1462:出産ラッシュ。
ジークがアストライアー侯爵領の小高い丘を出先に選んだのは、途中でうやむやになってしまった前回のリベンジということらしい。ジークの話によればその時に本当は私に告白をする予定だったとのこと。
帰りの馬車の中で話していた時にふいに告げられたのだが、まさか告白するタイミングを計っていたとは。本当に人生はなにが起こるか分からないと、先のジークとのお出掛けを反芻していれば、季節は四月となった。
アンファンとテオは無事に侍女養成校と騎士訓練校に入り新たな生活が始まっている。特に問題なく過ごしているようであるが、アストライアー侯爵家の関係者だと周りの人たちは理解しているらしい。一応、バレると騒ぎになりそうだからとラウ男爵さまとジークのガル男爵の家名を借りたのに。本当に世間は狭いなと、二人から届いた手紙を読んで私は溜息を吐く。
晩御飯後。自室の机の上にアンファンとテオから届いた手紙を置いて前を向く。私の足下では相変わらずヴァナルたちがいて、肩の上にはクロがいる。みんな起きているから聞こえる音量の声でも良いかと私は口を開いた。
「手紙、返したいけれど……侍女長さまと警備部長宛てなんだよねえ」
アンファンとテオが私宛の手紙を出せば、これも騒ぎになるからと宛先は侍女長さまと警備部長の名前を記している。机の上にある手紙の表面には二人が書いた文字が見えているのだが、書き慣れていない雰囲気があった。
二年後、屋敷に戻れば報告書や業務日誌を提出するようになる。そこからまた時間が経てば、彼らの癖が付いた文字が見られるだろう。なににせよ戻ってくる二年後が楽しみだ。二人とも成長期だからきっと大きく育っている……あ、長期休暇中に会うから、流石に二年後はないか。なんとなく二年後の彼らの姿を妄想していれば、勝手に口から笑いが込み上げてくる。クロが不思議そうにこてんと首を傾げて言葉を紡いだ。
『じゃあ、侍女長と警備部長に任せるしかないねえ。テオとアンファンは大丈夫そう?』
「うん。入学説明会と入学式が無事に終わって、もう授業が始まっているって」
クロもアンファンとテオのことが気になるようである。侯爵家で働く人たちの支援のためと銘打ち彼らを教育機関に送り込んでいるから、卒業資格が貰えないというのは少々困るというか。
その辺りのことをクロは把握しているため心配になったようである。私たちの話を聞いていたヴァナルがぴこんと耳を揺らし、雪さんと夜さんと華さんが『順調のようで』『良いことです』『とはいえ彼らの前に壁がそそり立つ日がくるやもしれませんね』と言い、毛玉ちゃんたちは呑気にワンプロし始めた。ロゼさんはヴァナルのお腹の所でじっとしているため、瞑想しているようだ。ヘルメスさんの『意識を飛ばして別空間で魔術を放していた』という言葉に感化されて、ロゼさんも別空間にいけるようにと試みているとのこと。
副団長さまと猫背さんに協力を仰いでいるようだが、超難しいことらしく成功にはまだ少し時間が掛かるとのこと。急がなくても良いから、ロゼさんの身の安全を優先させてねと告げれば『分かった!』と返事をくれているものの……大丈夫なのか少々怪しい。別空間でハッスルしそうだし、なんだかヘルメスさんの空間に干渉しそうだ。亜空間大戦とか引き起さないでよと言いたくなるが、突っ込むのは無粋かと我慢している。
アンファンとテオは既に授業を受けており、今のところ周りの人たちとの差はなく勉強にもきちんと理解しているそうだ。侯爵邸で働く大人の中で学んだ彼らだから、早々挫折することはないはず。クロと視線を合わせると、ぐりぐりと顔を擦り付けてご機嫌な様子である。
『そっか。頑張っているんだねえ』
「ちゃんと卒業資格貰えると良いけれど」
卒業資格を貰えるかどうかは二人次第だろう。手を抜かずに二年間頑張って欲しいとアルバトロス王都の方に顔を向ければ、部屋の扉をノックする方がいた。誰だろうと口を開けば『入って良い?』とリンの声が扉越しに聞こえる。
