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1485:なにしてんすか。

 白いんげん豆を植えた数日後。


 エーリヒさまに白いんげん豆を使った料理のレシピを知らないかと問い合わせた――聖王国に出張中である――ところ、お味噌汁や栗きんとんならぬ、豆きんとんに、トマト煮込みやグラタンを教えてくれた。

 王都からアストライアー侯爵領の移動で泊まった宿の料理は『カスレ』ではないかとも教えてくれている。カスレは欧州のどこかの料理だと記憶していたようで、いくつか味付けのポイントやアレンジ方法も記されていた。本当にエーリヒさまの料理知識は幅広いなあと感心しながら、お礼に白いんげん豆を贈っておいた。もちろんレシピ代も払っているため、エーリヒさまが教えてくれた数々のレシピはアストライアー侯爵家の料理の一部に加わる。


 豆きんとんに興味があるなあと思いを馳せながら、午前中の執務を執り行っていた。


 いつも通り、アストライアー侯爵領領都、領主邸の執務室には家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまがいて、護衛にジークとリンが控えている。肩の上にはクロがいて、私の側やセレスティアさまの足下にはヴァナルと雪さんと夜さんと華さんがごろんと床に寝転がっていた。

 窓から差し込む光に充てられて背中が気持ち良い。寝てしまいそうだが、寝落ちすれば部屋にいる皆さまに呆れられると私は頭を振った。丁度、その時、執務室の向こうから扉を二度ノックする音が聞こえてくる。誰だろうと私が首を傾げれば、ジークが取り次いでくれた。そうしてジークはクレイグがやってきたことを教えてくれ、入室の許可を私が下す。


 「失礼いたします。ご当主さま。先日、ミナーヴァ子爵領で撒いた白いんげん豆が収穫できたそうです」


 クレイグがこめかみをぴくぴくさせながら報告を上げてくれる。クレイグは他の人の目があると、主従の体を崩す気はないようで私に対して敬語を用いていた。

 ヴァルトルーデさまが撒いた白いんげん豆だし、もしかすれば数日で収穫できるかもしれないと予想していたが……まさか当たってしまうとは。クレイグの報告に家宰さまが苦笑いになり、ソフィーアさまが小さく溜息を吐き、セレスティアさまが鉄扇を開いて口元を隠し目を細めた。ジークとリンは表情を変えないまま壁際に佇んでいる。

 

 「鈴生りだそうです……」


 ですよねーと言っては駄目だろうか。少し呆れた視線を向けているクレイグに私は口を開く。


 「……そうですか。報告、感謝いたします。収穫をして、こちらまで届けてくださいと伝えて頂けますか?」


 一先ず、獲れたことを喜ぼう。そもそも食用の豆を撒いたわけだから育たない可能性もあった。私が種を撒いていたらどうなったのかも気になるが、ヴァルトルーデさまの方が効果が高いに違いない。

 ヴァルトルーデさまに豆が収穫できましたよと報告すれば喜んでくれるだろうか。それとも異様に収穫が早いと驚くだろうか。どちらにせよ、美味しく食べられれば良いか。宿泊した領の宿で食べた料理の再現がまたできるし、エーリヒさまから教えて貰った料理も楽しめそうだ。


 「承知しました。では、失礼致します」


 報告を終えたクレイグは頭を小さく下げて執務室から出ていくのだった。


 ――数日後。


 送って欲しいとお願いしていた白いんげん豆がアストライアー侯爵邸に到着した。幌馬車には枝が付いたままの白いんげん豆がこんもりつまれている。鮮度を保つために枝から取らないで送ってくれたようである。

 屋敷の裏手にある搬入用の馬車回りで、私とジークとリンとヴァルトルーデさまとジルケさまが幌馬車を見上げている。他にも料理長さまが白いんげん豆の質を確認するため一緒に外へと出ていた。目を点にしてポカーンと口を開けている料理長さまは『たった数日で……何故……』と驚いていた。その声を聞いたジルケさまは後ろ手で頭を掻きながらヴァルトルーデさまを見上げる。

 

