1484:楽しそうでなにより。
夏までの期間はなにをしようかと張り切ったものの、領主のお仕事は治める土地の発展させることである。真面目に地道にお仕事をしていこうと決めたところであるが、ちょっとやりたいことが出てきた。
少し前、とある領地で買い付けた白いんげん豆の生産をミナーヴァ子爵領かデグラス領でできないかなと考えている。もちろん、白いんげん豆を買い付けた先に迷惑を掛けるつもりはないため、侯爵家で消費するだけの量に留めるつもりだ。
まあ、生産してみようと考えた経緯は少し別のところにある。
『豆料理、美味しかった』
『また食べてえよなあ、姉御』
ヴァルトルーデさまとジルケさまがとある領地の豆料理を痛く気に入っているのだ。また食べたいと申されているが、次に食す機会がいつになるかは分からない。ジルケさまが料理長さまに豆料理を作って欲しいとお願いしていたものの、完全再現――それでも美味しかったけれど、なにかが足りなかった――には至らずに終わっている。
そんなことから、今日はミナーヴァ子爵領に向かい前日から水に浸しておいた白いんげん豆を実験用の畑に撒いてみようとなった。メンバーはいつも通りの面子となり、ジャドさんたちとおばあも興味があるとのことで一緒にきている。
ミナーヴァ子爵領にある実験用の畑にはとうもろこしに、リーム王国のおいもさんに、アガレス帝国から頂いたさつまいもを植えているのだが、連作や時期の関係で白いんげん豆を育てるスペースが丁度空いていた。
季節は六月となり暖かく湿気が多い日が続いている。順調にいけば発芽するはずと、子爵領領主邸の玄関先で私はバケツに浸している白いんげん豆を覗き込む。
「あ。少しだけ芽が出てる。良かった、ちゃんと芽吹いて」
気温のお陰か白いんげん豆から芽が小さく出ていた。豆の一部では尻の部分に根も生えてきている。発芽しない場合も考えていたので、僥倖だと私は笑みを浮かべているとヴァルトルーデさまもバケツを覗き込んだ。
「本当だ。ナイは物知りだね」
「本を読んで得た知識を覚えていただけですよ」
ヴァルトルーデさまが褒めてくれるのだが、私は偶々読んだ本の内容を覚えていただけだ。前世で社会人を務めていた際、ベランダで豆を育てられないかと本で調べたことを朧げに覚えていた。本格的に畑で育てることになるとは思わなかったけれど、成長して収穫して口にする日がくるのが楽しみである。ジルケさまも興味深そうにバケツを覗きながら口を開く。
「美味い豆ができると良いんだがなあ」
ですねえ、と私は答えてしゃがみ込んでいた体勢から立ち上がり前を向けば、ヴァルトルーデさまとジルケさまも立ちあがる。
「それじゃあ行きましょうか」
私は白いんげん豆が入ったバケツをジークに預けると、側にいたおばあが『ピョエ~』と鳴く。ジャドさんが『持って歩きたいそうです』とおばあの気持ちを通訳してくれた。
ジークは良いのかと目を合わせて、私が構わないと頷けばバケツの柄を上にあげながらおばあの嘴の下へと掲げる。おばあは目を細めながら尻尾をぶんぶん振って楽しそうにバケツを咥えた。
少し揺れたバケツの端から水が撒け地面に落ちるかと思えば、おばあの側にいた毛玉ちゃんたち三頭に降り掛かる。毛玉ちゃんたちは『みじゅ!』『にゃにすりゅの!』『ぶるぶるしゅる!』と言いながら、おばあに抗議の視線を送っていた。おばあは毛玉ちゃんたち三頭の怒りに気付かないまま、ウキウキでバケツを咥えたままだ。
なにをやっているのやらと目を細めると、ヴァルトルーデさまが私の顔を覗き込んでいた。
「ナイが種を撒くの?」
ヴァルトルーデさまは私と視線を合わせているため、結構腰を折っている。身長差が本当にあり過ぎるのだが、今更気にしたところで覆らない。私は馬車に乗りましょうと言いながら、種をどうするのか答えるため後ろに振り返る。
「いえ、見ているだけですよ。下働きの方に渡してお任せします」
「撒いてみたい」
振り返った先にいたヴァルトルーデさまが興味深そうな顔を浮かべる。まあ、王都のタウンハウスの家庭菜園にある妖精さんと一緒に種を撒いているから今更であるが、女神さまが種を撒けば凄いことになりそうだ。とはいえ、女神さまがやりたいと告げたことを止める権利を私は持ってはいない。いないけれど、一応『止めた』という体裁が欲しかった。
「構いませんが、土で汚れますよ」
「気にしないから、平気」
ヴァルトルーデさまは土に汚れることを厭わない。どちらかといえばナターリエさまとエーリカさまが嫌がるだろう。ジルケさまも土に触れることを躊躇わないけれど、誰かやってくれるのであればその人に任せようというタイプである。本当に四姉妹それぞれに個人差があるが面白い。
「貴族のお嬢さま設定がどこかへ吹っ飛んでいる気がしますが……」
下働きの方には女神さまもくるとは伝えておらず、私の側仕えがくると言っているだけだ。ソフィーアさまとセレスティアさまは仕事を捌くために領主邸に残るから、今日はヴァルトルーデさまとジルケさまが私の側仕え役なのだ。下働きの方に『女神さまです』と告げれば腰を抜かしてしまうだろうか。でも最近のヴァルトルーデさまは神力の制御に慣れているのか、彼女の姿を見て慄く人はほぼいない。
「身内しか居ねえから良いんじゃね? 姉御は気にしねえみたいだしなー」
ジルケさまは軽く捉えているようで、鼻歌を歌いながら馬車へと乗り込む。私とヴァルトルーデさまも車に乗り試験畑へと向かう。
「やっぱ、侯爵領の領都と比べると小さい町だな」
