1468:超目立つ一行。
五月初旬。
エルとジョセの仔が産まれないねえと、昨日、庭の東屋で話していたのだが、夜から朝にかけてすぽーんと仔天馬さまが誕生したようである。え、私、知らないよと朝起きて産まれたと連絡を受けたときは凄く驚いた。
屋敷に居着いた雌の天馬さま方の仔をきっちり取り上げたというのに、ジョセの仔を取り損ねるなんて少々ショックである。とはいえ、人間の手はなるべく借りない方が良いだろうから、随分と贅沢な悩みかもしれない。着替えを終えて、朝ご飯の前に様子を見に行こうと、ジークとリンと一緒に庭に出て厩の側まできたところだ。
私は厩の側できょろきょろと周りを見渡す。天馬さま方は厩番の方に朝食を頂いてご機嫌のようである。産まれた仔天馬さまも一ケ月という時間が経ち、随分と大きくなり脚取りも確りとしたものになっていた。
母天馬さまはご飯を食べながら、仔に乳を与えていた。馬の離乳は四ヶ月から六ヶ月ほどと聞いているので、仔天馬さまたちが乳を吸う光景は限定的なものだろう。愛らしい光景を見た私は後ろを振り向いて、背の高い赤毛の双子を見上げる。
「呼ばれなかったから元気な仔が産まれているんだろうね。どんな仔かな?」
「エルとジョセの仔だからな」
「双子で産まれてきても驚かない」
私が問えばジークとリンは小さく笑う。確かにエルとジョセの仔だから普通の天馬さまではなさそうである。しかし普通の天馬さまでも全然嬉しいし、めでたいことだ。リンが言ったように双子が生まれたならば凄い奇跡だろう。私たちの話を聞いていたクロがのほほんと口を開いた。
『楽しみだねえ』
クロの声にそうだねえと答えていると、正面からルカとジアがひょっこり顔を出して私たちの姿を認めれば嬉しそうに駆けてくる。ルカとジアを取り上げたことが懐かしいと目を細めていれば、ルカが変顔を披露しながら鼻を鳴らして鳴いていた。
どうやら弟か妹が産まれたことが嬉しいようで、ご機嫌なようである。逆にジアは落ち着いているけれど、いつものように兄に対して茶々を入れない。ジアも仔天馬さまが誕生したことが嬉しいようである。私は二頭の顔を撫でながら言葉を紡ぐ。
「ルカ、ジア。弟か妹が産まれたね。おめでとう」
「良かったな」
「ね」
私とジークとリンがルカとジアに祝いの言葉を贈ると、機嫌良さそうに前脚で地面を掻いている。私の肩の上のクロも新たな仲間ができたことは嬉しいようで、ご機嫌で尻尾を振っていた。
『ありがとうって~ジョセの側から離れないみたいだよ』
クロの通訳でルカとジアの気持ちを確かめれば、二頭は私たちの背に回り、産まれた仔天馬さまに早く会って欲しいと急かした。私たちは行ってくるねと声を掛けて、厩の中へと入って行く。
厩番の方にジョセの居場所を聞けば一番手前の房にいると教えてくれる。房にいるお馬さんたちは私たちの気配を察知して顔を出しているので、一つだけ顔を出していないところがジョセの居場所か。私たちが房の前まで歩を進めれば、ジョセが気付いて顔だけこちらに向けた。良かった元気そうだと私は安堵の息を吐き言葉を紡ぐ。
「ジョセ、仔天馬さまが産まれたって聞いて様子を伺いにきたよ~大丈夫?」
『はい。産気付いたのが真夜中でしたし、聖女さまをお呼びするのも悪いと考えていると、良い仔なのか直ぐ産まれたものでして。事後報告となってしまい申し訳ありません』
ジョセは授乳中なので場を動けない。私は房の中に入りたい気持ちをぐっと堪える。仔天馬さまが驚くかもしれないし、ストレスを与えて食事を中断させたら申し訳ない。房の側で見守ることにして、ジョセと会話を続けることにした。
今回の出産は凄く早く終わったそうで、ジョセは今までで一番楽な出産だったと微笑んでいた。私を呼ばなくとも処理の仕方は理解しているし、自身のこともきちんと見届けているとのこと。特に問題はなさそうだから、一先ず安心だろう。音を立てながら乳を飲む仔天馬さまも元気そうで安心だ。そう、安心である。
「大丈夫だよ。人間の手になるべく掛からない方が良いだろうからね。それにしても可愛いんだけれど……大きくない?」
ジョセのお腹のところで乳を飲む仔天馬さまは黒に近い色だ。そしてなにより身体が大きい。私が取り上げた仔天馬さまの中で一番大きい気がする。脚も他の仔天馬さまに比べて随分と太いし、成長すれば大柄な天馬さまとなりそうだ。
『大きいですよねえ……私もこの大きさの仔は初めてです。胎に長くいたので仕方ないのでしょうが。毛色も黒のようですから強い個体となりそうです』
ジョセも大きいと実感しているようだが、大きい仔をすぽんと産み落とせたのは奇跡に近いのではないだろうか。仔天馬さまは必死に乳を飲むことに集中しているようで、私たちの会話をまるで気にしていない。繊細で臆病な仔より良いことかと笑っていると、ふと足りない物を感じ取る。
「そういえば、エルは?」
『厩番の方に籠を借り、森で栄養がありそうな草を探してくると』
仔が産まれたというのにエルはどこに消えたのかと思いきや、美味しい草を取ってくると言い残し陽が昇り始めた頃、禁忌の森に出掛けたそうである。