 「姉御、なに考えながら種を撒いたんだよ……すげえ量だぞ、これ」


 「美味しい豆をたくさん食べたいって……まさかこんなに早く取れるなんて驚き」


 呆れ声のジルケさまにヴァルトルーデさまが目を細めながら答えていた。神力を抑えているというのに、ヴァルトルーデさまの意思が豆に伝わったようである。料理長さまは『なんだ、女神さまのお力か』と納得しているのか、していないのか良く分からない雰囲気を醸しつつ、幌馬車に乗せられている白いんげん豆一枝を手に取った。


 「姉御の欲望が反映されたみてえだな」


 ジルケさまはやれやれと言いたげに片腕を腰に当てて私の方を見た。


 「エーリヒさまから料理のレシピを頂いているので、有難いことですけれどね。余ったら、また発芽させて植えるのもアリかなと」


 私の爵位が侯爵のため領内で消費するとなれば結構な量が必要となり、外へと出荷することはない。誰かにお裾分けするとしても身内限定となる。

 一先ず、ヴァルトルーデさまが植えた白いんげん豆だからグイーさまに贈ってみよう。エーリヒさまのレシピも送れば、神さまの島の料理番であるディオさんは困らないはず。私が白いんげん豆をグイーさまに贈りたいとジルケさまにお願いしてみる。


 「親父殿に? まあ、良いけどよ。準備できたら教えてくれ。あたしが届ける」


 不思議そうな顔を浮かべつつもジルケさまは神さまの島まで向かってくれるようだ。


 「お手間を取らせて申し訳ありません。お願いします」


 「へいへい。あ、駄賃としてヨウカン、昼の茶菓子に出してくれな」


 お礼を告げた私にジルケさまは思い出したかのように仕事代を要求する。羊羹で良いなら安いものだと私は頷き、せっかくなら栗羊羹でも出すかと決める。そんなこんなで、また日が流れた数日後。執務を終えて自室でくつろいでいた私たちの下に、家宰さまが血相を変えて飛び込んできた。


 「ご、ご当主さま!?」


 「どういたしました?」


 息を切らしながら家宰さまが私を呼んでいる。いつも彼は落ち着き払っているというのに本当にどうしたのだろう。私はなにがあったと背を正して家宰さまと視線を合わせた。


 「白いんげん豆のサラダを食べたとたんに怪我が治ったという報告がありました!」


 家宰さまの声にイマイチ概要が掴めず詳しく説明して貰う。どうやら昼食で出された白いんげん豆料理を食べた人の中に怪我を負っていて、その人の傷が一瞬にして癒えたとか。ご飯前に転倒した際に擦り傷ができ、痛いなあと思いながら昼食を食べていたそうである。すると白いんげん豆料理を口にすれば、傷の痛みが消え傷を負った手を確認すれば綺麗に治っていたそうである。

 そんな馬鹿なと笑って済ませたいけれど、アレはヴァルトルーデさまが畑に植えた代物である。そういう奇跡が起こっても不思議ではない。不思議ではないけれど、とにかく確認をしなければと私は部屋にいたジークとリンに視線を向け、従業員食堂に行こうと頷く。


 「ご、ご当主さま! お騒がせをして申し訳ありません!!」


 従業員食堂に入れば、食事を摂っていた人たちが私の姿を見て一斉に立ち上がる。屋敷の主が立ち入る場所ではないので彼らの反応は致し方ない。怪我を負い治ったという方の前に立てば、慌てた様子で頭を下げてくれる。


 「いえ、お気になさらないでください。怪我が治ったという話を聞いたのですが……」


 「し、信じて頂けるか分かりませんが、食事前に転んでしまい手を擦り向いた傷が治ったのです!」


 目の前の下働きの男性が傷を負っていたのは他の方も目撃しているため、信じるもなにもないだろう。彼が私に見せてくれた手のひらは、節くれだった男性らしい手であるが傷は一つもついていない。女神さまの力は凄いなと感心していれば、どうして治ったのでしょうか……と目の前の下働きの男性が申し訳なさそうに問うてきた。


 「西の女神さまが植えた豆なので、あり得ない事象ではないと思います」


 私の言葉に下働きの男性と従業員食堂にいた皆さまが顔を青くしている。女神さまが植えた豆を食べてしまったことを悔いているようだけれど、縁起物みたいなものだろうから気にしなくて良いのではないだろうか。

 