「領地の人の数も違いますし、お店の数も違いますから。一次産業で成り立っている町なので、大きく変わるのは難しいのかもしれません」
ジルケさまの声に私が答えると、一次産業ってなんだと問われる。前世の言葉だし、今のアルバトロス王国には一次産業、二次産業とかの概念はまだ生まれていない。私が凄く簡単に説明すると『なるほどなー』と気の抜けたジルケさまの声が上がる。
「せっかくなら六次産業化もできるようになりたいですね」
そうすれば加工品を作るための施設や人材が必要になり、お金が動くことになる。知識も必要になってくるから、領地の人たちに学ぶ機会が訪れることになるだろう。
「まーた、ナイの口から難しい言葉がでたぞ」
「難しくはないですよ。単に領地で穫れた品を生産加工して流通まで担い、付加価値を生み出そうというものですから」
ジルケさまが眉間に皺を寄せ『やっぱ難しいじゃねえか!』と私を見ている。女神さまには興味はないかと私が苦笑いを浮かべれば、ヴァルトルーデさまが豆やとうもろこしを加工してなにを作るの? と問うてきた。
「なんとなく口にしただけで、まだなにも考えていませんね……けれどスイートポテトとか焼き芋とか食べたいですねえ。あ、行軍の際に持っていける食料とか開発するとか?」
私が頭の中で思いついたことを口にしていると、ヴァルトルーデさまが『ナイが食べたいだけ』と言い、ジルケさまは『欲望が駄々洩れだな』と肩を竦める。
確かにスイートポテトと焼き芋は単に食べたいから口にしたけれど……でも缶詰とか作れるなら日持ちする食品を作って、特産にできるのではないだろうか。まあ、技術がないので誰かに相談することになりそうだけれど。真空パックとか急速冷凍技術もあれば便利だよなあと思いを馳せていれば、領都の外にある試験畑に辿り着いていた。
「隣の果樹園。異常な量の実が生っているような?」
「すげえ量だよな。あんだけ実れば不揃いなものができそうなのに、大きさ同じだぞ……しかも実がでけえ」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが畑の隣にある果樹園に目を向けている。数年前、私たちが植えた果樹園の木は立派に育ち実を生しているのだが……収穫時期になれば大量の実が生る上に、時折、時期を逸脱して実を生している。子爵領の魔素量が他の領地に比べて高いそうなので、原因はソレであろうと副団長さまが答えを導きだしてくれていた。
「食べて良いの?」
「出荷用だと駄目と言わないといけませんが、身内用の果樹園なので大丈夫ですよ」
ヴァルトルーデさまが果樹園に視線を向けたまま私に問うた。果樹園は私の趣味で作っているため、勝手に食べて貰って構わない。おばあも興味があるようで、バケツを咥えたままこちらにきて『ピエ』と鳴いている。
「おばあも食べたいなら食べて良いよ。熟れてないのもあるから気を付けてね」
私がおばあに伝えると、嘴に加えていたバケツを差し出してくれる。私はおばあからバケツを受け取れば、肩の上のクロが尻尾をてしてしと動かした。
『ボクも食べたい~』
「ん。もちろんクロも食べて大丈夫」
取り尽くせば、また花が咲いて受粉して実を着けるというトンデモ果樹園と化しているため、おばあたちが食べ尽くしても問題はない。ただ領外には出せない代物というのが手痛いところだ。
「あたしも良いか?」
「はい。どうぞ」
ジルケさまも果樹園が気になるようで確認を取ってくれる。クロが私の肩から飛び立って、おばあとヴァルトルーデさまとジルケさまに『行こう』と声を掛ける。側にいた毛玉ちゃんたちは果物にあまり興味がないのか、広い試験畑を三頭で走り始める。
ぴゅーと駆けていく姿はしなやかで凄く早い。畑を荒らしちゃ駄目だよーと私が声を上げれば、ぎゅっと立ち止まり毛玉ちゃんたちが戻ってくる。中に入っちゃ駄目だよと再度声を掛ければ、畑の外周をまた走っている。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは彼女たち三頭を見ながら、元気だねえと声を上げて陽向ぼっこを始めていた。私はジークとリンと共に、畑で待機してくれていた下働きの人の下へと向かう。
バケツを渡して豆の状態を確認して貰えば、植えても大丈夫そうだと教えてくれる。そして私の側仕えの一人が一緒に豆を撒きたいことを告げれば、変わった方ですねえと下働きの方は不思議そうにしていた。
白いんげん豆が収穫できる時期や量を聞いていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが戻ってくる。服のポケットにオレンジやリンゴを忍ばせており、馬車の中で食べるとのこと。
私は下働きの方にヴァルトルーデさまを紹介すれば、では始めましょうとなり女神さまが畑の中へと入って行く。下働きの方に説明を受けながら、ヴァルトルーデさまは指示に従い畝に豆を蒔いていく。そして下働きの方が土を被せ水撒きを済ませた。ヴァルトルーデさまが豆を全て蒔き終われば、離れた位置から私たちの方へと顔を向け『どや』という表情になっている。おそらくそれは、ヴァルトルーデさまを知らない人が見れば微かな変化かもしれない。
「姉御が楽しそうでなによりだ」
「そうですね」
ジルケさまと私はヴァルトルーデさまとの付き合いはそれなりだから、表情変化の少ない女神さまの顔色はなんとなく分かる。楽しいならなによりだと笑い屋敷に戻るのだった。数日後、とんでも効果のある白いんげん豆が収穫できることを知らぬまま。






