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1471/1473

1471:慣れてきた。

 アルバトロス王都に辿り着いた次の日。


 朝早く、タウンハウスから教会へと向かえば、教会の皆さま全員と聖女さま方が揃っていた。階段を上がった先にある大扉の前で所狭しとひしめき合っていた。アリアさまとロザリンデさまも一団の中にいるのだが、私を迎え入れるためというには凄く大袈裟過ぎるお迎えだろう。

 ヴァルトルーデさまとジルケさまがいると教会の皆さまには知れ渡っているので仕方ない。でも通りがかった人たちがなにごとかと立ち止まっているから目立っている。


 おばあも一緒に行きたいとゴネたため、馬車の後ろにはおばあとジャドさんと雌グリフォンさんとイルとイヴが待機していた。流石に教会の中には入れないので外で待機して貰うのだが……王都の人は驚かないか心配である。一応、ジャドさんにお願いしてアストライアー侯爵家の家紋が施されている記章を首から下げて貰っているけれど……グリフォンさんたちの顔をマジマジと見ると強面なので少し心配だ。


 不安は尽きないが教会の方たちが既に集まってくれているし、覚悟を決めて私は馬車から降りた。地面に降りた私は二柱さまをエスコートして前を向くと、カルヴァインさまとアリアさまとロザリンデさまが階段から降りてきた。

 カルヴァインさま緊張で階段を踏み外さないよねと私が心配していれば、アストライアー侯爵家の面子も大丈夫かと不安顔になっていた。ヴァルトルーデさままで妙な顔になっているし、ジルケさまもアイツ落ちねえよなと片眉を上げている。

 

 カルヴァインさまが無事に階段の一番下まで辿り着き一堂ふうと息を吐く。心配されていた彼は私たちの気持ちを知ってか知らずか、緊張した面持ちで聖職者の衣装を翻し礼を執る。


 「アストライアー侯爵閣下、よ、よくきてくださいました!」


 相変わらずカルヴァインさまは真面目で実直な方のようである。女神さまは正体を隠しているため『見ては駄目だ、見ては駄目だ、見ては駄目だ!』と心の中で念仏のように唱えていそうな顔になっていた。逆にアリアさまとロザリンデさまはいつも通りの笑顔を携え、女神さま方に小さく礼を執り私に視線を合わせた。


 「閣下、本日はよろしくお願い致します」


 「警備は十全に敷いておりますのでご安心くださいませ」


 ゆっくりと頭を下げたお二人に私も礼を返して顔を上げた。


 「カルヴァイン枢機卿、筆頭聖女さま、筆頭聖女補佐さま、本日はよろしくお願い致します」


 言葉を告げた私は周りを見渡してみる。ロザリンデさまの言葉通り、去年より教会騎士の配置数が多くなっていた。私がグイーさまの使者を務めた影響が確実に出ているなと目を細めていると、家宰さま代理のクレイグもカルヴァインさまと声を交わす。クレイグは普段より良い衣装を身に纏い、きっちりと髪を撫で付けているため良いところのボンボンといった風貌である。挨拶を終えて中に入ろうと移動を開始する直前に私は彼に視線を向けた。


 「……馬子にも衣裳」


 「は? どういう意味だよ……」


 私がぼそりと呟いた声はクレイグの耳に届いていたようである。意味を伝えればクレイグはむっとしながら言葉を紡ぐ。


 「それはナイもだろうが! って……仕事にきてるんだ、真面目に働くぞ」


 「はーい」


 クレイグは突っ込みを入れながらハッとした顔をして階段を昇り始めた。私は彼の言う通りだと素直に返事をすれば、後ろに控えていたジークとリンが声を掛けてくれる。


 「あまり揶揄ってやるな」


 「いつも通り」


 片眉を上げながら私を嗜めるジークと小さく笑うリンに肩の上に乗っているクロは『仲が良いねえ』と呟く。この場にサフィールがいないのは残念だけれど、領主邸の留守を任せてある。家宰さまも残ってくれているし心配はしていないけれど、サフィールも一緒に動けないのは残念だ。お互い良い歳だから、王都にこれないからと言って関係が拗れることはない。

