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1459:覗き見。

 ――うわあ……。


 大丈夫かなと侍女の私が心配になるほど、ご当主さまの行動が雑になっていた。いや、やるべきことはきちんとなされているようだけれど、執務が終わればぼーっとしていることが多くなり、椅子や机の脚に足の小指をぶつけて『ぐふっ!』と低い声を出したり、扉から出て行く際に半身をぶつけて『痛い……』と零しているのだ。痛みに強い方なのか暫くすれば行動を再開させているけれど……介添えを担っている私、エッダはご当主さまが大丈夫なのか気になって仕方ない。

 

 朝。ご当主さまのお着換えの介添えを終えた私は長い廊下を歩いていれば、丁度、ご当主さまの部屋へと向かうジークリンデさんの姿を捉えた。私は廊下の隅に寄って礼を執れば『お疲れさま』という彼女の声が耳に届く。

 顔を上げればジークリンデさんは数歩先を進んでいる。足が長いためか、数歩でも随分とあった。私は丁度良い機会かもしれないと、失礼であることは承知で口を開いた。

 

 「ジークリンデさん、ご当主さまは大丈夫でしょうか?」


 私の声にジークリンデさんが立ち止まり、こちらへ振り返る。彼女の表情は普段と変わりなく感情が読み取り辛いけれど、ご当主さまのことだから少し考える素振りを見せた。


 「大丈夫。珍しく考え込んでいるだけ」


 短く答えてくれたジークリンデさんは身体を翻してご当主さまの部屋へと向かう。私は私で仕事があるからと侍女部屋に戻るべく足を動かす。ジークリンデさんとジークフリードさんはご兄妹ということで、お顔はそっくりだ。

 お二人とも見目が良いので男女から憧れの眼差しをむけられており、屋敷の人たちは目の保養と言い張って盗み見ている方もいた。性格はジークフリードさんの方が社交的だ。時折、ご友人であるベナンター男爵さまが屋敷に訪れる。


 逆にジークリンデさんは内向的、というよりも周りに興味がないのだろう。幼馴染がいればそれで良いと考えている節がある。ただ長く屋敷に勤めていれば、彼女の良いところは知っている。

 分かりづらいけれど子供たちに優しいし、天馬さまやグリフォンさまたちとも普通に接している。重い物を持っていると手を差し伸べてくれる方なのだ。言葉数は凄く少ないけれど、態度で言い表してくれることが多い気がする。ジークリンデさんが男性であれば、多くの女性が目を奪われていただろう。まあ、ジークリンデさんの男性版はジークフリードさんだけれども。


 ご当主さまは数日前に東屋でジークフリードさんと話した一件から、凄くポンコツ化――自身の主人を悪く言いたくないけれど、一番適切な表現だろう――している。大丈夫なのかなという心配と、二人の関係は上手くいくのだろうかと頭を悩ましていれば、曲がり角に差し掛かり私は身体を右へと向ける。考え事をしていたためか、私は壁に右半身をぶつけてしまった。


 「痛っ!」


 痛みで口から声が漏れると、近くを歩いていた侍女長さまがばっちり見ていたようだ。


 「なにをしているのですか、エッダ。考え事をしながら歩くものではありませんよ」


 呆れ声を上げながら侍女長さまは私の下へと歩いてきて、体調に問題はないか、今日の仕事は続けられるのかと片眉を上げながら問うてきた。私は問題ありませんと背筋を伸ばせば、侍女長さまはふうと息を短く吐いた。問題ないのであれば良いでしょうと言葉にした侍女長さまが『体調が悪くなったなら言いなさい』と更に告げる。私は礼を執り顔を上げ、少し慌てながら口を開く。


 「は、はい。失礼いたしました、侍女長」


 私の声に侍女長さまが頷いて、踵を返し廊下を歩いて場を去って行く。考え事をしながら歩くものではないなと私は前を向いて侍女部屋へと戻れば、暇を持て余して繕い物をしている他の侍女の方たちが私の方を見た。とりあえず私はいつもの定位置につこうと足を動かす。椅子に腰を下ろせば、繕い物をしていた同僚たちが私を囲う。

