1487:聖王国に到着したお豆さん。
ナイさまから贈り物が届き、聖王国の一時保管室で私、フィーネとアリサとウルスラが一緒に立ちすくんでいる。ナイさまが贈ってくださったものは白いんげん豆となるのだが、由来が凄い品であった。
「ナイさま……とんでもないものを贈ってくださいましたね」
「まさか女神さまがお植えになった豆を頂くことになるなんて。しかも流通している品より味が良いとか……」
私とアリサが視線を合わせながら肩を竦める。私の信仰心はあまりないし、アリサも信仰心は薄い。それにナイさまの下で創星神さま一家とご挨拶させて頂いているため、偶像の神さまというより目の前にいる本物となり、人となりを知って神さま方も人間と変わりないのだという考えに変わっていた。
そりゃ、神さま方が持つお力は本当に凄いものであるが話をしてみれば普通なのである。ナイさま曰く、身内にしか渡せない代物だから消費してくださいとのこと。一緒にきているウルスラも目の前の大量の豆に驚きつつ、女神さまがお植えになった代物ということで更に驚いていた。
「私にも頂きましたが、本当に食べてしまっても良いのでしょうか……教皇猊下にお伝えして保管して頂くのが正しい手段のような……でも」
西の女神さまはきっと望んでいないのでしょうねと、ウルスラが困ったような、嬉しいような、なんとも言えない顔で呟いた。確かに本来であれば聖遺物として残しておくべきものだろうし、聖王国の神職者が知れば熱狂する。見た目はアストライアー侯爵家から贈られた品であるが、ナイさまから届いた手紙を読めばぶっ飛んでしまいそうだ。
ウルスラが口にした通り、西の女神さまは聖遺物として扱って欲しくないはずだ。ここは有難く頂こうと三人で決め、ちょっとした問題が発生する。
「私たち料理ができないよね」
私の前世は実家暮らしで、待っていればご飯が勝手に出てきていた。アリサも貴族令嬢出身だから、いくら貧乏だったといえど基本的なことしかできないはず。
ウルスラは貧民街から助け出され才能を見出されたため、掃除や洗濯に料理は下働きの方に任せているので、白いんげん豆料理を作るのは難しい、というか包丁すら握ったことがないのではなかろうか。南の島のバーベキューで苦戦しており、包丁の扱いに慣れた方から手解きを受けていたはずだ。私も料理は学校で習ったくらいのため、基本的なことができない。
「できませんね」
「せっかく頂いたのに、どうしましょう?」
アリサとウルスラが私と目を合わせる。本当にどうしたものか。聖王国の料理番にお願いしても良いが、ナイさまから頂いた品だとなれば、恐怖するか自分も食してみたいと言われるだろう。
きなこのように炒って挽いて粉末状にし、山羊乳に混ぜるのはアリだろうか。それなら私でもできそうだけれど、ちゃんとした豆料理で食べたい気持ちがある。悩んでいれば、私の頭の中にとある人物が描かれた。
「あ。そろそろエーリヒさまが聖王国に外交官としていらっしゃるから、頼ってみましょうか!」
エーリヒさまから届いた手紙に領主となったからアルバトロス王国に戻ることになったけれど、短期間だけ聖王国の外務官として派遣されることになったと教えてくれている。なにかの機会に会いたいとも書かれており、エーリヒさまなら相談相手に丁度良いし、あわよくば彼の手作り料理を食べることができるはず。
「よろしいのですか?」
「そうですね。フィーネさまの邪魔をしてしまうのではないでしょうか?」
アリサとウルスラが遠慮気味になっているが、二人きりで会うといろいろと問題が生じる。みんながいればアルバトロス王国と聖王国の橋渡しと言い訳ができるし、エーリヒさまと一緒にいられる時間も長くなる。確かに二人きりになれないのは残念だけれど、きっと結婚すればたくさんの時間をエーリヒさまと一緒に過ごすことになる。私は二人に遠慮させまいと笑みを作る。
「良いのよ。たくさん貰った豆を食べなきゃいけないし、みんなで食べた方がきっと楽しいもの! エーリヒさまと一緒にジータスさまもいらっしゃるそうだから、顔見知りの人を誘ってみましょ!」
といっても誘える人なんて数えるほどしかいないけれど。アリサとウルスラ以外に誘うとなれば教皇猊下とシュヴァインシュタイガー元教皇猊下くらいしか思い浮かばない。お二人を誘い、豆を頂いた経緯を説明すると卒倒しそうである。黙って食べて貰うわけにもいかないから、エーリヒさまたちに相談して決め、あとは流れに任せるしかなさそうだ。
一先ず、ナイさまから頂いた箱を私たちが管理する保管庫へと移動して貰い、エーリヒさまが聖王国に到着するのを待つことになるのだった。
◇
久方ぶりの聖王国だ。
夏前に外務卿から欠員のため短期間、聖王国に赴いて欲しいと俺とユルゲンに命が降りた。慣れ親しんだ国だし、向こうには仲の良い同僚がいる。領地運営は代官に任せて、外務卿の命に快諾し今日にいたる。
アルバトロス城の転移陣から聖王国の転移陣へと転移して、俺は部屋の空気をすうと肺に取り入れた。なんとなくアルバトロス王国とは違う香りが肺を満たし懐かしさが蘇る。聖王国の外務官としての任を解かれ、さほど時間が経っていないというのに感傷に浸りそうになるとは。