「ナイ。天馬の一頭が産気づいたって」
リンは表情を変えることなく、澄ました顔で教えてくれる。厩番の方が教えてくれたようで、丁度現場にいたリンが私に知らせる役を担ってくれたようだ。今、産気づいた天馬さまの仔が産まれれば、残りはジョセの仔が産まれるのを待つばかりである。
「分かった。じゃあ厩に行くね」
「私も行く。兄さんも直ぐくるって」
私が席から立ち上がれば、クロが『また仔が誕生するのかあ。めでたいね~』と私の肩の上で呟き、ヴァナルは床から立ち上がってぶるぶると身震いをし、雪さんたちはゆっくりと起き上がる。
毛玉ちゃんたちはワンプロを続けていたのだが、雪さんたちの声で庭に出るようにと指示を受け、ヴァナルはロゼさんをポンと蹴って尻尾で打ち返し背中の上に乗せている。そんな光景を見ながら、私がリンの下まで行けば彼女の片腕が何故か肩に回る。
「急いで欲しいって」
「超安産なのかな。行こう、リン」
リンの声に私は歩みを進めようとするのだが、腕を回してきた彼女が動かない。どうしたと私がリンを見上げると、何故か肩に回した反対の腕が私の足へと動いて行く。
「うん。ナイ」
「ん?」
リンが私をお姫さま抱っこするのだが、一体どうしたと顔を至近距離で合わせれば彼女は歩みを始める。凄い勢いで廊下の景色が流れていくので、本当に急いでいるらしい。
「もう出てるらしい」
「ごめん、お願い」
リンの声に私は落ちないようにと彼女の首に腕を回す。クロは事態を察知して自分の翼で移動するようだ。ヴァナルたちも急ごうという雰囲気を醸し出しながら廊下を疾駆する。途中の丁字路になっているところで、ジークとセレスティアさまの姿が見え、遅れてソフィーアさまの姿も見えた。リンと私を見たセレスティアさまが窓の側に立ち止まったまま声を上げる。
「ジークリンデさん、ナイを抱えたまま外の階下へ飛べますか?」
随分と通る声だから魔力を流しているのかもしれない。セレスティアさまは無意識なのだろうが、屋敷全体に響き渡りそうな音量だった。
「余裕」
声を掛けられたリンは澄ました顔のまま口の端を伸ばし、愚問だと言いたげであった。リンの返答を聞いたセレスティアさまは近くの窓を素早く開く。
「では、こちらの窓から出ましょう! 厩へは一番近道ですわ!!」
「ん」
走る勢いはそのままにリンが開いた窓を目指す。一瞬にして距離を詰めたリンは、窓の桟に足を掛けた瞬間、外の暗い景色が私の視界に広がって重力に従い落ちていく。
「お、おい!?」
「どわ!?」
ソフィーアさまの驚く声と重力に捕まった私はお腹から変な声が出る。数瞬後、リンが地面にとんと足を着いて階下……というか庭に辿り着いていた。地面に降りた衝撃を吸収するために、丸めていた背をリンが伸ばしているとセレスティアさまとジークとヴァナルと雪さんたちがひょいと窓から飛んできた。残ったソフィーアさまは目を丸めて二階の廊下で立ち尽くしていれば、セレスティアさまが彼女がいる窓を見上げる。
「ソフィーアさんは通常のルートでおいでなさいまし!」
「ああ、もう!」
セレスティアさまの声が響き、ソフィーアさまのなんとも言えない声も響けば、二階の窓から彼女の姿が消えた。
「急ぎますわよ!」
某辺境伯ご令嬢さまの声に私たちはうんと頷いて厩を目指す。鍛えている人たちの足の速さは凄いなと感心していれば、直ぐに厩に辿り着く。周りにはエルとジョセとルカとジアと雄の天馬さま方と雌の天馬さま方にジャドさんたちが厩の方を心配そうに見ている。
私たちの姿を認めた天馬さま方が『おお』と声を上げたそうな顔をして、ルカが嘶きを上げればジアが煩いとヒップアタックを兄にかました。相変わらず仲が良い兄妹だなと目を細めて、私はリンの肩をタップする。
リンは私の合図に気付いて地面に降ろしてくれたと同時に、下働きの方がお湯や大量の布を用意して厩にきてくれた。なんだか手慣れてきているような気がするものの、様子はどうなっているかと私はエルとジョセの方に歩いて行く。するとジークとリンとセレスティアさまも一緒に私の後ろを歩いていた。
