領主というのに街の土地勘がない。護衛計画の関係でジークとリンの方が領都の地理に滅法詳しい。


 「領主なのに領都の地理に詳しくない……」


 「出歩けないからな。ナイが知らなくても仕方ないさ」


 むうと私が唸ればジークが片眉を上げながら笑う。確かに仕方ないけれど、追い追い覚えていかなければと私は新たな目標を見つける。そして私は相変わらずジークの指を持ったままなのだが、少し前ジークが中途半端に握っていた手を動かしてちゃんとお互いの手を握っている。

 王都の貧民街で悪い大人から逃げながらジークに手を導かれていたことがある。子供の頃の手ではなく、今は大きな男性の手だ。なんとなく安心感があるよなあと私は目を細めると、微かに甘い香りが鼻をくすぐる。

 

 「小麦の良い匂い……パン屋さんかな」


 「確かに匂いがするな。買うのか?」


 私が足を止めて匂いを確かめると、ジークも立ち止まってくれて匂いを探った。お店で焼いているのか、共同窯で纏めて焼いているのか分からないから、売っているのか微妙なところだ。


 「お店見つけられたら買って、屋台で串焼きも買いたいかな」


 「分かった。少し歩いてみるか」


 お互いに頷いて道を進む。軒先に商品を並べているお店の人が私たちを見て、目を真ん丸に見開いていた。無礼者! と言いながら切りつけたりしないので安心して欲しい。

 というか、土地を治める領主の機嫌次第で命を取られたり、お店を潰されたり、お金を奪われたりするのだから、平民の人たちは領主次第で天国と地獄になる。私はそんなことをしたくないけれど、闇落ちしてしまえばどうなるか分からない。

 

 クレイグに『ナイが病んだら、世界が滅びそうだな』と冗談で言われたことがある。海神さまや落ちた神さまの例があるから笑い飛ばせない。心も体も健康にいなきゃいけないんだけれど、そうするにはなによりも食事だなと一人頷き、甘い匂いの元を探して歩みを進める。道なりに歩いていれば、軒先にパンが描かれた看板が下げられているお店を見つける。お店の中はどうなっているのか分からないけれど、確実にパン屋さんだ。


 「ここだね」


 「ここだな。屋台で他の物を買うなら俺が買ってこようか?」


 「せっかくだから一緒に入ろうよ。お店の人とお客さんには迷惑かけるけれど」


 ジークの提案は有難いけれど、どんなパンがお店に並んでいるのか気になるところ。教会宿舎で過ごしていた頃、王都の街へ繰り出していたけれどパン屋さんに入ったことがない。

 大体、日用品に衣料品、屋台で食べ物を買ったくらいで、宿舎の食堂でご飯を済ませることが多かった。数年前までそうしていたのに、痛く懐かしく感じてしまう。私、あの頃の生活に戻れるだろうかと眉間に皺を寄せれば、ジークが『どうした?』と問うてくる。正直に今感じていたことを伝えれば、ジークは小さく肩を竦めた。


 「少し慣れることに時間が掛かるかもしれないな」


 制約はあけれど今の環境が良過ぎるとジークが続けて口にする。


 「確かに大変なこともあるし、お貴族さまなんてって言ってたけれど……見事に染まったね」

 

 「だな、本当に信じられない。入ろう、ナイ」


 「ん」


 本当によくここまできたものだと私も肩を竦め、お店の中へと足を踏み入れる。カランと鳴るカウベルの音を耳にしながら、カウンターの方へと向かえば店の奥から人が出てきた。


 「ご、ごごごごごごごご、ご領主さま! このような店に足を運んで頂き、申し訳ございません!!」


 平民服にエプロン姿の男性が腰を抜かしそうな勢いで驚いていた。お店の棚にはいくつかのパンが並んでいるのだが、元居た日本のパン屋さんのような品数の多さではない。平民の人たちが口にする堅いパンを主に取り扱っているようだ。アストライアー侯爵領は小麦の一大産地ということで、他領よりパンの値段は安い……はず。


 「突然に申し訳ありません。甘い匂いが気になってパンを買いにきたのですが、売れる品はありますか?」


 「ご、ご領主さま!? ウチの店の品を食されるのですか!?」


 私の問いにお店の人が目を白黒させている。確かに領主が平民の人が営む店に訪れて、パンを買いたいなんて言わないか。とはいえお触れは出していたから、お店の人は『売らなきゃ首が飛んじまう……』と頭を抱えていた。


 「はい。美味しそうな匂いに釣られてしまいました」


 少し申し訳ないけれど、あと一押しかなと私は言葉を紡いだ。すると店の人は『どちらがよろしいでしょうか……?』と覚悟を決めたようである。私は一番高い値段のパンを二つくださいと伝えた。

 お店の人はおそるおそる棚からパンを取ってくれ手渡ししてくれた。私はそのまま受け取れば、ジークが横から『持つぞ』と言ってくれたので預けることにする。焼きたてのパンはあるかと問えば『あと少しで焼き上がる』とのこと。焼き上がる頃にまたお店に顔を出すと伝えれば、お店の人が籠を貸してくれる。我が儘ついでにパンを切って貰えるかと問うと、お店の人が緊張したまま『はい!』と言ってそそくさと切り分けてくれた。


