1467:仔猫の預かり先。
相変わらず毛玉ちゃんたちとおばあのボール遊び、所謂レトリーブは飽きていないようで、私が投げても喜んで取ってきて地面にボールを置き、鼻先で小突いて投げた主へと戻してくれる。おばあも相変わらず毛玉ちゃんの脚の速さに追いつけていないが、楽しんでいるので問題ない。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとジャドさんたちとエルとジョセ、天馬さま方は仔天馬さまを見守りつつ、のほほーんと芝生の上で日光浴をしていた。アストライアー侯爵邸は至って平和だと、東屋の屋根の下でサンルームから移動した皆さまと一緒に話をしている。アルティアさまが手に取ったボールを凄い勢いで投げれば、毛玉ちゃんたちとおばあがボールを目掛けて一目散に庭を走って行く。
「嗚呼、とっても美しいお尻です! ナイさまのお陰で、各国に魔獣や幻獣に対する法が整備され始めているので良い傾向ですわ」
デレデレとした顔から真面目なものに変えたアルティアさまが私を見下ろしていた。彼女が仰る通り、各国では魔獣や幻獣に対しての法整備が始まっており、早い所では施行している国もある。
問題を引き起こした――巻き込まれたと言って良いかも――国は速攻で草案を纏め、陛下の強権を発動して国中に発布したとか。ちなみにおばあを捨てた彼の商人の方は噂が立ち、店から人が遠のいているらしい。
私の広まり過ぎた名が過剰な制裁を下しているようにも見えるが、命を粗末にしたことは許せることではない。最後まで飼い主としての責任を果たして欲しい。
犬や猫ですら手が掛かるのに、魔獣や幻獣となればもっと手が掛かるだろう。自分が立てていた予定を粗相したことによって予定を狂わされることもあるし、体調を崩して病院に連れて行き時間とお金を失うこともある。懐いて可愛いなあという気持ちだけで育てられれば良いだろうけれど、世の中はきっとそう簡単にはできていない。
私もたくさんの魔獣や幻獣の皆さまをお預かりしているので、彼の商人のようにならないように気を引き締めていかなければ。しかし本当に各国の陛下方は即対応してくれたので有難いような、恐れ多いような。
「私のお陰というより、神の使いを務めた私が関わっているから各国の方々が無礼を働いてはならないと動いてくれただけなので……」
私が渋い顔を浮かべてアルティアさまを見れば、彼女は片眉を上げて困ったような顔になっている。今回、各国が早々に動いてくれたのは私が神の使いを果たしたからだろう。
私がただのアルバトロス王国の侯爵位持ち兼聖女だったなら無視されていた可能性が大きい。本当にグイーさまって凄いんだなあと目を細めていると、毛玉ちゃんたちが戻ってきて今度はセシリアさまの前で立ち止まり、落としたボールを鼻先で放り投げる。
「そこは謙遜なさらなくても。西大陸の各国を回るだけでも大変だったでしょうから。今度はわたくしが? 良いですよ、それ!」
セシリアさまが投げたボールは勢い良く飛んで行き、また毛玉ちゃんたちとおばあが庭へと走って行く。今度は仔天馬さまたちも加わっているのだが、ボールを噛めるだろうか。
謙遜しているというより、私が行ったことがトンデモなことだったので事実を認めたくないというか。各国を回るのは確かに大変だったものの、移動は超大型竜の方のお陰で快適だったので周りの方たちが思うほど苦労していないはず。でも私に同行してくれた方たちは大変だったかもしれない。慣れていない方は酔ってしまったり、各国の陛下方が毎度私の相手を務めてくれていたから。
「そうよ、ナイちゃん。堂々としていなさいな」
「だね~ジャドたちがナイちゃんの家に運んでくれなきゃ、表に出てこなかっただろうし~」
今度はダリア姉さんとアイリス姉さんが話に加われば、アルティアさまとセシリアさまがうんうんと頷いていた。確かにジャドさんたちが私の屋敷にきていなければ、おばあを助けても途方に暮れるだけだったかもしれない。
そう考えればおばあやジャドさんたちの役に立てて良かった。また毛玉ちゃんたちとおばあがボールを咥えて戻ってきて、今度はジークにボールを託す。どうしてジークにボールを渡したのか分からないけれど、彼はボールを手に取れば前後に足を開いて後ろに手を回し、ぐぐぐとバッティングセンターの投球マシンのように腕を振った。
ぼっ! と音が出そうなボールは瞬時に庭の奥へと消え、毛玉ちゃんたちは目をキラリと光らせて加速音が鳴りそうなほど凄い速さで走って行く。おばあは疲れているのか少し足が鈍くなっているけれど、楽しいのか毛玉ちゃんたちのあとを追いかけることを止めない。
「私も彼も一緒に回りたかったのだが……」
「ですね、代表。青竜と赤竜と緑竜が前回の旅を楽しそうに話している姿を見るのは、少々複雑な気分になります」
ディアンさまとベリルさまが消えた毛玉ちゃんたちとおばあの方を見ながら、小さく息を吐いていた。彼らが私たちのドサ周りにこれなかったのは、仕事が忙しいからという理由だったから仕方ないのではなかろうか。
最近、お世話になった青竜さんと赤竜さんと緑竜さんに会えていないので元気だろうか。私の時間経過と彼らの時間経過の体感は違うだろうから、気にしていない可能性もあるけれど。しかしお二人とも飛竜便を担ってくれるつもりだったようだ。私は片眉を上げながらディアンさまとベリルさまを見上げた。
「なかなか亜人連合国にお邪魔できずに、侯爵邸にきて頂くことが多くなったので申し訳ない限りです」
