1464:おちかり。
朝、産まれたばかりの天馬さまの所に顔を出し、執務を終えて昼食を摂り午後の自由時間も私たちは天馬さま方の下に向かっていた。今度はユーリも一緒にきているのだが、小さな天馬さまは珍しいようである。
ユーリは触れたそうにしているけれど、昨日産まれた仔天馬さまと触れ合うのは難しかろうと、少し前に産まれた仔天馬さまと厩の外で対面を果たした。
流石にユーリの『ぱちん!』を披露させるわけにはいかないと、がっちりガードさせて貰っているのでユーリが両手を伸ばしても仔天馬さまの顔には届かない。まだまだ小さい仔天馬さまはユーリを見て首を傾げている。仔天馬さまも『人間が小さい』と驚いているとのことだから、ユーリにも仔天馬さまにも良い経験になっているはずだ。
ジークとリンは訓練に参加しているため、珍しく一緒でない。
午後に仔天馬さまのところへ私が向かうと知っていたヴァルトルーデさまとジルケさまとセレスティアさまとソフィーアさまも一緒にいるのだが、ユーリの邪魔をする気はないようで少し離れて様子を伺っている。厩の近くは臭うので基本お貴族さまは近づかないと聞いているのだが、彼女たちは全く気にしていないようであった。
「可愛い」
「小せえよなあ。見てて、危なっかしいつーか……」
二柱さまは産まれた仔たちが覚束ない足取りで庭を走っている姿に目を細めている。確かに産まれたばかりの仔天馬さまたちの足取りが怪しいので危ないことこの上ない。とはいえ、あと一ケ月も経てば、落ち着いて彼らを見ることことができるはず。
まだ生まれていないのは、ジョセがお腹に抱えている仔だ。お腹の仔が産まれれば、今年の出産ラッシュは終わりを迎え私の役目も一段落するだろう。
ジョセは『もう直ぐ産まれるはずですが、仔はのんびりさんのようですねえ』と穏やかに教えてくれ、エルは『早く産まれて欲しいですが、急いでも仕方ないですからね』と言い、ルカはルカでジョセのお腹に嘶きを浴びせると、ジアがルカにヒップアタックを噛ましていた。
多分ジョセの出産ももう直ぐのはずであるが、本当にこればかりは自然に任せるしかない。母体に悪影響があるならば魔術でどうにかするものの、ジョセは至って普通に日常を過ごしている。
ただお腹の仔に栄養をたくさん送るためなのか、以前の妊娠時より良く食べていると厩の方が教えてくれている。さて、ジョセの仔はどんな仔が産まれてくるのか楽しみだと一人で笑っていると、セレスティアさまとソフィーアさまが二柱さまに視線を向けていた。
「確かに危うく見えますものね。しかし屋敷の中なので、襲う者がいないのは凄く良いことですわ」
「襲われる心配をしなくて良いなら、落ち着いて過ごせるからな」
お二方が落ち着いた様子で女神さま方に声を掛けている。確かに屋敷内であれば襲われる可能性は凄く低い。禁忌の森で過ごしている天馬さま方もいるのだが、捕まえようと試みる不届き者はまだ出ていない。
セレスティアさまは朝、仔天馬さまの写真を魔術具で随分と納めていたためか珍しく落ち着いていた。明日、槍でも降るのではという失礼な考えを私は振り払い、側にいるユーリに視線を向ける。彼女は両手を伸ばしながら足を動かしているものの、私が両腕をユーリのお腹に回しているため動けない。嫌がる素振りは見せていないので、近寄っては駄目ということを本能的に理解しているのだろうか。
「おにゅまさん」
「お馬さんだねえ。ユーリがもっと大きくなったら乗らせて貰おうね」
微妙に言えないユーリの声に、私は笑みを浮かべ彼女の顔を覗き込むと両手が伸びてきた。ぱちんと勢い良く私の頬を挟んだユーリは面白そうに笑っている。
どうやら手で抑えればぐにぐにと動く頬が面白いようで、飽きもせず私の頬を揉んでいた。そろそろ止めて欲しいなあと私が思い始めた頃、ヴァルトルーデさまが私たちの方に身体を向けて地面にしゃがみ込んだ。
「ユーリ、おいで」
ヴァルトルーデさまに名前を呼ばれたユーリは頭の上に疑問符を浮かべ顔を後ろに向ける。ヴァルトルーデさまをじっと見つめたユーリは私の頬から手を放した。
「ばぁるちょるうでちゃま」
「うん」
キチンと女神さまの名前を言えないユーリにヴァルトルーデさまが微笑んで両手を伸ばした。ジルケさまが『本当に慣れたな。最初が信じられねえぜ』と言いたげに、後ろ手で頭を掻いている。
セレスティアさまとソフィーアさまはなにも言わないけれど苦笑を浮かべながら、西の女神さまとユーリを見つめていた。
ユーリはとことことヴァルトルーデさまの下へと歩いていき腕の中に納まれば、女神さまがユーリを抱えて立ちあがる。するとユーリは凄く喜んでいるのだが、もしかして視界の高さに喜んでいるのではなかろうかと疑惑の視線を私は向けた。そりゃ身長百五十センチと百八十センチの世界は凄く違うだろう。私がリンに抱き抱えられた時でも、視界の高さが全然違って凄く新鮮なのだから。
「身長伸びないかなあ……」
『ナイの身長は少し伸びてるよ?』
私がぼやくと肩の上のクロに声が届いていたようだ。クロが身長が伸びたと言ってくれているのは事実である。この数ヶ月で一センチちょっと伸びているのだ。
