1473:解せぬ。
ジャドさんたちを迎えに行ってくれたロザリンデさまが会議室へと戻ってきたのだが妙な表情になっている。驚いているというか、呆れているというか、そんな表情のままで元いた場所に彼女が腰を下ろす。
私はロザリンデさまにジャドさんたちのお迎えのお礼を告げれば、アリアさまがどうしたのかと彼女に聞いた。するとアリアさまの方にロザリンデさまがゆっくりと顔を向け、口元を歪に伸ばしながら声に出す。
「グ、グリフォンのお方がは、八頭もいらっしゃいましたわ……」
「ジャドさんとイルちゃんとイヴちゃんだけではなかったのですか!?」
ロザリンデさまが答えれば、アリアさまは目を丸く見開いて驚いている。あれ……アリアさまとロザリンデさまは侯爵領の領主邸におばあと雌グリフォンさんたちがきたことを知らなかったようだ。
アリアさまにグリフォンさんが増えた経緯を問われた私は素直に答えた。ロザリンデさまはポカンとしているけれど、アリアさまは私の腰元にあるポシェットに視線を向けて卵さんを見たそうな顔になっている。
私は触れないこと――お二人なら大丈夫だけれど、雌グリフォンさんたちに許可を得ていないので――を条件にポシェットの卵さんを机の上に並べる。するとアリアさまとロザリンデさまは小さい子供のように目を輝かせて、机の上の卵さんを見ていた。何故かお二人と同じ反応をしている某辺境伯ご令嬢さまがいるのだが、貴女前に見ましたよねと突っ込みを入れたいけれど黙っておく。
「アシュくんとアスターくんとイルちゃんとイブくんの卵より小さいでしょうか?」
「アリアさんが仰る通り、少し小さく感じますね」
アリアさまとロザリンデさまが声を上げると、私の肩からクロが卵さんの下へと降りた。クロは魔力を身体に溜め込んでいるため、望まない限り身体が大きくなることはない。
以前、卵さんを四つ並べてみた時にクロに横に並んで貰ったことがある。その時はクロの頭の後ろからお尻くらいの長さがあった。でも今日は鼻先からお尻くらいの長さになっているので、各卵さんは一回りくらい大きくなっているはずである。
「気持ち大きくなった気がしますが、確かにジャドさんが産んだ卵より小さいですよね」
私がアリアさまとロザリンデさまに視線を向ければ、ジャドさんの卵の方が大きかったですよねと言いたげな顔になっていた。お二人の表情が面白かったのか、ヴァルトルーデさまとジルケさまは小さく笑って言葉を紡ぐ。
「どんな仔が孵るのか楽しみ」
「ナイの下にいりゃ、奇跡が起きるからなあ」
ふふふと笑う西の女神さまと、少々呆れた様子のジルケさまに私は『もう勘弁してください』と口にする。すると侯爵家の面々が『無理だろ』みたいな表情になっているのを私は見逃さない。
今回はヘルメスさんが私の魔力制御を行ってくれているので、卵さんたちに影響はないはずだ。天馬さま方の出産ラッシュが終わって直ぐにグリフォンさんたちの卵さんまで孵れば、屋敷は大騒ぎになるのではなかろうか。もちろんめでたいことだから嬉しいけれど、もう少しだけ期間を開けて欲しいなという気持ちがある。ちなみにジャドさんたちの見立てでは、卵さんは私の側にいるからいつ孵っても問題ないとか。
そんな他愛のないことを話していると、外は随分忙しそうな雰囲気だ。
建国祭当日のアルバトロス王都教会では炊き出しの準備を忙しなく行い、治癒院を開く準備が整っていたりと皆さま右へ左へと動いている。私たちアストライアー侯爵家一行は特に手伝うこともなく、部屋で時間まで待機しているため社長さん扱いだ。
教会の方たちの手伝いに行きたいものの、侯爵位を持つ私が行けば皆さまド緊張するためじっと耐えるしかない。アリアさまとロザリンデさまと侯爵家の面々が話し相手になってくれるから良いものの、一人だと確実に手伝いに突撃していた。
「炊き出しの準備はまだ時間が掛かるでしょうけれど、治癒院の準備は整ったようですね」