遊びに行くと言っているものの、なかなか実行できずにいる。時間を捻出すれば行けないことはないけれど、足が遠のいているのは何故なのか。不思議だなと私が小さく笑えば、ディアンさまとベリルさまも苦笑いになり『無理はしないでくれ』『ええ。貴女がこれないのであれば、我々が向かえば良いだけですから』と答えてくれた。
「そうね、ナイちゃんがこられないなら、私たちが動くだけね」
「うんうん~こっちは身軽だしね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんもうんうん頷き、アルティアさまとセシリアさなもうんうん頷いている。ソフィーアさまとセレスティアさまは自身の職場に親がくるのは少々苦手なようで微妙な顔になっていた。
また毛玉ちゃんたちが戻ってきて、遅れておばあも戻ってくる。毛玉ちゃんたちはまだまだ元気が有り余っているけれど、おばあは少し疲れているようだ。ジャドさんたちが少し気にしている様子を見せているから、私は毛玉ちゃんたちの方へと顔を向けた。
「毛玉ちゃん、少し休憩しようか?」
私はおばあが疲れていると言えばおばあが気にするだろうと目的だけ告げた。
『えー!』
『にゃんで?』
『もっちょ!』
三頭は尻尾を振りながらもっと遊びたいと訴えてくる。私は仕方ないと『おばあが疲れているからね』と告げれば、毛玉ちゃんたちはおばあだけ休めば良いと口にする。
一度休憩を挟んで水分補給して欲しいのだが、遊びたい気持ちが勝っているらしい。この様子をお客人は微笑ましそうに見ており、毛玉ちゃんたちがこれからどう判断するのか気になるようである。毛玉ちゃんたちの様子を見ていたヴァナルと雪さんたちが寝転がっていた芝生から立ち上がり、毛玉ちゃんたちの下へと歩いていく。
『友達、疲れてる。なら一緒に休む』
『そうです。一緒に遊んでいるのですから、一緒に休みましょう』
『身勝手を言ってはなりませんよ。おばあの方が体力が少ないのです』
『少し休んで、また遊べば良いだけではありませんか』
ヴァナルと雪さんたちの声に毛玉ちゃんたちは黙り込み考える仕草を見せている。少し間、沈黙が流れると『おばー』『きゅーけい』『やちゅも』と彼女たちはおばあの下へと駆け寄る。
異種族同士の友情に『ぐほっ!』『ぐはっ!』と心を射抜かれている方たちがいるけれども、皆さま慣れてきているのか無反応だった。唯一、某公爵令嬢さまと某公爵夫人が冷めた目線をご本人たちに向けていたけれど。
毛玉ちゃんたちはおばあを連れて芝生の上でごろりと寝転がった。一緒に遊んでいた――というより興味を引かれて少し走っただけ――仔天馬さまたちは母天馬さまの下に戻って乳を吸っている。護衛の騎士の方がバケツに水を用意してくれると、毛玉ちゃんとおばあは立ち上がって勢い良く水を飲んでいる。やはり喉が渇いていたかと私が笑っていれば、ダリア姉さんがふいにこちらを見ていた。
「そういえばナイちゃん」
「はい?」
「仔猫たちの預け先は決まったの?」
トリグエルさんが産んだ三匹の仔猫の預け先問題は既に解決していた。ダリア姉さんには申し訳ないが、事実を伝えねばと私は彼女を見上げる。
「それが……屋敷で働いている方たちに仔猫が懐いてしまって、各自お気に入りの方の部屋で生活を初めているんです」
三匹の仔猫たちは親元からの巣立ちが早く、自由気ままに屋敷の中をウロウロしていた。毛玉ちゃんたちに遭遇しても落ち着いたもので、毛玉ちゃんたちの方が仔猫たちにシャー! と警戒されるため遠慮している。
毛玉ちゃんたちが仔猫たちにタジタジになっている姿は賛否両論あるようだが、仔猫たちは屋敷で自由に過ごすうちにお気に入りの人間を見つけていた。トリグエルさんもエッダさんと仲が良いし、調理部の方とも懇意にしている。きっと仔猫たちも母親に倣ってお気に入りの方を見つけたのだろう。部屋に入ってきてベッドに侵入していると報告が上がったものの、お世話が嫌でなければ一緒に過ごしてくださいと私がお願いしたのだ。
「あら?」
「大事にしてくれているんだね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんは残念と小さく笑い、アルティアさまとセシリアさまはあからさまに肩を落としている。前回のように母親の側を離れなければ、誰かに引き渡していただろうけれど……今回、親離れはできているし、産まれた仔たちは全員雌のため屋敷で過ごして貰おうと決めた。
お猫さまはまだ若いし妊娠することがまたあるだろうと話して今日は解散となる。また遊びにきてくださいねと私が告げれば、彼ら彼女らの家にも遊びにきて欲しいと微笑まれ、去り際にアルティアさまが私に身体を向けた。
「ナイさま。わたくし、いつでもアストライアー侯爵家で働く準備はできておりますので!」
アルティアさまが生き生きとした顔を向けて、私に凄いことを言ってのけた。いや、まあ、なんでも良いなら彼女を雇う席はあるけれど。どう返事をしたものかと悩んでいれば、彼女の声が届いていたのかセレスティアさまがありありと息を吐いた。
「お母さま、図々しいのでは……」
「あら。もう家のことは彼女に任せられますし、わたくしもそろそろ自由に生きても良いでしょう?」
ふふふと笑ったアルティアさまは颯爽と馬車に乗り込んで辺境伯領へと戻っていく。既に次期辺境伯夫人への教育は終わっているため割と時間を持て余しているらしい。アルティアさまに振り回されている辺境伯閣下の姿がありありと浮かぶなあと私は遠い目になるのだった。