 「ありがとうございました。またきますね」


 お店の人から籠を受け取る。


 「ひょ、承知いたしました!」


 お店の人の態度はどうにかならないものかと笑いつつ、ジーク一緒に店を出た。手元の篭を覗き込めば、お店の人が気を使ってくれたのかパンの上には布を被せてくれている。

 もう一度店に戻る予定だから、布のお礼はその時に伝えれば良いか。ジークも篭に視線を落として『気を使わせたみたいだな』と片眉を上げて笑っている。そうしてジークは整備された石畳の道の先へと視線を向けた。


 「少し向こうの区域は屋台が並んでいるはずだ」

 

 「行こう、行こう」


 確か向こうは宿屋や酒屋といった歓楽街に近くなるはず。出入りのある場所故か、必然的に屋台が並んで商売を営んでいる人も多くなる。どんなお店があるかなと私は期待に胸を膨らませながら、ジークの服の袖を引っ張って早く行こうと急かした。

 先程より早足で向かった先は小さな広場のようになっていて、小さな市場と化していた。なにかを焼いている匂いと煙に、甘い匂い。そして行き交う人々と呼び込みをしているお店の人たちの声で市場には活気が溢れている。私は串焼きの店はどこだときょろきょろと市場を見渡すのだが、他にも魅力的なお店があって目移りしそうになる。


 「気になるお店がたくさん……」


 「買い占めるのか?」


 「流石にやらないけれど、いろいろ買いたいね。お肉に川魚も焼いてるし、チーズも美味しそう。スープもあるから、パンに丁度良いね」


 他にもパンに焼きリンゴとか焼きなしに、野菜、塩、ハーブ、エール、ワイン、木椀に衣服、などなど生活に欠かせない品が出店されている。市場に辿り着いた私たちを見たお店の方たちは驚いているし、お客さんたちも足を止めて固まっていた。

 お金の心配は必要はなく、気兼ねなく欲しい品を買おうとジークと一緒に各お店を渡り歩く。そうしていろいろと買った品を持ったまま、適当に座って良さそうな場所へと腰を降ろした。私とジークの手元には鶏肉や鳩肉を焼いた品と木椀に入れられた野菜スープとチーズがある。お店の人が返してくれるならと木皿を貸してくれたため、串焼きをたくさん買うことができた。


 「どれから食べよう」


 気軽に食べられるジャンクな品は久方振りだと私は目を細める。ジークも確かになと同意しながら、鶏肉の串焼きを一本手に取っていた。味付けは基本塩となり、臭み消しとしてハーブが使われている。

 

 「いただきます!」


 「いただきます」


 私のあとにジークが続いた。そうして私は鳩肉の串焼きに手を伸ばす。あまり食べる機会がなかったため、物珍しさで買ってみた。一口分、口の中で咀嚼すれば鶏より味が濃く歯応えが強い。ほのかに血の味がすると目を細めるが、これはこれで美味である。それじゃあ次はと私は木椀に注がれたスープを手に取った。大鍋で煮込んだ野菜スープなのだが、果たして味はどうだろうか。

 

 「味、薄い……というかコクがない?」


 以前であれば美味しい美味しいと食べていたはずなのに、どうしても物足りなく感じてしまう。不味くはないけれど、なにか一つ足りないというか。私の声が届いたのか、ジークは苦笑いを浮かべながら口を開く。


 「屋敷の味に慣れたのかもな」


 「うーん……そうみたい。美味しくないわけじゃないけれど、なにか足りない感じがして」


 出汁が足りていないというか。この辺りはきちんと料理長さまたちが拘ってくれているから、私は美味しいご飯を毎日食すことができている。一応、高いお給金を払っているため、料理長さまたちにはその分は働いていただかなければならないけれど。

 固形出汁とか作れたら良いけれど、あれはどう作っているのやら。粉末出汁もあるから、そちらで攻めても良いだろうか。なににしたってアイディアはあるけれど、それを形にする知識が圧倒的に足りない。むーと考えつつ、買ったチーズをパンに乗せて一口齧る。ちょっと塩気の強いチーズだけれど、硬いパンとよく合っていると目を細めた。

 

 「ナイ」


 「うん?」


 ふいにジークに呼び止められて私は視線を合わせる。


 「楽しいか?」


 「楽しいよ。目立っちゃうけれど好きに回れるし、なにかできることないかなって探すことができるから。ありがとね、ジーク」

 

 ふっと笑いながら問うジークに私は小さく頷きながら答えを紡ぐ。こうして出歩く機会は本当に少なくなってしまったから、今日という日を過ごせて良かった。ジークと恋人同士という実感は薄いけれど、一緒にいて落ち着くし、また二人で出掛けてみたいなと思うくらいには楽しい時間を過ごせている。


 「ジークは?」


 私は楽しいけれどジークはどうだろうか。娯楽が少ない世界だし遊びに行くとなれば結構限られる。なにかジークが興味のあるところがあると良いのだけれど。


 「こうしてナイの横を独占できているから嬉しい」


 ジークらしくない言葉に私は視線を逸らせば、顔に熱が点っていくのが分かるのだった。

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― 新着の感想 ―
いいぞジーク!そうやって脇とボディ(胃)から攻めていけ! と護衛の連中が思ってそう(笑)
あまーーーーーーーーーっい!! 結構甘い空気を発してますねw こりゃぁ領都で噂になるのも時間の問題かな? クリスマスは良い夜を過ごせましたか?(*^^*)
ナイとジークの初デートは、やっぱり食べ歩きに成りましたか…wwwナイ達らしいデートですね…。 初々しい二人ですが…ジークのさり気ない口説き文句に、赤く成るナイが可愛いですね。
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