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1460:ちょっと進んでる?。

 ジョセの言葉に私は数日間振り回されてた。


 そしてジークの気持ちを改めて知った私であるが、どうにも恋愛というものに身体と心が慣れないようである。急に舞い込んだイケメンからの告白に耐性がないため、いろいろとやらかしている。

 やらかさないようにと気を付けていても、ジークのことを考え始めると駄目になる。いっそ簡単にお付き合いしようと言えたら良いけれど、お貴族さま同士で気持ちが冷めてしまうとどうなるかなんて……仮面夫婦一直線だ。お互いに愛人を囲っているという家もあると聞くが、冷めた仲になんてなりたくない。なりたくないけれど、愛を愛を一生抱き続けるって大分しんどい気がする。


 アストライアー侯爵領の領主邸の自室。私はベッドの上で大の字になって寝転がりながら天蓋を見つめていた。


 「どうすりゃ良いんだろ」


 ベッドの上で寝転がったまま声を口に出せば、お腹の上に乗って身体を丸くして寝ていたクロがむくりと首を上げた。


 『なにが?』


 クロの声に私は枕を引き寄せて頭を置き、お腹の上のクロと目線を合わせる。


 「一生、同じ人を愛することってできるのかなーって」


 ジークの気持ちを知った私だけれど、ずっと誰かを思い続けるのは大変なことだ。どこかで気持ちを整理して他の人に目を向けることだってできただろうに。そんなジークに軽い気持ちで返事はできないし、そこから先、彼を愛し……思い続けることができるのかと悩んでしまう。クロは尻尾を縦に揺らし、ぺしぺしとお腹に打ち付けている。


 『難しい質問だねえ』


 そう告げたクロは首を私のお腹にぺったりと付けて、片眉――ないけれど、目の上の筋肉が動いていた――を上げながら鼻から長く息を吐く。

 そうして何故か雪さんと夜さんと華さんがベッドの端に顎を乗せ私に視線を向けている。どうしたのかと身体を横にすると、クロがゆっくりお腹の上から滑り落ちた。コロンとベッドに転がったクロはなにも言わぬまま、私の胸元にきて撫でてとアピールしている。私は雪さんたちに視線を向けながら、クロの背に手を置いてゆっくりと撫で始めた。


 『ナイさんは難しく考え過ぎでは?』


 『駄目なら、三行半を突き付ければ良いだけです』


 『ええ。番同士で結ばれない方々の権利でしょうからね』


 ベッドの端に顎を置いたフソウの神獣さまは尻尾をゆらゆら動かしながら目を細めている。確かに駄目男であれば離婚届を提出すれば良いだけなのだが、ジークは働いているので私が掲げる結婚の条件のひとつはクリアしていた。

 あとは一般常識を持っていて、優しいこと、通り過ぎていく人たちがぎょっと驚く顔でなければ……と前世で伴侶になる方の条件を朧気に考えていた。ジークの顔は真逆の意味で、通行人がぎょっとしているけれど。まさかソコに私は気を取られているのだろうか。でもまあ、ジークのイケメンっぷりは私の容姿と釣り合わないと悩んでいるけれど。せめてあと十センチくらい背が伸びてくれれば良いのに。


 しかし貴族の婚姻や離婚は家と家同士の契約だから、三行半を突き付けるには難易度が高くないだろうか。もちろん相手が離婚したい場合もだ。


 「貴族が簡単に離縁できるか微妙だよね……って、私は安易に離婚する気とかないよ!」


 仮に私が婚姻したなら安易に離婚する気はない。侯爵位を賜っているからできそうにないという気持ちもある。しかし雪さんたちは何故かベッドから顎を放して、再びヴァナルの横に並んで床に寝転がる。


