1477:はったり。
俺とジークフリードの前に立った男は笑みを携えているものの、瞳の中には敵意がはっきりと含まれている。俺が分かるのだから隣に立っているジークフリードも目の前の男から感じているだろう。
用件は何だと言いたいところだが子爵位を持つ相手に俺たちから先に声を掛けるのは不味いと、相手の出方を伺うことになる。いや、まあ……先に声を掛けても問題ナシとアルバトロス上層部に判断されそうではある。ただ俺たちが勝手に威を振りかざすわけにはいかないだろう。だからこそ、ジークフリードも黙っているのだから。
「私はオットー・シュトルツ子爵だ。少々貴殿らに聞きたいことがあり声を掛けた」
目の前の男はふふふと笑う。彫の深い目鼻立ちが整っているから、顔の見た目は良い。けれど彼が纏う衣装は金ボタンやフリルが多くあしらわれており、少々時代遅れ感が出ていた。
目の前の男が給仕から酒を受け取りグラスを掲げ、くるくると中身の酒を回して意味があるのか、ないのか良く分からない行動を取る。俺の前に立つジークフリードの顔は見えないが警戒をしているようで、男に見えないように俺に向けて手をちょいちょいと動かした。どうやらジークフリードが先に牽制を掛けてくれるようだ。
「ご用件は?」
ジークフリードの声にははっきりと警戒の色が含まれており、先程まで発していた声はどこへ消えたのかと不思議に思うくらいに重い。
「おや。騎士である君が私に対してそのように警戒をなさらずとも。領地運営に精を出している私ならば、いとも簡単に倒せてしまう」
そう言って男は、シュトルツ子爵は手に持ったグラスを口に着け一口嚥下した。ジークフリードはシュトルツ子爵の声に息を短く吐いて力を抜いた。シュトルツ子爵はまだ本題に移る気はないようで、笑みを携えたまま俺たち二人を視界にいれたままである。
「それは失礼を。何分、初めてお会いする方には妙な者が多かったもので」
ジークフリードが誰かに嫌味を返すところを俺は初めて聞いた気がする。だがジークフリードにとって初めて会う者が妙な奴だったことは事実だろう。ナイさまの側に控えていれば、その機会は多くなるのだから。
「はははは。面白いね。私は君にとって変な者にならぬよう努力しよう」
にやりと笑うシュトルツ子爵の狙いはなんだと俺はジークフリードの横に並ぶ。するとジークフリードが出てくるなという顔を俺に向けるけれど、危なくなれば彼が必ず守ってくれるという確信を俺は持っている。
男として情けないものだが魔法や魔術がある世界、目の前の男が切れて凶器を出す可能性だって捨て切れない。戦い慣れていない俺が勝てるなんて言えないから、守って貰った方が早いのだ。情けないけれど。
「シュトルツ子爵。我々と面識がありませんが如何なされました? 領地のことであれば、今、この場で話さずとも別の場所をご用意いたしますが」
今日はめでたい場である。周りの人たちも建国を祝うために集まっているから、面倒な話は約束だけ取り付けて後日に場を持つというのが今日の特別なルールである。シュトルツ子爵は俺をつま先から顔まで目線を動かして、ふっと鼻を鳴らして口を伸ばした。
「いや、領地のことではないのだよ。貴殿らはアストライアー侯爵の婚約者候補だと聞き及んでいる。私もその中に加われないかと願っていてね」
シュトルツ子爵に凄く小馬鹿にされているが、ジークフリードが彼の先程の態度に気付いて静かに怒っている。ジークフリードは身内と認めた者に対して甘いところがあるようだ。有難いと思う反面、もう少しナイさまに気持ちをぶつけて欲しいと願ってしまうのは俺の我が儘だろうか。
ナイさまの婚約者候補はジークフリード一択である。一択であるが、表立って発表されていないし、周りの者たちがシュトルツ子爵のように勘違いをするのは仕方ないことかもしれない。しかし何故こんな勘違いをするのだろう。気になるから聞いてみるかと、俺はジークフリードに目線で訴えて話を続ける。
「確かにアストライアー侯爵閣下に婚約者はおられません。陛下も閣下に似合う相手を添わせたいと考えているようですから、優れた男性が多いに越したことはないのでしょう」
「ベナンター準男爵は物分かりが良いのだね。そう。閣下の相手は優れた者が選ばれるべきだ。貴族に必要なのは高貴で優秀な血だ。侯爵位を持つ閣下であれば理解しているはず」
俺はシュトルツ子爵に笑みを作る。陛下がナイさまに相手がいない――ジークフリードが告白したことで推しているけれど――ことを案じているのは事実だし、ジークフリードに動きがなければ婚約者を選び始めることは間違いないはず。
そうなった時に血筋が良く優秀な相手をと考えるのは当然のことである。そしてなるべく多く子を成して欲しいと願うのも普通のことだ。ただ目の前の男からは利己的なものしか感じられない。
ナイさまのことを全然理解しておらず、ジークフリードの告白で右往左往しているなんて欠片も想像していないだろう。そんな男にナイさまの隣は似合わない。仮に血筋が良く優秀であっても、夫婦関係は冷めたものになるだけ。そんなもの俺は望んでおらず、ジークフリードとナイさまが添い遂げた姿を見たいのだ。
「なるほど。貴族として理に適っているお考えです。しかしシュトルツ子爵は婚約者選定の話をどちらでお聞きになられたのです? ああ、優秀な貴方のことだ。きっと我々には思いもよらない手で情報を仕入れたのでしょう」