 

 「ねえ、エッダ。ご当主さまとジークフリードさんはどうなったのかな?」


 「三日前に人払いをしてお話されていたようだけれど、あまり変わった様子はないよね」


 「変わったというより、ご当主さまの行動がおかしくなっているような? 調理部の人たち、ご当主さまが普段の量の八割くらいしか食べないって驚いているよ」

 

 声を掛けてくれた同僚三人はご当主さまとジークフリードさんの仲が深まって欲しいと願っている。ジークフリードさんと結ばれる夢を見ていた人もいるけれど、彼がご当主さまに告白なさったと知りきっぱりと諦めたようだ。

 ご当主さまとジークフリードさんの関係が凄く変わったということはない。ただ三日前からご当主さまがジークフリードさんに対してぎこちない態度を取っていた。そしてジークフリードさんは苦笑いを浮かべながら、ご当主さまの側に侍っている。

 でも、ジークフリードさんは告白前よりご当主さまとの距離を半歩詰めている気がする。もちろん物理で。いつも静かにご当主さまの後ろに控えているのだが、半歩詰めたその距離は周りに手を出すなとアピールしているようにも見えた。


 ご当主さまはジークフリードさんの気持ちにぎくしゃくしているようだけれど、まんざらでもないらしい。ただ、上の空になったり、なにもない所で転倒しそうになったり、壁に身体をぶつけたりと忙しそうだ。いつも落ち着いた態度で私たちと接してくださるご当主さまだが、恋愛は年相応というか年齢以下の行動なので微笑ましい。しかし、驚いた事実が今発覚したような。


 「お食事の量が減っているの!?」


 私はみんなに顔を近付けて声を上げる。煩く喋っていると他の部署から苦情が入るので、侍女部屋で騒ぐわけにはいかない。でもご当主さまのお食事の量が減っているとは驚きだ。

 ご当主さまがミナーヴァ子爵を名乗っていた時は、私がお屋敷でお料理の介添えも務めていたからご当主さまが良く食べられることは知っている。

 侯爵位を賜ってからは、私は食事の介添えから外されて着替え専門の介添えとなっていたため、ご当主さまの食事量が減っていることを知るのが遅れてしまったようだ。

 高い爵位を持てば当然のことだから仕事を奪われたというより、仕事が楽になったのにお給金が上がるという。とはいえ侯爵家の侍女を務めるには、それなりの振る舞いが必要なので大変な部分もある。私が考えを巡らせていると、情報を提供してくれた子が深く頷いた。


 「うん。調理部の人たちから直接聞いたから事実だよ。幼馴染の皆さまも、女神さま方も驚いているって」


 「……本当にご当主さまは大丈夫かしら」


 肩を竦める同僚に私は遠い目になる。この三年間、ご当主さまの食事量が落ちたとか、風邪を引いたとか全然なかったのに。しかし、ジークフリードさんの告白で右往左往している姿は好ましい気もする。

 ずっと巻き込まれて大変だったのだから、ご当主さまの苦労が多少は報われても良いのではいないだろうか。まあ、ご当主さまにとって恋愛は凄く高い壁のようで、ご自慢の魔力量でもなにもできないようだ。


 「まさか侯爵家が潰れる、とか……?」


 「それはないよ。あったとしてもご当主さまの代わりにアルバトロス王国から誰か派遣されてくるんじゃない?」


 心配そうな顔を浮かべる同僚と苦笑いを浮かべる同僚に私もうんうんと頷く。アストライアー侯爵家が潰れるなんて、よほどのことがない限りあり得ない。

 女神さまがお過ごしになられている屋敷を潰そうなんて、アルバトロス王国の陛下はお考えにならないし、もし仮に侯爵家の屋台骨が崩れても誰かが力添えをしてくれる。そのためにハイゼンベルグ公爵家やヴァイセンベルク辺境伯家がご当主さまの後ろ盾となっているのだ。そしてアルバトロス王国を超えて、亜人連合国やアガレス帝国に共和国も援助してくれるはず。


