1481:咲いた花は枯れないはず。
建国祭が無事に終わりお泊り会を開いているのだが、何故か恋愛話で盛り上がっている。クロは寝床の篭の中で欠伸をし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは床にゴロンと寝そべって、毛玉ちゃんたち三頭は縄をハムハムして遊んでいる。そして一通りの話が終われば、長い銀糸の髪をひとまとめにしているフィーネさまが大口を開く。
「あんな良い男の人をほっとくなんて、女性としてあり得ませんよ!」
「たしかにジークはカッコ良いですが」
むんと力説しているフィーネさまが顔を近付けて、答えた私に『ぱあ』と顔を輝かせた。たしかにジークはカッコ良いのだが、フィーネさまが良い男と言い切るのはどうしてだろう。付き合いはそれなりにあれど、ジークとフィーネさまが会話をしていたことなんてほぼないから、エーリヒさま経由でなにか聞いてたのだろうか。
「並び立つと不釣り合いというか、なんというか」
「誰かの目を気にしても意味がないですよ、ナイさま!! そういうものは当人同士が決めることですよ!!」
私がジークと並べば凸凹感が半端ない。それこそ親子ではと勘違いされそうなほどに。リンと並んでも身長差があるのだから、ジークとなれば違和感の激しさは倍増するわけで。
恋人ですと伝えても鼻で笑われそうである。いや、まあ……今いる場所で私たちを鼻で笑えばほとんどの人が地位を失いそうだけれど。フィーネさまが右手を握り込みながら力説しているのだが『早く付き合っちまえよ、YOU』と鼻息荒く見えてしまうのは気のせいだろうか。苦笑いを浮かべていれば、私の腕の袖をリンが摘まんでちょいちょいと引っ張った。どうしたのだろうと私が隣の椅子に腰かけているリンを見上げれば、彼女の目が細くなる。
「リン?」
「ナイは兄さんが嫌い」
リンの問いに私は幼い頃の不安でいっぱいいっぱいだった彼女を思い出すが、今の姿ではその気配を感じられない。単にジークのことを私がどう思っているのか知りたいだけのようだ。
「そんなわけないよ。今日もジークとリンには助けて貰った。二人を嫌いになるなんて、この先絶対にないって言える」
なにか起こっても二人を嫌いになることは一生ないし、クレイグとサフィールのこともきっと嫌いになれないだろう。多分、部屋にいるみんなや、この場にいない人たちのことも私は嫌いにはなれないはず。私の返事を聞いたみなさまが『おお』と盛り上がっているけれど、そんなに大したことは言っていない。リンは一つ頷いて、小さく口を開く。
「そっか」
ふふと笑っているリンが頭の中で考えていることがイマイチ理解できない。どうして今のタイミングでジークのことを聞いてきたのか謎のままである。ただリンの機嫌が良くなったから、私はリンが望んでいることを言えたようだ。
「そういえば、フィーネさま以外の方は好いた人がいるのですか?」
フィーネさまとエーリヒさまがお付き合いをしているのを私は知っているが、他の方たちは誰か意中の男性がいるのだろうか。良い雰囲気だなという場面は何度か見ているけれど、はっきりとした意思を聞いていなかった。私とフィーネさまのことを聞いていたのだし、この際、はっきりとしていても良いのかもしれないと、私は先ずウルスラさまへと視線を向ける。
「い、今は大聖女として精一杯、信者の皆さまに尽くすことが使命かなと!」
むんとウルスラさまが胸の前で握り拳を作った。彼女が無茶をしていないか心配だけれど、フィーネさまとアリサさまが一緒に過ごしているから大丈夫なはず。
教皇猊下も気に留めてくれているし、聖王国のマトモな人たちもウルスラさまを支えようとしている。政治面についての座学を受け始めたらしい。ヴァルトルーデさまが現界なされているから、ウルスラさまに気合が入っているともいえる。ぶっ倒れたならヴァルトルーデさまに無茶をするなと説いて貰えば効果覿面のはず。だから無理はしないで欲しい――矛盾している気もするが――なあと願いつつ、私はアリサさまに視線を向ける。
「あたしはフィーネお姉さまです!」
アリサさまは相変わらずフィーネさま推しのようだ。フィーネさまは彼女の隣で『誰か良い人を見つけなさいな』と言いたげに眉尻を下げて困った顔になっている。
アリサさまがフィーネさまに向けている感情は愛より敬愛とか崇拝に近いものだろうから、時間さえあればそのうち彼女は良い人を見つけてあっさりと婚姻を果たしていそうだ。それまではフィーネさまだと大っぴらに口に出せるのは凄く言い事のはず。そして私はアリアさまへと視線を向けると、フィーネさまが背筋を伸ばして聞く態勢に入っていた。当のアリアさまは照れ臭そうに口を開いた。
「言って良いのかなとずっと迷っていましたが……」
アリアさまが膝の上に両手を置いて顔を真っ赤にしている。なんだかその仕草が凄く可愛いなあと私が言葉を待っていれば、ロザリンデさまがアリアさまの隣で『そろそろ宜しいのでは?』と小さく耳打ちしている。
「く、クレイグさんのことが好きです! お、お付き合いしているのかと言われれば微妙ですが……クレイグさんの優しいところが素敵です!」