 「どうしてニヤニヤしながら、なにも話してくれなくなるの!?」


 私はクロの背から手を放し、起き上がって雪さんたちの方を見た。


 『答えを聞いたからのような?』


 『ええ。ほとんど答えがでているようなものではないですか』


 『あとはナイさん次第ということですねえ』


 ふふふと笑う雪さんたちだが、どういうことだろうか。私の答えなんてまだ出ていないのに、彼女たちはしたり顔をするなんて。


 「ヴァナル! 雪さんと夜さんと華さんがなにか言ってるよ!」


 私は矛先を雪さんたちからヴァナルに変えれば、ヴァナルの耳がピクリと動いて顔を起こす。尻尾をぱしぱし床に打ち付けながら、じっと私を見つめるヴァナルが口を開いた。


 『主は難しく考えすぎ』


 「そんなことないはず……!」


 難しく考えているつもりはなく、単にどうすべきか迷っているだけなのだ。無責任な答えはジークに失礼だろう。屋敷の皆さまが盛り上がっているけれど、私の答えはまだ出せそうにない。はあと私は息を吐いて、またベッドの上で大の字に寝転がる。付き合っても良いんじゃないかという私と、慎重に考えて答えを出せと命ずる私に、どちらが正解なのだと大声を上げたくなるのだった。


 ◇


 ナイが俺のことで凄く悩んでいた。


 キチンと気持ちを伝えたはずなのに、答えをまだ導き出せないらしい。俺の気持ちを伝えた以降、ナイはよく独りになりたがる。俺も妹のリンも状況を知っているから、ナイの気持ちを優先してなるべく独りにさせているのだが逆効果ではないだろうかと最近思い始めていた。

 ナイの相談相手になっているのは屋敷に住み着いている幻獣や魔獣のようだから、彼らの言葉が参考になるのか微妙なところだ。とはいえ俺の告白を切っ掛けに、俺のことで悩んでくれているのは嬉しい。嬉しいのだが、そろそろ壁に身体をぶつけたり、頭を抱え込んでいる姿を見るのは忍びなくなってきた。

 

 告白のことは屋敷の皆とアルバトロス王国や他国にも知れ渡って――アガレス帝国の皇帝陛下から俺に直接『ナイさまを不幸に陥れれば、どうなるか分かっていますわよね?』という手紙も届いている――いるから、もう少し大胆な行動に出ても良いのかもしれない。

 エーリヒに貰った情報から推測するに、ナイが元居た場所では男が女性にアピールするのは普通のことで、告白のあとに食事に誘ったり、遊びに出掛けたりして自分の気持ちを相手にアピールするそうである。


 俺は少し協力して貰おうとクレイグとサフィールを自室に呼んで席に腰掛けて貰っている。侍女に茶を用意して貰い部屋から退出する姿を見届けて、俺は二人に視線を向けた。


 「クレイグ、サフィール、呼びつけてすまん」


 今回、急に彼らに話を聞いて貰いたくなったため時間を見繕って貰った。


 「気にすんなよ。けどジークが俺たちを呼ぶのって珍しいな」


 「ね。一体、どうしたの?」


 肩を竦めたクレイグとサフィールは俺の珍しい行動に苦笑いを浮かべている。確かに急に彼らを呼びつけるなんて初めてのことかもしれない。

 貧民街では一緒に過ごしていたから離れることはなかったし、騎士に就いてからは適度な距離を保っていた。そして同じ屋敷で暮らすようになっても、仕事上、二人とは一定の距離を保っている。とはいえ一緒の屋敷で過ごしているため、顔を合わせる頻度は格段に上がった。十年以上、付き合いがある関係も珍しいのではないだろうか。だからこそ彼らには込み入った話もできるし、なんでもないことだって相談できる。

 

