1465:照れるとキケン。
ユーリに怒られてから数日後。
仔天馬さまたちが仲良く庭を駆け回っている報がいろいろなところへ届いているようで、本日、興味がある方をアストライアー侯爵邸にお誘いしている。面子的にはいつものメンバーのような気がしてならないが、顔を合わせる機会が少ないため、私もご招待した方たちと会うのを楽しみにしている。
午前の執務と昼食を終えた私はジークとリンに楽しみだと告げれば『そうだな』『そうだね』と声が返ってくる。クロたちも皆さまと会えるのを楽しみにしているし、ヴァナルと雪さんたちはいつも通りだし、毛玉ちゃんたちもお客さんがくると知ってウキウキしている。
ヴァルトルーデさまとジルケさまも顔を出してくれる――お茶とお菓子が目的のような気がする――そうだし、ジャドさんたちグリフォンさんたちも挨拶したいと申し出てくれている。
相変わらず気まぐれなのはトリグエルさんとジルヴァラさんだった。お客さまがくるよと私が伝えれば『妾には関係ないな』と言って、すたこらさっさとお気に入りの場所へと消えて行った。春が訪れて暖かくなったためなのか、トリグエルさんは私に用がないのだろう。
割と豪華な面子のため、ソフィーアさまとセレスティアさまは私の側仕えとして控えてくれるそうだ。彼女たちのお母さまもご招待したのだが即OKの返事をくれている。
公爵夫人と辺境伯夫人であれば屋敷の采配をなさねばならず割と忙しい筈なのにと私が首を傾げていれば、お嬢さま方は『女神さまも同席されると知れば、参加すると即断するさ』『魔獣や幻獣の方もおられますし、断る理由などありませんもの』と教えてくれた。
まあ、なんだかんだとソフィーアさまとセレスティアさまのお母上であるセシリアさまとアルティアさまは仲が良いし、彼の方たちが並んでいると品格が凄いというか。きっと庭を駆け回っている仔天馬さまたちを見れば、喜んでくれるだろうとお迎えの準備をしている私に声を掛ける方がいる。
「用意はできたのか、ナイ?」
「少々、恥ずかしいですが……楽しみにしている気持ちは理解できますから、お母さまにこないでくださいましなんて言えませんわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが私の部屋を訪ねてきた。側仕えということで控えめで動きやすい衣装を纏っているというのに凄く綺麗であった。
私は聖女の衣装を纏うか、侯爵として衣装を纏うか迷い、結局は侯爵として振舞うのだからとフォーマルな衣装をチョイスしている。ちなみに方針は私が決めて、衣装はリンと侍女の方たちが選んでいた。私が選ぶと少し世の中の美意識からズレてしまうので、衣装選びはリンとソフィーアさまとセレスティアさまと侍女の方たちに任せていた。本当に何故、私の服飾センスはないのだろう。
リン曰く『私の服を選ぶ時はマトモなのにね?』と首を傾げているから、センスはあるはずである。ただそのセンスは自分自身に発揮されないようで、微妙な衣装を選んでいるようだ。
私が選んだ衣装と、リンや他の方たちが選んだ衣装を比較すると、確実にリンたちが選んでくれた品が似合っているのだから。介添えしてくれたエッダさんにお礼を伝えれば、一緒に部屋にいたリンが私の横に並ぶ。そうして部屋へとやってきたソフィーアさまとセレスティアさまに視線を向けた。どうやらお母上がくるということで、子供的に微妙な心境になっているとか。
「皆さん、身内の方のようなものですし、気楽に過ごしてくだされば良いのかなと」
私がお二人を見上げれば、微妙な顔を更に変なものへとさせていた。どうしてそんなにお母上たちを嫌がるのかイマイチ分からないが、なにかあるのは分かる。
「ナイにとっては身内かもしれないが、亜人連合国の方々がいるだろう」