アリアさまが勢い良く言葉を口にした。クレイグはいつの間にかアリアさまに天然石を贈っていたようだ。彼女の胸元で光っているのがソレだとか。
そういえば南の島でクレイグから天然石を譲って欲しいとお願いされ、彼に渡していたけれど、いつの間にアリアさまへ贈ったのやら。でもまあ、役に立っているなら良かったし、クレイグとアリアさまが婚姻を望んでいるなら協力はやぶさかではない。
筆頭聖女さまを務めているアリアさまなので、貴族籍でしかないクレイグでは『釣り合わない』と批判が出るはず。その時はアストライアー侯爵家の力を最大限に使えば、どうとでもなるはず。こういう時は権力を持っていて良かったと思えるけれど……転がり込んでくるトラブルに対処していただけだから、自身の功績かと問われれば微妙と言わざるを得ない。言えないけれど、まあ、上手く利用しないと。
アリアさまの声にフィーネさまが『クレイグさんのどんなところが良いんですか?』と問うている。アリアさまは照れつつ『ぶっきらぼうなところも好きですし、アストライアー侯爵家の一員として日々学んでおられるところとか、ですね』と答えていた。最後までクレイグの良いところを口にしたアリアさまが恥ずかしそうにしつつ、ロザリンデさまはどうなのですか? と話のバトンを渡していた。
「う。お恥ずかしい話ですが、カルヴァイン枢機卿と婚約をしようかと。父も認めてくださり、カルヴァイン男爵閣下も構わないとお返事を頂いております」
これまた照れ臭そうにロザリンデさまが口にする。
「いつの間に」
知らないところで婚約を結ぼうとしていたことに私は驚いて、勝手に口から声が漏れていた。確かにロザリンデさまとカルヴァインさまの間では良い空気が流れていたけれど、婚約まで結ぶ段階まで昇っているとは驚きだ。でもアリアさまは知っていたようなので、ロザリンデさまから相談を受けていたのだろうか。
「雰囲気、良いですからねえ」
フィーネさまはお二人の関係に気付いていたようで、ドヤ顔を浮かべながらニヤニヤしている。でも婚約が決まりそうなら良かった。
お貴族さまは家の命令として嫌な相手と添い遂げることが多々ある。前世で自由恋愛を知っている身としては、こうして意気投合してくっついている方を見ると安心できるというか。修羅場になる可能性は低くなるし、愛人や若い燕を囲うことも遠のくだろうから。しかし恋愛話に興じることができていることが嬉しいのか、フィーネさまがご機嫌だ。そんなに楽しいものなのかと私が首を傾げていると、クロがまた寝床の篭の中でくわっと大きく口を開いて欠伸をしている。
クロの姿に私が片眉を上げていれば、いつの間にか部屋にいる皆さまの視線が刺さっていた。
「ナイさま。ジークフリードさんの告白にちゃんと答えてあげてくださいね!」
そう口にしたフィーネさまが『時間が掛かっても良いですから!』と付け加える。ウルスラさまはなにも口にせずに小さく笑い、アリサさまはうんうんとフィーネさまの声に頷いていた。
「ジークフリードさんなら、ナイさまのことは全て把握されているでしょうしね」
「そうですわね。幼馴染としてずっと側にいてくださる殿方ですもの」
アリアさまとロザリンデさまが微笑ましそうな視線を私に向けている。たしかにジークはずっと私の側で控えてくれていたし、いろいろと危ないところを助けて貰っていた。それはリンにも言えることだけれど、私の隣に座っているリンは特に気にした様子はない。
「あ、はい。善処します」
私は答えあぐねて、微妙な声しか上げられなかった。フィーネさまはやれやれと肩を竦めているようだけれど、アリアさまとロザリンデさまは頷いてくれ、ウルスラさまとアリサさまは小さく笑うに留めている。本当に私の返事を待たせてしまっているジークには申し訳ない限りである。
――答えを出さなければ。
堂々巡りの頭の中だけれど、本当は答えなんて分かり切っているのかもしれない。ただ私が一歩を踏み出せず、今まで一緒に過ごしていたみんなとの……幼馴染の関係が変わってしまうことを恐れている。弱いところ、迷っているところを見せたくないと立ち回ってきたけれど、ジークは多分、私のそんな気持ちさえ承知しているのかもしれない。私が抱えている問題も知っているだろうから。
「投げやり! 投げやりですよナイさま! でも、少しは気持ちの整理できました?」
フィーネさまがふふふと笑い、また肩を竦める。フィーネさまともいろいろとあったけれど、こうして話をしてくれる友人に恵まれたことに感謝していれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまが夜着を纏って部屋に入ってきた。
「なにを話しているの? みんな、楽しそう」
「なんだ、まだ寝てねえのかよ。そろそろ寝ようぜー」
不思議そうな顔になっているヴァルトルーデさまが首を傾げ、欠伸をしながらジルケさまが早く寝てしまおうと声を上げている。私は寝たい人は寝て、夜更かししたい人は話を続けましょうかと声を上げ、夜にはハードルの高いお菓子を用意して貰うのだった。偶にはこういうことも良いよねとみんなで笑い合いながら、夜が更けていくのである。