俺も歳かなんて、一緒にきているユルゲンの方を見れば『懐かしの場所へ行きましょうか』と告げる。ユルゲンもまた俺と同様に懐かしさを感じているようだ。俺は前世の記憶というものがあるけれど、ユルゲンは二十歳手前の若い盛りである。
そんな年寄り臭いことを口にするのだなと茶化してみると、ええとユルゲンが微妙な顔になるのだった。俺たち二人は転移陣の部屋を抜け、アルバトロス王国の外交員がいる執務室へと向かう。
廊下を歩いていれば丁寧に礼を執ってくれる人が多くなった。中には『アルバトロスの……』と警戒を露わにしている者もいるが、分かりやすいから気にしなくて良いだろう。そうして執務室へ入れば、見知った顔たちが俺とユルゲンを迎え入れてくれる。
「二週間という短い期間ですが戻って参りました。よろしくお願い致します」
「僕も彼と一緒に戻ってきました。二週間、足手纏いにならないよう尽力いたします」
俺とユルゲンが頭を下げれば拍手が起こる。それじゃあさっそく仕事に取り掛かろうと席に腰を降ろし業務を開始した。慣れ親しんでいた職場ということで、ほとんど困ることはない。
アルバトロス王国の外交官が聖王国に常駐している理由は彼の国の監視である。妙な行動を取っている聖王国の者がいれば、アルバトロス王国に報告し、必要となれば王国から聖王国へ知らせが入る仕組みだ。だからなのか事務仕事の内容は本国のものより楽だ。そうして一日の仕事を終えユルゲンと一緒に宿舎に戻れば、フィーネさまから手紙が届いていた。同部屋のユルゲンと一緒に中へ入り椅子に腰を降ろす。
「仲が良いですねえ」
「普通だよ。ユルゲンだって婚約者の人と手紙のやり取りをしているじゃないか」
ユルゲンがふふふと小さく笑いながら俺を見ていた。ユルゲンだって婚約者の人と手紙のやり取りをしたり、アルバトロス王都を二人で散策したりと恋人らしいことをしている。
俺のことを揶揄っていると自分にも跳ね返ってくるぞという意味の視線を返せば、ユルゲンは肩を竦めた。
「まあ、そうですけれど、まさか初日に届いているとは誰も思いませんよ」
「そう言われると……でも一応、俺はフィーネさまに聖王国に向かう日を告げておいたからな。知ってたから丁度のタイミングだったんじゃないか」
俺がむっと口を結べば、ユルゲンが揶揄い過ぎましたかと言って手紙を読めと促してくれた。俺は遠慮なくと口にして、フィーネさまが認めた手紙に視線を落とす。
どうやらフィーネさまはナイさまから頂いた白いんげん豆を持て余しているようである。俺もナイさまから贈られてきたのだが、白いんげん豆料理のレシピを知っていれば教えて欲しいとのことで、いくつか送っておいた。
俺のレシピがなくとも、アストライアー侯爵家のお抱え料理人が開発してくれるだろうにナイさまも律儀というか。
フィーネさまは自身で料理ができないことと、出所が出所のため自国の料理人に預けられないと、白いんげん豆を持て余しているそうだ。もし可能なら俺に料理を作って欲しいとのことである。
俺の料理を誰かに振舞う機会はそうないし、偶には作っても良いだろうか。貴族だからと今まで避けていたけれど、厨房に立ちたい欲がある。バーベキューで焼き奉行を務めていたし、肌が傷つくのを避ける女性ではない。
場所さえ提供してくれるなら、身体が、いや、俺の前世が覚えてくれているはず。それに好きな人に俺が作った品を食べて貰えるのは、この上なく嬉しいことだ。
「良いことが書かれていたのですか?」
手紙を読み終えた俺にユルゲンが口元を緩めながら問いかける。俺はフィーネさまの手紙を読みながら嬉しそうな表情になっていたそうだ。
手紙には聖女アリサと大聖女ウルスラも同席する――彼女たちもナイさまから豆を贈られたそうである――ため、ユルゲンも遊びにきてくださいと記されていた。俺も女性ばかりの場所に入るのは気が引けるため、ユルゲンも誘って良いなら有難い。
だから俺はユルゲンに手紙に記されていた内容を告げる。もちろんプライベートなことは秘密で。
「僕も向かって良いのでしょうか」
「むしろ一緒にきてくれ。流石に俺一人じゃあ、なにか変なことを勘繰られそうだ」
うん。聖王国の人たちに変な噂を流されるわけにはいかない。あくまでアルバトロス王国で親しくなった友人というポジションに暫く務めておかなければ。
どうだと俺が無言でユルゲンに問えば『お邪魔でないなら』と苦笑いを浮かべながら返事をくれる。そしてユルゲンは小さく肩を竦めた。
「確かに豆の扱いは困りものです。僕のところにも届いて、父が遠い目をしていましたねえ。僕もどうしたものかと考えていたのですが、なるほど。エーリヒに作って貰えば良かったのですね」
ユルゲンのところにもナイさまから豆が届いたようである。試験的に植えた豆というのに大勢に配るほど大量に収穫できたようだから、西の女神さまのお力は本当に凄いのだなと感心する。まさか俺が西の女神さまがお植えになった豆を料理することになるとは思わなかったけれど、アストライアー侯爵家の料理人の方たちや豆が届いた家の料理人の方たちも同じ気持ちのはず。
「まあ、楽しいから作るけど……期待されても困る」
肩を竦めた俺にユルゲンが楽しみですねと告げる。でもまあ。久方振りに調理場に立つなら、手の込んだ品を作ってみよう。きっとフィーネさまが凄く良い顔を浮かべながら、喜んでくれるはずだから。






