1476:珍客。
会場への入場を済ませて暫くすると陛下が開催の音頭を執り、建国を祝うための夜会が始まる。
アルバトロス王国の貴族位を所属する方たちがたくさんいて各々お喋りに興じていた。主催者である陛下には挨拶を済ませているし、私も私でご挨拶に伺いたい方たちがいる。アンファンとテオが学校へ通うために名を借りたラウ男爵さまを見つけたいし、豚肉を融通して頂いているロステート伯爵さまにもお礼を言いたいのだが、広い会場で果たして彼らを見つけられるのか。
リンはどうすると言いたげな顔を私に向け、ソフィーアさまとセレスティアさまは私の好きなようにさせてくれるようである。ヴァルトルーデさまとジルケさまは会場の豪華な雰囲気に凄いなと感心していた。
私の姿を見たお貴族の皆さまは遠巻きに眺めており、喋り掛けたそうな顔をしている。でも私が持つ侯爵位というものに尻込みしていた。私は会場を歩こうとお付きの皆さまに伝える。私が進み始めるとみんなも会場を進んでいく。
人だかりができていれば、誰かが私に気付いて道を譲ってくれる。モーゼのなんとかみたいに、人の壁が割れてしまうのはどうにかならないだろうか。それでも私に声を掛けてくる方はいないし、随分と移動をし易い。暫く会場を歩いてみるものの、ラウ男爵さまを見つけられなかった。私が立ち止まりリンの方を見れば、彼女は小さく首を傾げる。
「ラウ男爵さま、見つかると良いけれど」
「きているはず。でも人が多いから……難しそう」
私たちの会話にヴァルトルーデさまがラウ男爵さまとはと首を傾げたので、簡単に説明をしておく。ジークとリンの籍入り先だと伝えるが、イマイチ理解なさっておられない。
どう伝えれば理解してくれるかと悩んでいれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが解説してくれた。ヴァルトルーデさまはお二人の解説に分かりやすいと小さく笑い、私に見つかると良いねと声を上げる。夜会はまだ始まったばかりだし、そのうちラウ男爵さまに会えると信じて他の方を探そうとなる。そうして歩き出せば、ソフィーアさまがロステート伯爵がいたと教えてくれた。彼女に教えて貰った先に私が視線を向けると、確かにロステート伯爵さまが居心地悪そうに会場の隅っこにいる。
「行きましょうか」
私の声にみんなが頷いてくれ、移動を開始するのだった。
◇
今宵はアルバトロス王国の建国を祝う夜会が開催されている。
アルバトロス王国の貴族の一員である我がロステート家にも王家から招待状が届き参加の旨を伝え、王城の一室で少々暇を持て余していた。
主催者である陛下への挨拶と貴族で我が家から豚肉を買い付けている家々への声掛けは殆ど済み、私の仕事は終えたも同然になっている。本来は新規の顧客開拓に勤しむべきだろうが、以前馬鹿息子――既に縁を切っている――がやらかしたお陰で暫く貴族に向けた新規顧客を得るのは止めておこうと決めていた。
アストライアー侯爵家に豚肉を卸すようになっただけでも名誉なことだし、閣下本人からは女神さま方が『美味しい』と気に入ってくれていると手紙を頂いたのだ。天にも昇るような嬉しい気持ちと豚肉が不味くなったらどうしようと胃が痛くなる苦しみを同時に味わうとは思っていなかったが。
なににせよ、今日はあまり動く予定はないと会場の壁際で私は供を連れ、ぽつんと佇んでいる。
「ん?」
「どうした?」
一緒にいる供が人だかりの向こうを見つめながら首を傾げる。私も釣られて人だかりに視線を向けるものの特に問題なさそうだ。何故、彼は声を上げたと疑問に感じていると、その原因は直ぐに分かることになる。
「あ、あ、あ、アストライアー侯爵閣下!」
私はアストライアー侯爵閣下がいることに気付いて声を上げる。正確には周りの者たちの顔色と彼女の従者である背の高い赤毛の女騎士を発見したからに他ならないが。
侯爵閣下自体は周りの者たちの中に隠れて見えないが、他にも金糸の髪の従者が三人見えたことで彼女がいると分かってしまう。供も私と同じように彼女らを見て声を上げてしまったのだろう。閣下に挨拶をせねばならないと私は背を正す。挨拶回りを殆ど終えていたが、侯爵閣下には会えず仕舞だったのだから。
私の足よ、動け。
そう念じて見ても緊張からか一歩も場から進むことができない。そうこうしていれば人垣の中から侯爵閣下の姿が見え私と視線が合う。小さく目線を下げた侯爵閣下はゆっくりとこちらへ歩いてくるので、私は急いで頭を下げた。
「ロステート伯爵卿、お久しぶりです」
「あ、アストライアー侯爵閣下。本日はお日柄も良く、お会いできて光栄です」
彼女は私を見上げながら目線を確りと合わせながら声を掛けてくれた。私は閣下にマトモな挨拶を返せているのだろうか。黒髪黒目の侯爵閣下と赤髪の女騎士、そして従者である金髪の女性三人と小柄な黒髪黒目の者たちから放たれる圧に気圧されそうだ。とはいえ、目の前で倒れたらロステート伯爵家の地位が落ちてしまうと私は気を引き締める。
「いろいろとありましたが、無事に豚肉をお譲りして頂いております。ロステート伯爵領の恵みを受けて育った豚肉は逸品です」
閣下がいろいろとあったと含んだのはデグラス伯爵のことだ。彼も彼で喧嘩を売る相手を見定めていれば、家を潰されることなどなかっただろうに……いや、まあ彼の領地の現状は散々だったようだから時間の問題だったかもしれないが。
「斯様なお言葉、感謝致します」