「そろそろわたくしたちの出番ですわ、アリアさん」
外から聞こえてきた声にアリアさまとロザリンデさまが声を上げた。治癒院の準備が整ったようで、既に教会にこられている方たちが待っているとのことで少し開催を早めるらしい。
「筆頭聖女さまが長らく参加なさっていなかったので、今年は治癒院にくる方が多いだろうと神父さまとシスターたちが話していましたね。頑張らなきゃ!」
「ええ。わたくしもアリアさんの負担を少しでも減らすべく、治癒を施しましょう」
アリアさまとロザリンデさまが気合を入れている。そういえばお二人が筆頭聖女さまと筆頭聖女補佐に就いて、今年が初めての建国祭か。確かに王都の皆さまがこぞって治癒院に並びそうだ。
詐病していれば、先にある聞き取り調査で弾かれるけれど、果たしてどれだけ抑えられるのか。変な方がいれば問答無用で追い出しだなあと私が目を細めていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが声を上げる。
「アリア、ロザリンデ、無理しない」
「倒れちまったら元も子もねーからな。疲れたなら休めよ。ナイもいるんだし」
私は治癒院が開かれる部屋の隅で待機する予定である。まあ、王都の皆さまへの顔見世ということもあるので、頑張って大人しく席に腰を下ろしておこう。しかしジルケさまは治癒を施せないというのに、私のことを口にするのは如何なものだろう。まあ、女神さまが治癒院に参加すれば、黙っていても大変なことになりそうなので良いか。
「人手が足りないとか長蛇の列ができているという状況なら参加しても問題ないかなと。どうなるか分かりませんが臨機応変にですね」
様子を見ながら対応しようと私はアリアさまとロザリンデさまに告げると、お迎えにカルヴァインさまがやってきた。女神さまがいると分かっていたからか、少し落ち着いた様子である。私たちが礼を執れば、彼も返礼してくれた。
「筆頭聖女アリア、筆頭聖女補佐ロザリンデ、アストライアー助言役、時間となりました。移動を致しましょう」
カルヴァインさまの声に私たちは席から立ち上がる。二柱さまも一緒に立ち上がれば、カルヴァインさまが机の上のティーカップに視線を落としていた。カルヴァインさまは女神さま方の使用済みのティーカップを聖遺物とか考えていないよねと私は目を細めた。
しかしそう考えると、変態的思考の持ち主の方は元の世界でも今の世界でも昔からいたというわけか。神さまの遺体を包んだ布は聖骸布になるようだし、よくそんな物を残そうと試みたものだ。
まあ、なんでも良いかと廊下に出ると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが私の後ろでなにか言っていた。
「ナイがなにか変なこと考えてる」
「よく分かるな、姉御」
「内容までは分からないけど……他の人より分かりやすい」
「アホ毛が動いているからか?」
私が先程考えていたことをヴァルトルーデさまは察知したようである。とはいえ内容までは分からないらしい。私が神さまの遺体を包んだ布のことを考えていたなんて知られれば、ヴァルトルーデさまに『例外はあるけど、死なないよ?』とか言われそうだ。
ジルケさまはジルケさまで私のアホ毛に言及している。アホ毛、動いていたかなあと頭の天辺に右手を乗せれば、私のアホ毛がぴょんと跳ねる。いや、そんな馬鹿なと手を放せば、ジークとリンが不思議そうな雰囲気になっていた。今は部屋の外だし、教会の人たちが忙しなく行きかっているので後ろに振り向くのは止めておこう。変に突っ込んで墓穴を掘っても困るのは、女神さまではなく私である。
元来た道を歩き、今度は聖堂の逆の位置にある扉を抜けて治癒を施す部屋へと移動した。先頭を歩いていたカルヴァインさまが振り返り私と視線を合わせる。
「アストライアー助言役はこちらにお願い致します」
「はい」