「女神さま方もいらっしゃいますし、本日お誘いを受けた方たちは天にも舞う気持ちのはずですわ」
はあと小さく溜息を吐いたお二人は片眉を上げて肩を竦める。エッダさんは私の着替えが終わったと部屋の外で待ってくれていた、ジークとクロとロゼさんとヴァナルたちを呼んできてくれた。
青竜さんと赤竜さんも一緒だから、部屋の外でクロに呼び止められたのだろう。エッダさんは他の仕事に戻るとのことなので、私が介添えありがとうございますと伝えると深々と礼を執って部屋を出て行く。クロが私の肩の上にちょこんと乗り、青竜さんと赤竜さんもソフィーアさまとセレスティアさまの肩に乗る。アズとネルは元々ジークとリンの肩の上に乗っているため、のほほんと二人の肩の上で過ごしていた。
『みんなと変わらないから、普通にしてくれれば良いんだけれどねえ』
いつからクロは話を聞いていたのか分からないが、ディアンさま方を過度に慮る必要はないと告げる。確かにディアンさまもベリルさまもダリア姉さんとアイリス姉さんも怒らせなければ穏やかな方たちなので、怖がる必要はないし、喋り掛ければ普通に返事をくれる。
まあ、亜人の方たちを差別していた人間だから、少し後ろめたい気持ちがあるのだろうか。いつかそんなものは消えてなくなれば良いなと願っていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまが再び微妙な表情を浮かべていた。
「クロさま、流石に少々難しいかと」
「ええ。やはり竜のお方とエルフという長命種の方が訪れているのですから粗相はできません」
『粗相をしても気にしないよ。一杯お喋りして、楽しめたら面白いでしょ~? ソフィーアとセレスティアのお母さんに伝えておいてよ』
乾いた笑いを振り絞るお二人にクロはかるーく言ってのける。悪いことではないから、いつかセシリアさまとアルティアさまも亜人連合国の方たちと普通に語れる日がくるようにと願いつつ、お迎えに出ようと階下へと向かうのだった。
◇
ふんふんふーん……と鼻歌が出そうなほどに、発動させた転移魔術はご機嫌でした。
そうして僕、ハインツ・ヴァレンシュタインと友人であり魔術師団の同僚でもあるヴォルフガング・ファウストと一緒にアストライアー侯爵領にある領主邸の門扉前に転移を果たしました。
屋敷の中には沢山の魔獣が居着いているため、聖女さまのお屋敷を訪ねる日は楽しみでなりません。今日は他にもお客人がいるとのことですが、好きに過ごして構わないと聖女さまから許可を得ているため、存分に仔天馬さまたちや天馬さまにグリフォン、そしてフェンリルにケロべロスに猫又や妖精の様子を観察させて頂きましょう。
しかし、魔術師団副団長として聖女さまからお誘い頂けるのは有難いことですが、個人的にお誘いを受けたい気持ちがなくはありません。仕事を別にして、魔獣や幻獣の皆さまと触れ合いたいですし、聖女さまと魔術談義をしたいのです。
なにか機会があれば良いのですが、お誘いしようにもヴァレンシュタイン家は男爵位の家柄のため、侯爵位を持つ聖女さまを安易に誘えないという壁があります。大きな門の前に立つアストライアー侯爵家の騎士に声を掛ける前に、僕は晴れた空を見上げました。
「まあ、いずれ機会は訪れましょう」
「ハインツ、なにか言った?」
隣に立っていた友が首を傾げながら不思議そうに問います。
「いえ、なんでもありませんよ。お待たせしては悪いので行きましょうか」
僕は内心を語らぬまま、侯爵家の騎士に声を掛けようと足を出し招待状を彼らに見せました。すると落ち着いた様子で彼らは小門に案内してくれて、屋敷の中へと導いてくれたのでした。さて。屋敷までかなりの距離がありますが、きっと天馬さま方やグリフォンに会えるでしょうと二人で歩き始めれば、即天馬さまに会えるのでした。
◇
ふふ、あはは……! あーはっははははははは!!
