1479:夜会の終わりに。
宰相補佐さまの命により、近衛騎士の方たちに連れられながら先程の男が会場を出て行く。哀愁漂う背中を見た私はふうと息を吐き、ジークとエーリヒさまとリンの方を見ているとボルドー男爵さまが私の隣に立った。
「やはり馬鹿が出てきたか」
愉快そうに彼は髭を撫でながら杖をカツンと床に突く。夜会前に変な人が出てきたら遠慮なく切っても良いとボルドー男爵さまが仰っていたけれど、本当に突っかかってくる方が出てくるとは。
騒がしかった場に遭遇した方たちは男が近衛騎士の方に連行されたことによって、興味を既に失い各々社交に勤しんでいる。にやにやと笑うボルドー男爵さまを私は見上げて口を開いた。
「ボルドー男爵……」
「どうしましたかな、アストライアー侯爵閣下?」
呆れながら彼を見上げれば、にっと豪快に笑い髭を撫でる手を止めた。
「先程の方を知っておられるのですか?」
「どこぞの貴族の当主だろうと踏んではいるが、詳しくは知らんな」
そういえば勢いで話に加わり男を追い出してしまったが、一体誰だったのだろう。建国祭を祝う夜会のため、どこかの家の当主であることは間違いない――当主と護衛や側仕えしか参加していない――のだが知らない顔だ。
アルバトロス王国は小国といえど長い歴史を経ているため、貴族家は覚え切れないほど存在している。お貴族さま歴の長いボルドー男爵さまなら知っているかなと問うてみたのだが、彼も知らなかったようだ。ボルドー男爵さまがエーリヒさまとジークの方へ視線を向け、無言で『先程の男は誰だ?』と問う。すると二人は姿勢を正す。
「オットー・シュトルツ子爵と名乗っておりました」
「アストライアー侯爵の婚約者候補の座を狙っていたようで、先ずは私たちを取り入れようと動いたようです」
エーリヒさまとジークの声にボルドー男爵さまが『小者だな』と呟き、ソフィーアさまとセレスティアさまが『あまり聞くことのない家だな』『装いからして田舎者丸出しでしたものね』と話している。
ヴァルトルーデさまとジルケさまはお貴族さまについて詳しくはないけれど、いきなり失礼なことを言い始めた男に良い気持ちを抱いていないようである。リンはなんだかご機嫌だ。どこにご機嫌になれる要素があるのか不明だが、私の行動か言葉が彼女に刺さったようである。しかし。
「ところでボルドー男爵、陛下は私の婚約者候補を募集しているんですか?」
私は再度ボルドー男爵さまを見上げた。陛下が私の婚約者候補を水面下で探していたというのであれば、どこかから話が漏れ出てシュトルツ子爵が先手を取ったというなら今回の出来事は理解できる。
エーリヒさまとジークに迷惑を掛けているから論外ではあるが、男が動いた理由に納得はできるのだから。そういう動きが水面下であるならば、周りの人たちに迷惑を掛ければ候補者の座から降りて貰うように願い出ないと。そう考えているとボルドー男爵さまが一つ頷く。
「いや。だが、お前さんの隣は未だに空位だからな。狙う者がいてもおかしくはない」
カラカラと笑うボルドー男爵さまに私は視線を細める。陛下がてっきり動いていたのかと思いきや、どうやらなにもしていなかったようである。ということはシュトルツ子爵の勝手な行動だったとはっきり分かるため、彼がどう裁かれるのかは国に任せるべきか。
もしかしてジークが私に告白したことを陛下方は知っているのかと、会場の壇上を見上げれば何故か男性陣の皆さまが視線をふいと逸らした。どうして視線を逸らされるのかと壇上を見上げたままでいると、アリアさまが嬉しそうな顔をして私を見下ろしているので頭を下げておく。
またシュトルツ子爵のような方が出てくれば面倒だ。当主本人が出張ることは少ないだろうけれど、チャンスがあると知れば子息や分家筋の未婚の男性を紹介されそうだ。釣書に溺れて死んでしまうのは嫌なので、回避する方法を捻り出す。
「……偽装婚」
言葉は不穏だけれど一番穏便な方法ではないだろうか。まあ、契約をガッチガチに決めておかなければ、あとで凄く面倒なことになりそうだ。とはいえお金で解決できる唯一の方法かもしれない。
「そんなことをしてみろ。子はまだできんのかと周りから圧を受けるぞ。作る気がないなら止めておけ」
ボルドー男爵さまは私が呟いた声を耳聡く拾い上げていたようで怪訝な顔で否定された。でもボルドー男爵さまの助言は間違っていない。おそらく子供を~と周囲から圧を受けて鬱陶しくなりそうだ。
「やはり駄目ですか」
「当り前だ」
ボルドー男爵さまが呆れて息を吐く。ソフィーアさまとセレスティアさまも滅多なことを言うなと言いたげだし、リンまで呆れていた。なんで、と問いたくなるけれど……聞けば私が負けてしまうのは確実だから黙っておく。
お馬鹿なやり取りをしていれば、宰相補佐さまが先程のことを詳しく知りたいと陛下から命を受けたと知らせが入る。軽食コーナーまであと少しだったのに、先程の男のお陰で食べ損ねてしまった。この怒りをどうしようかと考えるものの、女神さまの分を分けて貰えば良いかと私は会場を後にするのだった。
◇
アストライアー侯爵は怒っているだろうか。
先程、シュトルツ子爵を捕えて別室に連行しておいたが、男はジークフリードとベナンター準男爵にかなり失礼な態度を執っていたようだ。極めつけはアストライアー侯爵の婚約者候補に入れて欲しいと本人に直談判している。
