1466:愉快な人たち。
――いやあ、ない。ないでしょ。
どうにも私は容姿を褒められる機会が少なくて、アルティアさまの発言に戸惑っていた。社交辞令の可能性もあるのだが、アルティアさまならばソレを口から出すのであれば、代わりに別のこと、例えば牽制とか相手の痛い噂を語り優位な立場を確保しそうである。それらを踏まえるとやはりアルティアさまのお言葉は事実であり、彼女の隣にいたソフィーアさまのお母上であるセシリアさまも同意していた。毎日、鏡を眺めているためか私の容姿が変わったという実感はない。
それなら実際に一センチほど伸びた身長は事実であるため、そちらを褒めて欲しかったのだが……とりあえず、凄く恥ずかしいこと――玄関の扉に身体をぶつけた――の詫びを入れねばと、サンルームに辿り着くなり私は皆さまの前で頭を小さく下げた。
「お見苦しいところをお見せしました」
私の姿にアルティアさまとセシリアさまが苦笑いを浮かれば、先に席に腰掛けていた亜人連合国のエルフのお姉さんズが長い耳をぴくりと動かして顔をこちらに向ける。
「どったのナイちゃん?」
「そうね、どうしたの?」
アイリス姉さんとダリア姉さんが小さく首を傾げて微笑んでいる。単に気になっただけのようだが、答えてしまうと私が恥ずかしい思いをする。ディアンさまとベリルさまも不思議そうな顔を浮かべながら私を見ているので、答えるべきだろうか。
「……」
いや、しかし答えてしまえば、私のなけなしのプライドというか自尊心というかが更に減ってしまいそうだ。どうしたものかと唸っているとサンルームにいたおばあがぽてぽてとこちらに歩いて、私の顔を覗き込み首をくるんと回す。
『ピョエ~?』
間延びする鳴き声を出したおばあは私の頭の上に顎を擦り付ける。某辺境伯母娘から羨ましそうな視線を凄く感じるのだが、おばあのぐりぐり攻撃は結構激しい。体験してみて欲しいけれど、辺境伯家のご夫人とご息女にそんなことをさせるわけにはいかない。私は大人しくおばあのぐりぐり攻撃を受けていると、肩の上に乗っているクロが通訳を担ってくれた。
『なにかあったのー? 顔が赤いよって。気になるみたいだねえ』
クロは面白そうに私の顔を覗き込む。そして椅子に腰かけていたダリア姉さんとアイリス姉さんがいつの間にかこちらまできていた。アイリス姉さんが私の背に回って、身体を寄せて腹に腕を回す。ダリア姉さんは私の隣に立って顔を覗き込んで、目を細めながら笑っていた。
アルティアさまとセシリアさまは私たちの会話に一区切りつくまで待ってくれるようだ。待たせてしまい申し訳ないのだが、きちんと紹介するので少し待っていて欲しい。個人的な紹介はまだだったはずであると、アルティアさまとセシリアさまから視線を戻せばエルフのお姉さんズがにやりと笑った。
「そういえばナイちゃんの顔が珍しく赤いわね」
「ホントだーおばあは良く気付いたねえ」
お二人は私の顔を覗き込んだあと、おばあの方へと身体を正した。おばあは褒められて嬉しかったようで、前脚だけ地面から離して跳ねる真似をしている。
『ピョエ!』
ご機嫌な鳴き声を出したおばあは満足したのか、ディアンさまたちの方へと戻っていく。相変わらずおばあの歩様は綺麗ではないが、これでも随分マシになっていた。侯爵邸の庭が広くて良かったし、おばあと一緒に遊んでくれる毛玉ちゃんたちがいて本当に良かったとおばあを見れば、側にいるディアンさまとベリルさまが片眉を上げている。
「二人とも、無理に聞き出そうとするな」
「ええ。言いたくないこともあるでしょうから、そう詰め寄らずに」
とディアンさまとベリルさまは私に助け舟を出してくれた。優しいなあと私が感心していれば、ダリア姉さんがマジマジと私を見つめ、アイリス姉さんが身体を横に揺らして私を巻き込んでいる。
「でも、ナイちゃんと初めて会った頃と今を比べれば、子供っぽさは抜けているものね」
「ね。人間の成長は早いねえ~三年間くらいならエルフに変化らしい変化はないから~」
お二人の呑気な声が聞こえるものの、もしかして言わない限りはこの横揺れは続くのだろうか。長身のアイリス姉さんが右に左に身体を動かせば、当然腹に腕を回されている私の身体も大きく動くのだ。
激しい動きではないけれど、なんだか船酔いのようなものを引き起こしそうである。仕方ないのかと私は諦めて、容姿を褒められてちょっと玄関の扉に身体をぶつけたことを亜人連合国の皆さまに伝えた。
ジークとリンは微妙な顔を浮かべ、ソフィーアさまとセレスティアさまは何故ぶつけるのかと問い質したそうな雰囲気である。アルティアさまとセシリアさまはあらあらまあまあと言った感じで、ディアンさまとベリルさまは私の心配をしてくれていた。
「ナイちゃん、意外と鈍くさいのね……」
「あははー! 見たかったなあ~その場面~」
片眉を上げながら笑いを堪えるダリア姉さんと、へらりと笑うアイリス姉さんは私の行動が面白かったようだ。褒められ慣れていないというのも、なんだかアレだなあと私は渋い顔になりつつ、一度席に就こうと皆さまをご案内した。
先に席に案内していたダリア姉さんとアイリス姉さんは綺麗な仕草で椅子に腰を下ろした。アルティアさまとセシリアさまと私はまだ立ったままである。そうしてアルティアさまとセシリアさまが私の横に並び、亜人連合国の皆さまの前に向き直った。