 女神さま方もいらっしゃるし、創星神さまもご当主さまとご懇意である。ご当主さまになにかあっても神さま方が助けてくださると、私は繕い物に手を伸ばして作業を始めるのだった。


 ◇


 アストライアー侯爵家の調理部に研修生として赴き、合格点を貰った私は神の島に戻っている。北と東のお嬢さまの食事量が少し増えたため、私はアストライアー侯爵家で修行をして良かったと安堵していた。

 どうやら毎日ほぼ同じ食事を提供していたことが、彼女たちから食への興味を失せさせていた。私の上司である創星神のグイーさまも酒の肴が増えたと喜んでおられ、私を受け入れてくれたナイさんと調理部の皆さまには感謝しかない。

 ご飯時、私は本日の料理の説明を行うため、屋敷の食堂に顔を出せばご家族三柱が下界を覗いておられた。食事が冷えてしまうので早く食べて下さいと言えないのは、私が彼らより下級の神だから仕方ない。北と東のお嬢さまがアストライアー侯爵邸の様子を神力で映し出しながら、ふふふと微笑みを浮かべられていた。


 「お嬢ちゃん、面白いわねえ」


 「恋愛が苦手なのねえ」


 ナイさんになにかあったようで、お嬢さま方は楽しんでおられるようだ。少しナイさんのことが気になるものの、悪い事態であれば側にいるグイーさまが解決に乗り出すはず。その解決に導くべき方は酒を片手に映し出された光景を見て、にやにやと笑っておられる。


 「ナイがあんな初心なところを見せるとはのう。まあ、今までが今までだから仕方ないのか?」


 はははと呑気に笑ったグイーさまであるが、その言葉と同時に北と東のお嬢さま方の表情が厳しいものになった。私は主の心配をしつつも、なにかやらかしてしまったのだろうと小さく息を吐く。


 「お父さま、ジークフリードが告白しようとしたとき、あの堕神の所為で邪魔をされてしまいましたわ」


 「ナイが右往左往しているのは、お父さまが適当に封じた石を投げたからではございませんか?」


 北と東のお嬢さまがギロリと視線をグイーさまに向けていた。どうやら赤髪の彼がナイさんに告白をしたようだ。そしてナイさんは彼の告白に戸惑っているのだろう。確りしたお嬢さんだが二十歳を迎えてもいない子供だから右往左往することもあるだろうと、グイーさまの方を見れば情けない顔になっている。


 「うぐっ……そ、それは、仕方ないだろう? 儂だって、奴を封じた時はこんなことになると全く考えていなかったんだ! どうして儂が投げたアレがナイの領地にあったのか……」


 手に持っていた酒の入ったグラスは離さないまま、グイーさまは身体を小さく縮めていた。北と東のお嬢さまはそんな父親に対して深々と息を吐く。


 「お父さま、ナイとジークフリードの関係が拗れたなら、どうにかなさってくださいましね」


 「ええ。お父さまにも責任の一端がある気がいたしますわ。ジークフリードの恋路を邪魔したわけですし」


 お嬢さま方にグイーさまが顔を上げる。


 「分かった、分かった! だが、儂が出て行くのは完全に拗れた時だけだからな! というか儂が行くよりテラの方が適任ではないか……?」


 グイーさまの声に確かにお母さまの方が適任……かも? とお嬢さま方は首を傾げているのだった。さて、ナイさんとジークフリードさんの恋はどこへ向かうのか。関わった者として見届けさせて頂こうと誓い、私はグイーさまとお嬢さま方に本日の料理の説明をさせて頂くことにした。

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― 新着の感想 ―
テラの方が適任……………… いや、余計に拗れる気しかしない………………
まぁ確かにテラ様の方が適任ですわな(苦笑)
グイー様は最終的ね何をするのかなあ?もう面倒臭いからくっ付けとか結婚しろとか言うのだろうか。でも乙女心を考えない下手なことすると娘達やテラ様の共同説教が始まりそう。
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