俺が少し大袈裟な素振りを見せると、シュトルツ子爵も大袈裟に口を伸ばす。
「なに。そう難しいことではないよ。貴族の間では彼女の婚約者候補に入りたいと願う者は多いし、どうにかならないかと皆、頭を捻っているからね。噂が流布するのは当然のこと」
シュトルツ子爵がグラスに残った酒を一気に煽る。酔ってくれた方が有難いと俺は給仕の人に手を挙げて、お酒を用意して欲しいと頼んだ。ついでにこっそり強めのものをと注文を付けておく。
「私も日々、アストライアー侯爵をどう手懐けよう……と、失礼を。婚約者の座にどう就くか頭を悩ませておりますからね」
俺が適当なことを言い終えれば給仕の人が酒を持ってきてくれた。随分早いと感心しながらシュトルツ子爵へとと俺が頼めば、給仕の人は頷いて彼の目の前に酒を置いたトレイを差し出す。ふふとご機嫌に笑ったシュトルツ子爵は給仕から酒を受け取り、グラスを回して中身を転がす。
「君の気持ちは察し余るよ。そこでだ、私もアストライアー侯爵邸に出入りできるように手配して貰えないかな? 侯爵の威光を受けられるなら、私は君たちへ助力する立ち場に回っても構わない」
シュトルツ子爵は良い顔でグラスを俺たちの方へと掲げた。ジークフリードにまだ怒らないでくれよと願いながら、もう少し男から話を聞き出そうとにこりと笑みを作るのだった。
◇
アルバトロス王国の建国祭に招待されたので、私、フィーネ・ミュラーはアルバトロス城の一室で夜会に参加している。アルバトロス王国に所属している貴族が多く参加しており会場の熱気が凄い。
中でもナイさまたちがいる場所は壇上で見ている私からすると、凄く分かりやすい。独特なオーラがあるし、会場の人たちが一歩引いてナイさま一行を見ているから、少し空間が空いているためだ。
エーリヒさまも会場内のどこかにいるはずと私が視線を巡らせれば、会場の軽食コーナー近くで彼の姿を見つけることができた。くすんだ金髪に少し幼さが残る顔立ちだけれど、カッコいいエーリヒさまである。今日は当主の人たちを集めているため、エーリヒさまに粉を掛けようとするご令嬢はおらず凄く安心だった。そしてエーリヒさまの隣には正装姿のジークフリードさんがいた。
二人ともイケメン――当社比――だから、壇上から見る私にとって眼福である。暫く見惚れていると、ちょっと芋くさい男性が彼らに近寄って行く。なんだろうと違和感を感じて、私の頭の中に咲いている桃色オーラを振り払った。
ジークフリードさんがエーリヒさまを直ぐ庇ってくれて、半身を前に滑らせた。この辺りのジークフリードさんの所作はできる騎士の行動だなと感心するものの、軽食コーナーの一角で不穏な空気を流れるのが分かってしまう。
あ、これ、多分不味いと頭の中でサイレンが鳴り響く。しかし私は聖王国の大聖女として招かれている身だ。勝手はできないので、できる範囲で動こうとアルバトロスの陛下に顔を向ける。陛下はリーム王とヴァンディリア王と話を弾ませながら穏やかな空気が流れている。陛下には申し訳ないけれど、急いだ方が良いだろうと私は席から身を乗り出した。
「陛下。ご歓談中、申し訳ありません!」
「どうしたね、大聖女フィーネ」
私が椅子から身を乗り出して、近くに腰掛けているアルバトロス王が気付いてくれた。会話を遮ってしまったことは特に問題ないようで、リーム王とヴァンディリア王も私にどうしたと不思議そうな顔を向けている。もう少し離れたところにはアリアさまとロザリンデさまも教会の筆頭聖女と筆頭聖女補佐として席に就いていた。彼女たちもどうしたと私の方へ視線を向け耳を傾けていた。
「あ、あちらをご覧ください!」
「田舎者の子爵がガル男爵とベナンター準男爵になにをしている……?」
私の声に倣って陛下が軽食コーナーの一角に視線を向けた。釣られて他の皆さまも問題の場所へと顔を向けた。護衛の方たちも興味があるのか、一瞬顔を向け『ヤバい』『なにをしている!』と叫びたそうになっている。アリアさまとロザリンデさまも『嫌な感じがします』『無事を祈るべきでしょうか』と息を大きく長く吐いていた。皆さまの様子に急いだ方が良さそうだなと、私はアルバトロスの陛下に声を上げる。
「エーリヒさまが、あ、いえ。ベナンター準男爵さまが不快な顔になっておられますから、あまり良い話ではないのかなと。ナイさま関係ではないでしょうか」
なんだかそんな気がすると私は陛下に伝える。
「確かにその可能性が高そうだ。感謝する。大聖女フィーネ」
感謝を告げた陛下が側仕えの方に声をかけて、なにやら耳打ちをしていた。おそらくエーリヒさまとジークフリードさんに声を掛けた人は排除されるだろうなと私は安堵の息を吐く。
しかし彼らが面倒事に巻き込まれているというのに、ナイさまは今なにをしているのだろうと視線を彷徨わせる。
エーリヒさまとジークフリードさんと逆方向の場所で、ナイさま一行はきょろきょろとなにかを探している雰囲気だ。するとボルドー男爵さまがナイさまと合流をして、なにか話し込んでいる。会話の内容までは分からないけれど、ボルドー男爵さまは肩を竦めたのでご飯関係だろうか。するとナイさま一行は軽食コーナーの方へと歩いて行くのだった。