「亜人連合国の皆さまに、お二方をご紹介させて頂きますね。ハイゼンベルグ公爵夫人とヴァイセンベルク辺境伯夫人です」
私は視線でお二方にあとは任せましたと伝えれば、綺麗な礼をセシリアさまとアルティアさまが執った。
「セシリア・ハイゼンベルグと申します。娘のソフィーアが仔竜さまのお世話を担わせて頂いていること感謝致します」
「アルティア・ヴァイセンベルクと申しますわ。同じくセレスティアが仔竜さまのお側にいられることは、亜人連合国の皆さまのお陰でございましょう。感謝致しますわ」
お二人の挨拶が終われば、ディアンさまとベリルさまがゆっくりと席を立つ。お二人とも二メートル超えの身長だから、アルティアさまとセシリアさまは彼らを見上げる形になっている。
「今日は彼女の屋敷に遊びにきているだけだ。同じ客人として接して貰えると嬉しい」
「ええ。公爵家も辺境伯家も彼女の後ろ盾を務めてくださっております。我々も便宜を図って貰っておりますし、どうかあまり気負わずに」
ディアンさまとベリルさまが言い終えれば席に腰を下ろし、今度はダリア姉さんとアイリス姉さんがお互いに頷いて席を立つ。
「女同士、気楽に話せると嬉しいわ。貴族の化粧事情とか教えて貰えると助かるわね」
「だねー。ナイちゃん、お化粧に興味ないし、ナイちゃんの周りも無頓着そうだから。いろいろ聞けると嬉しいな~最近ね、エルフの街で化粧水とか作っているんだよ~」
私はお姉さんズの話を聞き、エルフの方たちも化粧っ気が皆無なのではという突っ込みを心の中で入れた。元々、目鼻立ちがはっきりしている上に整っているから、エルフの方は美男、美女の方が多い。
お化粧も派手な方は見たことがないから、化粧水を作っているなんて驚きである。ダリア姉さんとアイリス姉さんもほぼすっぴんではなかろうか。私がダリア姉さんとアイリス姉さんとアルティアさまとセシリアさまの間で視線を彷徨わせていれば、エルフのお姉さんズが『少しは興味を持って欲しいわね』『お化粧したナイちゃんあまり見ないもんねえ~』と言いたげである。
アルティアさまとセシリアさまは『わたくしたちの話で良ければ是非』『お役に立てるか分かりませんが』と声を上げる。ソフィーアさまとセレスティアさまもエルフの方が作っているという化粧水に反応を見せており、興味がある様子である。
リンは右から左に聞き流していそうな顔をしながら護衛を務めているままだ。リンもほぼすっぴんだし、化粧を念入りに施しているのは式典やらの時くらいである。そう考えると私たち幼馴染組は化粧に全く興味を持っていない。
「試供品、あとで渡すから感想を聞かせて欲しいわね」
ダリア姉さんの声にアルティアさまとセシリアさまが嬉しそうな顔になる。
「そうだね~ナイちゃんも使ってみてね~」
アイリス姉さんは私の方に顔を向けてにっと笑った。
「お役に立てるか分かりませんが……」
本当にエルフの方たちの糧になれるか分からないが、正直な感想を伝えれば良いのだろうか。そういえばフソウの帝さまからお化粧道具を頂いているのに、部屋の奥に押し込んだままだと漆塗りの立派な箱を思い浮かべた。
今度、ジークとお出掛けすることになれば引っ張り出して、お化粧を施してみるべきか。一応、前世の社会人を経験しているから自分である程度はできる。無理なら侍女長様にお願いして、誰かに施して貰えば良いだけだ。
そんなこんなで皆さまが席に就けば、おばあや毛玉ちゃんたちが机の周りに集まって軽いお茶会が開かれた。アルティアさまとセシリアさまは亜人連合国の方たちに緊張しつつも、どんな場所なのかと問うてみたり、買い付けた品の感想を伝えたり、辺境伯領の大木の下で暮らしている小さい竜の肩の背に乗ったとかいろいろ話していた。
以前、夜会で顔合わせしていることもあるのだろうけれど、こうして亜人連合国の方と普通に喋ってくれる方が増えるのは嬉しい。そうして一杯の紅茶を飲み終える頃、サンルームをウロウロしていたおばあと毛玉ちゃんたちが私たちの前に四頭並んだ。
『ピョエ~!!』
「急にどうしたの、おばあ」
おばあがサンルームの天井を見上げながら一鳴きして私が首を傾げれば、毛玉ちゃんたちが答えてくれる。
『ぼおる、あちょび!』
『たくちゃん、はちる!!』
『みんにゃで!!』
彼女たちの可愛い要望に席に腰を掛けていた面子が『いくか』という顔をして、ゆっくりと立ち上がる。私はボールを貰ってきて欲しいと護衛の方にお願いをして、みんなでサンルームの外へと出た。お客さまがきていることがジャドさんたちと天馬さま方は知っていたのか、サンルームの前に集まっていた。産まれたばかりの仔天馬さまたちも顔を出しており、大人の中に仔供が混ざっていた。
「ぐほっ!? ……し、し、刺激が強い! 強すぎますぅ!」
「落ち着きなさい、アルティア」
「恥ずかしいですわ、お母さま」
「セレスティアも同じだろうに」
その光景を見た方たち――どうなっているかは、彼女たちの名誉のために見ないフリをしておく――が各々声に出しているのだが、亜人連合国の皆さまは苦笑いだけで済ませる辺り、度量が広いなあと私は感心するのだった。






