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1490/1515

1490:たまには街歩きを。

 お出かけ当日。


 私が朝起きれば、介添えで自室へとやってきたエッダさんの後ろには侍女の人たちがズラッと並んでいた。ひえ、と驚く私にエッダさんが『おはようございます、ご当主さま。湯浴みをしましょう』と告げれば、彼女の後ろにいた侍女の人たちが私をお風呂へと誘う。

 お風呂でしこたま磨かれた私は少し目を回しながら、今日の軽装で軽く化粧を施され、お出掛けの格好に着替えさせられたのだ。クロたちは助けてくれないし、リンは可愛いよと褒めてくれただけである。正直、お風呂は自分で入れるし、着替えも自分でできるのだが、アストライアー侯爵家の未来が掛かっていると盛り上がる侍女の方たちを私は拒否できなかった。


 ジークと一緒に屋敷から街に出ることも考えたけれど、今日は待ち合わせしてみようと合流するまでは別行動である。いつも一緒に屋敷から出ていたから変な感じがしつつも、ジークはどう私を出迎えてくれるのだろうか。馬車回りで、期待に胸を膨らませている侍女の方たちと屋敷の皆さまとリンに私は見送られていた。


 クレイグとサフィールは仕事に取り掛かっているため場にはおらず、ソフィーアさまとセレスティアさまも執務を執り行っている。

 仕事を任せてしまい申し訳ないと私が一声掛ければ『ま、ジークなら問題なくナイをエスコートできんだろ』『十分に気を付けてね』『こちらは気にするな』『楽しんできてくださいませ』と声が返ってきた。家宰さまもうんうんと頷いていたし、侍女長さまは目頭を赤くしていた。料理長さま方も今日の晩御飯は気合を入れるようだし、ヴァルトルーデさまにはお土産宜しくと言われ、ジルケさまは姉御は相変わらずだがあたしも土産頼むなーと軽い態度だった。


 庭で過ごしているエルとジョセは『番らしいことをなさるのですねえ』『結ばれても良いのか、ゆっくり決めればよろしいかと』と余裕の表情で私を見つめ、ジャドさんたちはにやにやしていた。

 おばあは状況を良く分かっていなかったのか、連れて行って欲しそうな顔をしていたがジャドさんの説得により諦めて、毛玉ちゃんたちと遊ぶことを決めたようだ。クロもヴァナルと雪さんと夜さんと華さんはお留守番を決め、ロゼさんは私の護衛として念のために影の中で待機してくれる。


 「それじゃあ、行ってきます」


 私が馬車に乗り込もうとすればリンが一歩前に出てきた。


 「兄さんがいるから大丈夫だけれど、変な人には気を付けて」


 リンが建国祭でも変な人が湧いて出てきたから注意は必要だと心配そうな顔になる。彼女の肩の上にはアズとネルが一緒にいるので、どうやらジークはアズにお留守番をしているように頼み込んだようだ。常にジークと一緒にいるアズが良く説得に応じたなと感心しつつ、リンが伸ばしてくれた手を私は取って馬車のステップに足を掛けた。


 「ん」


 そうして私は馬車に乗り込み一人でちょこんと座席に腰を降ろせば、寂しさを感じてしまう。いつも誰かいるから、一人で過ごすことに違和感を覚えたようだ。

 まあ、外には護衛の騎士の方たちがいるので正確には一人じゃないけれど。ヘルメスさんも屋敷でお留守番をしているため、壁でシクシクと『役目を果たせない』と嘆いていた。

 レダとカストルも一緒に壁に掛けられて『お嬢ちゃんがデートなあ!』『わたくしが代わりにデートしたいです』とぼやいているし。本当に侯爵家の屋敷には人間以外の愉快な方たちが多く過ごしている。通常の貴族家とはかけ離れているけれど日々が楽しいから問題ないし、お貴族さまらしい屋敷だと多分私は息を詰まらせている。


 「ロゼさん」


 『どうしたの、マスター?』


 私がロゼさんの名を呼べば、影の中からぴょーんと飛び出した。真ん丸ボディーがぽよんと揺れて、ロゼさんは馬車の床に着地した。手を差し出せばロゼさんは私の膝の上に乗り移る。