 領主邸の留守を守ってくれているサフィールにはお土産たくさん買って帰ろうと決め私も階段を昇る。そうして大扉前の踊り場でシスター・ジルとシスター・リズに少し声を掛け、顔見知りの方たちに頭を下げてから教会の中へと進んだ。


 教会の中に入れば空気が少しひんやりしている。早朝だから人気は少ない。正面の奥にある祭壇は朝陽が射し込むステンドグラスに照らされて、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

 「荘厳だけれど、お腹は膨れないんだよねえ」


 私は誰にも聞こえないように独りで呟いたのだが、一番近くにいるクロには聞こえていたようである。クロは苦笑いを浮かべながら黙ってくれていた。信徒席の真ん中を突っ切って祭壇の前に立つ。

 教会の印を切って祭壇に礼を捧げるのだが、マジモンのご神体は私の真後ろである。これで良いのかと疑問に思っていると、カルヴァインさまも気付いたようで顔を真っ青にさせていた。ご神体であるヴァルトルーデさまが真後ろに控えているというのに、空っぽのシンボルマークに祈るのだから不味いと感じるのは当然だ。

 

 皆さまが祭壇の前で祈りを捧げるので、ヴァルトルーデさまとジルケさまも見様見真似で印を切り、周りの方たちが凄く微妙な顔になる。二柱さまが顔を上げると、お二人で見つめ合う。


 「なんだか変な感じ」


 「ま、おもしろいじゃねーか。親父殿が見てたら大爆笑するな」


 ヴァルトルーデさまとジルケさまは緩い雰囲気で話をしている。確かにグイーさまが覗いていたなら、ケラケラ笑っていそうな光景だ。二柱さまのやり取りを聞いていたカルヴァインさまは白目を剥きそうなので、ロザリンデさまが魔術で気合を入れている。

 なんだかロザリンデさまとカルヴァインさまの距離が凄く近い気がする。教会の面子的に枢機卿さまが倒れるのは不味いと判断してのことだろうと、私はカルヴァインさまに行きましょうと告げる。


 「ひゃ、ひゃい! 行きまひょう!」


 カルヴァインさまの声に片眉を上げながら、横にある出入口を抜けて教会の裏手の方へと回る。ぎこちない歩き方のカルヴァインさまの背を見つめながら歩いていると、私の後ろでなにか気配を感じた。


 「アウグスト、凄く緊張してる?」


 「信仰心が高い奴だから仕方ねえさ。あんま突っ込んでやるなよ、姉御」


 確かにヴァルトルーデさまがカルヴァインさまに『大丈夫?』なんて声を掛けた日には、彼の逃げ道がなくなってしまうだろう。精神を保つために気絶という逃げ先まで奪ってしまうのは、かなり酷なこと。ジルケさまが仰る通り、突っ込まない方が彼の精神衛生上よろしいのかもしれないと、私の後ろに控えている女神さま方の声を聞きながら、教会の会議室へ入るのだった。


 「で、では、アストライアー侯爵家の皆さまにはこちらで待機をお願い致します。我々は準備を整えてきますので……」


 「承知しました。急ぐものではありませんから、皆さまゆっくり落ち着いて怪我なく作業をお願い致します」


 カルヴァインさまがおっかなびっくりと声を出し、私は皆さまに怪我がないようにとお願いする。教会といえど、所属してお仕事中に怪我をすることもあるだろう。

 前世のように労基なんて存在しない世界だから怪我をすれば自己責任となる。教会内なら直ぐ聖女さまに治癒を施して貰えるけれど寄付は必要だ。世知辛いなあと私が目を細めていれば、カルヴァインさまはアリアさまとロザリンデさまに視線を向けていた。


 「筆頭聖女アリア、筆頭聖女補佐ロザリンデも残ってくださいね」


 「はい」


 「承知致しました」


 どうやらお二人が私たちの相手を担ってくれるようだ。アリアさまとロザリンデさまは役職持ちとなったので、力仕事や準備等に携わらないようになったのだろう。

 カルヴァインさまや教会の他の皆さまが退出して私はふうと息を吐く。アリアさまとロザリンデさまは事務方の人に声を掛けて、お茶とお菓子を用意して貰っていた。二柱さまはなにが出るだろうと興味津々な顔になっているのだが……私の側仕えとしてきているので飲めないのではという疑問が湧く。まあ、欲しければ訴えてくれるだろうと私は正面に座しているアリアさまとロザリンデさまに顔を向ける。


