1469:王都到着。
最後の宿に泊まった私たちは早朝に馬車に乗り込んで王都を目指している。各地の宿に泊まったり、領主邸にお呼ばれしたりといろいろあったものの特に問題なく終わっていた。
今回、馬車移動を選択したのは各地にお金を落とすためだ。護衛の方も多く配置しているので、多少は各領地に貢献できたはず。提供して頂いたご飯も美味しかったし、名物料理を出してくれたりと楽しい時間を過ごしている。お土産も買ったから、王都のアストライアー侯爵邸の皆さまに渡す時が楽しみだ。
車の中では対面にソフィーアさまとセレスティアさまが座し、私の両隣にヴァルトルーデさまとジルケさまが腰を下ろしている。下ろしているのだが、なんだかヴァルトルーデさまが仏頂面を晒していた。どうしたのかと私が長姉さまの方に顔を向けて改めるのだが、やはりご機嫌が少々悪いとつい口が開いた。
「微妙な顔になっておられますね」
私の声にヴァルトルーデさまがちらりとこちらを見るものの、直ぐに視線を前に戻した。対面に座しているソフィーアさまとセレスティアさまはなにも言わないが、ヴァルトルーデさまの様子を悟っているようである。
表情の変化に乏しい西の女神さまであるが、屋敷での同居生活が長くなっているため少しの変化でもヴァルトルーデさまの機嫌を感じ取れる術を身に着けていた。なにを不満に感じているのだろうと私が肩を竦めれば、ヴァルトルーデさまの代わりにジルケさまが言葉を紡ぐ。
「あー……店の連中の対応が悪神を相手にするような感じだったろ。姉御的に不服らしいな」
ジルケさまが後ろ手に頭を掻いて微妙な顔になっていた。ヴァルトルーデさまは末妹さまの声を聞いて更に微妙な顔を張り付ける。どうやらジルケさまの指摘は図星だったらしく、お店の方や領主さま方の対応に不満があるようだった。
どうにもグイーさまの使者を務めた以降、いろいろな方と会ってきたが私に対して凄く緊張している。ヴァルトルーデさまとジルケさまは私の側仕えに扮しているものの、独特の雰囲気があるため警戒されていた。仕方のない部分ではと私がヴァルトルーデさまに顔を向ければ、ちらりと私を見てまた直ぐに前に視線を戻した。
「圧が強いのが原因では」
「そうだけどよ、屋敷住まいが長くなって暫く外に出ていなかったから、制御しなきゃなんねーこと抜け落ちてたんだろ。それにおばあや毛玉がいたしなあ」
今度は私がジルケさまに視線を向ければ、後ろ手で頭を掻いているのを止めて腕組みをした。やれやれという雰囲気を醸し出して、長姉さまにアドバイスを送るのは毎度のことになっているような。ヴァルトルーデさまは大陸を見て回るという希望があるため、今の状況では落ち着いて旅をするのは難しそうだ。
「剣技大会の時、店の人あまり緊張してなかった。でも今回、凄く固まっていた。普通で良いのに」
ヴァルトルーデさまが口をへの字に曲げている。どうやら剣技大会の時に露店に買い出しに向かった時と今回を比較したようだ。クレイグとサフィールの話によれば露店の方は緊張しつつも、ヴァルトルーデさまと声を交わして購入を無事に済ませたと聞いている。
ジルケさまは凄く気楽に『おばちゃん、これ欲しい。いくらなんだ?』と聞いていたとか。数千年単位で引き籠もっていた女神さまと、管轄する大陸にちょいちょい顔を出していた女神さまの差が如実に出ていて面白いが、ヴァルトルーデさま的に恐れられるのは心外なことのようだ。
「ま、慣れてない連中なんだ。多めに見てやれよ、姉御。それに姉御じゃなくてナイに怯えていたかもしんねーんだし」
ジルケさまの言葉に慣れていないのはヴァルトルーデさまもではと考えていると、何故か私に話題が振られていた。