 「待ち合わせ場所に向かうまで、私の話し相手になって貰って良い?」


 寂しいからとは言わずにロゼさんの真ん丸ボディーを撫でる。つるつるで気持ち良いし、なんとも言えない手触りだ。ロゼさんの気に入らない人が触れると、凄く熱くなるか、凄く冷たくなることがある。割と感情が分かりやすいスライムさんだと私が目を細めれば、ロゼさんはぽよんと縦に伸びて元の形に戻った。


 『もちろん!』


 快諾してくれたロゼさんに私は副団長さまと猫背さんとの授業はまだ行っているのかと問うてみる。ロゼさんは転移で王都に向かい、魔術師団の人たちと技を競っているそうだ。

 副団長さまと猫背さんとは魔術の開発に勤しんでいるらしい。副団長さまと猫背さんは口癖のように『アストライアー侯爵邸に行きたい』とロゼさんに伝えているとのこと。

 二人の目的は屋敷で過ごしている竜と天馬さまとグリフォンさんたちだろうし、今度手紙を送ってみよう。副団長さまであれば転移魔術で時間を掛けずにくることができる。他の人であればおいそれと誘えないけれど、転移魔術を使える魔術師の方のフットワークの軽さは羨ましいものだ。まあ、私にはロゼさんがいるので緊急時には転移でいろいろな場所へいけるけど。


 なにも縛られないならロゼさんにお願いして、いろいろな場所へ気軽に行けるだろう。とはいえ勝手に国外の場所へ赴けば不法入国である。許可を得ないと不味いよねえと、ロゼさんのつるつるボディーを撫でていれば、待ち合わせ場所に辿り着いていた。侯爵領領都にある街で一番広い公園だ。私は馬車から降りようと御者の方に確認を取り席から立ち上がる。扉が開けば背の高い赤髪の男の人が小さく笑いながら目の前に立っていた。


 「あれ、ジーク。どうしたの?」


 私は伸びてきたジークの手に自身の手を重ねる。なにも考えないまま勝手に手が動いていた。


 「エスコート役をリン以外に譲る気はないな」


 私の声に答えてくれたジークが笑みを深める。言われてみれば、私はジークとリンのエスコート以外を受けることはなかった。そっくり兄妹の情が重い気もするが、常に共に行動しているし離れる方が珍しい。ジークもジークでいつもより服装に気合が入っている。整髪剤で短い髪を整えているような。

 

 「ありがとう、ジーク。そういえば二人以外のエスコートを受けたことないね。まあ……他の人のを受けると落ち着かないけど」


 私が片眉を上げながら地面に足を着けた。クロがいないのは変な感じだし、ジークの肩にアズがいないのも妙な感じだ。


 「さて、どこに行く?」


 ジークがエスコートを解いて、街の商業地区へと視線を向けた。今日はアストライアー領領都には私が街歩きすると伝えてある。家宰さまの発案で、妙なことをすればどうなるか分かっているよねという脅し付きだ。商業地区のお店に出入りすることもあるから対応お願いねとも伝えてあるそうだ。


 「お菓子屋さんに行きたいけれど、最初に行く場所じゃないよね。武器屋さんに赴いても、目が肥えた今だと冷やかしになるから……」


 「なあ、ナイ。直ぐに伝えられれば良かったが、衣装似合ってる」


 「ありがと、照れるね。ジークもカッコ良いよ。とりあえず、商業地区をぷらぷらしてみようよ。教会宿舎時代みたいに気ままに出歩くことができなかったし、今日は特別だからね」


 少し顔を赤くしながらジークが気持ちを伝えてくれた。私も照れ臭い気持ちに駆られるけれど、ジークが普段よりカッコ良いのは事実である。そうだなと返事をくれたジークと共に公園から外に出ようと足を動かす。

 ジークは私の歩く速さを把握しているから、ゆっくりと歩を進めている。ずっとジークの優しさに甘えていたのかと少し申し訳ない気持ちに襲われた。多分、今の私の気持ちをジークに伝えても『気にするな』と返ってくるだけだ。それなら……少しだけ勇気を出してみようと、ジークの右手の薬指と小指を私は左手で握り込む。


 「っ」


 一瞬、ジークが息を呑んで私を見下ろすけれど、顔を逸らして右手を口元に充てていた。あれ、変なことをしてしまったかと手を放そうとすれば、ジークの右手の薬指と小指に力が入った。良かった。間違っていなかったかと安堵の息を吐けば、ジークは耳まで赤く染めているのだった。


 ◇


 ご当主さま、ジークフリード殿!!