部屋の奥に豪華な椅子が一つに鎮座し、少し後ろに普通の椅子が四つ並んでいる。ジークとリンとクレイグは立ちっぱなしで、ヴァルトルーデさまとジルケさまとソフィーアさまとセレスティアさまと私は着席するようである。
おそらく女神さまを立ちっぱなしにさせるのは駄目だと考えて、ソフィーアさまとセレスティアさまの椅子も用意したようである。これなら、ヴァルトルーデさまとジルケさまが女神さまだと気付く方は少なくないはず。カルヴァインさまは私たちが椅子に腰を掛けるのを見届ければ、ほっとした様子を見せつつ口を開く。
「私も治癒師として参加しますので、閣下のお相手を務められず誠に申し訳ありません」
「いえ。お気になさらないでください」
カルヴァインさまが再度頭を下げ、私は小さく首を振る。そしてヴァルトルーデさまが不思議そうにカルヴァインさまの方へと顔を向けた。
「アウグストも参加するの?」
「ひゃ、ひゃい!」
「無理しないで」
どうやらヴァルトルーデさまは聖女さま以外が治癒を施すことが不思議だったようである。シスターの中にも治癒魔術を施せる方がいるけれど、最初の問診の方に回るので治癒を施している。
神父さまの中にも適性さえあれば治癒を施せるが、これまた治癒院に参加することはない。地方の教会となれば別であるが、王都教会は抱えている聖女さまの数が多いことが神父さまとシスターが裏方に回る原因だ。でもまあ、枢機卿の地位に就いても変わらず治癒師として治癒院に参加するカルヴァインさまは稀有な存在かもしれない。そのカルヴァインさまはヴァルトルーデさまのお声掛けに凄く緊張した顔になっている。
「ひょ、ひょうち致しました!」
どうにかカルヴァインさまは返事をし、ご自身の定位置へと向かっていくのだが途中で足を縺れさせていた。大丈夫かと私が心配していると、アリアさまとロザリンデさまも礼を執って、自分たちの場所へと向かっていく。ズッコケそうなカルヴァインさまを目にしたヴァルトルーデさまとジルケさまが目を細めている。
「……アウグスト、まだ緊張してる」
「仕方ねーさ。アリアくらい肝っ玉が太けりゃマシなんだろうけどな」
カルヴァインさまは信仰心が高い方だからヴァルトルーデさまに、どう取り繕えば良いのか分からないのだろう。カルヴァインさまは真面目な方なので、そのままの彼でヴァルトルーデさまと話せば問題なく過ごせる気がする。
だというのに信仰心の高さから上手くいかないのは如何ともしがたい。一ケ月くらいアストライアー侯爵邸で過ごして貰うこともできるのだが、彼の頭が禿げるか、更にふさふさになるかの二択だろう。
私は無理かあと部屋の天井を見上げれば、治癒院が開かれて多くの方が部屋へと入ってくる。直ぐに部屋の中は人の熱気に満たされて、参加している聖女さまは慌ただしく治癒を施していく。そして治療を終えた王都の人たちが私を見つけて礼を執り、教会式の印を切ってから部屋を出ていった。
「どうして私に印を切るかなあ」
『ヴァルトルーデさまが一緒にいるから、良いんじゃない?』
私がむっと口を尖らせるとクロが呑気に答えてくれる。確かに私の後ろにはヴァルトルーデさまが椅子に腰かけているため、印を切ればなにかしらヴァルトルーデさまの御利益があるかもしれない。
でも、印を切っていった方たちは私に対して行っているものだ。グイーさまの夢で見ているから仕方ないけれど、なんだか後世で私もグイーさまファミリーの一員とカウントされそうだ。血なんて一切繋がっていないし、そうなれば神さま一家に失礼極まりないのではなかろうか。更に私がむっと口を尖らせれば、後ろでジルケさまがくつくつ笑っている。
「ま、悪いことじゃねえから、良いだろ」
「軽いですねえ」
「ナイが一番、あたしらに対して軽いけどな」
前を向いたまま私はジルケさまが一番軽い調子で話すことが多いと突っ込んだのに、何故か末妹さまに私が軽いと言われてしまうのだった。解せない。