「え?」
不意の言葉に私は目を見開いて驚く。確かに私の魔力量は他の方にとって圧があるようだが、魔術具を纏っているしヘルメスさんの協力も得ているから随分とマシになっているのに。私の様子を見たジルケさまが肩を竦めて、対面に座すお二人に同意を求めていた。
「夢に出てきた者が目の前にいれば驚きもするさ」
「ええ。創星神さまの使者が目の前にいるんです。奇跡の体現者が顕現したと同義ですわね」
ソフィーアさまとセレスティアさまも私の側仕えを務めていなければ、怯えているか凄く恐縮しているかのどちらかだと教えてくれる。単にグイーさまの手駒となれる人間が私くらいしかいなかっただけなので、私は魔力量の多い普通の人間だろう。過剰な配慮はいらないのになあと目を細めると、いつの間にかヴァルトルーデさまがじっと私を見つめていた。
「一緒だね、ナイ」
「こんなことで一緒の括りにしないでください」
私がジルケさまの方に顔を背けると、ヴァルトルーデさまがえーと言いたそうな雰囲気を上げている。ソフィーアさまとセレスティアさまは苦笑いを浮かべ、ジルケさまは何故か小さく笑っていた。
私が視線を向けた先は丁度馬車の窓があり、外ではおばあと毛玉ちゃんたちが楽しそうに馬車の隣を歩いている。最後方ではジャドさんと雌グリフォンさんたち四頭が歩いているので凄く目立つものの、防犯対策としては高レベルのものになっている。
誰がグリフォンを五頭いる車列に突っ込むなんて無謀なことを企てるだろう。いや、でもヤバい人はどこにでもいるので、今後出てくる可能性もあるから気を付けよう。そんなこんなを考えていれば、アストライアー侯爵家の馬車列はアルバトロス王都の正面大門に辿り着く。
入城の手続きを済ませて王都の中に入れば、街は建国祭の準備に追われている。明日が建国祭当日となるのだが、街の方たちは楽しそうに準備に追われている。ヴァルトルーデさまは興味があるのか窓に顔を近付けて外を眺めていた。そしてヴァルトルーデさまは外に視線を釘付けたまま、腕を伸ばして私の服を引っ張った。
「ナイ。街の人たちが馬車を指差してる」
「……多分、侯爵家の家紋を見たのでしょうね」
どうやら王都の街の方たちは馬車に掲げているアストライアー侯爵家の家紋を目敏く見つけたよう……いや、ジャドさんたちとおばあと毛玉ちゃんたちのお陰だろうか。まあ、なににせよアストライアー侯爵家の車列だと分かり王都の皆さまの興味を引いているようだ。私が街の様子にふうと息を吐けば、対面に座すお二方が苦笑いを浮かべていた。
「ナイ、手を振らないのか?」
「少し顔を出しても良いのでは?」
確かに手を振った方が良いのかもしれないが、恥ずかしいという気持ちが上回る。ただ今回、教会にも顔を出して治癒院を手伝う予定だし、私に会おうと試みて教会がパンクする可能性もありそうだ。
それなら今、顔出しして興味を引く方の気持ちを抑えておくのもアリだろうと、ジルケさまにお願いして席を入れ替わって貰った。そうして私は窓越しに王都の皆さまに手を振る。
なんだか凄く高貴な方になったみたいだという感想を抱くが、お貴族さまだから高貴な者ではある。でも、個人的には貴族なんて感じは全くないし、やるべきことをやっていたら、こうなっていただけ。
本当にどうしてこうなったと言いたくなるが、ジークとリンとクレイグをサフィールを路頭に迷わせることはないし、おばあのような弱い方を助けることができた。多くの方の人生を背負うことになっているものの、そこは優秀な方たちが周りを固めてくれているので問題ない。笑みを浮かべて窓の外へ手を振っていると、二柱さまが感心したような空気を醸し出す。