どうやら侯爵閣下はロステート領の豚肉を本当に気に入ってくれたようである。なんとなく豚肉の話をしている彼女の表情が普段より柔らかい。そんなに気に入って頂けたならば、畜産業を営んで本当に良かったと誇ることができる。
貴族はどうしても牛肉を食べたがり、豚肉は庶民が食べるものという認識が強く、我が家に牛肉を生産しないのかと貴族の者たちに何度問われたことか。良かったと私が安堵の息を吐くと、侯爵閣下がそうだと小さく声を上げた。
「創星神さまが酒の肴として、チーズと大葉を薄く切った豚肉で巻いて焼いたお料理を気に入ってくださったそうです」
「な、何故、創星神さまの名が上がるのでしょうか?」
侯爵閣下の唐突な話に私は理解が追いつかず、つい疑問で返してしまう。失礼になってしまわないかと冷や冷やするものの、侯爵閣下は説明不足だったと小さく目線を下げる。
「神の島で料理番を務めている方が、我が家のレシピを持って帰りましたから。その中に豚肉料理がいくつかありました。創星神さまはお酒が好きなので、お酒と肴を追い求めておられます」
閣下の言葉は理解できるが、本当に起こり得ることなのだろうか。いやしかし、閣下は創星神さまの使いを務め、任を無事に果たした方である。創星神さまがいらっしゃるという北の果てにある神の島から誰かがやってくることもあるのだろう。きっと。そう、きっと。
「そ、そうでしたか。豚肉料理が創星神さまの口に……なんということでしょう」
私が恐縮していると、侯爵閣下の従者である怖いくらいに美しい女性と小柄な女性が『父さん、本当に気に入ったみたい』『酒の肴が増えたって言ってたからな』と小さく声を上げている。
その声は侯爵閣下の耳には届いていないようだ。私は先程の会話で侯爵閣下の従者は女神さまだったのか!? と驚くものの、陛下から女神さまが夜会に参加なされるとは聞き及んでいない。確実にお忍びで参加していると分かり、私は口から変な声が出そうになるのを必死に我慢した。
「ロステート卿。貴家と末永く取引が続くことを願っております」
「はい。私もアストライアー侯爵家と縁が続くことを祈ります」
お互いに頭を下げれば、侯爵閣下が場から去って行く。暫く彼女の後ろ姿を見つめていた私は大きく息を吐いた。
「はは。まさか女神さまと既にお会いできていたとは」
「ええ。本当に驚きです……しかし侯爵閣下ですから。なにが起こっていても不思議ではないかと」
私の声に供が答えてくれる。本当に我が家の豚肉はとんでもない方たちが食されていると、意識が遠くなるのを我慢しながら解散の時間まで暇を潰すことになるのだった。
◇
豪華な夜会会場で俺、エーリヒ・ベナンターは軽食コーナー近くを陣取っていた。王家の料理人が作る一流の料理はどんなものか気になるし、新しいレシピを作るヒントになるかもしれないからだ。それにここにいればナイさまと確実に顔を合わせることになる。時間が経てば経つほど、遭遇確率は上がるだろうなと一人で笑っていれば、背の高い赤髪の男が俺に声を掛けようと目の前で立ち止まる。
「エーリヒ」
「ジークフリード。久しぶりだ」
ジークフリードが落ち着いた様子で俺の名を呼んだ。俺がジークフリードを見上げて『似合っているな』と声を掛ければ『エーリヒもな』と返事がくる。
ユルゲンは貴族位であるが当主ではないため場にはいない。とはいえアルバトロス王国の一年の中で大きな催し物だから裏でまだ仕事をしているはずだ。あとで労いの言葉を掛けにいくかとジークフリードと話していれば、不意に気配を感じた。俺は気配を感じた方向に視線を向けると、ステージ上で賓客として招かれているフィーネさまがこちらを見ていた。
俺が小さく目線を下げると、彼女は嬉しそうな顔をしている。本当は彼女も下に降りて俺たちと話をしたいだろうが、立場上無理なことである。
でもまあ、陛下が気を使ってくれて彼女と話す時間を少し設けてくれたから、全く喋れなかったということはない。お付きの人がいたけれど、嬉しそうに日々を語ってくれる彼女を見て幸せを噛みしめていたのだ。
そんなことを考えているとジークフリードが俺に視線を向けていた。なんだと無言で返せばふっと彼が笑う。
「エーリヒ。迎えの準備は整っているのか?」
「ジークフリード。俺のことより、自分のことを気にしなくて良いのか?」
お互いの言葉にむむっと小さく口を尖らせる。ジークフリードも俺と同じ気持ちだったのか『言われなくとも』というような顔になっていた。とはいえお互い冗談の範疇だと認識しているので険悪な空気になることもない。
積もる話をしようと俺が切り出せば、ジークフリードがそれならなにか飲み物を貰おうと給仕に手を挙げていた時である。コツコツと革靴の音を鳴らしながら、俺たちに近づいてくる者がいる。ジークフリードも気付いて素早く半身を滑り込ませて俺の前に立ってくれた。相手はジークフリードの行動に意図があると気付いていないのか、俺たちに笑みを作る。
「失礼。ジークフリード・ガル男爵とエーリヒ・ベナンター準男爵と見受ける」
長い髪を結ったタレ目の若い男が俺たちの前に立つ。若いと言っても俺たちより数個年上だ。俺もジークフリードも彼の問いかけに頷いて、本人であると意思表示をして相手の名乗りを待つ。確か子爵位を持つ者だったかと記憶を掘り返すものの、年齢が上であること、あまり目立つ家ではないため俺の情報は微かなものだ。
とりあえず、面倒なことになりませんようにと願うのだった。