過去、最高で伸びている気がしてならないが、それでもまだ一センチである。憧れの百七十センチ台には程遠く、あと何年掛かるのか分からない。届くまでに成長が終わっているなあと思いつつ、真剣に悩んでいると勘違いされたくないと私は口を開く。
「少しだけじゃなくて、こう頭一つ分くらい伸びて欲しいけれど」
『それは難しいんじゃないかなあ』
私の声にクロがぐりんと首を傾げた。確かに難しいけれど、奇跡が起こるかもしれない。私の身長はどこまで伸びるだろうと目を細めていれば、ジャドさんたちグリフォンさんがやってくる。
「ジャドさん、どうしたの?」
私は立ちあがり、ジャドさんたちと視線を合わせる。
『いえ、我々の卵も孵って欲しいのですが、なかなか孵らないと皆で話していたもので。丁度ナイさんの姿が見えたので卵の様子を見させて頂こうかと』
どうやら天馬さま方の出産ラッシュにあてられたようで、私が預かっている卵がきになるようだ。そりゃそうかと私は笑って、いつも抱えているポシェットをジャドさんたちの前に差し出した。
中には卵が四つ入っているのだが、最近あまり大きくなっていない気がする。クロやジャドさんたち曰く『力を貯め込んでいるのかもしれない』と言っていたので心配はしていない。していないけれど、いつ孵るか分からないため割とソワソワしている。
「大丈夫だよ。ここだと汚れちゃうかな」
『では芝生の方へ移動しましょうか』
厩の側は地面がむき出しになっているので芝生の方へと移動する。いつの間にか一緒にきていたセレスティアさまが芝生の上といえどそのまま置くのは忍びないとハンカチを差し出してくれた。
ジャドさんたちは恐縮しているけれど、セレスティアさまは人間側の気持ちや都合の問題なので気にしないで欲しいと伝えてパパッと芝生の上にハンカチを敷く。私はその間にポシェットの中から卵さんを四つ取り出して、ゆっくりとハンカチの上に並べた。ジャドさんたちは順調順調~と言いたげに卵を見つめ、おばあは卵がなにかイマイチ理解していないようである。
おばあの側で毛玉ちゃんたちが『ちゃまご!』『にゃかまふえりゅ!』『たのちみ!』とぴょんぴょん跳ねていると、おばあも毛玉ちゃんたちに釣られて、脚を動かしぴょーんぴょんと跳ねて面白おかしい姿を晒していた。
ヴァルトルーデさまはユーリを腕に抱えたまま芝生のところまで歩いてくる。ユーリはハンカチの上にある卵をじっとみつめて目をキラキラと輝かせた。
「ちゃまぎょ、おいちい?」
ユーリはグリフォンさんの卵を卵と理解しているようだ。見た目は宝石のようだから、一目見ただけでは分かりづらい。しかしユーリはグリフォンさんたちの卵を食べる気があるようで、地面に右手を伸ばしている。
「ユーリ、グリフォンの卵は食べ物じゃない。硬くて割れないから」
そんなユーリをヴァルトルーデさまが苦笑を浮かべながら伸ばした手を優しく取っていた。ジルケさまはジルケさまで『流石ナイの妹だな』と感心しているし、ソフィーアさまとセレスティアさまもユーリは私の妹だと言いたげだ。
私はそこまで食い意地は張っていないと言っても信じてくれないので黙っておく。ユーリはヴァルトルーデさまに不思議そうな顔を向けて『ちゃべれにゃい?』と続けている。毛玉ちゃんたちはユーリに感化されたのか、卵をじっと見つめて味を想像しているのかおよだを垂らし始めていた。
『ユーリさん、皆さん。グリフォンの卵は食べないでください。彼女たちの可愛い仔ですからねえ。あとヤーバン王も悲しみましょう』
状況を見かねたのかジャドさんが話に割って入れば、彼女の後ろにいる雌グリフォンさんたちがうんうんと頷いている。おばあはまた卵を不思議そうに見つめて『ピョエ~』と鳴いた。
ジャドさん曰く『食べないよ~』と言っていたらしい。確かにグリフォンの卵を食べたならヤーバン王が凄く気落ちするか、激怒するか、どちらかだろう。
副団長さまと猫背さんも気落ちするだろうけれど、味の感想を求められそうだ。まあ外殻が硬すぎるため無理な話であるものの、どんな味がするのかと気になる気持ちが少しある。ダチョウの卵だって食べられるのだし、グリフォンはダチョウにちょっとだけ似ているような気もするので似た味がするかもしれない。いや、まあ、食べられないけれど。
『ご当主さまが妙なことを考えておられるような?』
ヘルメスさんが腰元で声を上げる。どうして私が変なことを考えているのがバレるのかと首を傾げると、クロが『ナイは分かりやすいよ』と教えてくれた。するとヴァルトルーデさまが話を聞いていたのかユーリを抱えたまま私をじっと見つめて口を開く。
「ジークフリードから告白されて悩んでた。分かりやすい」
そう言ってヴァルトルーデさまはへへへと薄く笑い、ユーリを見つめて腕に力を込めている。確かにジークの告白でいろいろ悩んでいたけれど……私は何故ヴァルトルーデさまに揶揄われているのだろうと口をへの字にした。
「ユーリを潰さないでくださいね」
女神さまの力は偉大である。ユーリを腕の力で捻り潰すぐらい簡単にできそうだ。見た目は儚い方だというのに、おっかないなあと私はヴァルトルーデさまを見つめる。
「そんなことしない……」
ヴァルトルーデさまが眉尻を下げれば、ユーリが『どちたん?』と問うている。そうしてヴァルトルーデさまは『ナイが私をいじめる』と告げれば、ユーリは『にゃいねー、め!』と私を叱るのだった。