「ナイが珍しいことしてんな」
「きっとなにか考えがある。多分、打算」
何気に酷くないと言いたくなるけれど、打算があるのは事実。何も言い返せないと私はそのまま王都の居住区から商業地区に辿り着くまで、集まった方たちに向けて手を振るのだった。
――侯爵家のタウンハウスに辿り着いた。
馬車回りに辿り着き、なんとなくだるい腕を抱えながら車から降りる。目の前にはタウンハウスで働く皆さまが並んで私たちを迎え入れてくれた。ジャドさんたちの姿に驚くものの、ご当主さまだしなあという顔を浮かべて新たなグリフォンさんたちを受け入れている。
おばあも初めて会った方たちに興味津々で視線を向けながらピョエピョエと小さく鳴いていた。そんなおばあに毛玉ちゃんたちが人間はたくさんいるから驚くなと諭していた。
なんだか不思議な関係を築き上げているなと横目で見つつ、屋敷の皆さまに数日お世話になると私は頭を下げる。お迎えの面子の中にはアンファンとテオもいるので、屋敷の方から呼び出しを貰ったようだ。そして私は久方ぶりに会ったお二人に視線を向けた。
「ナイさま、お久しぶりです! ヴァルトルーデさま、ジルケさまもお久しぶりですね! 数日間、よろしくお願いします!!」
「お久しぶりですわ、ナイさま、ヴァルトルーデさま、ジルケさま」
アリアさまとロザリンデさまが綺麗に笑って声を上げる。名前を呼ばれた私と二柱さまもお二人に声を掛けて再会を喜んだ。そしてお二人は丁寧にソフィーアさまとセレスティアさま、そしてジークとリンにも声を掛けてくれた。
あと、王都の侯爵邸に前乗りしていたクレイグも出迎えの人たちの中に混じっているのだが、アリアさまと話はできたのだろうか。ジークとリンとサフィール曰く、アリアさまとクレイグは良い関係らしい。数日間、家宰さまの代わりに私の仕事のお手伝いを担うため前乗りしていたクレイグであるが、今話を聞くのは野暮だろう。
アリアさまは『ナイさまだ!』と目を輝かせ、ロザリンデさまは『創星神さまの御使いが眼前に』と驚いているものの、いつも通りの対応なので助かる。
「少し休憩して、明日の打ち合わせをしましょうか」
私は直ぐに打ち合わせをしても良いのだが、流石に日本の社畜精神を出すわけにはいかないと一先ず、休憩をしようと提案しておいた。旅先で買い付けたお菓子類は屋敷の皆さまに渡せば、凄く恐縮されつつも嬉しそうな顔をしていたので良かったと安堵する。そして移動を開始しようする前に、声を掛けたい人がいるので私はそちらへと歩いていく。
「アンファン、テオ。お久しぶりです。学校の生活は順調でしょうか?」
私はアンファンとテオに声を掛けた。テオの背がまた伸びているような気がするものの、それが聞きたいわけではないとバレないように首を振る。
「ご当主さま、お久しぶりです。そしておかえりなさいませ。侍女学校では順調に授業を受けております」
「お久しぶりです、ご当主さま! 騎士訓練校で日々、鍛錬と礼儀を学んでおります!!」
二ヶ月ほど顔を合わせてなかっただけなのに、アンファンとテオは凄く大人びた気がする。私が無理はせず努力してくださいねと告げれば、はいと二人から返事が戻ってくる。
私が『では』と別れようとしてアンファンとテオが相談があると引き留められた。他の方が二人を窘めようとするものの、私はアンファンとテオの雇い主だから話を聞く義務があると言って場を収めた。とはいえ、休憩しようと言っているため約束を新たに取り付ける。すると二人は深い礼を執り、私はまたあとでと告げて自室を目指すのだった。