と高笑いができれば良いのですが、ここはヴァイセンベルク辺境伯家の屋敷ではなく馬車の中のため我慢しております。今回、ヴァイセンベルク家の御者ではなく、今回限りで雇い入れた御者のため変な声は出せない。
ふうと私が息を吐き、窓の外を眺めるとアストライアー侯爵領の景色が流れており、活気あふれる商店が並んでおりました。なんとなくですが、食べ物関係の店が多いのはナイさまの影響なのでしょうか。少し可笑しくてふふふと私が笑えば、対面に座す能面女が息を吐きました。相変わらず嫌な女ではありますが、ナイさまの手を煩わせないと結託し、こうして一緒の馬車に乗り合わせることになったのです。
「アルティア。顔が緩いですよ?」
「おや、仏頂面のセシリアより良いではありませんか」
お互いにふっと笑って、はっと鼻を鳴らしました。御者には聞こえていないでしょうが、外にいる我が家の護衛や侯爵家の護衛の者たちには、わたくしたちの様子をありありと思い浮かべていることでしょう。もう二十年以上付き合いがあるのですから、いろいろと彼らにわたくしとセシリアの関係は露見しているはずです。なんとも言えない空気の中、暫く馬車の中で過ごしていれば、アストライアー侯爵邸の門を潜り抜けました。
そうして馬車回りに辿り着けば、窓から彼女と娘たちの姿が一瞬見えました。本来であれば、当主であるナイさまが出迎えなどしなくとも良いのですけれど。厚遇に感謝しつつ、馬車から降りてナイさまがにこりと笑みを浮かべてわたくしたちの前へと立ちました。
「遠いところをようこそいらっしゃいました。セシリアさま、アルティアさま。お楽しみ頂ければ幸いです」
ナイさまが小さく礼を執り顔を上げる。以前より少しだけナイさまの背が伸びているような気もしますが、気のせいでございましょうか。それに以前よりも大人びているような。
ナイさまの後ろに控えている赤毛の騎士がナイさまに気持ちを打ち明けたと聞いているので、女性としてお化粧や身嗜みを確りと気を付けるようになったのでしょうか。なににしても良いことだろうと、セシリアと共にわたくしも礼を執る。セシリアと共にというのは癪であるが。
「ナイさま、本日はお誘い頂き、ありがとうございます」
「本当に感謝いたしますわ。しかしナイさまお美しくなられたのでは?」
セシリアが顔に綺麗な笑みを張り付けて白々しく声を出しておりました。ナイさま、この女の身代わりの速さに騙されてはいけませんと伝えたくなるものの、今は我慢でしょう。
セシリアの娘であるソフィーアさんもナイさまの側仕えとして後ろに控えているのです。母親を悪く言えば良く思わないのは当然のこと。ぐっと我慢をしていれば、わたくしの言葉にナイさまが珍しく照れた顔をしております。おや。このような一面をナイさまは持っているのですねと感心するものの、褒められ慣れていないのかと目を細めました。
「……ありがとうございます。一先ず、サンルームへ向かいましょう。暖かいですし、天馬さま方やグリフォンさんたちの姿が見られますよ」
貴族としてナイさまの今の態度は間違っている――通常はお互いに褒め称えるもの。嫌味の応酬であるが――かもしれないが、彼女に逆らえる者など誰もいませんし文句は言わないでしょう。
当主自ら案内してくれるようで、ナイさまの後ろ姿を見ると微かに見える耳が赤く染まっている。赤毛の騎士のことを思い描いているのか、自身の容姿を褒められて舞い上がっているのか分かりませんが、意外な一面を見れた気がいたしますそうして玄関ホールへ差し掛かる時でした。
「痛っ!」
何故か玄関の扉に半身をぶつけたナイさまが声を上げ、双子の騎士とソフィーアさんとセレスティアが彼女を気遣います。えっと……玄関扉に身体をぶつけてしまうなんて、ナイさまは大丈夫かしら……?