 「いや、どこか美味い飯が食える店をしらないか聞きたくてな」


 「無理難題だな。飯なら屋敷が一番美味いぞ」


 「だね。口が肥えた気がするよ」


 俺の疑問に二人が苦笑いを浮かべた。確かに侯爵家の料理は美味い。それはミナーヴァ子爵邸で過ごしてきた時もである。


 「確かにそうだが、出先で飯を食うのは楽しいだろう」


 出掛け先で、知らない店に入って飯を食べるのは楽しいとナイが言っていた。


 「ははーん」


 「ああ、そういうこと」


 「二人とも、ニヤニヤするな」


 クレイグとサフィールが肩を竦めて俺を面白そうに見ている。というよりニヤ付いた顔をしている。ふうと俺が息を吐けば、二人は真面目な顔に戻って姿勢を正した。


 「侯爵領か王都ってところか」


 確かに他の領地の情報なんて持っていないだろう。流石に他の領地まで出掛けて店に入る気はないから、王都と侯爵領の情報で十分だとクレイグの声に頷く。


 「だね。美味しいお店なら料理人の人たちに聞いた方が早そうかな。僕はあまり外に出ないからね」


 サフィールが肩を竦めながら、他に情報を持っていそうな人物を教えてくれる。料理人は美味しい品がないかと、店巡りをすることがあるそうだ。そして美味い品を見つければ屋敷で料理を再現するらしい。ナイが初めて提供する料理を楽しみにしているから、料理人たちは彼女の姿を見るのが嬉しいそうである。餌付けされていないだろうかと俺が片眉を上げればクレイグが腕を組む。


 「俺は家宰殿の使いの終わりに領都の飯屋に入ることがあるんだが、平民が利用する店が多いしなあ。参考になんねーだろ」


 クレイグが俺を真っ直ぐ見つめて声を上げた。確かに貴族であれば参考にならないが、店に向かうのは俺とナイだ。


 「一応、教えてくれ。ナイなら気にしないからな」


 「ナイが気にしなくても店の連中が腰抜かすぞ、ジーク」


 俺の声にクレイグが肩を竦めるものの、そっちも考慮していると再度彼と視線を合わせた。


 「分かっているが、念のためだ。店で買ってどこかで食べても良いからな」


 「あー……そういうことなら」


 クレイグが数件、お勧めの店を教えてくれた。どこの店も平民が手ごろな値段で食べれるようだ。クレイグも貴族籍に入っているから、もう少し良い場所でも良いのではと問うてみれば『気取ったところは苦手だ』と片眉を上げる。

 サフィールも高級店は苦手なようで、気軽に入れる店の方が落ち着くらしい。俺は腹を満たせればどこでも気にしないのだが、ナイはどう考えているのだろうか。一般の店でも高級店でも美味い品を見つければ喜んで食べていそうだ。


 「二人とも、教えてくれてありがとう」


 俺が礼を告げると、肩の上に乗っていたアズが一鳴きする。どうやら俺の行動を真似したようで、二人に感謝を告げたことが面白かったようだ。

 

 「参考になるか分かんねーけどな。ま、ナイならなんでも喜ぶだろ」


 「美味しければって条件が付くけれどね。次はナイをお出掛けに誘わないとね、ジーク」


 クレイグとサフィールは笑みを浮かべつつ、アズの行動に目を見張っていた。見られて恥ずかしかったのか、アズがまた一鳴きするも少し声のトーンが小さくなっている。席を立ちあがった二人は俺にまたあとでと告げ部屋から出て行った。俺は俺で、ナイに出掛けの誘いをいつ声を掛けようかと椅子に腰かけたまま考え込むのだった。


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まぁ、ダメなら離婚していいんだしねー 国としても、重要なのはナイだから、別れても、離婚しても、瑕疵はつかないからww
そういえば王家や公爵家とかその他繋がりのある貴族家とかはレシピを買い取るとか料理人を修行に寄越すとかはしないな。 むしろ侯爵領内に自分で店を出してレシピを広めたら新しい料理も出てくるかも。未来には聖な…
アガレスもヒヤヒヤしながら静観してくれてるんですか…。有り難いですねー(*^^*) ならフソウと共和国も静観してくれてると思いますし、何とか答えに辿り着いてる事に気付いて欲しいですね? 今迄が今迄だか…
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