 「え……? お、俺、あ、いえ。私は女神さまがお植えになられた豆を食べてしまったのですか?」


 目を点にした男性が声を震わせていた。でも女神さまが植えた豆はきっと、神社でお祓いを受けた豆と同じようなものである。


 「そうですね。しかし屋敷の皆さまが食していますし、私も食べています。西の女神さまも問題ないと仰ってくれているので、気になさる必要はないでしょう」


 私は従業員食堂にいた方たちの気が紛れるようにと、ヴァルトルーデさまの言葉を伝えておく。ヴァルトルーデさまはたくさん穫れたなら、屋敷のみんなで食べようと言っていたし、私が提供しても良いかと問えば構わないと仰ってくれている。怪我が治ったのは驚きではあるが、食べることに問題は全くないから安心して欲しい。ただ白いんげん豆料理を食べて、どこまでの怪我が治るのか気になるところである。


 「お知らせくださり感謝いたします。皆さまも食事中に邪魔をして申し訳ありません。冷えてしまう前に食べてくださいね」


 私は下働きの男性と従業員食堂にいた皆さまに声を掛け、家宰さまとジークとリンと共に食堂をあとにする。ひとまず、ヴァルトルーデさまに報告しておこうと、神出鬼没な女神さまを探す羽目となった。家宰さまは執務室へ戻りますと告げ、先に戻って仕事を捌くそうである。ジークとリンと私はヴァルトルーデさまを探しに行こうと超広いお屋敷を彷徨うことになる。


 こういう時は教会宿舎のような規模が良いよねえと目を細めていれば、屋敷に住み着いている妖精さんが『西の女神さまは図書室にいたよ!』と教えてくれた。

 私がお礼を伝えると『魔力! 情報料!』ときっちりと対価を請求される。ぱっと現れて私の心を読み言葉を発した妖精さんに請求されるのは不本意だが、ヴァルトルーデさまを探す手間は省けたとちょこっと魔力を練っておく。ご機嫌になった妖精さんは私の肩の上に乗り図書室の方向を指差す。長い廊下を歩き、図書室の扉の前に辿り着く。中に入って奥へと進めば、陽の当たる窓の側でヴァルトルーデさまが静かに本を読んでいる。


 「ヴァルトルーデさま」


 「どうしたの、ナイ?」


 ヴァルトルーデさまがゆっくりと本から視線を外して私と目を合わせる。相変わらず怖いくらいの美人さんであるがヴァルトルーデさまだ。私は報告しなければと口を開く。


 「ヴァルトルーデさまがお植えになられた白いんげん豆の件となります」


 「?」


 私の声にヴァルトルーデさまは首を傾げた。肩の上に乗っているクロは『凄いことが起こったんだよ~』と呑気に喋った。


 「白いんげん豆に怪我を治す効果があるようです」


 「そんなもの付与した覚えはないけれど……あ」


 私が理由を説明すれば、ヴァルトルーデさまが微かに眉を動かした。なにか心当たりがあったようで、私から一瞬だけ視線を外す。


 「植え方を教えて貰った人、怪我してたからかもしれない」


 ヴァルトルーデさまの言葉に私は子爵領でのことを思い出す。確かに種植え指導を担ってくれた方の腕には手当したあとがあった。一応、お金を払ってくれれば治しますよと声を掛けておいたのだが、もう治りかけているから大丈夫と言っていた。

 ヴァルトルーデさまは種植え指導を担ってくれた方の怪我の具合までは知らなかったはず。どうやらヴァルトルーデさまの心配していた気持ちが豆に伝わったようである。優しさ故の結果だからヴァルトルーデさまを責められない。とはいえ本当に限られた身内にしか提供できなくなったと私はヴァルトルーデさまに伝えるのだった。

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― 新着の感想 ―
まぁ予想よりかは下かな?本当に凄い効果を発揮すると思ってたので(苦笑) けどコレ、生傷の絶えない騎士団や冒険者には朗報と言える食べ物ですし、産地も含めて凄い問い合わせが行きそうですね?どうせ陛下に報せ…
個人的にはポークビーンズとか好きですね。しかし聖なる癒しの豆として教会に贈っても良いかもね。 この豆から育てた豆は普通の豆になるのかな?それともナイの畑で育てたら効果が次世代にも出るとか?
多分、エーリヒ氏の転生特典は料理関連限定のWikiなんだきっと・・・。
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