 「そうだ。ジャドさんたちを中庭に移動して貰っても良いでしょうか?」


 今度は中庭が騒ぎになるかもしれないけれど、教会の大扉の前に待機して貰っているよりは目立たないはず。アリアさまとロザリンデさまは『あ』と声を零して私と視線を合わせた。


 「確かに大扉前だと騒ぎになりますよね。治癒院を開くと告知しているのでそろそろ王都の方たちが集まってくるでしょうし」


 「では、わたくしが行って参りましょう。ジャドさまに声を掛ければ良いのですよね?」


 肩を竦めるアリアさまに、ロザリンデさまは席から腰を上げる。私が行くよりロザリンデさまに任せた方が良いのだろう。


 「はい。お任せしてすみません」


 「お気になさらないでください」


 ゆっくりとロザリンデさまが歩き始めて部屋の外へと出て行く。入れ替わりでお茶を用意してくれていた事務方の人が戻ってきて、机にティーカップを並べていく。明らかに女神さまの分が置かれているので、アリアさまが気を使ってくれたようである。アリアさまはヴァルトルーデさまとジルケさまに『部屋には関係者しかいないので、お茶をどうぞ』と勧める。二柱さまは顔を見合わせたあと、私を挟んで応接用のソファーに腰を下ろす。

 なんで私は毎度サンドイッチされているんだと思うけれど、今回は真ん中に私が座しているため、二柱さまは左右に座るしかないのだから仕方ない。嬉しそうにお茶を飲み始めた二柱さまを他所に、私はアリアさまへ向けて言葉を紡ぐ。

 

 「炊き出しの準備も行っているんですよね?」


 「はい。毎年のことですので」


 私の疑問に微笑みを持ってアリアさまが答えてくれる。今年も炊き出しを行うようだが、王都の治安が良くなっていることで去年より受け取る方は減るのではないか、というのが教会の見解なのだそうだ。

 王都は以前より活気に溢れ、王都に出入りする方も増えているとか。そうなると貧民街に住む方も増えるのではと疑問を抱くが、教会が救い上げに力を入れ始めたので現状を維持しているとか。それでも炊き出しの準備は力仕事で大変だろう。一番の戦力であろう騎士の方たちは私たち一行の護衛で手を取られている。でも。


 「手伝いに行くわけにはいかないですし、部屋で大人しくしています」


 「ふふ。そうですね。私もお手伝いしたいのですが、周りの皆さまに止められてしまいました。でもナイさまのお相手を務めるという大役を頂いたので嬉しいです」


 私が息を吐けば、アリアさまがニコニコと笑みを浮かべた。何気にアリアさまは私の行動を止めるのが上手い。私の相手を務めることになったと嬉しそうに告げられたなら、部屋から出るわけにはいかなくなる。

 でもまあ、アリアさまと話すのは久方振りだし、ロザリンデさまが戻ってきたらいろいろな話に花を咲かせようと淹れて貰った紅茶を手に取り、一口飲もうとする。


 「熱い」


 淹れて貰った紅茶が熱く、一口含むのも困難だった。二柱さまは『丁度良い』『ナイがお子ちゃまなんだよ』と澄ました顔でお茶を嚥下している。そして後ろで控えているソフィーアさまとセレスティアさまが微妙な雰囲気を携えていた。


 「屋敷で出す紅茶はナイのために少し冷ましてあるからな」


 「そろそろ慣れて下さっても良い気もしますが」


 その事実を私は初めて聞いた。熱い紅茶に慣れてきたはずなのに、給仕の方は私向けには少し温度を下げて紅茶を淹れてくれていたようだ。なんだか複雑な気分に襲われつつ、熱い紅茶をフーフーしながら飲んでいると戻ってきたロザリンデさまが私を見て苦笑いを浮かべるのだった。

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貴族で侯爵になってるから、猫舌は改善されないなー
そりゃあ、主付きの侍女が入れる紅茶は主がその場で飲んで、一番美味いのを入れるのに当たり前だからねー
少し温くなった紅茶になれてしまったから普通の紅茶だと熱いのか。お茶くらいどこかで飲みそうだし熱いのも飲めるようにならないとな、でないとリンが後ろからフーフーしてくるかもしれないし。
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