禁忌の森も安全が確保できたし、天馬さま方も日中は森の方へとお出掛けしていることが多い。流石にそろそろ『禁忌の森』という名前は改めた方が良さそうだけれど、さてどう名を付けたものか。天馬の森では駄目かなあと目を細めながら、美味しい草を探し求めるエルを頭の中で想像した。
「相変わらず、エルはジョセに優しいね」
『ふふ、自慢の番ですよ』
本当にエルはジョセの面倒を甲斐甲斐しく見るというか。優しい雄天馬さまだよねえとジョセに伝えると、当然とばかりに彼女から言葉が返ってくるのだった。あ、エルとジョセの仔天馬さまは黒色ではなく芦毛でした。
◇
五月末。そろそろ建国祭である。
文字通り、アルバトロス王国の建国を祝う日だ。王都が一番盛り上がるのだが、アストライアー侯爵領領都でもお祭り騒ぎとなっていて、領都に住まう人々が思い思いに建国を祝っている。
各商店ではお買い得な値段になっていたり、おまけの商品をくれたり、食べ物屋さんでは大盛サービスを行ってくれたり、デザートがついてきたりと本当に大盤振る舞いとなっていた。
私は午前中に領都の皆さまに顔出しの挨拶をして、お昼からは王都まで移動を始める。いつものメンバーで向かおうと決めていたのだが、庭に出た時におばあに捕まり服の袖を甘噛みされ私の行動をおばあに引き留められていた。
こてんこてんとおばあが首を傾げて『どこに行くの?』と聞いてくる。いつもよりおめかしをしているから、私の格好でおばあはお出掛けの雰囲気を感じ取ったようだ。私は王都に行くんだよと伝えれば、おばあが垂れた目をかッと見開く。
「おばあも行くの?」
なんとなくおばあが王都に行きたそうな顔をしていたため、問うてみればこてんと首を傾げた。
『ピョエ~?』
「駄目じゃないけれど、人がたくさんいるから、おばあは凄く目立つことになるよ。それでも構わないの?」
おばあが私たちと一緒に出掛けるのは良いのだが、王都の人の多さにおばあは耐えられるのか。まあ、お城の中で過ごすのが中心だからおばあに危害を加える方はいないはず。
あとは興味の視線を向けられておばあが耐えられるかどうかだろう。幻獣や魔獣を引き連れてアルバトロス城の中を歩くのは私は慣れているので特に反対する理由はない。それにヴァルトルーデさまとジルケさまも同行するから、幻獣が一頭増えたところで状況は変わらない。
『ピョエ!』
どうやらおばあは気にしないようだ。仕方ないなあ。他の人たちに迷惑を掛けたら駄目だよと伝えれば、おばあは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。今度は見世物としてではなく、ちゃんとグリフォンとして見てくれる方たちばかりのはず。保護して時間が経ち、みすぼらしかった姿は随分と改善されているからグリフォンとして見てくれるだろう。
ジャドさんたちより身体が小柄なのは変わらないが。毛のある部分はもふもふなんだし。私がおばあに馬車移動だから王都まで時間が掛かること、各領地で注目されること、宿の中には入れず庭で過ごすようになると伝えれば、おばあはウキウキしながら私たちの列に加わった。
『最近、ボクやジャドが言葉を伝えなくても、ナイはおばあと会話しているねえ』
「あれ、そう言われると……でも、なんとなくおばあの仕草とかでなんとなく分かるよ」
『仲良しになれた証拠だねえ』
クロと話しながら屋敷の馬車回りへと辿り着く。見送りの方たちがたくさん集まってくれているのだが、その中にジャドさんたちやエルとジョセがいた。どうやら挨拶にきてくれたようである。
ジャドさんたちは建国祭当日になれば侯爵領から王都へ飛んで移動するとのこと。エルとジョセ、天馬さま方は屋敷で留守を預かってくれるそうだ。ルカとジアはおばあが歩いて王都に行くと知り馬車列に加わった。どうやら参加メンバーが増えたようである。
おばあは一緒に向かう仲間が増えて嬉しそうだ。そしてジャドさんたちはおばあが歩いて行くなら自分たちも歩いて行こうと言い始める。もうわちゃわちゃだなあと私は苦笑いを浮かべながら、各地に手配している宿に庭で過ごす予定の魔獣や幻獣が増えたと知らせて欲しいと、家宰さまにお願いをした。
「凄い大所帯になったね」
「まあ、そのうち慣れるだろ」
「増えるかも?」
私が侯爵家の馬車列に視線を向けて苦笑いを浮かべれば、ジークとリンも肩を竦めてていた。いつものメンバー……ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまとヴァルトルーデさまとジルケさまに、ヴァナルとロゼさんと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち。そして今回はルカとジアとジャドさんと雌グリフォンさん四頭におばあもいる。
私の腰元にはヘルメスさんとグリフォンの卵さん四つが静かにポシェットの中に納まっている。ジークとリンの腰元にもレダとカストルがいるし……さて、王都までのちょっとした旅が始まろうとしている。
各地の宿では美味しい料理も提供されるようだし、楽しみだなあと目を細めて馬車に乗り込むのだった。