まあ、侯爵が断ったから大きな事態に発展することはないので安心するものの、第二、第三のシュトルツ子爵が出てきてもおかしくはない。やはりジークフリードにアストライアー侯爵の隣に立って欲しいと願ってやまないのだが、どうにも侯爵が二の足を踏んでいる。上手くは行かないものだと私は会場から外に出て賓客室へと向かう。本来、招待客である者たちを置いてはいけないが、皆、状況を知っているため私を快く送り出してくれている。
大聖女フィーネは『ジークフリードさんとナイさまの邪魔をするなんて……到底許せるはずがありません!』と言い切り、我が国の筆頭聖女と筆頭聖女補佐も良い顔をしていなかった。女を敵に回すべきではないと昔から言われているため、彼女たちの気持ちを汲みたい所ではある。あるのだが、公平に裁かなければ私は強権を振るう独裁者と同じになってしまう。
なるべく冷静に。周りの者たちの意見を取り入れ、上手く収まるようにしなければ。
賓客室の扉の前に私は立ち、大きく息を吸って吐く。護衛の近衛騎士が扉を開けば、アストライアー侯爵一行女神さま付きとベナンター準男爵とボルドー男爵が椅子に座している。女神さま方はアストライアー侯爵の後ろに控えており、どうか席に就いて欲しいと心の底から叫びたい気持ちを我慢して私は皆の前に腰を下ろした。
「待たせた。アストライアー侯爵に喧嘩を売る者がまだいるとは驚きだ。手間を掛けさせて済まない」
私の目の前には左からボルドー男爵である叔父上とアストライアー侯爵とベナンター準男爵が椅子に腰を掛けている。ジークフリードは侯爵の護衛を務めるようで同席する気はないようだ。
ジークフリードの隣には彼の妹であるジークリンデとハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢も控えていた。そして更に隣には女神さま方がいらっしゃる。本当にとんでもない者たちが部屋に集まっているが、私が王として一番偉いという矛盾に駆られそうだ。そして、アストライアー侯爵が私に確りと視線を向けて口を開く。
「いえ、陛下。予期せぬ事態でしたし、運良く爵位が下の者でしたので好きに動かさせて頂きました。ご迷惑をお掛けしていたなら申し訳ありません」
アストライアー侯爵が小さく頭を下げれば、叔父上が良い顔で笑い、ベナンター準男爵が微妙な表情になっていた。侯爵の後ろに控える者たちは感情を抑えているようで顔色は変わらない。
「気にするな。シュトルツ子爵は王都から随分と離れた地を管理しているだけ。特に問題はない」
シュトルツ子爵の未来はアストライアー侯爵の言に掛かっているが、既に侯爵は興味を持っていなさそうである。毎回、なにか起こって誰かを捕えれば処分は我々アルバトロス王国に預けることが多い。
なにか要望はないのかと言いたくなるが、侯爵は特に拘りを持っていないらしい。それはそれで困りものだが、固執されるよりは良いのだろう。過剰な制裁を科せば、周りの者たちが納得しないのだから。
「それはようございました。陛下。唐突なことで申し訳ないのですが、私は婚約者を求めていないという発表をできないでしょうか? 此度のようなことが起こる度に誰かが裁かれるとなれば問題となりましょう」
侯爵はシュトルツ子爵のことを流して、今回のようなことが起きないように立ち回りたいらしい。とはいえ侯爵の婚約者を求めていないという知らせを発布するには問題がいくつかある。
「なるほど。発表したと仮定して……領地の者が不安に駆られるな。侯爵の子が生まれないとなれば、次は誰が領地を統べるのかと悩まねばなるまい」
他にも懸念事項はいくつかあるが、領地で民から支持を得られない主ほど頼りない者はない。頂点に立つ者として、民を路頭に迷わせるのは愚か者の所業だ。
「それは」
侯爵が目線を下げて机の上を見ている。侯爵も理解してはいるのだろう。ただ言わずにはいられなかったのだろう。まだ若い侯爵を責める気はないから、少し逃げ道を作っておくか。
「侯爵が助けた子を次代に据えるとなれば、また別の話になるのだが……どうするつもりだね?」
「まだ彼女は物事を判別できません。きちんと自我が芽生え、状況を理解できるようになれば侯爵家を継ぐかどうかを問うことはできますが」
侯爵が助けた子は彼女の半妹である。全く血の繋がりのない者を選ぶより、少しでも血が繋がっているならば周囲を説得し易くなるだろう。ただ、助けた子は幼い故に侯爵は答えを急ぎたくないようだ。私が強権を発動して助けた子を次代に据えろと命じ、侯爵が子を成すような事態になれば面倒なことになる。とはいえアストライアー侯爵家に次代がいない状況は好ましくない。
「ならば侯爵。良き相手はおらぬのか?」
「…………その、いや、陛下。申し訳ありません、答えなければなりませんか?」
私の問いにいくばくかの間が空く。そして侯爵の顔が赤く染まっている。侯爵は答えをはぐらかしたいようだが、誰か相手がいるようである。それがジークフリードなのか、それ以外の男なのか私には分からない。ただ、珍しく年齢相応以下の反応を見せるアストライアー侯爵が目新しくて、私は少しばかり愉快な気分になるのだった。