「エル、ジョセ、産気づいた天馬さまは大丈夫なの?」
『聖女さま。ジョセによれば、頭がもう出ていると』
『はい。聖女さまに仔を取り上げて欲しいとのことですので、中に入って見届けて頂けると嬉しいです』
私の疑問にエルとジョセが答えてくれる。産み落とす間近のようだから急いだ方が良さそうだ。私は下働きの方にお湯と布を中に運び込むようにお願いして、もう一度エルとジョセの方に顔を向ける。
「分かった。ジョセももう直ぐだろうから、無茶は駄目だよ。じゃあ行ってくるね!」
私はジョセの顔を撫で、リンと共に厩の中へと向かう。丁度、入れ違いでソフィーアさまが息を切らしながらやってきて、その後ろにはヴァルトルーデさまとジルケさまがいらっしゃった。
二柱さまの姿に気付いた私は小さく頭を下げる。するとヴァルトルーデさまは一つ頷き、ジルケさまはひらひらと片手を振って見送ってくれた。そうして厩の一番奥にいる天馬さまの下へと辿り着き、私は房の中へと急いで入る。リンは馬房の外で道具の引き渡しを担う役だ。立ったままの雌の天馬さまが私に気付いて顔を寄せてくるので、手を伸ばして撫でながらお尻の方を確認する。すると、だらりと仔が出ている姿が見えた。
「もう半分出てる! もう少しだから、頑張ってね!!」
私は出産の痛みで涙している天馬さまに声を掛けて後ろに回った。普通だと後ろ脚で蹴られることに凄く気を払わなければならないが、天馬さま相手だと心配いらない。
だらんと垂れている仔はまだ羊膜が纏わりついているので、私は小さな顔に手を伸ばして鼻の部分を重点的に綺麗にする。手に羊水が付くけれど、気にしていたらなにもできない。鼻周りに纏わりついている羊膜を剥がせば、仔が小さく息を始めていた。一先ず良かったと安堵して様子を見守るものの、後ろ脚が産道でつっかえているのか半身から先が出てきていないようである。私はたらんと垂れたままでは辛かろうと仔馬を両手で支えながら、馬房の外にいるリンに声を掛ける。
「リン! 厩の人に声掛けて、縄、借りて!」
「ん」
リンの短い声のあとだっと走り出す音が聞こえる。縄を取りに行く時間が長く感じるだろうとソワソワしていると、リンの気配が戻ってくる。
「ナイ、貰ってきた」
「早い! 中にきて!」
私が指示を出せばリンが躊躇うことなく房の中へと入ってきた。リンは天馬さまに『お邪魔するね』と一声かけて私の下にやってくる。私は仔を抱えたまま、縄を持つリンを見上げた。
「ごめん、前脚の後ろ側に縄を通して」
私が声を掛けると、リンは無言で指示に従ってくれる。そうしてリンが縄を仔天馬さまに掛けて結び目を作った。縄の先を持ったリンはどうするのかと黙ったまま視線だけで私に問う。
「逆子じゃないし、私たちだけで引っ張れば直ぐ出てくるはず。足りなければ加勢を頼もう。リン、引っ張って!」
「ん!」
それと同時に縄を握るリンの腕に力が入る。すると縄という外部の力が加わった仔が産道からするすると出てきた。あとは重力に任せてぽとりと藁を敷き詰めた地面に落ちて、びしゃりと羊水の音が鳴る。
良かったと安堵していると、雌の天馬さまが直ぐに仔の身体を舐め始め羊水を剥がしていく。産まれたばかりの仔天馬さまは既に母馬の乳を飲もうと、立ち上がろうと懸命に脚を動かしている。私は下働きの方から糸を貰って、仔天馬さまの臍の緒に処理を施す。そのあと、ぬるま湯に浸けて絞った布を受け取り、リンにも一枚渡した。
「手伝おうか、それとも自分でやる?」
私の声に母天馬さまは顔を私の横に回して仔天馬さまの方へと誘う。どうやらお手伝いは構わないようだとリンを見上げて、母天馬さまとリンと私は濡れた仔天馬さまの身体を拭き上げる。羊膜の処理を終え、あとは母天馬さまの処理と初乳の確認だけだと長い息を吐くのだった。