 ええい、なんというじれったい関係よと護衛に選抜された私は心の中で叫んでいた。アストライアー侯爵家の当主には伴侶がおらず、婚約者もおられない。侯爵家に仕える者として未来はどうなるのかと不安視していたが、少し前にご当主さまに変化があった。

 ご当主さまの護衛を担っているジークフリード殿と進展があったと警備部の者たちの間で話が盛り上がっていたのだ。どうにもご当主さまは色事より食に関して貪欲である。もちろん悪いことではないが、貴族ならば次代を産み育てることも使命の内に入るのだ。そして脈々と代を経て隆盛させるのが常なのだ。


 私もアストライアー侯爵家に仕える者として、我が子には厳しい教育を施している。ご当主さまの子爵時代には子の教育はゆっくりで良いと考えていたのだが、侯爵位を王国から賜り少々方針転換せざるを得なかった。


 子爵位と侯爵位では必要な立ち居振る舞いが大きく変わる。幼い子供でも礼儀は必要だし、学も身に着けなければならない。私の妻も理解しており、子供の教育に手を抜いていない。

 我が子に厳しい教育が施せるのは侯爵位を賜った際に、我々アストライアー家に仕える者たちも給金が増額されたからである。家計の負担にはなっていないし、託児所に預ければ基本的なことは教えてくださる。託児所で足りない部分を個人で補っていると言えば良いだろうか。子供も大きくなり、将来は侯爵家のために働きたいと口にしている。


 だからこそ。


 ご当主さまとジークフリード殿の関係が上手く運んで欲しいのだ。我々警備部一同は。もちろんご当主さまの婚約者の座を狙っていた者は落胆していたが、ジークフリード殿の静かな熱を感じていた身としては応援せざるを得ないだろう。

 何故かジークリンデさん派も極々一部に存在しているが、表立っては口にできないため血の涙を呑んでいた。他にも外務官のエーリヒ・ベナンター殿を推す者もいたのだが、私は断然ジークフリード殿である。頑張れー上手くいけーと念じていれば、なんと! なんと!! なんとご当主さまがジークフリード殿の手を取った!!! 


 「うう。上手く関係が進展すると良いのだが……」


 「今まで停滞していましたし、今は亀の歩ですからねえ」


 私が小さく呟けば、部下が隣に立ってご当主さまとジークフリード殿の背を見つめる。もちろん周りに気を配るのは忘れていない。玄人だもの。


 「それでもご当主さまがジークフリード殿との関係を変えようと努力なさっているのだ。我々は見守りながら、お二人の関係が進みますようにと女神さまに祈るだけ!」


 二人の関係を笑うことはできないと私はぐっと拳を握りしめれば、部下が素っ頓狂な顔になる。


 「え。直接祈るんですか?」


 度胸ありますねえと部下が肩を竦める。


 「あ……屋敷にいらっしゃったんだ……」


 私は二柱さまがアストライアー侯爵邸でお過ごしになられていることを、忘却の彼方へ送っていた。


 「ボケないでくださいよ」


 部下の的確な突っ込みに私は頭を手で掻きながら、気配をなるべく消しながら歩を進める。何事もありませんように、と。

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― 新着の感想 ―
亀の歩みww 時々亀よりも遅いと思いそうになるけど近過ぎた事で起きた現象ですしね、そう錯覚しちゃうのも仕方が無いw メリークリスマス! 良い夜を(乾杯!!)
使用人家族はこれ程ホワイトな職場もないからなあ、他にやりたいこととか無ければ世襲したいでしょうね。でも辺境伯御一家は駄目ですよね。
ナイとジークの初デート?(前回はデートがトラブルで成功したとは言えないし、ナイがジークと付き合うと決めてから、初ですからね!)に、アストライアー侯爵家一堂張り切って応援してます。 手を繋ぐだけで精一杯…
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