1482:豆料理。
フィーネさまたち一行は聖王国へと戻り、アリアさまとロザリンデさまは王都に残り、私たちアストライアー侯爵家一行は領都へと帰路に就いている。王都からミナーヴァ子爵領へは馬車で一時間程度、デグラス領(仮)には丸一日、アストライアー侯爵領まで三日間掛かるため、途中で二泊する予定だ。
凄く移動に時間が掛かってしまうなと思っていたけれど、慣れてしまえば小旅行のようで楽しい。大勢の移動となるため費用は嵩むが、クレイグ曰く『はした金』なのだそうである。私は移動に掛かった費用を聞くたびに『ひえ』と肝を冷やしているのだが、いい加減慣れるべきか。でも庶民的感覚は捨てたくないという葛藤がある。
王都を出て既に陽が暮れようとしていた。
馬車の中には対面にソフィーアさまとセレスティアさまが腰を降ろし、私の両隣にはヴァルトルーデさまとジルケさまが座っていた。何度か移動した道だというのに、ヴァルトルーデさまは外の景色を眺めるのが楽しいようである。
ジルケさまは欠伸をしたり、雑談に興じたりして移動を楽しんでいた。馬車はそろそろ本日の宿のある街へ入領している。外にはご飯の時間だと帰路につく人たちが多くいて、割と騒がしい雰囲気があった。人の営みを見るのは面白いなあと、私も窓に視線を向ける。すると私たちが乗る馬車に驚いている人たちを確認することができた。
「ぐ、グリフォン!? と、デカい犬!?」
「アストライアー侯爵家の車列だ! 閣下は竜を従えているから、グリフォンやデカい犬くらい、いてもおかしくはない! ……常識的に有り得ねえが……!」
そんな声が馬車の中にまで響いてくる。ソフィーアさまは苦笑いを浮かべ、セレスティアさまはどうだと言わんばかりの顔になっていた。車列の最後方にいるおばあは『ぴょえー!』と鳴き声を上げ、犬と言われた毛玉ちゃんたちは『ちがう!』と声を揃えている。後ろで騒いでいるおばあと毛玉ちゃんたちへと護衛に就いているジークとリンが歩いて行く。どうやらおばあたちに騒がしいと注意をしたようで、鳴き声がピタリと止まった。
戻ってきたジークの視線がぱっちりと合い、私は窓から正面に向き直る。う、と口を真一文字に結んで、朝のことを思い出すと頭を抱えたくなった。とはいえ頭を抱えれば馬車の中にいる人たちが不思議に思うとぐっと我慢をする。
『ジークとナイがお付き合いするなんて、驚きだねえ』
「言わないでよ、クロ。意識しないようにしているのに」
クロが嬉しそうに尻尾をぺちぺちと私の背中に叩きつける。フィーネさまたちとお泊り会をした翌日の朝、私はこのままでは前にも後ろにも進まないと、ジークに正直な気持ちを打ち明けた。
ジークのことは家族として見ていたから男性として意識できるか分からない。でも、ジークから告白されて意識をしていること、今まで出会った男性の中でジークが側にいてくれるなら安心できること。手を繋いだり、それ以上の行為に進むことは特に嫌でないことも告げた。ジークはジークで急がなくて良いし、ただジークが私の側にいることと、今までより距離が近くなることを認めて欲しいと言っていた。
クロはその時、私の肩の上に乗っていたから一部始終を見ていた。私が勢いでジークに気持ちを伝えたから、クロは逃げるタイミングを失ってしまったという方が正解だけれど。
『照れる必要はないでしょ~好きなら自然に番になるんだしねえ』
「クロさんに恋愛話を説かれる日がこようとは」
本当にクロが恋愛話を説くなんて驚きである。でもまあ、ご意見番さまとして長い時間を生きていたなら、雄雌のアレコレは見ていたのだろう。相談役みたいな立ち位置だったようだから、誰かから恋愛話を聞かされていたかもしれない。
魔獣や幻獣、そして亜人の皆さまの恋愛観が気になるところだけれど、私が今興味を示せば藪蛇どころか火の中に突っ込んでいく行為だ。余計なことは言わないでおこうと口を閉ざせば、両隣のお方たちが面白そうな顔を浮かべている。
「ナイが鈍すぎるだけ」
「だなー」
ヴァルトルーデさまとジルケさまにまで口を挟まれるとは。ジルケさまは他人の心の機微にある程度理解がありそうだけれど、ヴァルトルーデさまは食と世界にしか興味がなさそうなのに……どうしていい顔をしているのやら。ソフィーアさまとセレスティアさまは『ようやくだな』『ゆっくり進んでいけば良いのでは。貴族ならいろいろな夫婦の形がありますもの』と私に視線を向けている。
『本当に時間が掛かったねえ。ナイらしいのかな?』
クロがすりすりと私の頬に顔を擦り付ける。なんだか馬車の中に私の居場所がないと背を縮こめる。
「……ごめんなさい」
「謝罪は今まで待たせていたジークフリードに言ってやれ。ま、これからナイがどうなるのか見物だな」
なんとなく私の口から出た言葉に、ジルケさまがにししと笑いながら軽口を呟いて私の頭をわしゃわしゃと撫でる。子供扱いされているけれど、恋愛面に関して私は凄く鈍いようだから言い返せなかった。
「あ、そろそろ宿に辿り着く」
ヴァルトルーデさまが『今日のご飯が楽しみ』と呟けば、車列は領内の高級宿へと辿り着いていた。ソフィーアさまとセレスティアさまが馬車からそそくさと降り、侍女に扮しているジルケさまとヴァルトルーデさまも私より先に降りる。二柱さまのエスコートは恐れ多くて誰も手を挙げないから、リンが担うことになっていた。
