1480:恋バナは咲くのか。
随分と騒がしかった今日を振り返る。テオさんとレナさんと王都の街に繰り出せたことは私の一生の思い出になるはずだ。五時間ほど前まで王城の城壁の下にいたことが既に懐かしい。
――たくさんの声が聞こえる。
アルバトロス王国王都の城門前には多くの人が集まり、陛下がお姿を現すのを待っていた。私はテオさんとレナさんと一緒に城壁近くで待機しているところだ。ぎゅっと誰かに潰されそうになるのは初めてのことで少し怖く感じる。するとテオさんの腕が伸びてきて私を近くに引き寄せてくれ、すっぽりと空いていたスペースに入れてくれる。
「ホントにアンタは人混みに慣れてねえな」
「う。すみません」
呆れ声を出したテオさんは片眉を上げながら私を見ている。咄嗟に謝ってしまった私に、側にいたレナさんがテオさんを見上げながら口を開いた。
「兄さん、アンファンさんに言い過ぎ!」
「あ? あー……その、言葉がきつかったな、悪い。けど、慣れねえと大変だぞ」
レナさんが腰に手を当ててテオさんに苦言を呈している。テオさんはレナさんに強く出れないようで、渋い顔をしつつ私に『人混みに慣れておけ』と告げる。彼が言った通りユーリの侍女を務めるなら大勢の人がいる場所に慣れておくのが賢明だろう。
ご当主さまが侯爵邸で開いた夜会ではたくさんのお客さまがやってきていた。王都の街には侯爵邸のお客さまを超える数の人で溢れている。ユーリがお転婆に育って屋敷をこっそり抜け出すことがあれば、私はユーリを探し出さなければならない。その時に人混みに酔ってしまっては、側仕えとして役目を果たせない。
「頑張ります」
「あ、あのな、真面目に受け取らなくても良いんだぞ?」
「ほら、お兄ちゃん。アンファンさんが真に受けたじゃない」
三人でやいのやいのと喋っていれば、どこからともなく『あ、おい! 貴族の皆さまが顔を出し始めたぞ。陛下ももうすぐじゃないか?』という声が聞こえてきた。人混みの中の声はいろいろ混ざっていて、貴族の人たちの名前が上がったり、カッコいい人や綺麗な人はいるかと期待に満ちたものに溢れている。
「今年もアストライアー侯爵さまと見れると良いな!」
「何年か前、治癒院で手の痛みを治して貰ったことがあるわ!」
「筆頭聖女さまの座に就かれなかったことは残念だけれど、今の筆頭聖女さまもお可愛らしく優しいお方だよねえ」
「補佐役の方も綺麗な人だよな。侯爵閣下はまあ、うん」
歳若そうな一組の団体がご当主さまと筆頭聖女さまと筆頭聖女補佐さまについて語っていた。テオさんも彼らの声が耳に届いているようで『余計なことを大声で喋んなよ』と目を細めている。
レナさんはご当主さまたちの人となりに詳しくないため首を傾げていた。ご当主さまの容姿については語らない方が良いだろう。背が低いことを気にしているようで、私がご当主さまの身長を抜いてしまった際には落ち込んでいたようだから。ユーリがご当主さまの背丈を越したときは、どうなるか心配だけれど……私はユーリの成長を望んでいるので早く見てみたい気持ちがあった。まあ、口には出さないし、願っているだけだけれど。
考え込んでいれば低位貴族の方たちが出揃い、次は高位貴族の皆さまの番となったようだ。城壁の下に集まっている方々の視線が上へと向けられている。
「フェルカー伯爵さまだ!」
確かアルバトロス王国一の商人貴族だったはず。伯爵位を持っている方というのに、三十代ほどのお方で他の貴族の当主さまたちより歳若い部類に入っている。
「リヒター侯爵さまよ!」
「ヴァイセンベルク辺境伯さま!」
「ハイゼンベルグ公爵さまも!」
名前が呼ばれた皆さま方は四十代と言ったところだろうか。フェルカー伯爵さまより落ち着いた雰囲気を醸し出していた。そして。黒髪黒目の少女が城壁の上に出てくれば、わっと声が大きくなる。
「アストライアー侯爵さまだ!!」
一層、周りの人たちが盛り上がる。城壁の上ではご当主さまが立ち止まり、集まった人たちへと手を振っていた。どことなくご当主さまの顔が引き攣っているのは気のせいだろうか。
そして側仕えとしてヴァルトルーデさまとジルケさまも一緒にきており、ご当主さまの後ろに控えている。ヴァルトルーデさまは興味深そうに王都の人たちを見つめ、ジルケさまは『なんでこんなに盛り上がっているんだ』と言いたげである。でもまあ、肩に竜を乗せている貴族の人なんてどこにもいないし、ジークフリードさんとジークリンデさんとソフィーアさまとセレスティアさまを付き従えているのは異様かもしれない。だって他の貴族の人たちの護衛や側仕えは男性ばかりなのだから。
「ご当主さま、人気はすげえな」
「ですね」
「王都だと、治癒院で術を施して貰った人が多くいるから余計じゃないかなあ」
レナさんが働いている服飾店でも、ご当主さまの話が偶に上がるようだ。でも女神さまが二柱さまも滞在なされていることは伏せられているため、事実が陽の下に晒された時は果たしてどうなってしまうのだろう。
ユーリの公表もまだ行っていないから、存在が明らかになればアルバトロス王国中が騒ぎになりそうだ。少し先のことを考えながら肩を竦めていれば、アルバトロス王国で一番偉い人のお出ましとなっていた。
城壁の上に並んだ貴族の人たちが小さく頭を下げている前を、アルバトロス王国の王さまがゆっくりと進んでいき、高位貴族の方たちの前で立ち止まる。そして、豪華な衣装に身を包んだ王さまが私たちを見下ろす。そうして陛下は王都の人たちに対して建国の挨拶や近年起こったことや世情を口にしたあと、最後に王錫を翳して締めの言葉を紡ぐ。