「ジークリンデ、凄く微妙な顔」
「ナイのエスコートしてから、ジークリンデ的にゃあ姉御はお呼びじゃねえんだよ」
「……そんなこと……」
そんな二柱さまとリンの声を聞きながら、私は席から立ち上がり扉へと近づく。するとジークが私の方へと手を伸ばしてエスコートを担ってくれている。なんだかそっくり兄妹の兄の手を取るのが恥ずかしいけれど、ここで変に遠慮すれば周りの人たちが訝しむ。ええい、ままよと大きなジークの手に私の手を重ねて、馬車のステップを降りるのだった。
「ありがとう、ジーク」
「いや。いつも通りだ」
私が地面に足を着けて顔を上げれば、いつも通りジークの顔があった。私だけが照れているのはズルいと言いたくなってしまう。でも昨日よりもジークと私の距離が詰められているような。気のせいかと私は足を踏み出して宿の中へと入っていく。
おばあは外の厩で一晩過ごし、毛玉ちゃんたちは私の影の中へと移動している。今日の晩御飯は領地の特産を使ったものを提供してくれるそうだ。宿に入って直ぐ、領主の使いの方が訪れ挨拶を済ませていた。騒がせて申し訳ないと伝えておいたのだが、この地の領主さまは私たち一行をどう捉えているのやら。なにか粗相をすれば首を斬られてしまうと戦々恐々していなければ良いけれど。
「豆料理が有名らしいですよ」
借りた部屋の中で私は宿の人から聞いた話を二柱さまへと告げる。
「豆料理。どんなものが出るのか分からないね」
「美味いと良いんだけどな」
ヴァルトルーデさまは豆料理がどんなものか想像つかないらしい。ジルケさまは考えることを放棄しているようで、味さえよければ見た目やらはなんでも良さそうな雰囲気だ。
私も豆料理と言われても想像ができないし、美味しければオールOKである。クロも豆の味が気になるようで、私はお店の人に茹でた豆を用意して欲しいとお願いをしておく。楽しみだなあとベッドの端に腰を下ろしているとリンが部屋に現れた。
「ナイ。買い出しに向かってくれる人が欲しいものはあるかって」
ひょっこりと顔を出したリンが部屋の中に入ってくる。リンが正面に立って腕を伸ばして私の頬に触れた。特に深い意味はなさそう、というかジークがエスコートを先程担ってくれたから、リンはその代わりの行為としているのだろう。拒否する理由はないと私はリンと視線を合わせる。
「豆が特産物らしいから、売っているお店があれば調達して欲しいかな」
「分かった、伝えてくる」
そう言い残したリンが私の頬から手を動かし、髪を一房取って小さく笑い部屋を出ていく。
「お願いします」
私は部屋を出ていくリンの背に声を掛ければ『ん』と短い彼女の声が聞こえた。
「ジークリンデ、どうしたんだろう」
「あたしに一瞬視線を向けていたな。馬車の中でナイの頭撫でたの、もしかして察知していたのか!?」
ヴァルトルーデさまは首を傾げ、ジルケさまは目を見開きながら驚いている。特に深い意味はないけれど、ジルケさま的にはリンの行動がそう見えても仕方ないのだろうか。
いや、まさか……と私は苦笑いを浮かべるものの、リンだしなあとなにか意図が合ったのかと肩を竦め、ご飯の時間まで暇を潰す。そうして宿の人に夕食の準備ができたと伝えられ、宿の食堂へと移動した。貴族向けの宿のため給仕の人もいる。何故か緊張しているようだが粗相をしても私は怒ったりしない。ヴァルトルーデさまとジルケさまもワザとではない限り怒ることはないので安心して欲しいものだ。
運び込まれた料理の説明を受ければ、白いんげん豆をふんだんに使い、鴨肉や鶏の肉と野菜を何時間もかけて煮込んだものだそうである。ソースはそれらの出汁で構成されており、材料さえそろえばトマトベースのソースになることもあるらしい。味が薄ければハーブを使用することもあるそうだが、今日は使っていないとのこと。
「美味しそう……!」
オーブンで焼き色を付けているため、おこげの部分も美味しそうだし、チーズを乗せればカロリー爆弾となってしまうが味が更に濃厚になるはず。大きな豆とゴロゴロとしたお肉の塊ににんじんにたまねぎ――溶けてほとんど形を失っているけれど――に数本のソーセージも入っていた。二柱さまも提供された料理に目を輝かせている。冷めてしまうと味が落ちると私は両手を合わせた。
「いただきます!」
私が声を上げれば、二柱さまも続けて声を上げる。他の人たちは別の時間に食事を摂ることになっていた。先に頂いてしまうのが申し訳ない気持ちが湧くものの、早く食べたい気持ちが湧いてくる。
スプーンで一口分を掬って口に運べば、お豆や肉が口の中で溶けていき、味がじゅわっと口の中に広がって鼻から抜けていく。凄く美味しいと私が目を細めていると、二柱さまも一口食べていたようで笑みを浮かべていた。
「お肉、柔らかい」
「鴨肉の味良いな」
お肉もソーセージも美味しいし、お豆もちゃんと味が付いていて美味しい。そういえば豆料理はアストライアー侯爵邸でなかなか出てこないし、買い付けた特産のお豆でなにか料理ができると良いなと私たちは食事を楽しむのだった。
◇
――宿屋・厨房。
「お残しがない! 完食されておられる……良かったぁ……良かったぁ!」
「料理長、生きた心地がしなかったですものねえ。侯爵閣下が食べ切ってくださって本当に良かった……!!」