「――皆、これからもアルバトロス王国は栄えよう!」
最後に陛下が告げれば、集まった人たちの怒号が鳴り響いた。
「陛下! 我らが王よ!」
「アルバトロス王国に栄光あれ!!」
耳をつんざく声に私は驚きを隠せない。目の前に立つ王さまが凄い人だというのは分かるけれど、未来はどうなるかなんて分からないから。きちんと地に足を着けて生きていかなければ。先ずは侍女養成校を無事に卒業しないければと、テオさんとレナさんの方に私は顔を向ける。するとテオさんが『先に戻ろうぜ。終わると大移動が始まっちまう』と口にした。
そうしてミナーヴァ子爵邸へと戻ってきた。
レナさんとは途中で別れたけれど、また遊ぶ約束を取り付けている。テオさんとレナさんと友達になれるかなあと、私は窓の外に浮かぶ双子星を見上げるのだった。
◇
建国祭はなにか事件が起こる呪いにでもかかっているのだろうか。
ジークとエーリヒさまが夜会で変な人に絡まれていたのは良いんだけれど、まさか私の婚約者候補になりたいと堂々と名乗り出てくるとは驚きである。まあ、婚約者候補を集めるつもりなんてサラサラないから、はっきりと告げておいたけれど。これで婚約者候補に名乗り出たい他の人の出鼻が挫けたはず。
アルバトロス王国王都の侯爵邸に戻ってきていた。ちなみにフィーネさまとアリサさまとウルスラさまも一緒だ。王城に泊まるより、侯爵邸の方が落ち着くということと、アリアさまとロザリンデさまも一緒だし、お泊り会をしようとなっていた。
一先ず、それぞれの部屋に戻って着替えを済ませようとなっていた。私も自室に戻り、侍女の方から介添えされながら着替えを済ませている。介添え役がエッダさんではないのが変な感じではあるものの、慣れないとなあと苦笑いを浮かべていた。着替えを終えると廊下で待ってくれていたクロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに、毛玉ちゃんたち三頭がぴゅーっと戻ってきた。私はお待たせと伝えて、なんとなく彼らに口を開く。
「ジークとリンが不機嫌じゃない?」
どうにもオットーなんとか子爵さまの一件からジークとリンの機嫌が悪い気がする。顔には出していないけれど、目つきが厳しくなっているし、喋らないそっくり兄妹が余計に喋っていなかった。ちなみにオットーなんとか子爵さまは当主の座から退き、分家筋のマトモな人へと当主が代わるとか。
『そうかな? ボクは良く分からないけれど』
戻ってきたクロがゆっくりと私の肩の上に乗り、顔をくるんと傾げる。
『?』
ヴァナルは私の前にちょこんとお尻を床につけ、小さく顔を傾げた。雪さんと夜さんと華さんはヴァナルの横に並び口を開く。
『妙な男が現れましたからねえ』
『ナイさんも大変ですねえ』
『しかし牽制にはなるでしょう』
ふふふと笑う雪さんたちの横では毛玉ちゃんたち三頭がワンプロを始めている。毎日毎日、ワンプロをしていて飽きないのかと不思議であるが、毛玉ちゃんたち三頭にとって大事なスキンシップなのだろう。
クロたちと暫く話していれば、フィーネさまたちが着替えを終えて私の部屋へとやってきていた。途中でアリアさまとロザリンデさまとも合流したようで、彼女たちも一緒だ。
少し遅れてリンも部屋へとやってきて、私の隣に腰を下ろしている。ソフィーアさまとセレスティアさまはそれぞれの家に戻り、エーリヒさまも官舎に戻っているからフルメンバーではない。ヴァルトルーデさまとジルケさまはもう少しあとで、部屋にくる予定となっていた。
「さて、ナイさま。恋バナしましょう!!」
寝間着姿のフィーネさまが凄く良い顔をして、開口一番にそう告げた。ウルスラさまとアリサさまは苦笑いを浮かべ、アリアさまは楽しそうに、ロザリンデさまは苦笑いを浮かべている。言い出しっぺはフィーネさまだし、私は遠慮なくと話題にあげさせて頂く。
「エーリヒさまとは順調ですか?」
私の質問にフィーネさまが目をキラキラさせていた。銀色の髪を一つに纏めているため、彼女の雰囲気がいつもと違うのだが、相変わらずエーリヒさまの話をする時は顔が緩んでしまうようである。
「離れてしまって寂しいですが、こういう時に顔を合わせられますからね。大聖女は天職なのかもしれません。でもまあ、いずれ辞める時がくるでしょうけれど」
フィーネさまの声にウルスラさまとリン以外が『惚気だ~』と感心している。ふふふと笑っているフィーネさまは上機嫌であるが、大聖女さま引退という話は聖王国にとって痛手となるのではなかろうか。大聖女の座にはもう一人、ウルスラさまがいるけれど政治面ではフィーネさまに劣ってしまうところがある。
「ナイさまはジークフリードさんとどうなっているのですか?」
ドストレートなフィーネさまの質問に私は固まってしまう。とはいえ話を聞いて貰うなら彼女たちが一番だろうか。
「……えっと。告白されましたが、保留にさせて頂きました」
私の答えに周りの皆さまが『おお!』と声を漏らす。彼女たちはジークに感心しているはず。私には早く続きを聞かせろと言いたげな顔になっている。ジークには待たせてしまって申し訳ないけれど、もう少しの間は私の混乱している頭の中を整理させて欲しいと、窓に浮かぶ双子星の方へと視線を向けるのだった。






